プロローグ
<QWERTYナンバー製作に当たっての構想及び草案 三頁目>
①長期間の自律稼働が可能。
②七つの力を備えた思考可能な機体。
③これまでの拠点防衛用ではなく、敵拠点、もしくは拠点奪還の任務遂行を重点に置いた機体設計。
④マザーブレインもしくは人からの指令を受理不可能な状況においても任務を完遂できる柔軟な思考。
⑤これまでナンバーごとに特化して持たせていた役割を、同ナンバーチーム内に割り振ることで連携のとり易さを優先。
⑥思考プログラム以外のシステムはこれまでのものを流用。
⑦ただし、一般市民の目に触れる任務も受け持つ為、これまでのインベーターの姿を摸倣したものではなく、一目で人類の味方だと判別できるような外装。
⑧カプセル型の胴体に長い腕、三本足。
⑨上記は不採用。外装は騎士の姿を採用。
以上。
これまでの案を受け(Pro.イチジクの案を除く)QWERTYナンバーの機体は人間近い思考プログラムを搭載することとする。
骨格は大幅に変更し、人間の成人を基本とする。
特化した9の役割を同ナンバー内で持たせることで少数精鋭でのチーム作りを目指すこととする。
装備自体はこれまでのものを流用し、コストを抑えることとする。
少数精鋭ゆえに敵拠点・敵陣の中枢のみの撃破、取り残された人命の救助などの任務を負うことが多々予想される為、重装備状態の外装でも人の形を大きく外れないこととする。
外装は黒のギャンベゾン調の装甲の上に、黒と金を基調としたプレートアーマーを装着した騎士の姿をイメージとする。
甲冑を着込んでいるというよりは、肌の上に直接フィットして装着されて、人間のような体つきが見て取れるようにする。
敵である金属生命体の攻撃方法は骨格が変形したブレード状の武器、重量ある巨体からの殴打が主であるため、プレートアーマーの外観はゴシックアーマーを見習い角度をつけて正面からの攻撃を逸らし、損傷を抑える。
また、パレードアーマーのような装飾性をもたせることとする。
アーメットヘルムの眼部はスリットではなく、これまで同様黒色のバイザーを使用する。
より詳しい構造設計は別紙で通達する。
なお、開発チームはPro.イチジクの参加を断固として拒むことを厳命する。
彼の腕は認めるが、人類にはまだ早すぎる。
47年目 4月7日 第5司令部 North Star A
エリア47
アジア圏内に位置するそのエリアは、
世界地図の大半を埋め尽くす危険色の赤でべったりと塗られたほかと同じく、
50年以上前から不可侵地域で、
今は戦場だ。
人はなんにでも名前をつけたがる。
森羅万象に。
子供に。
無機物に。
現象に。
空想に。
名は体を表すという言葉があるが、正確に言うならば名前を付けることによって、体を決める。
体を。すなわち器を。
器は境界だ。
名付けによってその存在を確かなものとする。
二元論ではこの世は語れない。
しかし人間は二元論の眼鏡をかけている。
故に。
二元論ではないがための曖昧さを名付けで律し、己の常識の理解範囲内に収める。
そして支配するのだ。
名前を付けることによってその存在の範囲を、実際よりも小さく、あるいは大きく区切ることによって、それ以上、それ以下での行動を禁ずる。
鶏が空を飛ばない鳥を指すように。
亀が兎には勝てない足を持つことを指すように。
その存在を区切り、支配下におく。
自分は人ではないが、この状況に整合性を持たせるため。
また。
この状況を支配するために、見習って名前を付けるとしよう。
基地のほぼ中心にある、基地にとって一番重要な部屋。
そこからハブのように、あるいはヤマタノオロチのように伸びている通路。
通路は通路だ。
他に呼びようもない。
なので、番号をつけて支配する。
自分がいる通路を1の通路とする。
隣にいるのは寡黙な028と、冷ややかな舌鋒を持つ022。
時計の針を兎のように追いかけて2の通路。
024、026、029。
寡黙なアイアンとジャイガンターを同じ通路に配置しなかったのは、二人の持つ役割が似通っているからではなく、あの無言空間に耐えられるものが仲間内では誰もいないからだ。
俺たちには人間との円滑なコミュニケートのため、一定時間会話がないと、それを気まずさとして感じ、解消しようとするようにプログラムされている。
だが、個体によってその一定時間の一定が異なる。
その気まずさは苦労性のジャックでもダメだったらしく、以前そういう組み合わせをしたときに、後で泣きつかれてしまった。
1の通路とほぼ真反対にある3の通路には、021、025、023。
自尊心の高いクォーターと皮肉屋のウィルを組ませたのは冒険だったが、癒し(強制)系のクロムサムが緩衝(強制)材となっているようで、うまくいっている。
