勇者の形
無駄に権力を誇示するために無駄にお金と人を使って無駄に装飾過多に建造したという、無駄ではないかもしれない神殿。
とはいえ性質上、あまり装飾を好むものではないのでその中身は十分質素と呼べるものだ。
南に設置された祭殿には、神をかたどった木造が三体置かれている。
頑丈で美しい白を持っている、非常に高価な石で造られた神殿のその床には、国史上でも最大級の魔法陣が描かれていた。
描いたのはわたしだ。
こればかりはいかに上の役職に就こうとも自分でしなくてはならない。
使うのは新品の白墨。
使用済みでは話にならない。
まずは世界を区切るための巨大な円。
その円に触れるように、術者が入るための小さな円を描く。
北に一つ。
南に一つ。
東に一つ。
西に一つ。
それぞれの円の中にはもう一つ円を描き、外周と内とに分ける。
小さな円には典型的ながらも悪性を廃する炎のルーンを刻む。
円の外周には地の星と、炎の神の名前、そして盾のルーンを刻む。
中心の巨大な円の内には、次元を越えるための菱形を二つ組み合わせた八芒星を。
八芒星の内部には不可能を可能にする願いを込めた七芒星を。
円の外周には、効果を得たいルーン文字を刻む。
勇敢・勇気を示す雄牛のルーン。
閉ざされた門・茨を示す氷の巨人のルーンを逆位置に配置することによって、その突破を。
召喚を補助するための移動を示す乗り物のルーン。
災難を示す嵐のルーンには逆位置が無いため、描き順を逆にすることで逆を意味させる。
盾のルーンと人間のルーンを続けて描くことで人を守る意味を。
戦いを示す男性のルーンと勝利を示す太陽のルーンで戦いに勝利できる強き者を。
最後に、全てのルーン文字の秘められた意味を暴露させるための『怒れる恐ろしき者』の名前と、同じ意味を持つアンザス神のルーンを水の星の方角に刻む。
術者は当然ながら四人。
円陣を閉じてからは内には入れないので、術者は既に魔法円の中に入っている。
ルーンを消さないように。
術者の内、わたしを含めた二人は人族。
もう二人は妖精族だ。
そして四人とも女性である。
人と妖精では使用する魔の属性が異なるため、通常は同じ儀式に参加することはないが、この場合はそれでいい。
次元の扉をこじ開けようというのだ。
ただの転移魔術とは違う。
魔術でも魔法でもない。
その境界にこの魔法陣はある。
安定だけを求めていては成功しない。
もちろん。
(失敗する確率のほうが高いけど、ね)
乾いて不快な唇を舐める。
なにぶん、前例の無いことだ。
全てが未知数である。
異世界の生物を召喚しようとした例は、それこそ子供に聞かせる昔話の元となっている時代から数多くあるが、その全てが失敗に終わっている。
しかもそんな失敗の前例しかない召喚の為の魔法陣を描くのに与えられた時間がたった三日ときた。
大陸中の魔導書を読み解いても完成させられるかどうか怪しいというのに、これでは一冊読むので精一杯である。
(失敗しそうねー。これは)
描いたわたしが言うのもなんだけど、と。
わたしでさえそう思っているのだ。
他の者はいわずもがな。
他の術者の三人は顔面蒼白。
失礼にも程がある、とは言えないのが辛いところ。
神殿内の他の魔術師や魔導師たちも似たり寄ったりだ。
どれも冷静さを失っている。
泣き叫んでいないだけマシなのかもしれない。
彼らから見れば、わたしは冷静であるように見えるのであろう。
他人から見た自分と自己評価はいつだって食い違うものだ。
わたしはただ、冷めているだけだ。
成功するように魔法陣は描いた。
渾身の作だ。
でも。失敗してもいいと思っているわたしがいる。
異世界からの戦士の召喚。
馬鹿馬鹿しい。
自分の国を守るのに、世界すら違う者に頼ろうとする。
わたしたちでは守れなかったのだ。
