なきむしのわけ
※いきなり子供が不幸な目に会います、苦手な方はご注意ください。
最終的には幸せになる予定です。
初めて書いた作品です。
何分不慣れなもので、投稿は不定期になるものと思います。
拙い部分も多々あるかと思いますが、これからよろしくお願いします!
フレイシア・ノーリン・ハート、現在二歳、寂しがり屋で泣き虫な、エルフ族の女の子。
白に近い銀青の艶やかな頭髪で、夏の青空のように、吸い込まれそうな程の美しい碧眼なのだが、その瞳は、いつも涙で潤んで、常に悲しげなイメージが付き纏っている。
彼女に両親はおらず、現在は母親の妹である叔母との二人暮らしである。
産まれてからのフレイシアは、実の両親が亡くなったことを察していたのか、誰にも懐かず、いつも泣いていた。
ノーリン――というのは、亡き母の名を受け継いだものである。
そんなフレイシアも、何故か叔母に抱かれている間は落ち着きを取り戻し、甘えていたため、そのまま叔母が引き取り、育てることとなった。
しかし、フレイシアが泣いている本当の理由を知るものは、誰一人として居なかった。
この日の夜も、いつものようにグズグズと泣きじゃくり、叔母に宥められ、眠りについていた。
――だがこの日、いつもとは違う出来事が起こる。
夜も更け、隣で横になる叔母が寝静まった頃、フレイシアは不意に目が覚めた。
そして彼女は、馴染みのあるはずのこの寝室に――違和感を覚えた。
真夜中であり、静寂に包まれているところまでは良かったのだが、隣で寝ている筈の――叔母の寝息までもが聞こえなかったのである。
「……ッ!? おばさん! おばさんっ!」
不安に駆られたフレイシアは叔母を起こそうと必死にその体を揺するのだが、叔母はピクリとも動かなかった。
いや、少し違う。
叔母の体全体が――衣服も含めて、その場に固定でもされているかのように、一ミリ足りとも、微動だにしなかったのである。
「……なに……これ……どうなってるの……?」
異常な事態に、フレイシアはただ狼狽えることしか出来なかった――その時。
不意に眩い光が現れ、フレイシアは目を瞑った。
そして、光が収まった時、恐る恐る、瞑っていた瞼を開いた。
「……だれ……!?」
叔母と自分以外、この部屋には人が居なかったはずである、しかし今、目の前に何者かが現れていた。
『驚かせてすまんの』
目の前の何者かは、フレイシアに優しく語りかけた。
「だれなの……?」
その好々爺とした優しい声音に、僅かに警戒を緩め、改めて訪ねるフレイシア。
『お主の元へ来るのが少し遅くなってしまったのぅ。儂は……そうじゃな、神と言えばわかるかの?』
フレイシアは驚き、目を見開いた。
「……ッ!? かみさま!? じゃあおじいさんがわたしをここにつれてきたの!?」
ここへ連れてきた。
それは彼女がフレイシア・ノーリン・ハートになる前の――前世の自分を、この知らない場所へ連れてきたのかと尋ねたのだ。
『そう、儂がお主をこの世界……“ファウンテン”に転生させたのじゃ』
「…………!」
◆◇◆
日本という国のある土地に、一人の少女が居た。
中林凛――今年十歳を迎えた、小学4年生の女の子だ。
凛が暮らすこの町は、田畑が多く、農業が盛んで、さながら田舎といった風体である。
十二月に入り、昼間はまだ少し温かいとはいえ、朝晩は冷え込むようになっていたある日のこと。
この日の凛は、特に機嫌がよく、木枯らしなどお構いないと言わんばかりに、ウキウキとした軽い足取りで、鼻歌交じりに歩いていた。
今は学校が終わり、お呼ばれしていた友達の誕生日会へ向っているところだ。
凛が浮かれている理由。
もちろん誕生日会を楽しみにしているのもあるのだが、それだけでは無かった。
もう一つの理由は――今、凛が袖を通している桃色のコートにある。
このコートは、友だちの誕生日プレゼントを買いたいと母親にお願いし、連れて行ってもらったショッピングモールで、これから寒くなるからと、母親が新しく買ってくれたもの。
凛のお気に入りである。
まだ学校に着ていくことは無いが、一度学校から家に帰った際、このコートを身に纏い、プレゼントのレターセットを携え、家を飛び出してきたのだ。
帰りは母親が車で迎えに来てくれる事になっている。
凛の両親は共働きだ。
