ヒデト。財布を奪われる
「はぁはぁはぁ、こら!待てよ!」
全速力で追いかける。
ただ今、日曜、午後3時。
ちょうど、今から一五分前位の事。
僕は、いつものように行きつけのゲーセンに足を運び、そして、いつものように対戦ゲームの席に座った。
高校三年生、学校に通いながらスーパーのレジ打ちのバイトをしていた僕の家庭は、貧乏でもなければ、裕福でも無く、ごく普通の家庭だ。
しかも、この年にもなれば、おこずかいという物も当然もらえるはずもなく・・・財布の中は携帯代などで消え、ほぼ残っていない。
その貴重なお金をこうして対戦ゲームで消費する。
ゲームをしたいからじゃなく、日々たまっていく様々なストレスをここで発散する為に。
つまりは、お金でストレスというゴミを、このゲーム機に吸い取ってもらっているのである。
話を戻そう。
どうして今、こんな全速力で目の前にいる男を追いかけているのか。
それは・・そう。
さっきの話にもあった、ストレス発散気につぎ込むつもりだったお金を、目の前にいる男にすられてしまったからだ。
格闘ゲームに夢中になっていた僕の目を盗んで・・その隙に。
いつもはジーパンの左ポケットにしまっていた財布。
それを今日に限って、右ポケットに入れてしまったのが運の尽き。
僕が座っていた席の左側は、何もない壁、しかし、右側には同じ対戦ゲーム機がおかれている。そこに座っていた男に財布をすられてしまったのだ。
「おい!誰か!捕まえてくれ!」
僕は叫ぶ。例のゲームセンターを出てからもう二〇分は経過している。
追いかけても、追いかけても、僕と犯人の距離は変わらず。
めいいっぱい叫んでも、誰一人として見て見ぬ振りだ。
中学の三年間、陸上部に入っていたにも関わらず、何一つ能力を発揮できていない。
いや、違う。普通に考えて、約二〇分も全力疾走出来るはずがない。
普通の人であれば、もうとっくにバテテいるはず。あいつ・・何者だ?
僕は、この日のために毎日、広すぎるグラウンドを走っていんだと心に言い聞かせ、男を追いかけ続ける。