第十四話『人里デート』
ようやく更新……
「妖夢、他に行きたいところとかあるか?」
「そうですね……」
俺は妖夢と机を挟んで向かい合うように椅子に腰掛けながら、背もたれに体重を乗せつつ妖夢に聞く。
今はパフェを食べ終え、お茶を飲んだところで、今日の計画について話し合っていた所だ。
「最近、見世物屋が流行っているらしいんですよ。その……水族館、というらしいです」
水族館!? こんな昔の和風な場所に、そんなものがあるのか!? ミスマッチというか……まあ、デートには丁度いいか。
「よし、じゃあそこに行くとしよう。どこら辺にあるんだ?」
「そこの通りをずっとまっすぐ行ったところらしいです」
妖夢はそう言って、カフェの窓から見える路地を指差す。
「んじゃ、行こうか」
俺は立ち上がり、自分の財布をバッグの中から取り出す。
「霊斗さんからのお礼は使わないんですか?」
「ああ、あんまりアレ使うと自分のためにならないからな。アレを使うのは最低限、最後の最後だ」
俺はそう妖夢に言い聞かせる。……まあ、自分に言い聞かせているのもあるけど。
でかい誘惑に耐えるのも修行だ……! そう意気込み、俺たちは財布を持ってカウンターに向かう。
「お会計ですね? こちら、千二百銭となります」
俺は言われただけのお金を取り出し、店員に渡した。それにしても、千二百銭か……高いのか安いのか、よく分からないな。明治辺りは自給自足で生きてたし……。
「ありがとうございましたー」
俺はそう思いながら、妖夢と共に大通りへと出たのだった。
◇◆◇◆◇
「へぇ……!」
なるほど、こんな風に和風に仕上げているのか。人里の景観を損なうことなく、逆に和風の街並みに溶け込むように配慮された水族館を見ながら、俺は感嘆の声を漏らした。
「チケット買わなきゃいけないよな?」
「買ってきますよ?」
「いや、一緒に行くよ」
俺はそう言って、列に並ぶ妖夢について行く。
「なんか……平和だな」
「……そう、ですね」
俺の言葉に、妖夢は嚙みしめるように言った。平和な人里を見るのは、今日が初めてだな。
小さい子を連れた家族や、仲睦まじいカップルが仲良く列に並んでいた。
俺と妖夢はその後ろに並び、自分たちの番が来る。
「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」
「中型二人分で」
「かしこまりましたー」
ちなみに、この受付に書かれているチケットの大きさは小型(妖精や小さい子供)、中型(大人、人型妖怪)、大型(その他、人化不可妖怪)となっている。
妖怪にも合わせて考えられたチケットで、実に分かりやすくなっているな。
「もうっ、志郎さん! 行きますよ!」
「おお、悪い悪い」
俺が感心しながらチケット販売の一覧を眺めていると、妖夢がぷくっと頬を膨らませて俺の袖を引っ張っていった。何この生物、可愛すぎる。
俺は下を向いて妖夢の可愛さににやけるのを隠しながら、入り口へと向かう。
入り口は人を捌くのが上手いようにできてるのか、チケット売り場と違って人は少ない。
「さっそく中に入るか」
「はい」
妖夢は俺の誘いに短く頷き、意気揚々とも取れるような、見た目相応といった感じの明るさを持って入り口に向かっていく。
俺もゆったりと自分のペースを守りながら、妖夢についていった。
◇◆◇◆◇
──幻想水族館、第一の間『ディープ・シー』──
ディープシー。英文字筆記にするとDeepSea。意味は『深海』。そのままの安直なネーミングセンスだが、このフロアの特徴は最初の潜水艦型エスカレーター……『そうりゅう』と、それによって、下のフロアへと向かう時に見ることができる幻想的なスクリーンだろう。
「うわぁ……!」
潜水艦に乗っている気分を味わうことができ、スクリーンに流れるマリンスノー(深海の雪)の姿は見るものを虜にする。
なるほど、美しい深海の姿だな。
俺はそう思いながら、妖夢と共にそうりゅうを降りた。
「綺麗でしたね!!」
「ああ。あとでまた来るか?」
「良いんですか!?」
俺の問いに、妖夢は嬉しそうに頬をほころばせた。
「次は……サンゴ礁フロアか」
深海まで降りたが、確かに水族館に来ていきなりグロテスクな深海魚の姿を見せられるのはキツいモノがあるもんな。
俺は自己完結しながら、妖夢を連れてマリンスノーのトンネルを通る。
「志郎さん! すっごい綺麗ですよ!!」
確かに、スッゲェ綺麗だ。けど……いや、こんなこと言ったら怒られるか……? ええいままよ!!
