王の形2
前話に『仕留め損ねたと思われる異形の生命体を連行している兵士の一団』という一文を追記しました。
王宮と訳したものの、その建造物はセメントで岩を固めた砦、もしくは城とでも言うべきものだった。
十脚の椅子とそれに合うように三卓の机が並べられた部屋に俺たち(なぜだかスクルドもついてきた)は通された。
その上座に三十代ほどの男が座っていた。その両隣には近衛兵らしい二人の男が立っている。
テーブルに両肘をつき、顔を覆うように手を当てている。
顔色を見るに、健康状態はあまり良いとは言えないようだ。
男は緩慢に立ち上がり、自らをスヴェーリエの王ヴァンランディと名乗った。
それに入れ替わるように、スクルドが部屋に入るなり椅子にどっかりと座った。
「俺は欧州群機甲軍所属QWERTY部隊第二分隊隊長、コードナンバー020。通称ニードだ」
肩書の長さにヴァンランディ王は面食らったようだが、スクルドとのやりとりを学習した甲斐があったのかすぐさま理解が追いついたようだ。
王は俺に席に着くように促した。
「・・・・・・」
王の許しが出る前に席に着いたスクルドを一瞥し、しかし何も言わずに王自らも椅子に座った。
「まずは召喚に応じてもらえたこと、そしてさっそくにもニーズヘッグ──正確にはその眷属か──の脅威から国を守り抜いてくれたこと感謝する、勇者殿」
「人間を守るのが俺の使命だ」
応じるというよりは、問答無用の拉致という言葉の方が適していそうだが、会話円滑プログラム~上司との会話編~に則って、余計なことは言わない。
無茶な命令には慣れている。
近衛兵が金属製のコップを運んできた。
中身は水だ。
王はそれで口を少し湿らしてから話を続けた。
スクルドはあっという間に飲み干し、お代わりを要求していた。
「現状の説明をしよう。現在この国は魔族に攻め込まれている。各地の町が襲われ、解放された奴隷共々暴れまわっているようだ。奴らの力は強大で、我々人間で抗える者はそうはいない。」
ちらりと王がスクルドに目をやるが、彼女は我関せずと目を閉じて腕組みをしている。
「では、その魔族を殲滅すればいいのか?」
「いや。魔族は険しく高い山に広範囲に散っているため、それは不可能に近い。現在ではまだ確認されていないが魔族の王──魔王がいるはずだ。それの討伐を頼みたい」
「未確認の割には、やけに断定的だな」
「魔族の中にもさまざまな種族がある。それらが徒党を組んで行動する時は、魔族を纏める王が必ずいる。今回も同様のはずだ」
どうやら魔王が現れたのはこれが初めてのことではないらしい。
なんのことはない。
金属生命体を殲滅するのに比べたら遥かに簡単な任務だ。
「もちろん報酬は用意する。魔王討伐に必要なものはこちらがすべて用意するし、衣食住も保障しよう」
ふむ。
王が魔王討伐を勇者に依頼する場合は、はした金と棒きれ一本を寄こすものだというデータがあったが、どうやら誤りのようだ。
だがその報酬は、残念ながら俺が求めるものではない。
「それよりも、この国の安全を確保した後、俺を元の場所に帰してもらいたい」
「そ、それは・・・・・・」
王は目に見えて狼狽えだした。
落ち着きなく手をこすり合せ、視線をあちこちに飛ばす。
最終的にスクルドへと収束した。
「ス、スクルド、どうなのだ?」
「三夜ぽっちで無理難題を押し付けながら、さらにそのアフターフォローまで丸投げですかー。いいご身分ですねー」
「・・・・・・」
さすがにそれは不敬が過ぎるのではと思ったが、王はなんの反応も示さなかった。
控えている近衛兵は怒りの感情を顔に浮かべていたが。
「まあ。できるでしょうね。わたしは天才ですから。今回の儀式の逆をやればいいのでしょう。ニード自身の縁を辿れば、元の世界に帰すこともできるでしょう」
「・・・・・・ということだ、勇者殿。魔王討伐の暁には、元の世界に帰すことを約束しよう」
王の言葉と同時に、さまざまな料理が運び込まれて、机の上に並べられ始めた。
「ささやかだが、歓待の儀を兼ねた報酬の前払いのようなものだ。遠慮せずに食べてくれ」
猪肉を焼いたもの。
豚の丸焼き。