父親は単身赴任であり、あまり顔を合わせることはなく、普段、母親とはあまり会話をしていない。
というのも、仕事が忙しくて疲れているのか、何か上手く行かないことがあるのか、苛々しているというわけではないのだが、少し話しかけづらい空気がある。
凛も本当はもっと我儘を言ったり、甘えたりしたかったのだが、いつも自分のために頑張ってくれている母親に負担をかけてはいけないと、子供ながらに気を使っていたのである。
だからなおさら、母と二人で訪れたショッピングモールは、本当に楽しかった。
まずはプレゼントのレターセットを選び、その後はフードコートで食事をした。
そして、色々な店を見て回り、このコートを買ってもらったのだ。
母親としても、久しぶりの親子の時間を満喫していたのか、ニコニコとして楽しそうに見えた。
凛はそれが嬉しくて、珍しく甘えたりもしたのであった。
そんな母との買い物を思い出しつつ、これから向かう誕生日会へ思いを馳せた。
「奏ちゃん、プレゼント喜んでくれるかなぁ? パーティってどんなことするんだろう? ふふふっ」
そして、ウキウキと歩いていた彼女は、道中の橋へ差し掛かった。
石造りの橋で、幅はなんとか車がニ台通れる程度、欄干の高さは五十センチほどで、つい子供が登りたくなるような高さだ。
学校の登下校時にここを通る子供は――よくこの欄干の上を渡ろうとするのだ。
下に流れる川がさして深くないことも手伝って、子供に警戒を抱かせるには些か物足りない。
「よっ! とぉ……」
それは凛も例外では無かった。いつもの様にスイスイと欄干を渡りつつ、友達の喜ぶ顔を想像して顔がほころぶ。
●○●
「奏ちゃん! お誕生日おめでとう! ハイ! これプレゼントッ!」
「ありがと~! 何が入ってるの~?」
「それは~……、開けてみてのッ、お・た・の・し・みっ♪」
「えへへ~、なんだろう…… うわぁ! レターセットだぁ! ……これでりんりんにラブレター書くね?」
「――ッ!? 奏ちゃん・・・・ 私はいつでもオッケーだぜッ!」
「もぉ~! 何言ってるのぉ!」
「「……ッぷ、あはははははぁ!」」
●○●
「なんてねぇ~、えへへぇ~!」
と。そんなことを考えていた彼女に向かって、突風が吹き付けた。
「うぁっ!?」
――バチャァァン!
気が緩んでいた彼女は、不安定な足場の上で突然の強風にさらされ。
驚いてバランスを崩し、川に落ちてしまった。
「――ぷぁ! ……たす……けて!」
この川は、深いところで二メートル程あり、足をつくことは出来ない。
――冷たい(なんで)
右手にはプレゼントが握られ、体は冬の空気に冷やされており、更に冷たい川に落ちたことにより、硬直して満足に動かせない。
――息ができない(苦しい……)
驚いた拍子に水を飲んでしまい、幼い彼女は正気ではいられなかった。
――前が見えない(暗い…… 怖い……)
元々水泳が得意でない彼女は、水を吸って重くなった衣服を着ている上、冷えた体では満足に泳ぐ事は出来ない。
――助けて(助けて、助けて、お母さん……)
遂に、水面から顔を出すことも出来なくなってしまった。
……もう力は入らない。
奏ちゃんの喜ぶ顔が見たかった。
これからはお母さんとも仲良く出来るのに。
そう思いながら流した涙は――冷たい川に溶けていった。
いつしか握力を失い、手から抜け落ちていたプレゼントが、翌朝、少し下流の川岸に流れ着いていたのが見つかり、その日の夕方、少女の遺体が、川の底で発見された。
◆◇◆
以上が生前の彼女、中林凛の顛末であった。
そして、次に彼女が目覚めた時――異世界に転生していたのだ。
「かみさま……もう、おかあさんにも、かなでちゃんにも会えないの?」
『……そうじゃな、お主の魂をこの世界に移したのは確かに儂じゃが、死んだ者をもう一度、同じ世界で転生させることは出来んのじゃ』
「でも……いきかえらせることができたのに、どうして……」
『ふむ……。では先ずは、そのあたりから説明しようかのう――』
そうして――神と名乗った男は、フレイシアに各種説明を行った。
それを幾つか取り上げるならば。
神は己が創造した二つの世界を管理している。
地球で死んだ魂はファウンテンへ、ファウンテンで死んだ魂は地球へ、自動的に送られる。
魂でも連作障害のような現象が起こるために、このように設定されている。