俺たちは機械だ。
人によって造られ、人に設計された思考回路をなぞる。
本来ならば、これほどまでに色濃く性格が出ることはない。
だが、プロフェッサー・イチジクによって組まれた思考プログラムを搭載している俺たちは違う。
欠点と評する者も、革新と捉える者もいる。
実際のところがどうなのかは、俺たちには判らない。
ただ────
「024!!」
統合された情報により、ジャックが敵の砲撃を避けきれない未来を予測し、注意を呼びかける。
しかしジャックに撃ち出された鉄塊が直撃し、火花を噴きながら倒れ込んでしまう。
「026、シールドを展開してジャックを退かせろ! 029、二人の援護! 022ここはいいからお前も行け!!」
すぐさま027以外の全員に指示を出す。
が、俺が指示を飛ばすよりも速くに、その行動は開始されていた。
この柔軟性こそが、俺たちの特性だ。
右腕のシールドを展開したアイアンが、装甲に大穴を空けて倒れたジャックの前に出る。
アイアンはその身を盾とし、左腕で動けないジャックを抱える。
合理的な思考を好むと自しか認めないアイアンらしい行動だ。
大抵の攻撃はそのぶ厚い装甲で無効化してしまうアイアンであるが、その分移動速度を犠牲にしている。
アイアンの脇から、ヒートセイバーを持ったオーバーナインが跳び出し、アイアン──正確には負傷したジャック──を狙う照準を己に向けさせる。
囮役。
オーバーナインは機動力が高く、被弾することが少ないとはいえ、最も危険な役柄だ。
また新たな負傷者を出しては意味がない。
だから、リスクを減らす。
敵陣の中に孤立する形となってしまったオーバーナインを背後から襲おうとした敵の一体が銃撃に体勢を崩し、続けざまに撃ち込まれた連射に生命活動を停止する。
「援護おせえよ、キャッチ」
「お前を援護する気などさらさらない」
連射性能の高いバスターを両腕に装着したキャッチ。
口の悪さとは反比例する狙いのよさで、オーバーナインの隙を埋めるように銃撃を叩き込む。
オーバーナインの挙動と紙一重の位置を裂いていく銃弾だが、決して当たることはない。
オーバーナインも背後からの銃弾を気にすることなく、自由に敵を切り裂く。
任務前にケンカをしていたとは思えないコンビネーションだ。
普段からこうだと助かるのだが。
その状況を視覚ではなくレーダーで捉えながら、俺も別の通路から向かってくる敵の先頭にマシンガンの銃弾を叩き込む。
ニーナがハッキングをしかけている転送ポート集中制御装置があるこの部屋は先に述べたように、実に合理的なことにいくつもの通路と繋がっている。
通路は人間が通ることを目的として造られているためそこまで広くないが、機材や大型のロボットを運ぶことも考えられているので、敵もあまり詰まることなく向かってくる。
多く伸びた通路のうち、敵が出現しているのは三つだ。
占領された基地を奪取するために送り込まれた部隊は自分たちQWERTY部隊第二分隊だけではないが、一番早く基地の中心、管制室に辿り着いたのが自分たち第二分隊なので、それ以外の部隊は足止めに撤している。
当初の作戦どおりだ。
問題は予想よりも敵の数が多かったことだ。
そして。
「ニーナ、突破は可能か!?」
制御装置の防壁プログラムが強化されていたことだ。
機械的機構は俺たちと似ているが、俺たちが精錬された宝石だとするならば、文字通り原石といった風貌の金属生命体。
怒涛のような侵略具合や、文化観の薄さなどから誤解されがちではあるが、敵の科学技術はかなり高い。
後は転送ポートを開放し、本部に待機している本隊をこちらに送ってもらえば自分たちの任務は終わりだという最終段階ではあるが、作戦終了予定時刻にかなり迫るところまで来ている。
その間に他の部隊が突破されると、一気に敵がなだれ込んでくることになる。
これ以上敵が増えたらさすがに一機あたりの許容量を越える。
ジャックの戦線離脱によって状況はさらに悪化している。
最初の配置とは違い、今は1の通路に俺とジャイガンター。2の通路にオーバーナインとキャッチ、3の通路は変わらず、ウィルとクォーターとクロムサムだ。
だがクロムサムはジャックの損傷修復のために一時戦線を外れなければならない。
クロムサムは隊で唯一修復技能を備えた機体だ。もちろん設備が無いこのような場所での修理は高が知れているだろうが、ジャックの損傷具合を視る限り重傷ではあるが重体ではないので間に合うだろう。
通路の奥にある管制室にいるのがニーナだ。
敵の死体が足下に転がる中を、一人で任務に当たっている。
ニーナに次いで情報処理能力が高い俺が各機から送られる戦闘空間の情報を統合し、最適な行動パターンを送り返していたのだが、こうなった以上ニーナのサポートに回った方がいい。
