神との再会
十歳の誕生日会から二日後、サマーナイトの試し撃ちのため、フレイシアは一人で森に来ている。
――ポォゥン! ポォゥン!
いまのは空砲の音だ、このサマーナイトは、弾を込めずにトリガーを引くと、魔法陣だけが作動して空気だけを打ち出すことが出来る――いわゆる空気砲である。
「おお~! いい音だね! なんか強くなった気がする!」
『シアってば……。確かにそれは強力な武器だけどさ~……それだけで強くなれる訳じゃないんだよ?』
「わかってるよユイ。油断して怪我なんてしたらお母さんに怒られちゃうもん」
釘を打つユイに、フレイシアは心配ないと告げる。
「よし! そろそろ本番いこっかな。ユイ、お願いね!」
『……ホントにわかってるのかな……はぁ……じゃあいくよ~』
サマーナイトの砲身に弾が出現した。
「とりあえずあの岩を狙ってみよう……ふぅ……」
――ピュゥゥン!!
「……すごい……衝撃が全然ない……」
サマーナイトを形作るボディには、ミーランが作成した衝撃吸収材が混ぜ込まれている。
これが衝撃を吸収するため、発砲時の衝撃が殆どない、それに加えてフレイシアのグローブが持て余した衝撃を完全に吸収してくれる。
それによって安定した射撃を行うことが出来るのだ。
ただし――この弾はフレイシアの意志を介さず、ユイの魔法のみで構築されるため、装填には少しの時間がかかる。
とはいえ、それを加味しても十分な威力を誇っている。
「うわ~……岩に穴が開いてるよ……これならトレントも撃ち抜けるかな?」
先ほど射出した弾は岩を貫通し、どこかに飛んでいってしまったようだ。
ちなみにトレントは、このホイープ森林で一番厄介なモンスターだ。
強いわけではない――倒しにくいのだ。
木の体を持つトレントの幹は太く、浅く切りつけたところでじきに再生してしまう。
倒すためには、幹の中心のどこかにあるコアを破壊する必要がある。
幹を刃物で斬りつければ刃毀れし、水分を含んだその体は燃えにくく、とにかく討伐するのが面倒なのだ。
トレントから取れる木材は優秀なので高く売れるのだが、その倒しにくさ故、好んで討伐はされない。
放おっておいてもあまり害が無いことも理由である。
と、フレイシアがミーランから貰ったサマーナイトの試し撃ちを続けていると、辺りに静寂が訪れた。
フレイシアの周りには人の気配はなかった。
とはいえ――虫の声はしていたはずだ。
この状況には覚えがあった。
二歳になって間もないころ――同じ状況が訪れたからだ。
「これは……神……様……?」
そう。以前に神が顕れた時と同じなのだ。自分以外の時間が停止したような――そんな空間。
そして、あの時と同じように、眩い光が現れ、その光が収まった時、好々爺とした老人の姿があった。
『久しぶりじゃのぅ。元気そうで何よりじゃよ』
「お久しぶりです。またお会いしたいと思っていました」
恭しく会釈をしながら、フレイシアは再会を喜んだ。あの時とは違う。
神には言いたいことがたくさんあったからだ。
『どうじゃ? この世界にはもう慣れたかの?』
「はい。それに……大切な人達もたくさんできました。そうだ! お母さんのことなんですけど――」
フレイシアが尋ねたのは体調を崩していたステリアのことだ。
日に日に衰弱していたはずのステリアが、突然、前世の母と同じような雰囲気になり、後で話を聞いてみれば――どうも記憶を共有しているらしかった。
『まずは心配させてしまったことを詫びねばならんな……すまなかったのぅ……。以前にお主と相見えた時、お主の心は壊れる寸前じゃった……。生前の母と瓜二つなあの者――ステリアの側で転生させるだけでは、心のケアが不十分じゃった。故に儂は、中林楓とステリアの魂を飽和させ、寝ている間に記憶を同期させる調整をしたのじゃ。僅かに親和性のある魂だったとはいえ、完全に飽和させるのには、これまで時間がかかってしまった。そして完全に飽和する直前になって、二人の体に異常がでてしまったのじゃ……。やはり別人の魂を飽和させ、記憶を同期させるには、無理があったようじゃ……。結果は行幸だったとはいえ、もしものこともあったやもしれん……。お主に確認も取らず勝手をしてしまった。……本当にすまなかった』
