第五話『寺子屋教師の覚悟〜第三面〜』
「今回は少々、本気で行かせてもらうぞ」
慧音はそう言うと、首にかけていたペンダントを外す。すると、慧音から大きな角が生え、服や髪が青色から緑系統の色に変わっていく。
慧音は小さな帽子を地面に投げ捨て、俺に牙を剥いた。
「……制御、できてんじゃねぇか」
確か最後に会った時は、満月で変身し、変身した後は自分の意思では体を動かせないとか言ってた気がするが……。
そう呟く前に、慧音はすでにこちらに走り込んでいた。
慧音の高く跳躍しての拳を、俺は受け止め、そのまま押し返す。
「ぐぅ……!?」
「まだまだ、甘ちゃんだぜ」
俺はそう言いながら、後ろ回し蹴りを慧音に当てる。
「ぐが……! ァァァァァアア!!」
「おいおい……『試し』じゃなかったのかよ」
俺はそう言いつつ、吠えながら掴みかかる慧音の手を弾き、そのまま蹴り上げる。
「ガアッ!!」
「ああ、そういや今日って満月だったな」
俺はそう言いながら、慧音に向かって、妖力の柱を立てる。
「妖符『アップ・ジ・ピラー』」
「く……! あの子には、ふれさせはしまい……!」
慧音はそう言いつつ柱をかわし、こちらに瞬間的に移動してきた。なんだ……心なしか、動きが速くなってないか?
俺はキレッキレの慧音の攻撃を見切りながら、足払いをかける。慧音はそれを跳び上がって避けると、掌底打ちを俺の顔面に突き出した。
「アガッ……!」
そのまま、慧音はフラつく俺を蹴り飛ばした。
「ぐふっ!!」
「そろそろ、諦める気にはならないか?」
「なるかよ!!」
俺はそう叫んで自分に覇気を持たせると、あの刀を抜く。
「いいぞ!! それでこそお前だ!!」
慧音はそう叫び、俺に向かってきた。
惑わされるな、俺。意識を集中しろ。──今だっ!!
俺は慧音の足音でタイミングを掴み、馬鹿正直なほどまっすぐに刀を振るう。
それは慧音に命中……することはなく、空ぶってしまう。
「ふん! その程度で私を超えられると思うなよ!!」
慧音は怒り混じりでそう言うと、俺に頭痛をかました。
「うぐ……!!」
「まだまだァ!!」
さらに慧音の連撃は続き、フラフラとする俺の顎をアッパーで殴りとばし、がら空きになった腹にエルボーを決めると、俺の首を片手で握りしめた。
「ガ……ア……ッ!!」
俺はバタバタと足を揺らし、慧音の手首を両手で握りしめる。
妖怪の足首を握りつぶすくらいには強力な俺の握力だが、慧音は我を忘れてるのか、それとも痛みを感じていないのか、口角を吊り上げて笑いながら……目は笑っていないが、手に力を込める。
俺の首がミシミシと嫌な音を立て始める。
やばい……このままじゃ、堕ちる……!
俺はもうすでに力が入らなくなった足に、精一杯妖力と気力を込める。
そのまま慧音の腕に足をかけ、体を反転させる。
「な……!」
ギチギチと慧音の腕が悲鳴を上げた。
「俺だって負けらんねェんだよッ!!」
そう言って、腕によって地面に転んだ慧音の腕を、思いっきり踏み潰す。
「アガアッ!!」
ぐしゃりと、嫌な音を立てながら慧音の腕はひしゃげた。
「……済まない……」
慧音はそう言いながらも、ふらりと倒れこんだ。
「おいおい……」
俺はそう言いながら、意識を失った慧音を近くの木の根元に横たわらせ、俺は魔法の森を睨みつける。
「いったい……あの先に何が待ってるっていうんだ……?」
俺がそう言うと同時に、何かに回し蹴りを食らい、そのまま吹き飛ばされる。
「うぐ……っ!!」
「まだ……終わってない……!」
「くっそ……親切にしてやったのに、そんな態度取るってことは……わかってるんだろうなァ」
「勿論、とっくの昔に覚悟なんて決めてる。私はあの子の為に生きる!!」
言論に対して、慧音の腕は正気とは思えないほどに歪んでいた。
なるほど、制御できていたと思っていたが……飲み込まれていたのか。
慧音は考える俺にお構いなく、大量の弾幕を発射した。
「そういえばお前は、弾幕の発射が苦手だったなァ!」
「うるせぇ!! これがお前の言うあの子のためになると思ってんのか!?」
「……っ! うるさい! 黙って戦い、そして私に勝ち、自分の正しさを証明してみせろ!!」
慧音はそう言うと、弾幕の数をさらに増やす。
俺はもはや慧音の正義も意地になってるんだろうと思いつつそれを避け続けるが、次第に壁際に追い詰められていった。
「だあ! くそっ!!」
俺は間一髪で弾幕の間を潜り抜けると、そのまま高く上昇し、技を放つ。
「『ウイング・ストライク』!!」
「なに……!」
俺の翼から放たれる強力な風の魔砲は、慧音とその周囲を包み込み、光る竜巻となって暴れると、霧散した。その跡には、服がボロボロになりながらも狂気的な笑顔を見せる慧音の姿があった。
やっと慧音の意識を呑み込んだ感じか。
「……満月」
「この感覚……久しいな!! 前もお前と戦った時だったよ、志郎!!」
慧音改め、慧音に呪いをかけた大妖怪満月はそう言うと、その手に封印の紋様を見せつける。
「……慧音はもう解放しないのか?」
「……そうだなァ。この女の体も飽きたし、そろそろ戻ってもいいかもな」
満月はそう言うと、その手に大妖怪が封印される時の烙印を見せつける。
「……ま、安倍のヤローが居ないとこの封印は……ってお前ならかき消せるんだったか?」
満月のその問いに、俺は頷く。
……だが、コイツは非常に危険な妖怪だ。解放した途端暴れ出すだろう。
そうなっては、非常に厄介だ。
「……今は解放しない。次の満月の時に機会があったらな」
「あァ? てめぇ……誰に口答えしてるか分かってんのか?」
満月はそう言って、全身に妖力を纏った。
「ちったぁお仕置きが必要だなァ」
相変わらず、品のない。俺はそう呟きながら、刀を構える。
「ハッ! てめェにゃ剣の才能はない!!」
「だろうな」
俺だって、自分に自信なんかない。……が、ここで引いたら終わりだ。
俺はまっすぐに満月を見つめる。
「……やめだやめ! あとはもう拳で語り合うしかねェからな!!」
満月はそう言うと、俺に対して一歩進んだ。
俺はそれに対応するように剣を構える。
「ハアッハッァ!!」
満月の笑い声と邪気を孕んだ攻撃は、俺の刀をズタズタにする。
俺は刀を捨て、妖力弾を放つ。
満月はそれを回避し、俺に詰め寄る。
「やられてたまっかよ!!」
俺は満月の一撃を回避し、そのままカウンターを決める。
「うぐぉっ!?」
「しゃらぁっ!!」
怯んだ満月に、回し蹴りを腹に叩き込む。
何棟もの建物を貫通し、満月は「ゥアァ」と辛そうなうめき声を上げた。
俺は満月の頭上から蹴りを決め、満月は倒れた。
満月の姿を見ると、何かが蒸発するように期待が発生し、その後には地面にぐったりと横たわる、青い慧音の姿があった。