わたしも貼ってあった湿布の如く王宮でヌルく過ごしてきたわけではない。
幾度も見てきた。
弾けとぶ人。
焼き尽くされる妖精。
自分の建てた家の下敷きになって潰れている人。
庇った子供ともども黒焦げになった親子。
涙を流せる子供はまだいいほうだ。
いくつもの意味のない流血を見てきた。
今回はまだいいほうだ。
報告を信じる限り、死者はあまり出ていない。
それでも、村を滅ぼされた者や、生活の全てを失った者もいる。
なんとかしなくてはならないのは、確かだ。
ましてや。
再来である。
(でも、そのなんとかがこれじゃあね)
わたしが内心でどう思っていようと、儀式は始まる。
笛が鳴り響く。
儀式の開始を知らせる笛の音だ。
これもまた無駄な演出であることは言うまでも無い。
言うまでも無いので口にはしないが。
口にするのは別の言葉。
意思ある言葉。
意味ある言葉。
呪いの、言葉だ。
パピプペポは少なめで。
「捧げるはその身体」
魔法円に光が走る。
『捧げるはその身体』
神殿内にいる全員が復唱する。
魔法円に走った光が安定する。
息を吸い込む。
唱えてしまったからには、口にしてしまったからにはもう止められない。
言葉はそれだけで魔術であり魔法だ。
鎧もなにも関係なく人の隙間に入り込み、楔を打ち込む。
決して外れぬ、逆鉤のついた楔。
善い悪いは関係ない。
言葉とはそういうものだ。
口に出すだけで、意味があり、意思を持つ。
目を閉じる。
脳裏をよぎるのは差し出された大きい手。
かつて共に過ごした仲間たち。
そして。
死だ。
多くの。
無意味の。
理不尽な。
感じたのはなんだったのか。
心に残ったのは────。
魔を込めて、言葉にする。
「貫くはその槍。吊るすはその馬の木。差し出したるは双眼の片割れ。誑かされし王の触れし詩の一節の。必然の兼言を」
ルーンが輝き、意味を持つ。
魔法陣の全ての記号が意味を持ち、複合する。
『貫くはその槍。吊るすはその馬の木。差し出したるは双眼の片割れ。誑かされし王の触れし詩の一節の。必然の兼言を』
復唱によって、暴かれた魔法陣の意味が世界に影響を与えだす。
円の内側の空間が軋む。
光が捻じ曲がる。
景色が歪む。
直線上の魔法陣の中にいるはずの術者の姿が見えない。
中心の大きな魔法陣だけが鮮明に見える。
円の内側に暴走寸前まで溜め込まれた魔力が循環し、さらに増幅する。
いまにも陣を内側から食い破りそうなその魔力の奔流を、盾のルーンが抑え込む。
防御の魔法陣が干渉を受け、鐘を打ったような音が響く。
音は衝撃を伴って拡散し、脳を揺さぶる。
(呪文を唱え終わる前からこれとはね・・・・・・。自分の才能が恐ろしいわ)
脂汗と苦笑いを浮かべながら、震える肺に空気を押し込んで、結びを口にする。
「暴き、通じ──────為れ!」
『暴き、通じ、為れ!』
────────────────────────────────────
「っ!」
一瞬。
いや、
一瞬よりも短い時間だけ、意識をもって逝かれてしまった。
(あ、ぶないわね)
危うく体が消し飛ぶところだった。
大規模な魔術の典型的な失敗例にお仲間入りするところだった。
誇りをかけて断らせてもらおう。
神殿内の他の者たちも似たようなものだ。
いったい何人が意識を保っているのか。
(ま、それはどうでもいいとして・・・・・・)
防御の陣も敷いてあるし。
死にはしないだろう。
魔力さえ供給してくれたらそれでいい。
問題はこちらの魔法陣だ。
(ちょっと、やばいかな・・・・・・?)
防御のための魔法陣は早くも悲鳴を上げている。
中心の魔法陣にはまだなにも現れる気配がないというのに。
根性のないことだ。
他の三名も顔色は蒼白を通り越して真っ白に紅潮している。
(それじゃあ、ちょい気合い入れますか・・・・・・!)