「ああ……お前の方が綺麗だよ」
言っちまったァァァァァァァアア!!!
恥ずい! 恥ずすぎる! マジ死にたい!!
俺が自分のふざけに悶絶していると、妖夢は少しポカンとしていたが、顔を直して俺に話しかけた。
「その……ありがとう、ございます。志郎さんにそう言ってもられるのは、とても嬉しいです」
妖夢は固苦しくそう言うと、力が抜けたかのようにフニャリとした笑顔を俺に見せた。
そして、自分のにやけを隠すために俺より早く前へ前へと足早に歩いていく。
俺は妖夢の可愛い反応に満足しながら、その後を追った。
◇◆◇◆◇
──幻想水族館、第二の間『リーフ・オーシャン』──
「うわぁ……! 志郎さん! 見てください!! 凄い、とっても可愛いです!」
そう言って、妖夢は小さな水槽に区分けして展示されているまだ小さなナンヨウハギとクラウンアネモネフィッシュを指差した。
クラウンアネモネフィッシュの特徴はなんといっても、イソギンチャクとの特殊な共生関係だろう。
その生態と愛らしさ、飼育のしやすさから、観賞用として高い価値を誇る。よく似た種類であるカクレクマノミとの見分け方は、白い部分の縁だったな。クラウンアネモネフィッシュは縁が分かりやすく、濃い黒色になっているんだ。
ナンヨウハギは青と黒という珍しい配色をした魚だ。同じような配色の魚はおらず、その美しい色合いから観賞用としての価値が高い。
どちらもピ○サーの映画に出てきているため、外の世界では随一の人気を誇る観賞用の魚だ。
稚魚が隔離されて水槽にいるのは、成魚に稚魚がいじめられる恐れがあるからだろう。
「あれ? もしかして……早苗?」
妖夢が気づいて声をかけたのは、緑色の髪に白い蛇と蛙の髪飾りが特徴的な少女だった。
「ゲッ……何でいるんですか、妖夢さん」
「あんたこそ、何でいるのよ」
早苗と呼ばれた緑髪の少女の物言いに、早苗の口調が途端に悪くなる。
「まあまあ、早苗、覚悟はしとけって言ったじゃないか」
「覚悟することと人と会いたくないことは関係なわよ!!」
少女を止めようとする少年に、少女はキツく当たる。
「それにしても……そちらは? 見た所……いや、見なくても凄い妖気を感じますが」
「俺か? 俺は冥界で最近働き始めた黒崎志郎だ。ま、志郎とでも読んでくれ」
俺の自己紹介に、少女はフーンとつまらなさそうに答えた。興味ないなら何で聞いたんだよ。
「早苗、せっかく自己紹介してくれてるのにそれはないだろ。ご丁寧にありがとうございます、僕は東風谷 界斗。これでも早苗と一緒に神社をきりもりしています」
「神主ってことか? 霊斗みたいだな」
「えーと……早苗は風祝なので、正確には違うのですが……まあ、似たようなものです。よろしくお願いしますね」
少女……早苗と一緒にいた少年、界斗はそう言って丁寧に名乗ると、早苗の服の襟首を掴んで俺たちが来た方に引っ張っていった。順路逆なんだが……まあ、何か用があるのかもな。
「よし、妖夢、次に行こうか」
「そうですね……」
「妖夢、どうしたんだ?」
「いえ、何でもありません」
? 何か気づいたのか……?
「何か気になったことがあったら言えよ」
「何かあったら、その時はお願いしますね!」
妖夢はそう言って、振り返っていつものように俺に笑顔を見せた。
水族館デートはもうちょい続く予定です!