神は素直に謝罪した。神は、己の創造した世界に宿った命を心から慈しんでいるのだ。
そんな神の謝罪に対し、フレイシアは首を振った。
「確かにあのまま体が悪くなったら辛かったと思います……でも、そうはなりませんでした。もうあんなことにはならないんですよね? だったら謝らないでください。あなたには、本当に感謝しています……」
もしものことにはならなかった。
それでいいと、フレイシアは言う。
お陰で、母親との再会を果たせた、ステリアと本当の親子になれた――それでよかった。
『そうか……そう言ってくれるか……。こちらこそ感謝しておるよ。この世界を――出会ったものたちを愛してくれて……ありがとう』
そうしてしばらく話をしたところで、ノーリンの話題になった。
『ノーリンは誰とも交わっておらぬ、故に伴侶もおらぬ――本来なら子を宿すことなどなかったのじゃ……』
「えと……どういうことですか?」
フレイシアとて、子供の作り方はしっている。
この数年で教わっている。
だから分からなかった。
一人きりで子供を身ごもるなど、理解できなかった。
『以前に言ったじゃろう? お主の魂を託したと。儂は彼女に――直接頼んだのじゃ。儂は彼女に事情を話した。幼子の魂を受け入れ、身ごもってほしいと。体の弱い彼女は伴侶を持つことを諦めておった、もちろん、子を宿すこともの……だが願っておった――子がほしいと願っておった。儂の要請を受ければ子を宿せると聞いて、彼女は二つ返事じゃった……無事に出産できないと分かっておったにも関わらずじゃ……。心に留めておいてはもらえぬか、お主を愛し、命をかけて、お主を産んだ者がおったことを。ノーリン・ハートという女性がおったことを……』
「…………はい」
知らず、フレイシアの目尻には涙が浮かんでいた。
この世界で自分を産んでくれた女性は――転生者である自分を受け入れ、愛してくれていたのだ。
感謝することしか出来なかった。
ノーリンにはもう――恩返しもできない。
己を犠牲に出産してくれたノーリンに報いるには――生きるしか無い。
この生命は無駄にできる命ではない。
『お主と話すのもこれが最後になるじゃろうな。あー、それとじゃな――』
そう言って、神は懐から包みを取り出し、フレイシアに渡した。
『……開けてみるがよい』
「――ッ!?」
包みを開き、中を見たフレイシアは絶句した。
その中には、見覚えのあるものが入っていた。
入っていたのは五通の封筒。
一度濡れて乾かしたのか、その封筒は萎れていた。
一目見てすぐにわかった――見間違えるはずがなかった。
その封筒は――中林凛が、友人に贈るはずのものだったからだ。
『お主が死んで数年、毎年持ってきておったよ。それは……お主の墓に添えられておったものじゃよ。更に数年待ってみたが、置いていった手紙はそれだけじゃ』
「かなで……ちゃん……」
それは、生前の友人――小道奏から、中林凛へ宛てられたものだった。
『儂はもう帰る故、ゆっくりと目を通すと良い。それではの……お主に幸多からん事を』
領域へ帰るという神の言葉に、フレイシアは我を取り戻した。
「――ッ。神様! ありがとうございました!!」
頭を下げるフレイシアに柔らかく微笑んで、神は自らの領域へと返っていった。
神の姿が消え、虫の声が聞こえてきた森の中、フレイシアは一つ息をついて、封筒を開いた――
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一通目
りんりんへ
おたんじょう日プレゼントありがとう。
川のところにおちてたレターセットをおばさんがもってきてくれたよ。
こんなにかわいいプレゼントをもらえてうれしいよ。
でもやっぱり、りんりんからちゃんともらいたかったよ
なんでいなくなっちゃうの?
