ベアータの決意
時は流れて、フレイシアは六歳になった。
背丈も伸びて百二十センチほどになっている。
背中の中ほどまで伸びた髪は、襟足を二つに縛り胸元に流していて、成長に伴い小さくなったケープも新調している。
魔装も幾つか増えた。
まずはグローブ。
ある程度衝撃を吸収できる、名も無きグローブだ。
フレイシアの念願だった指ぬきグローブで、スノーナイトのトリガーを引く際の負荷を軽減するため、人差し指と親指のみ保護されてはいるが、その他の三箇所は付け根から先がない、渾身のロマングローブである。
このグローブのお陰で、スノーナイトのフルオートを、ひっくりがえらずに前に飛ばせるようになった。
とはいえ、前方に飛ばせるだけで、着弾地点はバラバラである。
そしてロングブーツ。
名を《ウィールウインド》、旋風と名付けられたこの白いロングブーツは、機動力を上げるためのもので、羽のように軽やかに動くことができる。
ちなみに、風を司るこのブーツは、風通しがよく蒸れない。
さらに余談だが、フレイシアとミーランは、己を高めるために、武器以外の魔装は常時発動する癖をつけていた。
そのため、常にロングブーツを身に着けるフレイシアは、ホットパンツを常用するようになった。
「ごめんミィ。待たせちゃったね」
「気にしないの、シアと一緒がよかったの」
この三年で、フレイシアはミーランのことをミィと呼ぶようになった。
フレイシアの精神年齢は十六歳になっているため、話し方も随分としっかりしてきた。
ミーランはフレイシアより早い生まれだが、誕生日が6月のため、まだ六歳である。
3月生まれのフレイシアが、前日に六歳の誕生日を迎えたことで、本日はバンクに行ってピースを発行してもらうのである。
ミーランもこの三年で成長していて、身長はフレイシアと同じくらいだが、五センチほど高い。
ショートボブだった髪の毛は、顔のラインに沿ったミディアムヘアになっている――謎のくせ毛は健在である。
モノクルとグリモアだけだった魔装には、《魔導錬金の白衣》という、装飾の入った白衣が追加された。
魔法、魔道具も充実してきたが、その話はまたいずれ。
バンクに向かう道中、雑談を交わしていた二人が、目的地に到着した。
少し緊張している二人は、入り口の扉を前に息を整えていた。
「ふぅ……。いよいよって感じだね」
「まだまだスタートラインなの。旅に出るまで後四年あるの」
打倒ヴォルケーノを掲げる二人にとって、ピースの発行は、ただの入り口でしか無い。
「「せーのっ!」」
息を整えた二人は、揃ってスタートライン――バンクの扉を開ける。
屋内は厳かな空間……では無く、役所のような、事務的な空間であった。
ステリアやカレットと共に何度か訪れたことのある二人だったが、自分の用事でバンクへやってきたのは初めてとあって、やはりというか、その胸が高鳴っていた。
見知った受付を見つけた二人は、連れ立って受付へ向った。
「おやおや。今日はチビちゃん二人だけなのね」
「トゥルールさん、おはようございます」
「おはようなの。それとチビちゃんはやめて欲しいの」
トゥルールと呼ばれたこのエルフの女性は、ステリアたちがキューブをいじっている間、暇しているフレイシアとミーランにお菓子を持ってきたりして、かまってくれていたのだ。
ともあれ。
「あらあら、ゴメンゴメン。二人共立派なレディだものね。それで、今日はどうしたの?」
トゥルールはミーランを軽く宥めて、要件を尋ねた。
「はは~。二人はいつも通りだね~! えっと……今日はピースを作りに来たんです」
「シアは昨日六歳になったの。ミー達はもう子供じゃないの」
ミーランはまだ少しむくれているようだが、いつの間にか二人の緊張は和らいでいた。
「ほらほら、機嫌直して。チョコレートあげるから」
そう言ってトゥルールはミーランにチョコレートを手渡した。
「……仕方ないの。今日は許してあげるの」
チョコレートを頬張り、ミーランは簡単に機嫌を直したようだ。
「あ――そうそう、ピースだったね。用意してくるから、ここに名前と年齢を書いておいてね」
この世界の文字は地球のものと殆ど変わらないため、フレイシアにも読み書きができるのだ。
「はーい。ミィはこっちね」
「ヤム……なの。ん? そうだったの」
チョコレートの魅力に捕らわれ、本来の目的を忘れかけていたミーランだが、なんとか意識を戻せたらしい。
二人が記入を終わらせた頃、空のピースを持ってトゥルールが戻ってきた。
「はいはい、記入は終わったみたいね」
