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まほーのれんしゅー


「気はたいを巡り、魔にする」


 魔法の授業を始めたステリアの第一声である。

 

「血管を通って全身に行き渡った“気”が各細胞に送られると、そこで魔力に変化する、という意味よ」


 “気”とは生命力のようなもので、大雑把に言えば、体の内側にあるのが“気”で、外側にあるのが“魔力”といった具合である。


「んっとぉ……んん?」


 フレイシアは腕を組んで目を瞑り、眉間まゆまに皺を寄せながら唸っている。

 慣れてくれば魔力を感じ取れるようになるわ、とステリアは言うが、フレイシアにはピンときていないようだ。


「魔法は肉体操作の延長にあるの、と言っても、殆どは無意識に気を変換しているのだけど……」


 一般的な魔法使いは、無意識に生み出した魔力を使い魔法を発動している。

 そして、魔法を扱うものにはもう一つのタイプが居る――“魔道士”達だ。

 更に細かくいえば、女性を“ウィッチ”、男性を“ウィザード”と呼ぶ。

 彼ら魔道士達は、一度変換した魔力を、再び気に変換し、体内で循環させることが出来る。

 彼らは肉体を超越しており、寿命で死ぬことは無いと言われている、極めて稀な存在だ。


「まあ、今は魔道士の話はいいわね、それよりまずは、フレアに魔力を感じてもらいましょうか」


 ステリアはそう言って膝をつき、正面からフレイシアの両手を握り脱力するように促した。


「ちからをぬけばいいの?」

「そう……そして目を瞑ってゆっくりと呼吸をするの」


 フレイシアは言われたとおり目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をした――そして。


「――ッ!? あ……これ……」


 フレイシアが感じたのは抱擁感である。

 温度は全く感じないのだが、今、確かに体を包み込まれているような――そんな曖昧な感覚がある。


「これが魔力よ、少し体が大きくなった感じがしないかしら?」


 体を包み込んでいる魔力を知覚すると、その魔力も自分の体の一部のように感じる――さながら肉体の延長である。


「うわぁ……なんかすごいね……からだがもわんもわんしてる……」


 今フレイシアは、体が少しずつ外側に膨張していくような、そんな実感を得ていた。

 この時すでに――ステリアはフレイシアの手を離していた、フレイシア自身が、初めて魔力を扱っているのだ。


「うん重畳ね。あなたは今、自分の魔力を管理下に置いたのよ。魔法はその魔力を分配して発動に使うの」


 魔法使いは、身に纏っている魔力の分だけ魔法を発動することが出来る。

 これが無くなっても体が動かなかったり、体調を壊したりはしないのだが、気が魔力に変換されるまでの間、魔法を発動できなくなる。


「これがまりょく……」

「そうよ、しばらくは、そのまま自分の魔力と戯れておくといいわ、感覚を忘れないようにね」


 そんな具合に、このまま一時間程、フレイシアは放心しているかのように立ち尽くし、己の魔力を堪能していた。

 その間、フレイシアのウィスプがひょっこりと出てきて、どこか嬉しそうに漂い、仄かに明滅していた。


◆◇◆


「少し休憩にしましょうか」


 頃合いを見てステリアが声を掛けた。


――しかし、その言葉は、フレイシアには届いていないようだった。