これが同じ世界で転生できない理由だ。
そして記憶を持った転生者を送り込むのは、異世界に刺激を与えるため。
その世界の常識にとらわれているだけでは、その世界が停滞してしまうことがある。
数百年おきに、スパイスとして転生者が送られるのだ。
とは言っても、その刺激は強すぎてはいけない。
邪な思考を持つ者、化学の知識が豊富な者は転生者に選ばれることはない。
神とて、世界を壊されたくないのだ。
中林凛が選ばれたのは、化学の知識をほとんど持たず、その心が汚れていなかったからだ。
それともう一つだけ。
神が転生者に行っている心のケアについてだ。
折角送り込んだ転生者に心を壊してほしくはない神は、ファウンテンの文明、文化を、ある程度地球に近づけている。
言葉や文字もそうだ、ある程度共通している。
そしてフレイシアの場合は他にもケアがある。
隣で寝ている叔母だ。
この叔母は――中林凛の母親と、瓜二つなのだ。
『せめて……お主の希望となるようにと、そこに寝とる叔母の姉であり、今のお主――フレイシアの母であるノーリンに、お主の魂を託したのじゃ。あー、言っておくが、ノーリンが死んでしもうたのは、出産に耐えきれる体では無かったからじゃよ、元々体が弱かったようじゃ……』
「そうだったんだ……もしおばさんがいなかったら……わたし……」
『確かに別人ではあるがの。知った顔がまったくおらんのでは、幼いお主では耐えられぬと思ったのじゃ』
「…………」
『ちなみにじゃが、お主には《調和の資質》がある。これはお主が元々持っとったものじゃ』
「……ちょーわのししつ?」
『うむ。人はそれぞれ何らかの資質を持っておるが、お主の《調和の資質》は、人と人との絆を結ぶものじゃ。』
「ひととのきずな……」
『お主はこれから、この世界で様々な者と出会うじゃろう。その時、きっと役立つはずじゃ。そして――この世界において、資質というものは重要な意味をもっておる、お主にもいずれ、分かる筈じゃ』
「これから……」
…………。
フレイシアの様子を見て心配そうに眉を歪める神であるが、そろそろ退場の時間だ。
『お主に説明する事はこんなところかの……まだ気持ちの整理はつかぬじゃろうが、どうかこの世界を嫌いにならぬことを願っておるよ。ではのぅ……お主に幸あらんことを――』
その言葉を残して神は去っていき――いつもの寝室に戻る。
残されたフレイシアの心境は複雑であった。
もうあの場所へ帰ることは出来ない。
愛した母、友人とも二度と会えない。
馴染みのない世界で――彼女は生きていかねばならない。
……ぐすっ……。
神の姿が消え、叔母の寝息が聞こえ始めた寝室で、フレイシアは涙を流していた。
◆◇◆
いっぽう――自らの領域へ戻った神はというと。
『やはり、幼子には酷じゃったかのう……。どうか強く生き、この世界に良い刺激を与えてほしいものじゃ。……ふむ。そう言えばこの叔母と、フレイシアの生前の母親の魂の波長は、どうやら似通っておるようじゃな。……そうじゃな。時間はかかるかもしれぬが、これくらいは良かろう。――うむ、これで良い』
神が何か作業をしていたようだが、それがわかるのは、もう数年、先の話――
◆◇◆
夜が明けた。
フレイシアが泣き疲れて眠りについた夜が明けた。
目が覚めた時、隣にはすでに叔母の姿はなかった。
いつものことである。
朝食の支度をしているのだろう。
いま寝室には、フレイシア一人だ。
「あのかみさまはいってた。むこうでしんだたましいは、こっちのせかいにくるって。いつか……おかあさんと、かなでちゃんのたましいも、こっちにくるんだよね……。まとう! まてるはずだよ、エルフはじゅみょうがながいってきいたことがあるから、いきてまっていれば、ぜったいにまたあえるんだ! ぜったい……あえるんだ……! ――そうだ! わたしがこのせかいをあんないしてあげよう! このせかいのことをいっぱいしって、わたしがあんないしてあげるんだ!」
どこか虚ろな目で笑いながら、フレイシアはそう言って自分に言い聞かせていた。
心が壊れてしまうのを無意識に守ろうとする防衛本能だろうか。
彼女はあるとも分からない希望を見出し、縋ろうとしていた。
愛した母と友人に再開できることを願って――奇跡に縋った。
ここまで読んで下さってありがとうございます。