十歳のフレイシア・二十歳の凛
あれから、もうすぐ四年が経過する。
フレイシアの十歳の誕生日まで、あと二ヶ月である。
命を奪うことに抵抗を持っているフレイシアだが。
ミーランからのケアもあり、動物型、人型のモンスターも討伐できるようになっている。
順調に訓練を進めるフレイシアだが、最近になって、ある異変が起こり始めていた。
フレイシアにではない――ステリアが、体長を崩しているのだ。
年末から体長を崩したステリアは、洗年祭に参加できないほどに、体力が疲弊している。
年が明けてからは、ベッドに寝たきりになっている。
王国でも指折りの医師であるミケットが診察したのだが、原因が発覚しないのだ。
手の施しようがなく、日に日に、その体は疲弊していった。
いまはフレイシアが付きっきりで看病している。
「ゴホッ……ゴホッ……ごめん……ね……フレア……」
すでに言葉を発するだけでも体力を消耗しているようで、ステリアの声は苦しげであった。
「無理に喋っちゃダメだよ……それに、謝らないで」
目に見えて疲弊していくステリアを、フレイシアは日がな一日看病している。
もはや、実の母親よりも長い時間を共に過ごしている。
フレイシアにとって、ステリアの存在はとても大きなものになってた。
転生したばかりだった頃、不安と孤独から救ってくれたのはステリアだった。
転生の話をしても気味悪がらず、しかも、これまで以上に愛情を注いでくれた。
いつもは優しいステリアも、フレイシアのためならと、厳しく接してくれることもあった。
十年近くも支えてくれた恩人。
とうに気がついていた、ステリアはフレイシアにとって――母親同然なのだ。
「わかっ……たわ……ゴホッ……ふぅ……」
「ほら、ちゃんと休んで……」
上体を起こして座っていたステリアを、フレイシアが寝かしつける。
「はぁ……愛してるわ……フレア……」
「うん。私もだよ。愛してる」
ステリアはフレイシアの頭に手を回して、額を合わせてそう言った。
ステリアはそのまま眠りについた。
◆◇◆
ステリアが寝付いてから、フレイシアはリビングでミケットと話していた。
「おばあちゃん……なんとかならないの……?」
「なんとかしたいさ……不甲斐ないけどあたしじゃあ……」
無理だとは――言いたくなかった。
すでに一人、娘を失っているミケットは、再び己の力不足で娘を失うなどとは、思いたくはなかったからだ。
救いたい。
そのために己を高めてきたはずだった。
にも関わらずこの体たらく――原因を突きとめることすら敵わない。
いまのミケットの心境は想像に難くなかった。
◆◇◆
そんな中、ステリアは夢を見ていた。
自分に子供がいて、愛していて、子供のために毎日仕事に勤しむ――そんな夢だ。
見たこともない世界で子供を想い、仕事に勤しむ自分は、いい母親ではなかった。
仕事を言い訳に、疲れているからと、家で子供に構うことを疎かにしてしまっていた。
子供にまで気を使われていたように思う、なにかを言いたそうにしながらも、めったに話しかけてくることはなかった。
だがある日、普段は声をかけてこない娘が、頼み事をしてきた。
友達の誕生日会があるから、プレゼントを買いたいというのだ。
そのことが堪らなく嬉しかった。
久しぶりに娘の声を聞いた気がした。
自分のことでは決して我儘を言わない娘。
いまも友達のためのお願いだ――そして、ふと思った。
この子を幸せにしてあげる存在は居るのかと――それは自分の役目ではなかったのかと。
いつの間に見失っていたのだろう。
自分は娘のために働いていたのではなかったのか。
どこで間違ってしまったのだろう――そんな自分を、この子はまだ頼ってくれる。
そうだ、私は母親だ、この子を愛する、実の母親なのだ――
次の休みは二人で過ごそう――母子二人で、笑って過ごそう。
最寄りのショッピングモールで過ごした時間は本当に楽しかった。
一緒に食事をして、色んな店を回って、たくさん服を試着して、ピンクのコートを買ってあげた。
娘も楽しそうに笑ってくれた――喜んでくれた。
こういう時間が必要だったのだ。
これからも、休みの日は二人で過ごそう――楽しい思い出をたくさん作ろう。
娘はまだ十歳だ、時間ならまだまだあるのだから――
いなくなってしまった――失ってしまった。
りんがいなくなった。りんが死んでしまった。
たった一人で、水の底に沈んでいた。
どうして……。おそすぎたの……。もう、りんの笑顔を見ることはできないの……。
ちがう……。フレアはここにいる……。ちゃんと笑えている……。きっと幸せになれる……。
あの子はもう独りじゃない! 私だっている! 皆もいる! 今度こそ、あの子を大切にしてみせるわ!
