Fligit33‐そして、消えゆく真実の前へ
暗闇の中を、俺は先ほどより軽くなった背中で歩く。
駆は既に戦場から運び終え、治療を受けさせている。
診察によれば、幸いなことに肋骨を二本と片方の肺を穿った傷はそこまで深くはないらしい。
出血も致死量には達しておらず、輸血の血液は常に十分な量が用意されている……それに、あの無鉄砲なお人好しは、あの程度の刺し傷なら何度も負っている。
それらのことから考えて、駆の命には問題ないだろう。
――しかし、この夜の登場人物からは退場させられた。
残念ながら、あいつの代役となれる者はこの場に存在しない。
そして、この物語……駆に言わせれば戯曲は、誰が欠けようと止まることはない。
なら、俺は俺のするべきことをするのみ。
ただ、俺が知りえる情報を必要とする者に与える。
たとえそれが残酷な真実でも、当人が望まない悪夢でも……それが、電脳破壊者としての役の他に、駆の友人としての俺に課せられた、もう一つの役。
その役を果たすために、既に頭の中では今までの布石が整理され、すべての手順が繰り返されている。
無論、繰り返すといっても同じパターンではなく、様々な条件を追加、省略、変更して行う。
それは終わりのない、世界との千日手、未来とのスリーフォールド・レピティション。
それがあまり意味をなさないことは知っている……それでも、ただ歩くだけではいられない。
「よう、だいぶ遅かったやん。デートには少し早くこんと、女の子に失礼やで?」
前方から掛けられた声に反応して、俯き気味だった顔を上げる。
すると、街灯のあたる石造りの門柱に寄りかかるようにして、茶短髪で長身の男が立っていた。
……いや、言い方がおかしかった。まるで正体不明な人物の登場のような表現になってしまったが、そうではない。
名前は小野田光といい、俺と光は旧知の仲である。
そして、光がここにいるのは俺がここで待っているように頼んでおいたからである。
「俺はお前が女だと初めて知ったな」
「まったく、相変わらずジョウダンの通じんやっちゃなぁ。まぁ、ノリツッコミする玲なんて、想像しただけで笑い死んでしまいそうやけど」
光は門柱に背中を預けたままケラケラと笑い、その屈託のない笑顔を俺に向ける。
……こいつは、昔から変わらない。
小学生の頃、親の仕事の関係でこの場所に移り住むことになり、転校してきた俺に対し、最初に声をかけてきたのは光だった。
既に世界の汚れた部分を知り、それなりにませていた俺にとって、無邪気というより屈託のないその笑顔は、ただの馬鹿にしか見えなかった。
そして、周囲の者から転校生という異質なものに対する興味がなくなってからも、光はその笑顔で俺に話しかけてきた。
その頃の俺がなにを考えていたかを思い出すことはできないが、俺はいつしかその笑顔を受け入れていた。
それが、駆や彩貴との関係にも繋がることとなった。
今では想像できないほど消極的なアプローチしかできなかった彩貴、今でも十分想像できるほど鈍感だった駆、そんな二人を繋げるわけでも離すわけでもなく、二人の間で笑う光、その様子を少し離れて傍観する俺……その、曖昧でアンバランスながら、長く続くだろう四人の関係。
けれどあの日、人を好いて、それ以上に人に好かれていた駆は――人を失い、人の道から堕ちていった。
それから、人が変わったように……いや、人とは違う『なにか』になってしまったかのように人を拒絶していた駆に対し、周囲もその対応を変えていった。
小学生でも分かるほどの異形かつ危険ななにかを抱えていた駆に対し、彩貴はただ悲しみ、俺はただ見ているだけだった……けれど、光だけは変わらない笑顔で話しかけた。
拒絶されても拒絶されても拒絶されても、光は変わらなかった。
そして、駆は彩貴の想いを受けて変わり、彩貴は駆を追うようにして変わった。
けれど、俺は……
「なにボーッとしとんねん」
過去を振り返る俺の思考を遮る声。
それと同時に、目の前に迫る一つの白い物体。
俺は反射的に手を出し、その物体を掴む。
それは布製の……なんの変哲もないただのYシャツ。
「ほれ、頼まれとった着替えやで。早く着替えろや。背中にヤバそうなもんがついとるんは、俺の気のせいやないやろ?」
「あぁ、助かる」
最初は背中に伝う熱い液体に不快感を覚えたが、運んでいる途中から気にならなくなっていた。
しかし、先ほどまで忘れていたものも、一度気がつくと気になってしまうものだ。
俺は着ていた服を脱ぎ、こびりついた血液の量を見て服としての利用を諦め、その服で背中を軽く拭く。
粘度が増して拭きとりづらくなった血液を適度に拭きとってから、光に渡されたYシャツに腕を通す。
その間に、光は俺が地面に置いておいた服を手に取っていた。
