第一話『再開』
俺が魔法陣の光に包まれその先に出ると、そこは大きな図書館のような場所だった。
「……ここに、レミリア達がいるのか……?」
「兄さん!!」
俺が周りを見渡すと、背後から俺を呼ぶ声が聞こえる。そちらを振り向くと、前に最後に見たときよりも大きくなったレミリアが居た。
「レミリアか!! 久しぶりだな〜。元気にしてたか?」
「子供扱いしないでよ!! 私はもう紅魔館の主であり、スカーレット一族の族長なのよ!!」
「俺や父さんがいなかったからだろ」
「うるさいわね!! なんだっていいじゃない!!」
俺の言葉に対し、レミリアはガルルと獣が牙を剥くように噛み付いてくる。
「ハイハイ。パチェと美鈴は?」
「何よその言い草!! パチェは今、貴方を召喚したことでぶっ倒れてるわ。美鈴は門番……まあ、寝てるでしょうけど」
レミリアが親指で示す方向を見ると、そこには横になったパチェが居た。あんな別れ方をしたから、パチェがまだちゃんと生きてるのか不安だったけど……後遺症もないみたいで安心した。
「んじゃあ、美鈴に会ってくる。ついでにこの館も散策しとくわ」
俺はそう言って、レミリアに一時的に別れを告げる。後で聞かなきゃいけないこともあるし、まずは落ち着いてからにしたいからな。
◇◆◇◆◇
「お……あそこだな」
俺は寝ている美鈴の背後にこっそりと忍び寄り、美鈴の脇に手を伸ばす。
「ひゃっ!?」
美鈴は悲鳴をあげながら飛び跳ね、咄嗟にこっちを向いた。
「だ、誰ですか!? ……って、え? えぇ!?」
「おう美鈴。久しぶりだな」
「ヴラド……さん……?」
「おう。ヴラドさんだぜ」
俺が気楽に美鈴と会話をすると、美鈴は急に目から涙をボロボロとこぼし始めた。それはやがて線になり、頬を伝って地面に黒いシミを残す。
「おいおい美鈴、泣くなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「だって……だって……!」
美鈴は少し泣くと、俺にギュッと抱きついてきた。
俺はそのまま美鈴の背中に手を回し、ポンポンと叩いてやる。
「いきてて……よかった……」
美鈴はそれだけ言うと、しばらく俺の胸に顔を埋めて泣き続けていた。
俺は黙って背中を撫でながら、その抱擁を受け続けていた。
◇◆◇◆◇
しばらくすると、美鈴は泣き止んだのか俺から腕を離した。
「ご、ごめんなさい! 私、私……」
そう言って、離れながら美鈴は涙が零れ落ちる目尻を拭う。
「ずっと、ヴラドさん死んだと思ってたから……」
「安心しろ。俺は死なねえよ」
まあ、パチェに転送してもらえなかったら、確かに危なかったけど……。
あの時パチェが使ったのは、真祖である俺が死ぬ可能性のあるほどの大魔法だ。むしろ、後遺症の一つや二つ残っている方が自然だが……昔の話だしな。
「……じゃあ、俺、そろそろ行くから。また、必ずお前に会いに来る」
「……ええ、待ってますよ」
門から少しずつ離れる俺を、美鈴はニコニコという笑顔で見えなくなるまで見送り続けていた。
◇◆◇◆◇
俺がさっき居た図書室に戻ってくると、そこでは2人の少女が会話をしていた。
「レミィ……ヴラドは?」
「大丈夫……大丈夫よ……成功したわ……」
「そう……よかった」
パチェは慈しむレミリアに対してそう言うと、再び静かにベッドに横になった。
「……レミリア」
「何? 兄さん」
「……パチェは、そんなに悪いのか?」
俺の疑問に対し、レミリアは笑顔を浮かべながら答える。
「大丈夫、ちょっと無理しただけよ。命に別状はないわ」
「そうか。なら……いい」
「そう。それで? 何か用かしら、我が兄上にして剣客、ヴラド・スカーレット殿」
「畏るってことは……分かってると受け止めて、あえて聞く」
俺の雰囲気で気づいたのか、俺に対してさらりとフルネームと役職呼びをするレミリアに、俺は口を開く。
「あの女……ヴァンパイアハンターは、どういうことだ? 何があったんだ? それに……スカーレット家の刻印を、なんであいつが持ってるんだ? 人間には使えないはずだろう」
「あら、随分と疑問が多いのね。そこらへんはパチェが起きてからしようと思ってたけど……待ちきれないみたいだから、私から説明するわ」
そう言って、レミリアはそっと口を動かした。
◇◆◇◆◇
「私たちが散り散りになった直後のことよ。爆発音が聞こえて、美鈴がヴラドとパチェの助太刀のために、寝室へと向かったわ。そこで美鈴が見たのは、横たわるパチェと咲夜の姿。そして一際異様な青い光の魔法陣。
とにかく美鈴は、あなたか父上を探して城中を駈けずり回った。けれど、あなたも父上も城には居なかった。それで、美鈴は私の指示によってまだ安全な部屋にパチェを寝かしたわ。その時、隣の部屋に事情を聞くために咲夜も拘束してはいたけど、寝かせていたわ。
そして、パチェより先に咲夜が起きた。でも、深い戦いのダメージと、精神が錯乱状態に陥ってたから、私が吸血鬼の血を流し込んだのよ」
「血を……流し込む。そうか、それであいつに吸血鬼の刻印があったのか」
「ええ。咲夜を後遺症無しで生活させるには、吸血鬼の血液による回復力と刻印を媒介とした強制回復が不可欠だったから。
こうして、咲夜は吸血鬼の刻印を持つに至ったわ。
後は、咲夜にヴァンパイアハンターの仕事を止めさせるために、ウチで雇ってたの。他に質問はあるかしら?」
「いや……特にない。手を煩わせてすまなかったな」
「いいのよ。家族なんだし、共有しておくべき情報でもあったしね。むしろ、兄さんから聞いてくれて助かったわ」
レミリアはそう言うと、図書館の扉に向かっていたのを振り返って、俺に笑顔を向けた。
……可愛いな、ちくしょう。
俺は謎の悔しさを感じながら、レミリアとは反対方向、パチェの方に近づく。
「……寝てるか?」
「……いや、起きてるわよ。こうして話すのは、もう随分と久しぶりになるかしら」
「90パーセントはお前のせいだけどな」
「仕方ないじゃない。ああでもしないと、私たち全滅してたわ」
「ごもっともで」
俺はそう言って、手頃な本棚から本を一冊取り出し、表紙をめくる。
「……私にも一冊、貰えるかしら」
「あいよ」
俺はもう一冊取り出しパチェに渡すと、俺たちは無音空間で読書に没頭する。あるのは本をめくる音だけだが、気まずさもない心地よい空間。……あれ、前にもこんなことあった気がするな。まあ、いいか。
俺が読んでいるのは、召喚術の術式が書かれた魔本だ。古臭くて分厚い羊皮の表紙とは裏腹に、中身は割と最近の物だ。
「なあパチェ、コレってどこで買ったんだ?」
「ああ……それは、人里の古本屋に売ってたやつね」
他の奴なら無下に扱われるであろうこの状況に優越感を感じながら、俺は図書館の壁に貼られている巨大な地図を見る。
「……人里はあそこか。ていうか、この場所って幻想郷って言うんだな」
俺がそう呟いた途端、図書館の窓が「バン」と大きな音を立てて開かれた。
注:サブタイトルは誤字じゃないです