◆◇◆
フレイシア達はステリアの寝室に集まっていた。
この場には、フレイシア、ミーラン、エルアナ、カレット、ベアータ、ミケットがいる。
しばらく眠っていたステリアが目を覚ましたようだ。
皆心配そうに顔を覗き込んでいる。
ステリアも、皆の顔を見回し、そしてフレイシアを見て視線を止めた――
「おはよう――りん」
フレイシアは言葉を失っていた。
皆も困惑している――ミーラン意外は。
「シア……」
ミーランは何かを察していた――だが、フレイシアは確信していた。
ステリアは、あの日の母のように優しく微笑み、愛おしげにその名前を呼んだ。
母は――凛の名を柔らかく呼ぶのだ。
いままでのステリアとは違う。
顔は同じ。声は同じ。見た目は何も変わっていない。
目の前の女性は、ステリアで間違いない。
だが――違う。
ステリアだが、ステリアではない――何かが混ざり合っている。
前世の母と――中林楓と混ざり合っている。
間違いない。見まごうことはない。
そこにいるのは――ずっと追い求めていた、実の母親だった。
「お――おがあざぁ~ん!!」
ただ、抱きしめた。それしかできなかった。
困惑する一同が見守る中――しばらくはそのままだった。
◆◇◆
ステリアがフレイシアを『りん』と呼び、フレイシアがステリアを『おかあさん』と呼んだ。
ミーランはフレイシアの転生を知っていたが、他の者はしらない。
もはや隠すことはできず、フレイシアが落ち着いてから、皆に語った。
転生のことを――
フレイシアを咎めるものは誰もいなかった。
ミーランはもちろん、カレットも、ベアータも、エルアナも。
フレイシアが築いてきた絆は、もはやこの程度では揺るぎはしない。
そんなフレイシアだからこそ、深く――強く、自分たちを愛してくれたのだと、ここに居る皆は分かっていた。
フレイシアを拒む者は誰もいない。
拒絶など、出来ようはずがない。
むしろ、いままで以上の強い繋がりを、皆が感じていた。
ミケットは少し複雑な顔をしていたが、何か納得していた。
「あの子――ノーリンの旦那は、結局わからなかったからねぇ……」
とのことだ。ノーリンは、交わった相手を誰にも話すことはなかったという。
ともあれ、フレイシアとステリアは、この日、本当の親子になった。
◆◇◆
二ヶ月後、今日はフレイシアの十歳の誕生日だ。
「「「「「お誕生日おめでとー!」」」」」
十歳は節目の歳なので、例年より豪華なパーティが行われている。
とはいえ、前年はミーランの十歳の誕生日があったため、それと同じくらいである。
リビングを皆で飾り付けして、ケーキや焼き菓子をたくさん作り、料理も奮発されている。
乾杯を経て、お待ちかねのプレゼントの受け渡しである。
ステリアからは――銀の懐中時計。
カレットからは――自作の香水。
ベアータからは――可愛い雑貨。
エルアナからは――可愛いぬいぐるみ。
ミーランからは――新兵器である。
どのプレゼントもフレイシアを喜ばせたが、ミーランのプレゼントだけは異彩を放っていた。
新兵器と言われて手渡されたものは布にくるまれており、中がわからなくなっている。
「開けてみてほしいの。シアとの出会いを思い出して作ったの」
促されたままフレイシアは布をほどいた。
そして現れたのは、白を貴重として青いグラデーションの入った装飾銃。
「綺麗…………」
空圧式マスケット銃――《縁日の夜》。
名前とは対象的に、夏の青空のようなボディである。
「シアが話してくれたお祭りの射的の銃なの――」
ミーランがこの銃を作ったのは、フレイシアがスノーナイトのフルオートを使いこなせず、セミオートなら命中精度は上がるが、威力が心もとないためだ。
ミーランが作ったこのマスケット銃は、フレイシアに聞いた縁日の射的の銃を参考に、その形状をとった。
一発ずつしか射出できないが、その精度と貫通力は確かなものであり――片手で打てるスナイパーライフルのようなものだ。
事前にフレイシアのエレメントであるユイと相談し、用いる弾はスノーナイトの弾と同じ仕組みだが、縦に長くなっている――弾の装填もユイが行う。
それに加え、中に仕込まれた魔法陣により風魔法を発動させ、内部の気圧を一気に膨れ上がらせる。
これによって高い威力を発揮するこの銃だが、精度を高めるためにミーランの空間魔法をも組み込まれている。
弾自体に一つのポイントをうち、銃口から直線で二十メートル先に、もう一つのポイントが打たれている。
トリガーを引き、押し出された弾は、銃口の先にあるポイントに向って軌道を調整される仕組みだ。
「ミィありがとう! さっそく試し撃ちしてく――」
「コラ! フレア、いまはパーティの最中でしょう! 主役がいなくなってどうするのよ!」
早速試し撃ちに行こうとするフレイシアだったが、ステリアに止められてパーティの席に戻った。
「へへ~。ごめんねお母さん。ついねぇ~」
「まったく……いくつになっても変わらないんだから」
そう言って微笑むステリアには生気が戻っている。
あの日を境に体長が戻り始め、いまではすっかり元通りだ。
この誕生日会は、ステリアの快気祝いも兼ねているのである。
精神年齢は二十歳になったとはいえ、愛する母親との再会――と言えるかわからないが、再び会えたことで、この日のフレイシアはパーティの雰囲気も手伝って、上機嫌に浮ついている。
前世で迎えることの叶わなかった成人を、いま――母と共に過ごしている。
――幸せな時間だった。
今日はあと一話投稿します。
予約で夜の10時に投稿しますので、ぜひそちらも御覧ください。




