第十五話『妖夢の異変』
今回で妖々夢編ラスト!!
俺たちは早苗たちと別れ、水族館のさらに奥へと進んでいく。
「次は……幻想郷の水辺みたいだな」
俺はそう言って、そのフロアに行くためのカエル型のボートに乗り込む。すると、カエルはゆっくりとそのスピードを少しづつ上昇させながらトンネルをくぐり、次のフロアへと向かった。
◇◆◇◆◇
──幻想水族館、第三の間『幻想郷の水辺』──
「へぇ……幻想郷ってこんな魚や虫が居るんだな」
俺は水槽の中にいる珍しい虫を見て、そう呟いた。
「あれは……蛍か?」
「志郎さん、見るのは初めてですか?」
「いや、初めてじゃないが……それでも、かなり久しぶりに見たな」
俺はそう言って、幻想的に飛び回る儚い光を見つめる。
「……妖夢は蛍、好きか?」
「……ええ。美しいですから」
端的にそう答える妖夢の瞳には、哀愁と殺気を感じるほどの光が宿っていた。
「お……おい、妖夢?」
「あ……はっ! す、すみません……」
「疲れているなら帰るか?」
「い、いえ、大丈夫です!!」
妖夢はそう言うと、ブンブンと頭を振って意識を覚醒させた。
「さあ! 次に行きましょう!!」
妖夢は何かを忘れようと必死になるように、俺の手を強く引っ張って次のフロアへと向かった。
◇◆◇◆◇
それから俺たちはイルカショーを見たり、アシカやペンギンに餌やりをしたりして、水族館を大いに楽しんだ。
「ふー……楽しかったな」
「ええ。また来たいです」
「そうか、それは良かった」
俺はそう言って、妖夢に微笑みかける。
妖夢と俺の顔を見て、微笑み返した。
──この時、俺たちはまだ知らなかった。
俺たちの姿を見て、口の端を歪める者たちのことを──。
◇◆◇◆◇
──白玉楼──
「……志郎。話があるの」
「……? はい。なんでしょうか幽々子様?」
「実は……」
幽々子様は俺を居間から廊下に呼び出すと、口をおもむろに開く。
「……妖夢と結婚する気はある?」
「……はい。妖夢を幸せにしたいなと、そう思っています」
「……そう。妖夢と結婚するには、条件があるわ。それは……まず一つ、改姓すること。魂魄という姓は重要な物なの」
「ええ、構いませんが」
幽々子様の諭すような口調に、俺は頷く。
「……次に、妖夢の『親』を殺すことよ」
「……え?」
そう言われ、俺は絶句した。妖夢の親を殺す? 顔も見たこともない人を……殺すというのか?
「でもね。妖夢の親は、妖夢の祖父にあたる人物を殺せなかった。だから、妖夢だけ残して二人は……」
そう言って、幽々子様は不憫そうな顔をする。なるほど、妖夢の優しさは親譲りの物だったのか。
「……志郎、あなたは妖夢の祖父を殺さなきゃいけないわ。妖夢の祖父……魂魄妖忌を」
「妖忌さん……ですか?」
「ええ。妖にすらも忌み嫌われた男。その剣の腕は、幻想郷でも随一の物よ。その男を殺して、妖夢の両親の仇をとりなさい。それが条件よ」
魂魄家の悪くて古い慣わしだと、幽々子様がポツリと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
……てことは、俺は子供が結婚する前に殺されることになるのか。いや、産まれてくる子供の幸せを考えたら、それもいいかもしれないな。
「……分かりました。やります。妖忌さんはどこに?」
「……彼は人里で剣術の指南をしているはずよ。妖夢の親に殺されなかった責任を感じて、白玉楼からは去ってしまったけれど」
幽々子様はそう言って、その瞳に後悔の色を浮かべた。