二人が記入していたプレートには凹みがあり、そこにピースを嵌め込むと、ピースが情報を読み込むのである。
トゥルールは、二人のプレートの凹みに空のピースを嵌め込み、情報を読み込ませた。
そしてそれぞれのピースを手渡した。
「じゃあじゃあ、後は持ち主の登録ね。軽く魔力を流してくれれば完了するよ」
これでピースの発行はつつがなく完了した。
「さてさて、料金はステアさん達に貰えばいいかな?」
発行は無料ではないため、その料金を保護者に請求しようという、トゥルールの気遣いだったのだが――
「お金はちゃんと持ってきてますよ」
「釣りはいらないの――」
ドヤ顔でそう言って、ミーランは二人分の料金、千メルンきっちり払った――ちなみに、一メルンは一円である。
「ぴったりぴったり。一メルンも余らなかったね……」
トゥルールは呆れ顔でそう言った。
◆◇◆
トゥルールと別れた二人は、連れ立ってモニュメントプラザへやってきていた。
いまは検問の順番待ちをしている。
「ここに入るのも初めてだな~。ミィは来たことあるんだよね?」
ミーランはカレットと共に逃げてきた際、ポートストーンを利用しているため、当然ここにも来たことがあった。
しかしながら、当時はピースを所持していなかったため、座標の記録ができなかったのだ。
今日は二人共、ミクスの町の座標を記録しに来ている。
しばし待って、順番が回ってきた。
「ん? 子供二人? あー、座標を書き込みに来たんだな」
話しかけてきたのは、クールビューティといった風体の検問の女性兵士。
一瞬、子供二人だったので訝しんだが、ただ記録に来ただけだろうと思い直した。
「はい。今日ピースを作ったので、ここの座標を記録しに来ました」
「そうか。一応確認のために、このディスクにピースを嵌めてくれ」
女性兵士が取り出したディスクとは、情報を書き込むプレートの対局にあたる魔道具で、ピースに書き込まれている情報を読み取るものだ。
名前、年齢、職業などが表示される。
「分かったの」
二人はディスクの凹みにピースを嵌めて兵士に確認させた。
「よし。通っていいぞ。他の使用者の邪魔になるから、記録が終わったら場所を譲ってやってくれよ」
そんな具合に検問を通過した二人は、ポートストーンにたどり着いた。
「すごいね~。前にいた人達、みんな光って消えちゃったよ」
「あれが転移なの。いつ見ても面白いの」
ミーランは転移装置の仕組みに興味を持っているようだ。
「こんなの誰が作ったんだろうね」
「誰が作ったかは分かってないの。でも、長年の研究で、その仕組だけは解明されたらしいの。ただ、悪用されないために、各国の上層部が情報を秘匿しているの」
そんな風にポートストーンについて話をしながら、無事、記録を済ませ、二人は家路についた。
◆◇◆
「おねーちゃーん!」
ステリア家に帰宅した二人が扉を開けると、三歳になったエルアナが飛びついてきた。
「――おっとぉ。……ふあぁ~……エルぅぅ~……」
トテトテと走り、満面の笑みで飛びついてくる可愛い妹に、フレイシアはメロメロである。
「……シアだけずるいの。エル、ミーも抱っこするの」
やはり一番はフレイシアなのかと肩を落とすミーランだが、負けじとエルアナを向いて両手を広げる。
「へへへ、ミーねーちゃんもだいすきだよ!」
「――ミーもエルが大好きなの。あうっ!? グリグリしたら角が刺さるの!」
すきすき~、と。ミーランの胸に顔を埋め、顔をグリグリとするエルアナだが、成長途中の巻角の先端が、チクリと刺さったようだ。
「もう、エルったら。ほら、いらっしゃい」
そう言ってエルアナを引き取ろうとしたのはベアータだ。窓からフレイシア達を見つけて走っていったエルアナを迎えに来たようだ。
「大丈夫なの。ミィが抱っこしていくの」
しかしミーランは、そのまま自分が抱いてリビングに連れて行くと、ベアータに断りを入れた。
「そうですか? じゃあエル、お姉さんにオイタしないようにね」
ミーランの申し出を受け、エルアナをそのまま預けることにした。
そして四人がリビングに入ると、ステリアとカレットが待っていた。
「おかえり、二人共。ピースはちゃんと作ってもらえたかしら?」
フレイシアとミーランが、バンクには二人で行くと言って聞かないので、心配ながら、そのまま行かせていたのだ。
「うん! トゥルールさんがいたから、すぐ作ってもらえたよ!」
「よかったねー、冒険者になれるのはまだ先だけど、二人共六歳になったしぃ。そろそろ、森での訓練を始めてもいいかもねー」