 様子がおかしいと思ったステリアがフレイシアに歩み寄り、その肩に手を乗せた。


――フレイシアはステリアを(・・・・・)見ていない。


 その澄んだ青空のような瞳は、どこか虚空を見つめており、不意に呟いた――


「……そこにいたんだね」


 その言葉で、ステリアの鼓動が僅かに高鳴り、毛が逆立つような感覚が襲った。


「何を言っているのフレア! しっかりなさい!」


 トランスでもしているかのように、フレイシアの意識はここには無いように見えた。


「わかるよ……いまなら……ちゃんとわかる」 


――フレイシアが返事を返したのはステリアではない。


「フレア! フレア! 私を見なさい!」


 ステリアはフレイシアの肩を揺すりながら声を荒らげる。

 その光景は、前日の朝とどこか似ているような気がして、ステリアの不安が膨れ上がるが、そこにサンダーボルトが駆けつける。


『大丈夫だステア――来るぞ!』


 その言葉でステリアは理解した、フレイシアは――ウィスプと対話をしていたのだと。


「でも……まさか……」


 七十年を生きたエルフの彼女だが、魔力を知覚できたその日に覚醒するなど、聞いたことが無かった。

 ステリアがフレイシアから後ずさり、距離を置いたところで、フレイシアに動きがあった。


「おいで……わたしの――」


 ステリアはフレイシアが呟いた言葉の最後が、何故だか聞き取れなかった――理解できない音声だった。

 そして、いつの間にかフレイシアの前に浮かんでいたウィスプが、眩い光を発し膨れ上がった。


――ホォォォォウ!


 ややあって光が収まり、その咆哮とともに顕れたのは、丸くこぶりな体で、額から背中を通り、尾羽根までのラインが真っ黒に染まり、その他の羽毛は、翼も含めて全身真っ白な鳥、そう――


「おむ……すび……!?」


 おむすびである――いやそうではなくて。


『しっ……信じらんない! いきなりなんてこと言いうの! 私は、フ・ク・ロ・ウ! だよおッ!』


 フクロウだ、彼女はフクロウなのだ――余談だがこの世界にもおむすびはある。

 しかしフレイシアはパン派だ。


「ご――ごめんね! いや、ちょっとびっくりしちゃって……へへ」


 つい口に出してしまったフレイシアだったが、なんとか取り直して頭を掻きながら軽く謝罪する。

 平謝りであった。


『…………』


 おそらくだがフクロウの彼女はジト目をしているように見える。


「ごめんってば、きげんなおして?」


 そう言ってフレイシアは片目を瞑って顔の前で手を合わせた。


『せっかくの出会いのシーンだったのに……ありえない……』


 すっかりむくれてしまって、彼女はそのままそっぽを向いてしまった。


 フクロウの彼女は、ウィスプだった頃にはっきりとした意識はなかった。

 だが今日、フレイシアが魔力を知覚したことで薄らとした意識が芽生え、先ほどフレイシアに声をかけられたことで意識が覚醒したのだ。


 実はこの時、フレイシアは無意識に自分の才能を開花させていた、それが《調和の資質》、これによりフレイシアとウィスプの魔力の波長のバランスが整い飽和した、つまり親和性が上がったのである。


 虚空を見つめていた時のフレイシアは極限の集中状態でこれを成していた。

 魔力が飽和していく中で、ウィスプだった彼女は主との繋がりが強く、確かなものに変わっていく感覚に酔いしれ、呼び出され、エレメントとして顕現した瞬間に、どれだけ心が踊ったことか。