魔法陣の中で循環している魔力のリズムと、自分の中の魔力の流れのリズムを同調させ、歯車のようにさらに魔力を増幅させる。
自殺行為のような増幅の仕方に、他の者も死人のような顔をしながら一歩遅れて後に続いてくる。
巨大な魔法陣のと同じスピードで体内で魔力を循環させているのだ。
内側から体が破裂するかもしれない。
良くて、だ。
本当に死んじゃうまで頑張ってもらうとしよう。
神殿はマナが溜まりやすいようにするためと、太陽を表す円に近づけるために三角形を二つ重ねた────つまりは六芒星の構造をとっている。
その溜まりに貯まったマナが魔力として中心の魔法陣に集まっていくのを感じながら、その魔力に指向性を持たせる。
想像するのはカラスだ。
これはそのまま生贄を運ぶものともなる。
生贄は知識だ。
だからこその異世界からの召喚だ。
未知の知識を喚び寄せる。
充ちる魔力によって神殿内が闇に閉ざされる。
光が届かない。
自分が立っている魔法陣の外は一切見えなくなる。
焦り。恐怖。期待。緊張。
さまざまな負の感情が溢れそうになるが、なんとか押しとどめる。
やがて、闇が破られた。
いや。
闇が吸い込まれていっている。
巨大な魔法陣の中心に。
神殿を覆っていた暗く黒い闇は、半球の形状を保ったまま体積を縮めて、密度を濃くしていく。
(成、功・・・・・・?)
前例がないので判断できない。
ただ、荒れ狂っていた魔力がひどく落ち着いているのだけは見て取れた。
「あ・・・・・・・・・・・・」
誰かが声を漏らした。
黒い半球から光が一筋、天に向かって伸びた。
また一筋。二筋。
半球と同じ円を描くように光は天に走っていく。
そして筋が輝く円となったとき────
盛大に爆発した。
「なっ・・・・・・!?」
爆風。
爆炎。
阿鼻叫喚。
なんと見事な三段構え。
膨大な魔力の爆発は防御の魔法陣をあっさりと打ち砕く。
「あっ、くぅっ・・・・・・盾のルーン」
漏れる声を噛み殺しながら、必死に防御の魔術を組み直す。
それでも魔法円で区切られた空間を突き破り、神殿の壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
煙が染みる目をなんとか開けて、状況を確認する。
痛む首を軋ませながら顔を上げる。
粉みじんになった魔法陣の中心。
拡散した魔力によって歪むその中心。
騎士がいた。
濃密な魔力の残滓が漂う中、天井に空いた穴から差し込む太陽の光に祝福された騎士。
金色の鎧は、マルドルの涙のように光り輝いている。
首をわずかに椎に傾けて空を見上げる様は、昔話の勇者そのままだった。
「────────っ」
息を呑む。
見惚れた。
他の倒れていた者達もしだいに起きだし、感嘆の声を上げる。
ささやきはやがてどよめきとなる。
「おお! 見ろ、成功だ!」
「勇者だ! 勇者が召喚された!!」
「なんと美しい御姿だ! これならばきっと魔王などすぐに!」
無能どもが好き勝手騒いでいる中、わたしは痛みと疲労で休眠を訴える体に鞭をいれて、騎士の前へと進み出る。
騎士もわたしの接近に気がついたようで、顔をめぐらせ見つめてくる。
黒曜石のような目当を見返しながら、わたしは問う。
「汝、世界を救う者か」
彼は──────
転送完了の際にいつも感じる、戦闘の疲労とは明らかに違う気だるさで転送が無事に終了したことを知る。
このだるさは人が感じるだるさとは別物だが、この金属の体の疲労具合やシステムの起動状況を簡易に示す指標としてプログラムされている。
もちろん実際には疲労など感じていないため、どれだけ疲労が溜まっても行動するのに何の影響ももたらさない。
金属疲労による損傷やバグの蓄積によるエラーが起こる確率は高くなるが。
スリープ状態になっていたセンサー類を再起動させる。
時間はそれほどかからない。
電流が疾る速度と同じだ。
その僅かな時間の間に、違和感を感じた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)
回復した視界に映ったのは、荘厳な雰囲気を漂わせる石造りの建築物だった。
清水の舞台を取り壊すが如く大胆な模様替え。
無駄な才能が無駄に洗練した無駄な骨折りの無駄しかないホログラム。
本部のベースとはどのような可能性を考慮しても一致しない。
それに他の隊員たちもいない。
自分だけ違うところに転送されてしまったのだろうか?