転移直後は隙ができるため、できるだけ数を減らしておきたかったが、仕方ない。
「ウィル、戦闘の指揮は任せる」
「了解」
索敵能力に最も優れたウィルに指揮権を委任し、ニーナの元へと向かう。
「ニーナ、手伝おう」
「助かるわ。データを送るね」
ニーナは個性的と言われる俺たちの中でも、唯一女性と思しき性別が表れている個体だ。
ニーナから送られたコードを解析し、二機がかりで倍以上の速さでプロテクトを解除する。
転送ポートを開放する頃には、防衛ラインは下がり、全員の損傷も無視できないレベルになっていた。
「ウィル、撤退準備だ。指示を出せ」
「了解。アイアンはこちらの援護をしながら後退。クォーターはオーバーナインの回収と指定するポイントに吸着式爆弾をしかけ、キャッチと共にポイントを攻撃し天井を崩せ! オーバーナインは指定する敵の足止め! ウィル、足止めする敵はわかるな!? アイアンは4秒後に指定するポイントにミサイルを撃ち込んで天井を崩せ! ジャイガンターは3秒後に指定するルートでブレスト砲を照射」
通信を送りつつ、自身も反応式爆弾を通路に仕掛けて、アイアンに庇われながら後退する。
オーバーナインは飛行するクォーターに掴まり、進路上の敵を斬りつけ、その間にクォーターが爆弾を仕掛ける。
ジャイガンターは指示通りブラスト砲を展開、発射して敵の一群に文字通りの大穴を開ける。
敵の勢いが一時的に弱まったのを確認して、転送ポートのある部屋に移動する。
その間に転送ポートを介して本部と連絡を取る。
「本部、こちらQWERTY部隊第二分隊隊長ナンバー020。転送ポートの解放を確認してくれ」
『解放を確認。後続部隊へ戦闘を引き継ぎ、撤退せよ』
「了解した。これより本部に帰還する」
許可が出たので、転送ポートを起動させる。
重低音を響かせながら、部屋の中心にある転送ポートが光り始める。
転送ポートといっても外観は単純で、5センチ程度の円座が床と天井にあり、その中間にメビウスの輪のような形状をしたリングが漂っている。
複雑なのはそれを制御する装置のほうである。
浮かんでいるリングは下から上へ、上から下へと回転しながら移動し、それに伴って光が強くなる。
「転送、完了しました」
ニーナが言うのと同時に、リングがもとあった装置の真ん中で止まり、転送ポートの中に機影が現れる。
管制室にある転送ポートはかなり大型で、一度に三十人を転送することができる。
今回は当然ながら、その定員一杯まで人影があった。
エリア47に区分されている国らしく、鎧武者の外観をした機体である。
さすがというべきか、細かいところまで造り込まれている。
隊長であろう、長刀を背負った鎧武者がリングに触れ、リングの帯を収納させて円座から出る。
転送ポートはすぐにリングを伸ばし、また次の部隊を連れてくるべく光りだす。
「QWERTY部隊第二分隊、ご苦労であった。後は我ら一刀両断部隊に任せよ」
「ああ。後は頼む」
素早く配置について敵を殲滅していく鎧武者を見送りながら、隊長と言葉を交わす。
「QWERTY部隊第二分隊、撤退するぞ!!」
号令に、仲間は鎧武者の援護をしながら後ろに下がる。
アイアンはクロムサムと共にジャックの体を支えながら、後退してくる。
やがて、転送ポートから本隊の第二陣が姿を現す。
この基地内の他の転送ポートでも同じように本隊が転送されてきているだろう。
作戦は成功だ。
管制室の転送ポートは待機状態で光を収める。
予定だと、俺たちが撤退する番だからだ。
隊員たちが入っていくのを確認してから、本部のベースに座標を設定し終えたニーナと一緒に転送ポートの円座に乗る。
帯を収納して、円座の弧を描くように腰の高さで浮いている球体に触れ、リングに戻す。
統合情報原理発展学の理論に基づいて設計され稼動している転送ポートの発する光は強くなり、自分が丸裸に剥かれていくような錯覚に襲われる。
ベースの転送ポートの力場といくつもの中継点を挟みながら、管制室の転送ポートの力場とが結ばれる。
体が情報素に還元され、力場を介してベースのポートに転送される。
引っぱられるような感覚の中、
────××××────
助けて、と。
聞こえた気がした。
世界は黒かった。
戦士がいた。
太陽の輝きと、
夜の静謐をその身に纏った戦士だ。
妖精に祝福され、
人に愛されて産まれてきた。
決められたことだったのかもしれない。
決まっていたことだったのかもしれない。
彼が勇者となることは。
汝はなお知りたいのか、否か?
初めまして。
あるいはお久しぶりです。
まさかの異世界まで行かず。
異世界篇は今日の夜8時に上げます。
ではでは。