約束の撤回
夜になり、そろそろ眠る時間になったのだが。
あの後から、絶対に放れないと、エルアナは終始、ミーランとフレイシアにべったりであった。
それにより、今夜は三人で眠ることになった。
フレイシアとミーランの成長にあわせて、二人が使うベッドは、ダブルベッドに買い換えられている。
三人で並んで寝ても、まだいくらか余裕がある。
エルアナを左右から挟んで、右にミーラン、左にフレイシアが横になり、手を繋いでいる。
「へへ~。ずっといっしょ~!」
共に旅立てることとなり、エルアナはごきげんである。
「ずっと一緒なの……だから早く寝るの……」
時刻は零時を超えている。
ハイテンションなエルアナは、まったく眠る気配を見せないのである。
「え~! だっていっしょにねるの、ひさしぶりだもん!」
フレイシアとミーランの部屋にお泊りするのは月に一度くらいのものなので、夜更かしはいつものことなのだが、この日は特に元気だ。
「スー……スー……」
フレイシアだけはすでに寝ている。
「こんな時ばっかり寝付きが早いの……」
ハイテンションなエルアナを押し付けられ、ミーランの夜はまだまだ続くのであった。
◆◇◆
次の日から早速森へ――とはならず、準備のために一日挟んで、二日後である。
ステリア家の六人は、町の外れから森に入った。
結界から出て、いまは狩猟区の入り口にいる。
エルアナはまだ戦闘はしないが、今後のために見学させると、ベアータが連れてきたのだ。
「私とカレットは仕事があるから。今日はお昼までよ」
フレイシアが三歳になった頃から、ステリアは以前働いていたカフェに復帰し、昼過ぎから夜六時頃まで働いている。
スイーツがメインのカフェなので、ランチタイムが終わった時間帯から忙しくなるのだ。
いずれベアータも、このカフェに紹介してもらい、午前中に仕込みなどの仕事をさせてもらう予定である。
一方カレットはというと、ステリアの紹介で、フレイシアの祖母であるミケットの診療所で、薬を作っている。
錬金術師である彼女は薬品にも通じているため、調合する薬の質がよく、勤務時間は指定されていない。
来れる時に来て、作れるだけ作ってくれと、ミケットから優遇されている。
ステリアが働いている時間は、ベアータとカレットが子どもたちの世話をしていた。
なので、カレットは午前中に診療所へ行き、昼には帰ってくるのである。
今日は初日ということもあって、全員参加しているが、カレットは時間をずらして昼からの勤務である。
明日からは、ステリアとカレットがローテーションを組んで、フレイシアとミーランの指導をするつもりだ。
エルアナの場合、しばらくは家の庭で練習だ。
さておき、ステリアによって、森での訓練についての説明が始まる。
「まず、森の奥には行かないこと! 飛び抜けて凶悪なモンスターはいないけど、危険が増えるのはたしかだからね。基本的には、町に近い場所で訓練を行うわよ。勝手に動き回らないように!」
この森は、すでに、凶悪なモンスターは討伐されていて存在しない。
しかしながら、弱い部類だが繁殖力が高いモンスターはそこらにいる。
特に町から離れるにつれて、その数が増えていくのだ。
「まだしばらくは、私達の目が届かないところでの行動は禁止よ! いずれは自由に行動させてあげるから、しっかりと基礎を学びなさいな」
「はーい!」
「オーライなの!」
フレイシアもミーランも、ステリアの言葉を素直に受け入れた。
やる気は十分である。
「それと、モンスターについてね。倒し方は大まかに二つあるわ。一つは、生存が不可能になるほどのダメージを与えること。そしてもう一つは、コアを破壊すること」
「コア?」
聞き覚えの単語が出てきたため、フレイシアは首を傾げた。
「コアというのは、生命核のことよ。モンスターの体内には、コアと魔石があるの。コアは心臓のあたりに、魔石は大体お腹の辺りに入っているわ。倒したモンスターから入手するのは、素材と魔石なの。コアは破壊しておいたほうがいいわね。再生しちゃうモンスターもいるのよ」
魔石は体内の魔力が集まり結晶化したものだ。
モンスターによっては、体の部位が欠損し、魔石を取り除かれたとしても、コアが体を再生し、再び活動出来る体になる。
そして、時間をかけて、再び魔石が産まれるのだ。
これを利用して、魔石を量産しようとした者もいたようだが、あまり効率が良くなかったため、普及していない。
さて、注意事項を伝えて、いよいよ実地訓練に入る。
「まずは、普通の動物の狩りから始めましょうか。見本を見せるわね」
そして一同は少しだけ森の奥に進んでいった。
「声を抑えて。止まりなさい」
先導していたステリアが皆を静止する。何かを見つけたようだ。
ステリアが無言で指差した先には、鹿のような動物がいた。
そして、慣れた動作で弓を構え、矢を放った――
――ギュー!