確率はかなり低いが、ありえない事ではないらしい。
それにしては周囲に転送装置が見当たらないが。
ともかく、現在の位置を確認する。
広域通信を試みながら、周囲をセンサーで把握する。
建築物は全体的に白い石で建てられているようで、自分が立っているところを中心として罅割れや崩れが広がっている。
周囲には時代錯誤な服装をした者たちが大勢、壁に張り付くようなかたちで倒れている。
倒れている男女全員に打ち身があったり、軽い火傷があったりするが、命に関わるものではなく無視できるレベルだ。
意識レベルも問題はない。
じきに目を覚ますだろう。
燃焼物や可燃物は周りに無いので、これ以上の被害を心配する必要もない。
そうなるとなぜ火傷をしているのかがわからない、が。
男女比は男が圧倒的に勝っているが、どれも時代も地域もちぐはぐな格好をしている。
女は男と比べるとマシだが、布と皮を組み合わせた民族衣装のようなものを身につけている。
ここで先ほど感じた違和感の正体が判明した。
センサーの類に微妙なノイズが混じるのだ。
邪魔されているというほどでもない。
空間中に漂う粒子が原因のようだ。
その粒子は、そこに確かにあるはずなのに計測できないという不可解なものだ。
グレムリンという言葉がぴったりくるかもしれない。
未確認粒子は危険性が無いと判断し、ひとまず観測を諦める。
同時に広域通信も諦める。
原因は不明だが、どことも繋がる様子がない。
念のためシステムをチェックするが、異常は見当たらない。
本当に、周囲に通信を経由する施設が無いようだ。
考えられないことだが。
よほどの田舎だろうか。
現在位置も不明なため、古典的な方法だが星の位置から割り出すことにする。
天井に空いたきれいな円形の穴を見上げる。
崩落の可能性は無さそうなため無視していたが、考えてみればおかしな穴である。
ぱらぱらと細かい瓦礫の破片が落ちてきているので、建築の段階にはなかったと見える。
むしろついさっき空いた穴か。
スポットライトのように自分を照らす太陽光を届けるその穴から、星を見る。
(・・・・・・・・・・・・なにか、おかしい)
星の位置は自分が持っているデータと同じものだ。
現在位置は北欧の辺りとわかる。
だが、なにかがおかしい。
まるで星がすぐ近くにあるような感触だ。
手を伸ばせば掴めそうな。
そしてまたひとつ、おかしなことを発見した。
倒れていた者たちが起き出したのだが、その口から出てくる言葉に聞き覚えがないのだ。
言語データベースには二百以上の言語が登録されているが、そのどれにも一致しない。
最も近い言語体系を持つのはアイスランド語か。
会話する際の表情。
その受け答え。
母音・子音の発音。
それらを元に翻訳を開始する。
翻訳は数秒で終わった。
精神の乖離を疑わせるような言動をする者が多くいたので、予想よりも時間がかかってしまった。
新しい言語体系をデータベースに登録し終えた時、一人の女性の接近に気が付いた。
整った顔立ちを、茶がかかった黒髪で包んでいる女性。
武装はない。
危険度はゼロ。
顔面の筋肉と喉の動きから察するに、何かを言おうとしているようだ。
彼女の目を見る。
まともな話が出来るかどうか確認するためだ。
怪我のために錯乱しているかもしれない。
彼女はしっかりと、自分の目を────目に相当する箇所を見つめ返してきた。
とても意志の強そうな瞳だ。
彼女はゆっくりと、薄い唇を開いた。
「わたしを世界の保存はあなたのするのですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
登録した言語体系の翻訳プログラムに致命的なミスを発見。
ミスを訂正し、再翻訳する。
「汝、世界を救う者か」
俺はゆっくりと首を横に振った。
「いいや、人類を守るものだ」
その言葉を打ち消すように。
────ドッッッオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!!!!