ステリアとカレットから見ても、フレイシア達の実力は十分にあったのだが、やはり体も心も未熟だったため、いままでは、ホイープ森林の狩猟区に入ることは禁止されていた。
しかし、二人は十歳で旅に出るべく準備をしていたため、フレイシアが六歳になったのを期に、狩猟区への出入りを解禁しようというのだ。
「いいの!? 森に入ってもいいの!?」
ようやく実践の訓練が出来ることに、フレイシアの心は高鳴っている。
「そうねぇ、そろそろいいかしらねぇ。でも、私かカレットが一緒じゃない時は、今まで通り進入禁止よ?」
もし何かあった時に、取り返しの付かないことになる可能性があるため、保護者同伴での訓練になりそうである。
「分かってるの。安全第一なの」
目的のあるミーランと、それを手伝うフレイシアなので、たかだか訓練で、命をかけるような無茶はしない。
ちなみに、仇討に関しては、フレイシアとミーランだけの秘密である。
「後四年あるっていってもー。やっぱり二人がいなくなっちゃうのは寂しいよねー……」
カレットにとって、ミーランは大切な一人娘であり、三年間、共に暮らしてきたフレイシアのことも、自分の娘のように感じているのだ。
その時、そんなカレットの呟きを聞きつけてしまったエルアナから笑顔が消えてしまった。
「――ッ!? おねーちゃんたち、いなくなっちゃうの!?」
フレイシアとミーランが旅に出ることを、エルアナには、まだ話していなかったのだ。
「やだぁ! どこにもいかないでぇ!!」
未だミーランに抱かれ、膝に座っていたエルアナが、ミーランに向き直って、しがみつきながら叫んだ。
「違うのエル……。いますぐにじゃ無いの……」
ミーランがエルアナの肩に手をやって優しく語りかけるのだが、癇癪を起こしたエルアナには届かない。
「やだやだぁ! エルもいっしょがいぃ~!!」
絶対に放さないと言わんばかりに、小さな体でミーランにしがみつくエルアナを見て、フレイシアも身を寄せる。
「大丈夫だよエル……お姉ちゃん達はいなくなったりしないから……」
しかし、そんなフレイシアの言葉も、いまの泣きじゃくるエルアナには意味をなさなかった。
「フレアちゃん、ミィちゃん。お願いがあるんです……」
困り果てる面々を見かねて、一人決意を宿したような表情で、ベアータが言葉を発した。
「二人の旅に……エルも連れて行ってもらえないでしょうか」
ベアータは真剣な口調でそう言った。
戸惑っている一同に、ベアータは更に言葉を重ねる。
「足手まといにはさせません! もし、エルが十歳になるのを待ってもらえるのなら……必ず一人前に育て上げてみせます!」
フレイシアとミーランは顔を見合わせていた。
二人の旅は危険なものになる。
可愛い妹まで、巻き込みたくはなかった。
「エル。あなたはお姉さんたちと一緒に居たいのでしょう?」
何を言えばいいか分からず、二人が黙って顔を見合わせていると、ベアータがエルアナに問いかける。
「うん!! ずっとおねーちゃんたちといっしょにいる!!」
ずっと一緒にいたいという、その意味をエルアナは分かってはいないだろう。
しかし、いまはそれでもよかった。
ベアータはずっと考えていたのだ。
フレイシアとミーランが旅立ってしまえば、きっとエルアナは後悔することになる。
慕う姉たちと別れて涙を流すよりも、どんなに危険が待っていようと、共に旅立つほうが、エルアナのためになると――そう考えていたのだ。
「ダメだよエル……危ないこともあるんだよ? 怪我するかもしれないんだよ?」
「――しらない!! そんなのしらない!! いっしょにいたいもん!!」
フレイシアがなんと言おうと、エルアナは引かなかった。
「信じてください…………ディアブロの血は……戦場を求めます」
いまでこそ、ディアブロ族も他種族との友好を結んではいるが、嘗てはその闘争本能で、人々を震え上がらせていた。
故にディアブロ――悪魔なのである。
「力の制御は、私が教え込みます! 自分の身を守れるように! あなた方の隣に立てるように!」
フレイシアとミーランは、ベアータの決意に気圧されていた。
しばらくの沈黙の後、二人は折れた。
「分かったの……エルとはずっと一緒なの」
「ベアお姉ちゃん……分かったよ。エルが十歳になるまで……待つことにするよ……」
二人が一緒に居てくれると聞いて、エルアナはようやく泣き止み、その顔に笑顔が戻った。
「ほんと!? ほんとに、ずーっといっしょだよっ?」
「うん。エルも一緒に行こうね」
フレイシアはエルアナを安心させるために、その頭を撫でながら言った。
「うん!!」
そういう経緯で、旅立ちは七年後の十一月に決まったのである。




