ミーランの嘘――二人の誓い
ミーランが年明け早々汚されてから一週間後。
「ミーちゃんの得意な魔法ってどんなの~?」
フレイシアとミーランは庭に出ていた。
フレイシアは、未だにミーランの魔法を見たことが無かった、なので今日は、魔法を見せてもらおうというのである。
「ミーは空間魔法が得意なの」
「くぅかん魔法? それってどの属性なの?」
「…………」
空間魔法というのもよくわからなかったフレイシアだが、それがどんな属性なのか、さっぱり分からなかったのだ。
しかしミーランは、どうにも答えづらそうに視線をそらした。
「んん? どうしたのミーちゃん?」
ただ属性を話すだけで、どうしてこうも答えづらそうなのか分からなかったフレイシアは、首を傾げた。
「……ゅう……なの……」
「――え?」
ボソリと呟いたミーランだが、フレイシアにはよく聞こえなかったようだ。
「……宙……なの……」
「チュー!? ミーちゃんはチュー属性だったの!?」
「――チューじゃないの! 宙なの! シアは絶対勘違いすると思ってたの!」
そう、ミーランが得意とする空間魔法は――宙属性なのだ。
断じてチュー属性ではないと否定するミーランだが――
「でも~。私知ってるんだよ~? 最近朝起きた時……私にチューしてるの!」
「――ッあああああああ!? 寝たふりなんてひどいのぉぉぉぉぉ!!」
今年、ミーランはチュー属性になっていたのであった。
◆◇◆
しばらくの間、顔を赤くして、フレイシアをポコポコと叩いていたミーランだったが、フレイシアが終始ニヤニヤしていたので諦めたようだ。
「もういいの……そんなことより魔法なの……」
こうなったら一刻も早く話をそらそうと、ミーランは魔法を見せることにした。
「チュー属性の……ね!」
フレイシアとしては、照れた顔のミーランが堪らないようだ。
「ノイジーなの……ミーの魔法はこうやって使うの!」
「――はぐぅ!?」
ミーランに何やら動きがあったかと思ったら、突如、フレイシアの口の中に何かが現れた――突然のことに驚いて、フレイシアはもごもごしている。
少し落ち着いて、それが食べ物だと気がつくと、しっかり味わって飲み込んだ。
「……ごくん……ぷはぁ。もう! びっくりしたでしょ!」
「シアが悪いの、うるさい口は塞ぐの」
いつまでも茶化してくるフレイシアのほうが悪いと、ミーランはフレイシアの抗議を突っぱねる。
「むぅ……。いまのどうやったの……?」
取り付くしまのないミーランの様子に、フレイシアは話を戻すことにした。
「この本なの――」
そう言ってミーランが取り出したのは、白い表紙の分厚い本、《魔導書》である。
この魔導書はミーランの魔装であり、各ページには様々な魔法陣が描かれている。
今回使ったのは、アイテムボックスの魔法陣。
その中に入っていた一口クッキーを、フレイシアの口内に召喚した。
したのだが、思い通りのポイントに召喚するために、ミーランの空間魔法が必要なのだ。
いまのミーランは、自分を中心にした、半径約十メートル圏内のドーム状の空間に、数個までポイントを打つことが出来る。
ミーランは頭のなかで、平面上に正立方体を敷き詰めたように、格子状のラインを引いている。
そのラインが交わった場所にポイントを打つことで、アイテムをピンポイントで召喚できる。
とはいえ、未だ未熟なミーランは、格子状ラインの感覚が広く、あまり細かい調整は出来ないため、自分自身が移動することで、ラインが交わる場所を調整している。
ポイントを多く打とうとすると、脳に掛かる負荷が増えるため、いまは多くとも三つまでだ。
さておき、この話をしていくうちに、ミーランの表情には影が差し始めた。
「これは逃げていた半年の間に開発したものなの……もっと早ければ……パパを……」
ミーランは、ヴォルケーノの追跡を巻くために半年間、各地を転々としていた。