湯気を昇らせる粥。
ビール二種類。
蜂蜜酒。
机にそれらが並んだ様は、それなりに豪華だった。
だが食事の必要がない俺は、これらの料理を辞退しなくてはならない。
先に説明した方がよかったろうが、理解できたとも思えない。
「残念だが、マイクロ固体酸化物形燃料電池で動く俺は食事を摂取する必要がない。というより、摂取できないのだ。悪いがこれは────」
「あ、じゃあわたしが貰いますね」
俺が話し終える前に、スクルドが料理に手を出した。
兵士たちが唖然として見つめる中、まったく気にした風もなく丁寧に、しかしすごいスピードで食べ進めていく。
「ほら、なにしてんの。どうせ元々一人で食べ切れるわけないんだから、兵士たちにも分けてきなさい」
豚の骨を噛み砕きながら指示を出すその姿に何も言えなくなったのか、近衛兵たちは料理を空いた皿に取り分けて、運び始めた。
「で、では早速だが勇者殿、すぐにでも出立をしてほしい。最早一刻の猶予もないのだ。お供にこの国一番の勇士をつけよう」
「了解した」
急な話だが、もとより休息いらずの体だ。
取りかかるなら早い方がいいだろう。
「わたしは疲れてるんですが?」
ボキリ、と猪の骨を手で折りながらスクルドがポツリと、しかしやけに通る声で呟いた。
狼狽えたのは王の方だった。
「え? いやしかし、魔王討伐には参加しないと言ったのはスクルドであったろう。それ故に召喚の儀式を任せたのだが」
「わたしは疲れてるんですが」
二度目は疑問形ではなかった。
「気が変わりましたのでわたしが行きます。むしろ他の者たちは邪魔なのでいりません。足手まといです」
「さすがに二人で行かせるわけにはいかんぞ。ゲイルスも出れんというのに」
王が抗弁するが、スクルドはそれを鼻で笑い飛ばした。
「ふっ。この国一番の勇士ですか。ゲイルスならともかく。その名も知らぬ勇士が誰だか知りませんが、わたしに勝てるのなら潔く譲りましょう」
果たして。
「・・・・・・・・・・・・」
王は沈黙してしまった。
「では、出立は明日ということで。ニードもよろしくお願いしますね」
その夜は城にある客室に泊まることとなった。
とはいえ睡眠を必要とはしないので、寝床に横になり、機能を最低限に落としてエネルギーの節約に努めるだけだが。
横になってから三時間が経った頃、外から足音が聞こえた。
知った足音だったので、体を起こして足音の主を待つ。
「ニード、起きてくだ────起きていましたか」
スクルドが姿を現した。
寝ていないのだろうか。服装が先ほどまでと変わっていない。
月明りで出来た影に半身を隠しながら、言葉を続ける。
「ニード。あんな話の後で言うのも気が引けますが、別にあなたがこの国に命をかける必要はありません。急ごしらえですが帰還のための魔法陣を完成させました。失敗する可能性もありますが、それは召喚の儀式も同じでした。片方がうまくいったのですから、もう片方もうまくいくのが道理というものでしょう」
さあ、とスクルドが手を差し出す。
彼女の表情から察するに、その言葉に嘘はないようだ。
出立を明日にしたのはこのためのようだ。
だが俺はその手を取ることはしない。
「スクルド。申し出はありがたいが、俺は人間を守るという使命を帯びている。たとえ世界が違おうと、その使命に反することはない」
スクルドはまるで痛みを堪えるように、顔を歪ませた。
「あなたは、本当に勇者のようですね。わかりました・・・・・わたしの力が及ぶ限り、あなたを助けます」
スクルドがどういった思考の果てにそういったのかは解らない。
だが、その言葉に潜む決意は機械の俺でも感じ取られた。
「では、おやすみなさい、ニード。せめてもの平和をあなたに」
「ああ。おやすみ、スクルド」
寝坊しました。
申し訳ないです。
次回更新は変わらず明日の朝9時過ぎですが、遅れないようにします。
ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。
とても励みになります。これからも頑張って執筆を続けますので、どうぞよろしくお願いします。
ではでは。