幕間『博麗霊歌の1日』
長くなりそうだったので変な所で切ってしまいましたが、ご了承ください
博麗神社。参拝客の多いその神社には、一つの家族が住んでいる。
博麗霊斗と霊夢、そして娘の霊歌である。
彼ら……霊斗と霊歌の1日は早く、朝4時ごろに起床し、霊斗特性の短時間のエネルギー補給に最適な食事を2人で摂るところから始まる。
霊歌がもう少し成長していれば各自で身支度を整えるが、まだ幼い霊歌にはそれはできなかった。まあ、それも楽しいと感じながら霊斗は霊歌の体を洗い、2人は博麗の服装に着替える。
朝シャンは一般的にあまり良くないと言われているが、霊斗の場合はまた別である。
朝シャンの最大のデメリットである『脱毛』も霊斗の完璧なケアと調整によってなくなる。
1日をスッキリした気分で始めるのに、朝シャンと朝ご飯と朝の運動ほど良いものもない、と霊斗は公言しているほどだ。
朝食と朝の入浴が終わると、2人は庭に立つ。
「おねがいします」
「じゃあ、今日も特訓始めるか」
霊斗の言葉に、霊歌は黙ったまま頷くと、その身の丈には明らかに似つかわしくない一つの武器を空間から取り出す。それは、巨大な戦斧。
霊歌はそれを片手で軽々と霊斗に向かって振るう。真っ直ぐ、迷いの一切ない線の一撃は、鬼であっても腕の一本や二本は持っていかれるだろう。事実、霊歌は暴れまわる鬼のようなパワータイプの妖怪の駆除もこの間終えた所だ。
霊歌を一言で表すなら、それは『異常』。霊夢に類似し、且つ同い年の頃の霊夢よりも強力で唯一無二のその戦闘力は、人の身でありながら明らかに神の領域に踏み込んでいる。
「良いぞ、その調子だ!」
霊斗はそう言いながら、ひたさら霊歌のバトルアックスの攻撃を回避する。
霊歌の攻撃は、申し分ないものである。しかし、まだ鬼や天狗を倒すには至らない。その領域には、まだまだ体の成長が必要だ。
不意に、霊歌は戦斧を投げ飛ばした。普通の対戦相手であればそれに気を取られる所だが、霊斗はそれも冷静に回避すると、霊歌の剣での攻撃を右手の人差し指と中指の二本で受け止めた。
「良いぞ霊歌、その調子だ。教えたことも随分吸収したようだし、ドンドン良くなっているな」
霊斗に褒め称えられた霊歌は嬉しそうに頬の端を綻ばせた。
その瞬間、霊斗のズボンのポケットからケータイのアラームのような音がなる。
「よし、今日はここまでにしよう。霊夢が起きてくるより前に、もう一度風呂に入ってこよう」
そう言って、霊歌と霊斗は2人で風呂場に再び入った。この風呂場の使用回数はとても多い。それだけ汚れもたまっていくが、それは霊斗が、時に霊夢が洗い流す。
本日二回目の風呂では、汗を洗い流し、体の臭いを消すことに専念する。
「体の臭いはちゃんと消しとかないと霊夢に怒られるからな。しっかり洗っておけよ?」
「うん!!」
二度目の風呂を終えると、霊斗と霊歌はそのままキッチンへと向かう。この時間(大体6時くらい)なら、普段の霊夢なら起きているはず、という霊斗の考え通り、そこには可愛らしくチャカチャカと用具を用いながら料理をする霊夢の姿があった。
今日の朝ご飯は卵焼きと浅漬け、それに白米と焼き魚、味噌汁か。
霊斗の予想通り、ザ・和食とでも言わんばかりの、現代人には少々多すぎるくらいの朝食が並べられる。
運動した後の霊斗と霊歌は、料理をしている霊夢の邪魔は出来ないので、居間で机を囲んでテレビをつける。
『朝のニュースのお時間です』