ステリアの放った矢は、鹿の頭に命中し、短い悲鳴の後、絶命した。
ステリアは基本的に遠距離で攻撃し、相手が間合いを詰めてきた時に、近接戦闘用の魔装を発動するのだ。
見事な腕前で鹿を撃ち抜いたステリアを見て、ミーランとエルアナは興奮している。
「ビューティフォー……なの!」
「テアおばさんすご~い!!」
と、二人は目を輝かせているのだが――フレイシアだけは、どこか浮かない顔をしていた。
「あ……動かなくなっちゃった……」
動物を殺す光景に、少なからずショックを受けているようだ。
「フレア……これが命を奪うということよ」
ステリアは、フレイシアに向き直り、淡々と言い放った。
「命を……奪う……」
覚悟はしていたはずだった、だが、いざ目の当たりにしてみれば、否応なく残酷な現実が降りかかる。
「生き物は、命を食らって生きていくの。食べ物には感謝を捧げろと嘯く人は多いけれど。そんなのは綺麗事に過ぎないわ。殺される側にしてみれば、結果は同じなのだから。弱い者は死ぬだけなのよ。それは私達も同じだわ……」
ステリアは、言い訳をしながら命を奪うことを、フレイシアにはして欲しくなかった。
たとえ知能のある生物だったとしても、弱ければ狩られることもある。
強くなければ、ただ死ぬだけである。
覚悟などは後付でいい、慣れるしかない。
生き物は、命を奪うことでしか生きることが出来ないのだから。
殺すべくして、殺すことを、ステリアは教えたいのだ。
「生き物が、生き物を殺すことは、あたりまえのことよ。目を背けてはいけないわ。真っ直ぐに見なさい。そして……奪う命を、選びなさい」
いたずらに命を奪わないように、必要な時に迷わず殺せるように、ステリアは、フレイシアへ言葉を送った。
「奪う命を……選ぶ……」
フレイシアは、ステリアの言葉を噛み締めながら、少しずつ、その目に力が戻っていく。
心の揺らぎが静まり始める。
フレイシアの表情の変化を見て、ステリアは皆を連れ、射抜いた鹿の元へ歩み寄る。
次は鹿の解体である。
皮を剥ぎ、肉を切り分け、マジックバッグに収納する。
ステリアは淡々と行っていた。
顔を青くしながらも、フレイシアは目を逸らすことはなかった。
奪った命の末路を、その目に焼き付けるように、じっと見つめていた――
そして己に誓った。
無用な殺生はすまいと。
殺しを楽しむまいと。
その後、フレイシアとミーランも、動物の狩りを行った。
フレイシアの肩は――その体は、終始震えていた。
命の重みを――噛み締めていた。
◆◇◆
その日はモンスターとの戦闘は無かった。
手近な場所で遭遇しなかったのも理由であるが、フレイシアの心の整理も必要だと感じたからだ。
いま、ミーランはフレイシアを部屋に連れていき、話をしている。
「シアに殺しは似合わないの。……こんなシアは見たくないの」
この日、フレイシアの価値観は変わった。
命を奪う光景を目の当たりにし、己の手で命を奪い、嘗て命を宿していたものから温度がなくなっていくのを、肌で感じたからだ。
そしてミーランは、思い悩むフレイシアを見ていた。
張り裂けそうな思いだったのだ。
「大丈夫……すぐに慣れるよ。約束のためにも――」
ミーランと共に、ヴォルケーノを討つと誓ったフレイシアは、是が非でも殺しに慣れると言うのだが、ミーランがその言葉を遮った。
「――シア! ……ミーは考えてたの。あの日、シアがしてくれた約束は、確かに嬉しかったの。でも、それじゃあダメだったの」
そこで一度言葉を区切った。
ミーランは、フレイシアとの約束から数年経つ間に、その決断に疑いを持ち始めた。
エルアナが旅に同行することが決まったことで、ミーランはある決断をしていた。
「……仇討ちはやめるの」
「――ミィ! なに言ってるの!」
ミーランの言葉を聞いて、フレイシアは声を荒げた。
しかし、声を荒げたフレイシアの胸に手を当てて、ミーランは言葉を重ねる。
「エルはどうするの」
「――ッ!?」
先日、エルアナが同行することが決まったが、仇討の話は聞かせていない。
フレイシアも悩んでいたのだ。
「シアは……可愛いエルを、醜い仇討ちに加担させるつもりなの?」
「…………」
フレイシアは何も言い返せなかった。
「何も、自ら望んで仇を討つことなんてなかったの。もし、目の前に現れたら戦うくらいでよかったの。討伐隊が組まれるなら、それに参加してもいいの。ミー達だけで、全部を背負う必要なんてなかったの……」
「でも……ミィ……」
あの日の約束を、まさか、ミーランの方から撤回されるなどとは、思いもしていなかったフレイシアは、言葉に詰まってしまった。
「殺すだけが全てじゃないの。捕まえて国に突き出してもいいの。なにより……シアの笑顔を、奪いたくないの……」
それは、ミーランの切実な願いだった。
友の手を汚させることを……ミーランは肯定できなかった。
三年――もう三年も共に暮らしている。
親友であり、大切な家族である。
この幸せな生活を、誰が失いたいと思うだろうか。
大切なものを汚してまで、誰が仇を討とうなどど思えるだろうか。
掛け替えのない笑顔を、ミーランは奪いたくなかった。
「お願いシア……ミーと一緒に、笑っていてほしいの」
フレイシアは一番大切なことを思い出した。
何故、戦おうと思ったのか。
何故、共に仇を討とうと思ったのか。
何故、ヴォルケーノに怒りを抱いたのか。
それは――ミーランの笑顔のためのはずだった。
仇を討つ事に執着して、大切なことを見失っていた。
「ミィ……ごめん……私……」
「もういいの……旅をするなら、確かに力は必要なの……でも、殺しは絶対じゃないの。楽しい旅にしたいの」
「うん……うん……」
ミーランの想いが伝わり、フレイシアの心を覆っていた暗雲が晴れていった。
約束は撤回され、新たな誓いを立てた。
――三人の旅は笑顔のために。