爆音と、そして悲鳴が空気を震わせた。
考えるよりも先に、体を動かす。
人間の反射と同じ、プログラムの根幹に根づいた回路による動きだ。
足下の罅割れを致命的なものとしてしまう勢いで床を蹴り、外に出る。
神殿のような石ではなく、粘土と植物で造られた家屋が並んでいる街並み。
道は舗装されておらず、踏み固められた土が露出している。
道は家にいる者全員が外に出てきたかのように人で一杯であり、事実、家から慌てて飛び出してきたのであろう。
皆、羊毛やリネンで編まれた衣服を身に纏っている。
人々は逃げ惑っている。
恐怖に彩られた顔の群れの向こう。
それを見て俺は絶句した。
紫色の夜空を背景に、悪夢のようなものが浮かんでいた。
蛇のような太い尾。
蜥蜴のような胴体。
鰐のような顔と牙。
蝙蝠のような巨翼。
虎のような鋭い爪。
それは気味の悪い雷光を漏らす暗雲を引き連れて、堂々と顕現していた。
「あ、あれは」
後を追ってきたらしい、先ほどの妙な問いをしてきた女性がいた。
険しい顔で、空に浮かぶ化物を見つめている。
「あれは、ニーズヘッグ!!」
ドラゴンは口から炎を吹いている。
ドラゴンが進んできたと思われる方向の街には、ところどころ火の手が上がっていた。
これ以上被害が広がる前に片付けたほうがいいだろう。
機械仕掛けではないようなので本物ということになる。
彼女の言葉から、こういった、俺からすれば空想上の生物と分類されるものは以前から存在していたようだとわかる。
(ここは、どこなんだ?)
今更な疑問が胸に沸き起こる。
だが、ここがどこであろうと俺がすべきことに変わりはない。
目の前で転んでしまった女の子を助け起こして、母親の下へと走らせる。
(俺は、人を守るだけだ・・・・・・)
邪ドラゴン、ニーズヘッグは体長二十一メートルの巨体だ。
翼を広げたその姿は空を完全に覆っている。
目は爬虫類らしくぎょろりと半ば飛び出しており、たしかに邪に感じる。
蜥蜴のサイズのぎょろりならまだ可愛いものだろうが、ドラゴンのぎょろりでは恐怖である。
口元はこびりついた血液らしきもので汚れている。
スキャンするにはいささか距離が離れているため、全長から体重や骨格、鱗の硬さなどを予測する。
「〝霧多き氷〟の叫びの泉に住まうと伝えられている邪竜の一種です。この町もたびたび襲われています。その体表は非常に堅く、落城用の投石器『ゼイキンブンナゲキ』でも効果は薄く、追い返すのが精一杯でした」
気になる名称はさておき。
ドラゴンの体表には彼女の言うとおり傷が幾つも走っている。
だがどれも鱗の表面をひっかくだけに終わっている。
「わたしたち王宮の魔術士が隊列を組んで一斉に攻撃すればなんとか撃退できるかもしれませんが・・・・・・・・・・・・召喚で力をほとんど使い果たしてしまいました」
彼女は顔をうつむかせて、拳を握る。
顔に浮かんでいるのは後悔などではないだろう。
自分の、届かない力に腹を立てているのだ。
だが、俺なら、救える。
ザッ、と一歩前に進み出る。
ドラゴンは逃げずに残っている俺達に気づいたのかこちらに向かって首を伸ばし、口をその砕けた牙の並びがよく見えるようにガパリと開ける。
────────────ッッッッ!!!!!