「……お前、なにをしている」
「いや、別に玲の体臭をかぐという変態行為をしとるわけちゃうで。この血の臭いが気になったんや……やっぱ、この臭いは駆の血やな。それもいい感じにヤバい血や」
「その通りだが心配はない。既に適切な治療を受けている」
「玲がいうんやったら、俺が心配するほどやないってことやな」
光はそう言って、いつもと変わらない笑顔を俺に向ける。
そして、光は俺の服に付着していた血液が駆のものだと分かった……俺はこの血液に関して、なに一つ発言していなかったのに。
「……よく、嗅覚でそこまで分かるな」
「おう。自慢できるぐらいには、よく利く鼻を持ってるで」
「なら、いま周囲に人がいるか、その鼻で分かるか?」
「ちょい待ち」
俺の言葉を真に受けた光は、クンクンと鼻を鳴らして、周囲の臭気で探ろうとする。
ちなみに、俺には特に感知する臭気はない。
多分、濃厚で強烈な血液の臭気を一定時間以上受けていたために、嗅神経が麻痺しているのだろう。
しかし、元々人の嗅神経はあまり発達していないために、周囲の情報収集に関して視覚や聴覚に比べ劣っている。
周囲に人がいるか嗅覚で判断できるとしたら、それは人以外の動物……引き合いに出すのなら、犬の芸当と言える――
「……ここらにおるんは俺と玲だけやね。臭いがないわけちゃうけど、全部残留しとる臭いばっかりで、人のおるって臭いがせんわ」
――そして、こいつは犬だった。
「……なーんて、ジョウダンや。自分で種明かしすると、ここに来るまでに妙な違和感があったんや……この時間に誰ともすれ違わん上に、明かりが灯っとる家が一つもないんは、どう考えたっておかしいやろ」
「なるほど、な」
光の言葉と推理は間違ってはいなかった。
ここは枯れた町ではなく、普段は俺達がよく見るただの町でしかない。
人がいる場所というものは人がいると同時に、見えない何かがあるものだ……そこから人が誰一人いなくなり、見えないなにか一掃されている今のこの状況を、おかしいと思うのが普通の判断といえる。
けれど――ここではそれが普通となる。
「光。あたらぬ蜂にはさされぬ、金持ちけんかせず、臭い物にふた、君子は危うきに近寄らず、聖主は危うきに乗せず、近づく神に罰当たる、触り三百、参らぬ仏に罰は当たらぬ、瘡も触らねば移らぬ、七日通る漆も手に取らねばかぶれぬ、無用の神たたき、It is ill to waken sleeping dogs. Far from Jupiter, far from thunder. Don't make a rod for your own back. Caesar's wife must be above suspicion.これらの言葉に共通することはなんだ?」
「日本のほうはともかく、英語の方は一回訳さんとなぁ。えぇ、と……寝とる犬は起こさんほうがいい。ジュピターから離れとれば雷には打たれん。自分の背中を叩く鞭は作ったらあかん、か……つまり、どんな悪いことでも関わらんなら、起らんってことやな」
「そういえば、外国語全般は得意だったな」
「他の文系科目はからっきしやけどな」
そういって光は自虐的に笑ったが、俺も不得意分野があるゆえに気にしてはいない。
全教科をバランスよくできる人など、俺の知る限りでは彩貴と駆ぐらいのものだろう。
前者も後者も完璧なわけではなく、人並みに人並み以上のクセのある欠点を有しているのだが……それについては語る必要もないだろう。
「一番有名な諺としては、触らぬ神に祟りなし……ここにはその言葉が当てはまる。この場合、神はに当たるのは、四谷財閥となるがな」
「なんやそれ……じゃあ、彩貴は神様の一員かいな」
「その解釈は間違ってはいない」
むしろ、あっている。
正確にいうのなら、人が神であるわけないのだが、この地における四谷の力の強さを表現するなら、それは神と表現しても問題はない。
それほどに……それほどだからこそ、こういった事態を意図的に引き起こせる。
「四谷は古くからこの地を治めてきた。そして、その歴史と財力と権力は特殊な治外法権を生み出した。そのおかげで、彩貴の横暴や駆の行動が許され、ありとあらゆる出来事が四谷の一言で揉み消され、その代わりにこの地には安全と安寧が保証される」
「まあ、それはなんとなく分かるわ。あんだけ派手にやっといて、二人ともお咎めナシやもんな」
「因みに、もし彩貴の流れ弾が当たって無関係な者がケガをした場合、例えその傷がかすり傷でも、一生遊んで暮らす人生を三回繰り返せる額が与えられる」
「マジでッ!? そら、意地でも転生したくなる話やね……少しどころやなくてメッチャ恐いけど、あの争いの中に介入したくなるで」