妖忌さんが居なくなったという話にも、一悶着ありそうだな。
「……分かりました。とりあえず、妖忌さんをあたってみます」
「……殺るなら、情が移る前によ」
「もちろんです」
どんなアドバイスだよ、と俺は心の中でツッコむと、廊下から外に出て、人里へと向かって翼をはためかせた。
◇◆◇◆◇
──人里──
「さて……魂魄妖忌さん、だったかな?」
「……また会ったのう。ワシに何か用か?」
俺は人里に降りると、急に男……魂魄妖忌を名乗る爺さんに話しかけられる。
「……ああ。俺は黒山志郎。……ここで話すのもなんだし、場所を移そう」
「……例の儀式じゃな?」
「ああ。幽々子様に言われてここにきた」
「……話は分かった。お主になら……妖夢を預けられそうじゃ」
「は? 何なんだ、急に?」
俺は妖忌に突然言われ、首を傾ける。
「この儀式は、娘の婿の力を親が見定める儀式じゃ。婿を認めた証として、ワシらは己の首を差し出す。お主の力は、もう十分に理解しとるよ」
妖忌がそう言ったかと思うと、人凪の強い風が吹く。それと共に、俺たちは気づいたら草原の上に立っていた。
「ここは……?」
「人里からかなり離れた山奥の空き地じゃ。ここなら、誰にも見つからまいて」
妖忌はそう言うと、腰にぶら下げていた短刀を引き抜く。
「……介錯を頼むぞ」
妖忌は決心したかのようにそう言って、短刀を前に突き出した。
「……汝の優しさと、その持ち得る力を信頼し、我、汝を息子に迎えん。……妖夢を、よろしく頼む」
妖忌はそう言って、短刀を腹に突き立てた。
俺は妖忌が苦しまないように、風斬落で一瞬で首を斬り落とす。……本当に、これで良かったのか……?
俺は落ちた妖忌の生首と倒れた死体をその場に埋葬するため穴を掘ると、妖術で火葬して埋めた。
「──他に方法はなかったのか?」
俺は胸に残った一抹の後悔をかき消すように、冥界へと翼をはためかせた。
◇◆◇◆◇
──冥界──
俺が白玉楼に降り立つと、すぐに妖夢と幽々子様が待ち構えていたかのように駆けつけてきてくれた。
「……志郎、妖忌の生気がなくなったのを確認したわ。……殺ったのね?」
「ええ。……妖夢、ゴメン……」
俺が妖夢に、妖忌を殺したことを謝ると、妖夢は気にするなとでも言うように笑って見せた。
「……気にしないでください。悪いのは、志郎さんではなく、魂魄家の悪しき風習です。志郎さんが気にすることではありません」
「……でも」
「もう良いんですよ!!」
「妖夢……?」
俺が胸につっかえた思いを口に出せずにどもっていると、妖夢は大きな声を出した。
それに対し、心配するように幽々子様は声をかけるが、妖夢はそれを無視して自分の思いの丈をぶつける。
「もう……もう、良いんです。私は……志郎さんが、お爺様を殺してまで私を求めてくれた。ただ……私は、それで良いんです」
妖夢がそう繰り返し言うと、熱い液体が妖夢の頬を伝っていった。
俺は、そんな妖夢が愛おしくて、切なくて、ついつい抱きしめた。
妖夢は俺の服をぎゅっと握ると、俺の胸に顔を埋め、ワンワンと泣き出した。
俺はただずっと、妖夢が泣き止むまで、ぎゅっと優しく、しかし力強く、妖夢を抱きしめ続けた。
◇◆◇◆◇
「そうだ志郎、魂魄家に婿入りするには最後に一つ条件があるの」
「……なんですか、幽々子様。人殺しはもう勘弁ですよ」
「違うわよ。……そうね、遠回しに言っても仕方ないわね。……結婚するのは妖夢と子供を作ってからよ」
妖々夢編、これにて完結になります。
次のお話は幕間になり、その次は紅魔郷編の開幕になります。