咆哮。
人間が唾を飛ばすかのように、小さな炎がドラゴンの口から零れる。
マッハコーンすら見えそうな、まさしく音速の咆哮は、衝撃波すら巻き起こす勢いで自分達に向けて放たれる。
ビリビリと下界を震わせ、スクルドの服の裾をはためかし、周囲の家々の屋根を吹き飛ばしていく。
敵はこの距離でもう攻撃の射程内のようだ。
これ以上の接近は許せない。
自分が敵に向かって接近すれば、残った女性に向かって容赦なく攻撃するだろう。
自分が持つ武装。
遠距離用の武器であれを倒すのは確かになかなか難しい。
仮にスクルドを連れて近づくにしても、相手が巨大すぎる。
それにあの巨体を浮かしているにしては翼がほとんど動いていない。
周囲には例の未確認の粒子が大量に見られるので、それがなんらかの作用を及ぼしていると推察される。
あの巨体を浮かしている気流の流れを考えると、自分の飛行能力ではまともに飛ぶことは出来ないだろう。
効果がありそうな武装はただ一つ。
この距離でもこれなら届くだろう。
補給ができる基地がまだ確認できていないのであまり使いたくはなかったが仕方ない。
節約も拘りすぎれば吝嗇となってしまうのだ。
俺は右腕を前へ、ニーズヘッグへと突き出し、左手で支える。
右腕の情報場の連結を紐解き、マトリクスを書き換え、手首から先を砲門とする。
ダイヤモンドなどの鉱石を喰らって生命活動を行う金属生命体に有効な兵器。
レーザー・プラズマ加速器の応用で放つ荷電粒子砲。
028と同じ装備だ。
もちろん出力はいくぶん劣るが、金属生命体ですらない相手には十分すぎる。
ドラゴンも反抗の意思を感じ取ったのか、その口内を一際炎の色に燃え上がらせる。
スクルドが焦ったように身を震わせる。
空に文字を描くように手に持った棒を動かし、早口になにかを呟く。
それよりも早く、俺はブラスト砲の準備を終わらせる。
ドラゴンは首を一度大きく上にもたげて、振り下ろすと同時に巨大な炎球を砲弾の如く飛ばしてくる。
問題はなにもない
「ターゲットロック、射線クリア、周囲クリア・・・・・・発射」
砲門から深紅の奔流が溢れ出し、炎球を容易く散らせながら真っ直ぐに空を裂いた。
ブラスト砲は勢いを衰えさせることもなくドラゴンの円筒のような腹へと突き刺さり、体表を弾け飛ばしながら摩擦熱によって融かしていく。
──────×ッッ××ッッッ────×ッ×────ッッッ!!!!!!
耳をつんざく苦悶の轟きを聞きながら、腰を落として衝撃に耐える。
ドラゴンを二分するように右腕をゆっくりと上へ動かす。
赤の波がドラゴンの胸元まで達したとき────
ゴッッ!!!!!
ドラゴンは爆発し、四散した。
一気に熱せられた周囲の空気が膨張し、球状に広がって爆風を巻き起こす。
火球を生成する器官にでも引火したのだろう。
残った下半身は炎に包まれながら静かに落下していった。
「す、すごい・・・・・・」
後ろで女性が気の抜けた声で漏らすのを拾う。
俺はドラゴンが完全に生命活動を停止しているのを確認してから、女性に向き直る。
驚き、呆気、憔悴、安堵、そしていくばくかの怖れ。
彼女の顔にはいくつもの感情がない交ぜとなって浮かび沈みを繰り返していた。
そしてなぜか、暗然とした目をしている。
彼女はゆっくりと俺に近付き、そっとその手で頬の部分に触れてきた。
まだ放熱が完全にすんでいない右腕を隠すために半身になる。
「あなたは、」
今にも泣きそうな顔をして、彼女は消え入りそうな声量で言う。
「あなたは、本当に、勇者のように、強いんですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺がどのように返すべきか悩んでいると、彼女はさっと後ろに退き、先までの弱弱しい表情を消す。
「失礼しました。わたしは王宮魔導師のスクルドと申します。あなたは────?」
王宮。
魔導師。
聞き返したい単語は先ほどからいくつも彼女の口から生まれ続けているが、彼女の、人間からの問いを無視するわけもいかない。
「俺は欧州群機甲軍所属QWERTY部隊第二分隊隊長、コードナンバー020」
「おうしゅ・・・・・・? クワー・・・・・・?」
こちらが素なのだろう。
畏まった顔を忘れて、女性としてどうなのかというくらい思い切り眉根を寄せる。
彼女が理解できないことはなんとなく予想していたので、俺は言い直すことにした。
「ニードだ。020でいい」
世界は黒かった。
先ず、進みし槍手が名乗りをあげた。
鍛え上げた腕に貫くものを構え、
馴染んだ鎧で身を包んだ。
自らの武勲をたてるために。
そしてなにより。
自らの仲間を守るために。
汝はなお知りたいのか、否か?
な、長い。
これでも削ったのですが。
次回からはもっと短いです。
ちょっと時間がないのでこのへんで。
次回更新は明日の朝9時過ぎです。
ではでは。