4回目のコンビニ
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次の日、初めてバイトを休んで、あの得体の知れないコンビニにいった日から四日め、まだ、熱は下がっていなかった。
さすがに医者に行かなければと思い、また外に出掛けた。
しかし、考えて見ればこの町に住むようになってからというもの、医者になどかかったこともない。
僕は、ほとんど何かに吸い寄せられるように、気がついてみたら例のコンビニにいた。
いくらなんでもバイト先に連絡をしなければ、いつまでもサボっているわけにもいかないし、手紙でも出しとこうか、と思って便箋に手を伸ばした。ところが、僕が手にしたのは何と『退職願』という用紙の綴りだった。
こんな用紙が市販されているのか、信じられない気持ちだったが、もうその用紙を買わないで済ますことは絶対にできないように思えた。
レジの方を見ると、女子高校生が薬のびんとビニール袋がセットになっているものを買っている。
何だろう、と思っていると、あの男だ。
「シンナーですよ。便利でしょ。」
「しかし……。」
「彼女たちはあれを必要だと思っているのだから仕方がない。それを売ってあげるのが私の勤めです。
でも大丈夫ですよ。あれは香りがするだけで、実は偽物なんです。害はありません。」
「………。」
「あなたもやっと少し私の言うことがお分かりになってきたようですね。
そうです。彼女たちが本当に欲しているものは、実はそういうものなんですよ。
なかなか世のため人のためになる商売だと思いませんか。」
「あなたは一体………。」
「おっと、お客さんはずいぶんひどい状態になってしまいましたねえ。
昨日ちゃんと雑炊を食べましたか?
どうせ医者になんか行ってないんでしょ。
こんなときは薬があるといいんですがね、さすがにこればっかりは役所の問題があって思うようには行かないんですよ。
そうですね、やっぱりこれしかないですよ。
睡眠薬です。
これでたっぷり眠れば、いいことがあるかも知れませんよ。
ただし、気をつけてくださいよ。これはさっきのシンナーとは違って、正真正銘の本物ですから。」
「………。」
「そうそう、これも一緒にお持ちになってください。カメラですよ。
あなた、ここ何年か、全然自分の写真ってものを撮っていないでしょ。
それだとね、困るんですよ、いざというときに。
さあ、今日うちへ帰ったら、何はともあれこのカメラで自分の写真を撮っておいてください。ちょっと体はきついでしょうけどね、
じゃあ、すぐにできるようにフィルムもセットしておいてあげましょう。」
「ちょっと待ってくださいよ。そんなものいりませんよ。
だいたい、カメラを買うほどのお金なんて持ってないですよ。」
「まだ分からないのですか?
私に逆らってはいけません。
それに、お代金のことならどうぞご心配なく。カードで構いませんから。」
「カード?
そんなもの作った覚えはないですよ。」
「大丈夫ですよ。
そもそも、ここに店を出した時から、ここにくるはずのお客様については、すべて調査が完了してましてね。
なかなか凄いマーケティングリサーチでしょう。
あなたの会員番号も、ほら、ここにちゃんとありますよ。
今日カードをお持ちでなかったら、『カード忘れ』ということで処理しておきますから。
あ、そうか。まだカードがお手許に届いてないんですね、
失礼いたしました。
ま、今日のところはとりあえずこれをお持ちになってお帰りください。」
部屋に帰り、あまりの体のだるさにコンビニの袋を投げ出して、ベッドに倒れ込んだ。
袋からとびだした『退職願』の用紙と睡眠薬、それにカメラが床に転がり、ちょうど窓から差し込む西陽に、朱く照らし出されていた。
もう何もする気がおきなかった。
今までのことすべてが夢の中のことのようでもあり、そうでないようでもあった。
ますます重くなっていく頭で、僕は自問していた。
一体この数日間というもの、何がどうなっているんだ。
ただの風邪なのか、バイトも休んでおとなしくしてるのに、どこまで悪くなっていくのか。
それにしてもあのコンビニの店長、一体何者なんだ。
わけの分からないことばっかりいいやがって。
あいつのおかげで、こっちの頭までおかしくなってきたんじゃないだろうな。 何が『お客が買うべきものを揃えてる。』だ。
『完璧なマーケティングリサーチ』だって?
ふざけるんじゃないよ……………