堕天使のスタート
吹き抜ける風を受けて髪がそっと靡く。それと同時に今までの行いが正しかったかどうかを自分自身に問いかける。
全てを失った今、信じられるのは己のみ。後悔はない。
そして何も出来ず跪く俺を横目で監視する天使達。そんなに気を張り詰めなくても大丈夫だ。もう俺には何かを起こす気力は残っていない。
前方にはじっとこちらを見下ろす神々(こうごう)しい方。文字通り天界を仕切っている神様だ。相変わらず俺に疑問と情けの感情が混ざった視線を送っている。
神様は静かに口を開く。
「何故だ…」
俺はこの日、堕天使となった。経緯を説明する必要はない。
「シャンベル、残念だがお前には罰を与えなければならない。お前の気持ちは充分に理解出来る、だから私もこんな事はしたくない。しかしそれも自分で選んだ道だ。
分かってくれるな?」
どんな理由があろうとも堕ちた事実は揺るがない。今更律儀に振る舞う必要はないだろう。
俺は精一杯悪役を演じる。
「ああ…どんな罪でも」
「そうか…では内容を告げよう」
神様は一瞬動揺した様に見えたが、すぐに平然を取り繕う。
周りで見ていた他の天使達も静かに見守っている。悲しそうな表情を浮かべている者、驚きや戸惑いを隠せない者など様々な感情が入り乱れていた。かつて仲間だった者達ともお別れか。
使い魔のリーフもこちらをじっと見つめている。
ごめんな…そんな顔しないでくれ。お前はこんな俺でも受け入れてくれるか?
「まず始めに名前だ。シャンベル、以後その名前を名乗ってはいけない。天界の恥とされてしまう。受け入れてくれるな?」
「勿論」
「次に能力は使えなくする。その凶悪な能力を悪用して暴れられては危険だ。だがお前はそんな事しないと信じている」
「どうでしょうね。勿論その罰も受け入れる」
「最後に…」
すると神様が口籠もり、長い沈黙が訪れる。周囲の天使達は何も言わず、固唾を飲んでその様子を見守る。
暫くして神様は俺から目を逸らし、謝罪の念を込めて言葉を放った。
「残念だがお前を…天界から追放する」
突然風が強く吹きつけた。まるで俺の心の中の動揺を表しているかの様な、強く冷たい風だった。
「えっ…?」
その一言はやっとの事で絞り出した一言だった。たった一言でも俺の全ての想いが詰まっている。
天界を追放?ここから居なくなるという事か?いや、そういう事だろう。
しかし冷静に考えてみる。天界を取り仕切っている最高指導者の神様に逆らったのだ。堕天使が天使の住処である天界に居られる訳がない。
でも俺は一体どこへ?
「お前にはこれから、人間界で人間として生きてもらう。これは罪というよりお前の為を思っての判断だ。受け入れてくれるか?」
人間…?天使の俺が、人間として?そうか、人間か。俺はこれから人間として生きていくのか。
徐々にその言葉の意味を理解する。
「心の準備が出来たら声をかけてくれ。いつでもいいぞ」
人間か。俺は少し天使として頑張り過ぎたのかもしれないな。こういうのも悪くない。
しかしやはり天使に戻りたくないと言ったら嘘になる。ここには仲間が沢山居たからな。こんな俺でも受け入れてくれるかどうかの問題だが。何よりも奴を
向こうでリーフが何か叫んでいるが、それを聞き取る気力はない。別れの言葉なのかな。
今までの天使生活を振り返りながら神様の方へ一歩一歩足を運ぶ。長かった様な短かった様な、楽しい生活だった。悔いは残っていない。これから俺は新しい人生を歩む事になるんだ。
ゆっくりと進む。いつかまたここに戻って来られる日が訪れる事を心の片隅で願って…
「準備は出来た。いつでも」
「そうか。今までありがとう、シャンベル。またいつか会える日を願って」
神様が手を振り翳すと、あたりが強く光り始める。グラグラ大地が揺れる感じもする。普通に人間界に行く時と違って、何か特別なのだろう。
頭がズキズキ痛み、目の前の世界がぐるぐると回る。もうすぐ俺も人間だ。一体どんな生活が待っているのかな。
突然何も見えず何も感じなくなる。全て終わったのか。
じゃあな、みんな…
俺は意識を失った。