第二話『西行寺幽々子』
俺が料理を終え、大皿に盛り付けた晩御飯を運んでいると、そこには箸を前にピッタリと正座した幽々子様が座っていた。
「志郎、あなたの料理の腕前、楽しみにしてるわよ!」
「至極恐縮でございます、幽々子様」
俺が机の上に料理と皿を置いた途端に、幽々子様は箸を片手に、目を爛々と輝かせた。
「待っててください、妖夢を連れてきますから」
「わかったわ、なるべく早くね」
俺は悲観するような目をしながらそう言った幽々子様を尻目に、妖夢を捜索する。
外出するとかは聞いてないし、おそらくはこの屋敷……白玉楼の中に居るハズだ。
「セイヤッ!! ハァッ!! ハッ!!」
廊下を歩いて探していると、鋭い声が聞こえてきた。その声を頼りに、俺は妖夢を探す。
すると、妖夢は刀を持ち、足を動かしながら素振りをしていた。
「おーい、妖夢!」
俺が呼びかけると、おそらく剣の特訓をしていたのであろう妖夢はすぐさま反応して、俺の方によってきた。
「何でしょうか、志郎さん」
妖夢はキリッとした顔でそう聞いてくる。後輩が質問をしに来たと思って嬉しいんだろうか? まあ、期待を裏切るようで悪いが、そういうわけじゃないんだよなぁ。
「いや、ご飯ができたから呼びに来たんだけど……」
妖夢は俺のその言葉に、「ほう……」と漏らしながら、少しだけ意外そうな目をして、会話を再開した。
「そうですか、なら、早く行きましょう」
妖夢はそう言うと、刀を鞘に収め、こちらに微笑みかけながら歩いて行った。
俺はそれについていくように、幽々子様の待つ茶の間へと歩いて行った。
◇◆◇◆◇
「……何だ、こりゃ」
俺は唖然とした。茶の間で俺を待ち受けていたのは、幸せそうな顔をした幽々子様と、空になった大皿。
「幽々子様、また私たちに断りもなく全部食べたんですか!?」
「あら、いいじゃない〜。減るもんでもないし」
「減ってますよ食料が!!! 幽々子様が今食べたのは、私たちの分もおそらく入ってるんですから!!」
妖夢は鋭くツッコむと、目から光が失われた。そんなことを気にもせず、幽々子様はほおに人差し指を当て、考える仕草をする。
「んー……そういえば、いつもより量が多かったような……?」
……10人前、幽々子様が1人で平らげたのか。
現実世界にも大食いキャラとかは居たが、これは流石に……。
「志郎さん、先に言っておくべきでしたね。幽々子様の分はこれから私たちとは別にしておいてください。幽々子様は8人前、私たちはそれぞれ1人前で」
「あ……ああ……」
俺が頷くと、妖夢は頭を抱え込んで俯いてしまった。
「またご飯が……これからの食費……どうしよ……」
「なんか……ごめん……」
ああ、白玉楼の財政は赤字なのか、主に食費で。
俺は少し後悔しながら、これからどうしようかと悩む。仕方ないので、気分転換に屋敷を出ると、枯れきった巨大な桜が白玉楼の背後で目に付いた。とても古い巨木だ。それに……なんだか、引き寄せられるような気もする。この瘴気……あの桜は、非常に強い呪力を持っているみたいだな。
死が詰まった桜、とでも言うべきか。何となく、幽々子様に似た力も感じるが……気のせいだと思いたいな。
俺が白玉楼の背後にある巨大な妖桜について考察をめぐらせていると、突然セーラー服のような物を着た、羽の生えた少女が俺の前に飛び込んできた。
「よっ……と。こんにちは、文々。新聞の射命丸 文ですが」
「あ、こりゃご丁寧にどうも」
新聞屋か? かなり古いインスタントカメラを持ってるし、見たかぎりじゃあ新聞記者っぽいな。まあ、新聞記者にしてはまだ若いが……いや、背中についているのは俺の仲間のような羽根か? ってことは、天狗か……しかも、多分烏天狗だ。
「いえいえ。それより、魂魄 妖夢さん居ます?」
「ええ、妖夢ならあそこで……(精神的に)死んでます」
俺が指さした先では、何かトラウマでも呼び起こしたかのように、妖夢が頭を抱えながら、暗い顔をしてブツブツと呟きながら俯いていた。その隣で、幽々子様が何やら励ますような言葉をかけているが、多分逆効果だろう。
「なら、貴方でいいでしょう。……ていうか、白玉楼に半妖なんて居ましたっけ?」
「いや、俺はさっき転がり込んできたばかりだが……いや、さっきなのか?」
俺がそういうと、少女は気づいたように話を展開する。
「あ、もしかして妖夢さんがこの間話していた、博麗神社の階段で倒れていたっていう半妖さんですかね。時間でいうと、大体2日経ったでしょうか?」
……この少女、俺が半人半妖だと気づいたのか。何者だ? うーん……妖夢が話していたのか……? ていうか、俺2日も寝てたのか!? さすがに、あれだけ整備されてた博麗神社の階段で1日も発見されてないなんてことはないだろうし……。
「まあ、何でもいいです。名前を教えてくださると助かりますが」
「俺は……黒山 志郎だ」
「志郎さんっ……と。ありがとうございます」
少女はそう言いながら、メモ帳に何かを記入していた。俺はなんだかむず痒くなって、話を催促する。
「で、要件は?」
俺が尋ねると、文とやらはそうだった、と言うように手をポンと打った。
「それがですね……異変が発生したんですよ」
「異変?」
「あら、そこから話さないといけませんか? というか……貴方、弾幕は撃てます?」
「いや、撃てない」
俺が素直に答えると、文とやらは少し考え込み、話を続けた。
「……まあ、記事のネタにはなるか。異変というのはですね、まあ簡単に言えば普通の日常では起こりえない大きな異常……といった所でしょうか」
おい、本音漏れてるぞ。とは思いつつ、文の話を聞く。それにしても……大きな異常か。具体的には、いったいどんなものなんだろうな。
「例えば、全ての季節の花が一度に咲いたり、春が来なかったり。例えば、宴会が3日毎に行われたり、紅い霧に包まれたり」
宴会が3日毎なら、幽々子様が喜びそうだな。
俺はそう思いつつ、今回の異変について話を聞く。
「今回は、どんな異変が起こったんだ?」
「人里から子供が失踪する異変です」
文は淡々と答える。子供が居なくなるって、結構な大事件じゃないか? ……まあ、現実世界の日本とは違うからな。中国辺りじゃあ子供の誘拐事件って結構あるらしいし。とは言え、今はそんなことをしている場合じゃ……いや待てよ?
「解決したら謝礼は?」
俺の問いに、文はにんまりとした真っ黒な笑顔を見せて答える。あ、また一つコイツの記事のネタが増えたわけか。まあ、それくらいなら全然いいけど……。
「そりゃもうたっぷり」
「OK、協力しよう」
俺だって、助けてくれた妖夢や、受け入れてくれた幽々子様の役に立ちたい。
だから……この、忌み嫌われてきたハーフ妖怪の力を使おう。
まあ、子供が失踪する異変でお金が欲しいで協力するのは、なんだかバチが当たりそうだが……俺は人間に恨みすらあるからな。
俺はそう決意し、案内してくれるという文についていくのだった。