初めの内こそ、恐怖に怯え、父親との別れを悲しんではいたが、攻め入ってきた分隊のリーダーの男の顔を思い出して、徐々に怒りが湧いてきた。
その怒りを糧に、ミーランは新しい力を求めたのだ。
ミーランの後悔は、ヴォルケーノに嫌がらせを受けている段階で決起していれば、父と共に戦い、上手くあの場を切り抜けて、家族三人でここまで逃げてこれたのではないかというものだ。
そんなミーランを見て、フレイシアは掛ける言葉を見つけられないでいた。
「分かってるの、いまさら言っても仕方がないの……。だから……シアにお願いがあるの」
そう言ってフレイシアを見つめるミーランは、何かを決意したように強い眼差しだった。
「お願い……? ……ッ! 私に出来ることなら何でも言って!」
どうすることも出来ないでいたフレイシアだが、何か出来ることがあるのかと、期待を込めた瞳でミーランを見つめ返す。
「シアは、大きくなったら旅に出るって言ったよね? ……ミーも連れて行ってほしいの!」
ミーランが何を思ってそんなことを言ったのか――フレイシアは嫌な予感を覚えた。
「ミーちゃん……それって……復讐……したいってことなの?」
それがフレイシアの懸念であった、しかし、ミーランは首を振った――復讐を否定した。
「違うの……確かにヴォルケーノは憎いの。でも、復讐のためじゃないの」
「違うの? じゃあどうして……?」
復讐を否定するミーランを見ても、フレイシアの不安は拭えなかった。
何かが引っかかっていた。
「あいつらは……いまも、あちこちで悪いことをしているの。誰かが止めないといけないの!」
これである。
これにフレイシアは引っかかっていた――ミーランの嘘に気がついた。
いつもの理性的なミーランならこんなミスはしないはずだった。
ヴォールケーノを倒す理由など――誰も聞いてはいないのだから。
フレイシアは、そのミーランのミスに漬け込むことにした。
「復讐と何が違うの? どうしてミーちゃんがやらなきゃいけないの?」
「――あいつらを放おっておくと、また誰かが悲しむの! 誰にもミーと同じ思いをしてほしくないの!」
これもまた、ミーランの本心ではあった。
だが――全てではない。
「それは嘘じゃないと思うよ……でも、本当にそれだけなの?」
フレイシアは知っていたのだ、いつも隣で寝ているのだから。
悪夢にうなされるミーランを、父の名を呼び、涙を流すミーランを。
いつも見ていたのだから――気がつかないはずがなかった。
「それだけなの! どうしてシアは信じてくれないの!?」
ミーランにしては珍しく、声を荒げて癇癪を起こしていた。
「私はミーちゃんを信じてるよ……だけど、ミーちゃんの言葉を……全部は信じない」
フレイシアは、ミーランが嘘を付き続けて、仇の前に立ったとしても、ただ我を忘れて玉砕してしまうような――そんな予感があった。
復讐なんてしてほしくはない、ミーランにはいつも笑っていて欲しい。
それでも、ミーランの怒りは本物だと感じていた。
止められるとは思えなかった。
だからこそ――
「ミーちゃん……復讐しよう」
「――ッ!? シア!?」
フレイシアの言葉に、ミーランは驚愕していた。
まさかそんなことを提案されるとは思ってもいなかったからだ。
そしてフレイシアは、ミーランの頬に手をやって、優しく語り始める。
「私も手伝うから。ちゃんと準備して、絶対に勝とう」
ミーランを死なせないために、割り切って戦おうというのだ。
「ダメ! 復讐なんてしたって、また新しい復讐を生むだけなの!」
ミーランはフレイシアの旅について行って、ヴォルケーノの情報を集め、隙きを見て一人で抜け出そうと考えていた。
フレイシアを巻き込むつもりは無かったのだ。
もしフレイシアに手伝ってもらえば、フレイシアまでも復讐の連鎖に巻き込んでしまう。