地方のニュース番組やN○Kのような少し古いタイプの、青い背景のニュース番組が流れる。キャスターは姫海棠はたてと犬走椛。情報収集は文で、紫が幻想郷に都合が良いように台本を作成、河城にとりを筆頭とした河童達がカメラマンやAD、演出に画面の切り替えなどの全ての雑務をこなす。
霊斗がこの世界に来てからなので、テレビサービスと同時にこの番組が始まってから2年目になるか。
その様はかなり慣れたのか、落ち着いており、聞きやすくまた分かりやすいように放送されている。
「ふーん……パパ!!」
「ん? どうした霊歌?」
「今日、人里でお祭りあるんだって!!」
霊歌が指をさすテレビの画面には、露天の準備がされている人里の大通りの画像が映っていた。その右上のロゴには『人里で夏フェス開幕』と書かれている。
霊斗はそれを見て、霊歌の心情を察する。
「行きたいのか?」
「うん!!」
「よし、ならお仕事とお勉強今日は早めに終わらせるか」
「やたっ!!」
霊斗の言葉に、霊歌ははしゃぎだした。霊斗の甘さに霊夢は呆れながらも、優しい顔を崩してはいなかった。
◇◆◇◆◇
「では、今日のお稽古を始めるわよ」
「はーい……じゃなくて、はい!!」
「よろしい。それじゃあ、まずは掃除からね」
霊夢はそう言って、二本の竹箒を取ってくると、霊歌に片方を渡した。
この掃除は、神様の座する境内と本殿を掃除するもので、神職にとって非常に重要な業務の一環である。
霊夢は霊歌が産まれる前には朝食前に掃除を終わらせていたが、今では霊歌の特訓もあるため朝食後に行うことになっている。
その間、霊斗は普段はお茶を飲んでいたり、来訪客の相手をしていたり、神前式(和式の結婚式)の神職としての仕事をすることもある。
まあ、神前式を行うときは巫女としての仕事もあるため、大概霊夢も共に博麗神社を離れるのだが。
だが、この日の霊斗は少し違った。
神前式の仕事をするわけでもなければ、博麗神社でゆったりとしているわけでもなかった。最近は少しそういったことが増えてきたが、霊斗が約束を絶対に守ってくれるのは霊歌も重々承知なので、とやかくは言わない。
「霊歌ー? 掃除終わったのー?」
「あ、ママ!! うん、お掃除終わったよ!!」
「そう。それじゃあ、次のお稽古よ」
霊夢はそう言うと、陰陽玉を取り出し、霊歌に渡した。
「術式展開の練習よ」
普段は霊斗が面倒を見てくれるが、今日のような霊斗がいない日は霊夢が霊斗の代わりに霊歌に術式を教える。
自分は術式の練習などしなくても上手くいっていたので、才能ある自分と霊斗の娘が術式の練習など必要なのかと、霊夢は疑問に思ったことがある。
……が、霊斗はそれだけは譲れないと、頑として意見を変えることはなく、それどころか霊夢は論破されてしまったので、それ以降は霊斗に従っている。
霊斗曰く「幼い頃から一生懸命努力し続けるのは悪いことじゃないし、慢心もなくなる。それに、本当に強い奴っていうのは才能もあって努力の結果も出ている奴だ」ということだった。
実際、霊夢は『慢心』の部分において思うところがあったため、霊歌には毎日の稽古だけはキチンと心がけるように教えている。そのせいだろうか? 今では肉弾戦の技術だけなら霊夢よりも霊歌の方が強くなってしまったのは。
しかし、まだ霊夢も霊歌には負けていない。いや……その実力の差は、身体能力と霊力に大きな差があるにもかかわらず、ドンドンと埋められ始めている。
霊夢は娘に越されるのだけは嫌だ、と思い、同時に霊斗に稽古をつけてもらうことに決めた。霊斗のことだ、少々変なことを要求してくるかもしれないが……霊斗なら、受け入れよう。
霊夢はそう心の中で計画を立てながら、自分も陰陽玉に術式を込めるのだった。