 にも関わらず、いきなりのおむすび呼ばわりである。

 彼女がむくれてしまうのも仕方がなかった。


「うあ~ん! ごめんね~!!」

『ちょわ!? おま……!』 


 そんな彼女はフレイシアに抱きしめられていた。


「ごめんよ~、ゆるして~!」


 フレイシアはフクロウの彼女の体を撫で回しながら必死に許しを請う。

 しかしその口角はだらしない形になっている――なで心地がいいのだろうか。


『分かった! 分かったから! もうやめて!』


 どこかフレイシアと似た口調の彼女の懇願に、フレイシアは渋々その体を開放する。


『ふぅ……落ち着きが無いんだから。もう良いよ……許してあげる』


 そうでも言わなければ延々なで続けられそうだったし、そろそろ宿主とのファーストコンタクトを仕切り直したかったのだ。


「いやぁ~、きもちよかったよ~」


 フレイシアは恍惚とした表情でそう言った――言い切った。

 反省はしていないようである。

 ともあれ、フレイシア達のじゃれ合いが一段落したと見て、ステリア達も会話に参加する。


「フレア、まずはおめでとうと言わせてもらうわ。それにしてもきれいなフクロウね」

「ありがと~、さわるとしあわせになれるよ~、しあわせのフクロウだよ~」


 フクロウの彼女がピクリとした、自分を差し出されるのが嫌だったのだろう。

 ともあれ。


「ねえフレア、その子の名前はどうするの? エレメントは名前を持っていないから、付けてあげなきゃね」


 そう名前である――いつまでもフクロウの彼女と呼ぶのは面倒なのである。


「なまえかぁ、どんなのがいいかな~?」


 フレイシアがフクロウの彼女に目をやると、彼女は期待の眼差しで見つめ返してきた。

 ここは慎重に決めなければならない。


(どんな名前にしようかな、やっぱりおむす……ダメだおこられちゃう……お米? 米……まい? お米を……にぎって……むすんで……ひらいて……じゃなくて! むすぶ……結ぶ? 結……ゆい! ユイにしよう!)


「きめたよ! あなたの名前はユイ! ユイだよ!」


 期待に目を輝かせているフクロウの彼女、改めユイにフレイシアは告げた。


『――ッ!? かわいい……その名前すきかも!』


 ユイはその名前の響きが気に入ったようで、実に嬉しそうだ――名付けの経緯は知らないほうが幸せであろう。


「でしょ~! それじゃあ、よろしくねユイ」

『うん! よろしくねフレア』


 紆余曲折あったが、彼女たちはなんとか仲良くやれそうである。


「よろしくねユイちゃん。私はステリア、こっちはサンダーボルトよ」

『おう、よろしくな』


 ぶっきらぼうにそう告げたのはサンダーボルトだ。


『長いよ……なんでそんな呼びにくい名前なのさ……』


 ユイはそう言うが、この名前にはきちんと理由があるのだ。


 今の時代、過剰な力は必要とされていない。

 なにせ平和なのだ。

 その為、この世界のエレメンター達は、演出にこだわる傾向がある。

 よりカッコよくエレメントを顕現させ、よりカッコイイ魔装を身につける。

 それがエレメンターのステータスだ。

 そもそもエレメントを呼び出す時に名前を呼ぶ必要もないし、エレメントを魔装に変身させる時に言霊を唱える必要もない、全て演出なのである。

 ということは、名前もカッコイイものを付けて当然なのだ。

 この世界においてエレメンター達はカッコイイ存在であり続ける――皆の憧れの存在なのだ。


 ステリアとサンダーボルトは熱い瞳で語った。


『ナニソレ……』


 ユイとしてはあまりピンときていないようだ……が。


「くっ……! 確かにおばさんたちはかっこよかった……! ユイ! わたしたちもがんばろうね!」


 フレイシアは神に見初められたロマンチストである――目がキラキラしている。


『ん~……。はあ……。わかったよ、主様あるじさまの好きなようにしていいよ……』


 フレイシアの曇りなきまなこに気圧され、ユイは仕方ないかと肩を竦める。


『まあ、魔装はともかく、オレは自分の名前は気に入ってるぜ?』

『そうなの……よかったね……』

  

 と、そんな感じで、フレイシア達はしばし歓談していた。


◆◇◆


「フレアもエレメンターになったことだし、今夜はお祝いしましょうか!」


 落ち着いたところでステリアが切り出した。


「やった~! やるやる!」


 という訳で――この日は結局、魔法を発動させずに終わることになる。

 パーティの最中、フレイシアは生前、友人の誕生日会に参加できなかった事を思い出したが、この世界での新しい出会いを喜べるほどには、心が安定してきているようだった。


読んでいただいてありがとうございました。

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エレメンツ:ガールズ―elements girls―旅立ってからのお話です。
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