だから、フレイシアを止めようとするのだが――
「ミーちゃん、ちゃんと分かってるんだね。そう、復讐は新たしい復讐を生むんだと思うよ? でもね……」
フレイシアは言葉を区切りながら、ミーランに少しずつ言葉を贈る。
「それを止めるには、ミーちゃんが最後に全部、背負わなきゃいけなくなるよね……」
ミーランが泣き寝入りをして復讐を諦めるにしても、復讐を果たして誰かの恨みを買い、ミーランが殺されるにしてもだ。
「ミーちゃんは諦めないんでしょ? 一人でやるつもりなんでしょ?」
ミーランの心はすでに決まっている。
仇を討つか、返り討ちに合うか、それだけである。
「そんなのダメ。復讐して誰かに恨まれるのはミーちゃんにはしない。ヴォルケーノを倒して、ヴォルケーノと繋がってる誰かに恨みを買ったなら、その人に復讐を諦めさせる」
ミーランは言葉を失っている。
フレイシアがここまで冷酷なことを口にするとは思っていなかったのだ。
「私だって怒ってるんだよ。ミーちゃんの大切な人を傷つけて、ミーちゃんを苦しめてるやつらを。……私は絶対に許さない」
それは静かな怒りだった。
ただ見るだけでは分からない、内から湧き出る静かな怒り。
フレイシアは許せなかった。友人の父親を奪い、故郷から追い出し、夜な夜な悪夢を見せる怨敵を。
ミーランが諦めるのなら、側にいて支えようと思った。
共に笑って暮らせるのなら、そのほうが良かった。
だが、ミーランは復讐を選んでいた。
すべてを掛けて挑もうをしていた――そうすると感じた。
ならば止めることは出来ない。
ならば共に戦いたい。
ケジメをつけねばならない。
それだけは譲れない。
苦しみを分かち合うことも出来ずに――何が友だろうか。
友を傷つける者を討たずして――このまま友を名乗れるだろうか。
初めて出来た親友を見殺しにすることなど、出来る訳が無かった。
「ミーちゃんが戦うなら、私もやるからね」
その目は、揺らぐことのない決意を宿していた。
その姿は、見る者を慄かせる程の威圧感を放っていた。
ミーランは目を惹かれてしまった――心を惹かれてしまった。
もう、断ることは出来ない。
気がつけば、フレイシアを抱きしめていた。
「シア…………助けて」
溜め込んでいた憎しみも、怒りも、恐怖も、すべて、涙と共に吐き出した――
◆◇◆
ミーランが落ち着くのを待って、フレイシアと二人、今後の計画を立てていた。
「最低でも十歳になるまでは町を出れないよ? おばさんとの約束もあるし」
この世界で、冒険者として登録できるのは十歳からだ。
身分証兼キャッシュカードのような役割を持つピースというものは、六歳で発行することが出来、ポートストーンで各地に飛ぶことは出来る。
しかし、旅をするには六歳では早すぎると、ステリアに止められているのである。
「オーライなの、ミーもシアが十歳になるまでは待つつもりだったの。まだ力も足りないの」
元々フレイシアとの旅の途中で別れようと画策していたミーランなので、そこは問題ないようだ。
「いまは、ちゃんと準備しないとね。ヴォルケーノの事もよく分かってないし」
「イエス。あいつらは指名手配されてるからポートストーンを使えないはずなの。なのに神出鬼没なの。何かあるはずなの」
ヴォルケーノの幹部達は国中で指名手配をされている、にも関わらず、奴らは同時期に各地で確認されている。
縦に長いホーン列島を馬車で移動しているにしても、その移動速度は異常なほどだ。
何かカラクリがあるはずだとミーランは睨んでいる。
「とりあえず、強くなりながらあいつらの事を調べないとね」
打倒ヴォルケーノを掲げた二人は、十歳までは修行をしつつ情報を集めることになった。
だが数年後――エルアナが成長することで、少々予定が狂うことになる。
決戦はまだまだ先になりそうだ。