おたんじょうびかいにきてくれるの、ずっとまってたのに
きてくれなくて、さみしかったんだよ?
いっしょにケーキたべたかったのに
おてがみこうかんしたかったのに
もっといっぱいおはなししたかったのに
りんりんなんてだいきらい
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二通目
りんりんヘ
この前のお手紙にはいじわるなこと書いてごめんなさい。
一番かなしいのはりんりんなのに、ひどいこと書いてごめんなさい。
私は五年生になったよ。
やっぱり、教室にりんりんがいないとさみしいです。
みんなもりんりんに会いたいって言ってるよ。
おばさんもいっぱい泣いてたよ。
りんりんはたぶん、あの橋から落ちたんだよね?
あの橋は最近新しくなったから、あれならもう誰も落ちないと思います。
今日でりんりんより年上になっちゃうね。
また会えたら、私のほうがお姉さんだってじまんできるのに。
かなで
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三通目
りんちゃんへ
一年ぶりだね、私は六年生になりました。
あと少しで小学校を卒業です。
一緒に卒業式にでたかったね。
中学校も同じところに行きたかったね。
中学校では、部活動があるんだよ。
私はまだ何をするか決めてないけど、りんちゃんだったら何を選ぶのかな?
それじゃあ、またね。
かなで
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四通目
凛ちゃんへ
久しぶりだね凛ちゃん。
今年は中学校に入学しました。
部活動は、吹奏楽部に入ったんだよ。
うちは弱小だからコンテストでも銅賞ばっかりなんだ。
人数があんまりいないから私も出られたんだけど、ダメだったよ。
もっと練習して、うまくなりたいです。
せめて銀賞くらいはとれたらいいな。
それと勉強も難しくなったんだよ?
凛ちゃんだったら、うわ~って言うかな?
でも順位も出るから頑張らないといけないんだよ?
凛ちゃんの制服姿も見てみたかったな。
凛ちゃんなら友達だっていっぱい出来たと思う。
一緒に学校行きたかったね。
それじゃあ、また来年会おうね
奏より
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五通目
中林凛さんへ
ごめんね凛ちゃん。
これが最後のお手紙になっちゃった。
乾かす時に何枚か駄目になっちゃってたの。
他のお手紙だと凛ちゃんに届かない気がして。
だから。
今度こそ、お別れを言わないといけません。
ずっと言えなくてごめんなさい。
私のせいで引き止めてしまってたらごめんなさい。
ちゃんと休んでもらわないといけないよね。
でもね、私の誕生日に死んじゃうなんてひどいよ。
いつも思い出すんだよ?
誕生日が来るの、全然嬉しくないんだよ?
だって、りんりんとお別れした日だから。
忘れるなんてできないもん。
ごめんね、またこんなこと書いて。
ちゃんとお別れしようって決めてたのに。
ほんとにもう会えないんだね。
ほんとは分かってた、りんりんとはもう会えないって。
もう、一緒にお話したり、一緒に遊んだり出来ないって。
でも、大好きだったんだもん、寂しいに決まってるでしょ?
信じたくないに決まってるでしょ?
だけどこれが最後だから、ちゃんとお別れします。
りんりん。中林凛ちゃん。さようなら。
私と凛ちゃんは、いつまでも友達だからね!
小道奏より
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胸に手紙を抱きしめて、フレイシアの涙は止まらなかった。
人気のない森の中、フレイシアの泣き声だけが木霊していた――
「さよなら……奏ちゃん……」
この日フレイシアは、生前の友人と――完全に死別した。