「無論、そういった邪な考えを持った者には与えられない。明確な回避や逃走行動をとらない者は対象外だ」
「なんやそれ、野球のデットボールかいな」
「そして、今までその対象となった者はいない。狙う者も逃げる者も、互いに他人を巻き込まないように意識しているからな。彩貴は駆の行動を把握した上で、駆だけが当たる攻撃をし、駆は彩貴の能力を把握した上で、自分以外が当たらない位置で攻撃を回避する。あれほど息の合った演舞ができる二人は、世界中を探してもそうはいないだろう」
「なんやろ。ツッコミどころが多すぎて手が出しづらいわ。取りあえず、二人の夫婦ッぷりは不燃ゴミの日に出すとして、玲はあの一方的で問答も容赦も無用なアレが、エンターテイメントに見えるんか?」
「見方の問題だ。無駄に介入せず傍観に徹していれば、ドラマや映画となんら変わりない」
人の手によって安全を確保された危険は、人にとって恐怖という名の娯楽でしかない。
一部の者は、恐怖で背筋を凍る自らの身を危険へと投じる。
あるいは、危険を認識しないがために、恐怖を知らない者もいる。
それらすべては生物としての本能に対する背徳行為。
そして、禁断の果実を口にしたもののみに許された、危険信号に身を染める快楽。
しかし――真の恐怖というものは存在するだけで、愚鈍となった人の本能に危険信号ではなく侵入禁止のランプを灯火させる。
侵入禁止――そこから先には立ち入れない。いや、立ち入ってはならない。
「現在この場に起こっていることは、彩貴の件と根を同じとし類似もしているが、まったくの別物だ。この無人化は強制された訳ではなく、ここの住人の任意によって起こった現象だ。ただ、四谷から一通の文書が送られ、そこには四谷のトップである四谷源蔵の名とともに、ある時刻が記されている。それだけで、この地の人は理解する……その時刻にこの場に近づいてはならないことを。近づいたなら、命の保証はないということを」
「俺、そんなん知らんけど」
「まぁ、お前の住む区域はそういったことにあまり利用されない。それと、お前にはここにいない時期があり、戻ってきた現在は一人暮らしだ。さらに、お前は興味と無頓着の落差が激しい傾向があるからな。知らなくても不思議ではない」
「なんか、馬鹿にされたような気がすんのは気のせいやろか……」
光は俺を責めるような目線をこちらに向けたが、その無意味さを知っているためにすぐに目線を緩める。
「なんか、四谷ってスゴいんやなぁ。でも、そんなワガママばっかやっとったら、それをよく思わんやからが暴れだしそうやけどな。デモとかストとか」
「デモは間違ってはいないが、ストは労働者が雇用者に対しての抗議として、労働を行わないことだ」
「あの、微妙なところに鋭いツッコミいれんのはヤメてくれんか……今度のテスト、現社がジョウダン抜きでヤバいんや」
思わぬところで悪い地雷を踏んだらしい。
纏う空気が急速にぐったりしていく光。
俺は空気を変えるために、話を光の興味を引く話題へと戻す。
「お前のいうことは一理ある。だが、この地の住民は四谷に表立った反抗しない。それは、古くからこの地を治める四谷には地盤があり、この地の住民には充分な保証と還元がなされ、なおかつ直接的な強制を行わないなど、多くの理由があるのだが……すまない、話はここまでだ。待ち人が来た」
「みたいやな」
俺と光が話を切ると同時に、少し離れた場所に二つの影が浮かび上がる。
白き姿と黒き姿、黒き剣と白き剣、和倉美海と和倉美空
酷似した形容を有しながら相反の色を有する二人が並ぶ光景は、前に見た時にはなかった、どこか不思議な感覚を俺に与えた。
「予定時刻より多少早いな、和倉姉妹」
「ごめんなさいです。百爪に逃げられちゃって、追跡は諦めて早めにこっちにきたんです」
「別に攻めているわけではない。むしろ、その判断は評価する」
「いえ、本当なら百爪のことは終えてからここに来るべきだったです……でも、防御と退避に徹されたら、腕一本がやっとだったです」
俺の言葉にしっかりとした口ぶりで返す和倉姉。
その瞳は俺に対してまっすぐ向けられて離れず、揺るがない。
……その顔を見るかぎり、どこまでかは分からないが、和倉妹からなにかしら教えられているようだ。
なら、多くを語る必要はなく、目的の場へ向かっても問題はないだろう。
「なんか、二人ともボロボロやねぇ」
先ほどまで俺の隣で所在なさげにしていた光が、唐突に言葉を放った。
それと同時に、和倉妹が和倉姉を庇うように前へ進み出る。
光を見上げる視線は酷く鋭い……それはすでに警戒の域を越え、下手な動きをすればすぐさま行動に移すと語っていた。
確かに、和倉姉妹の状態には酷いものがある。
弓道に用いる弓道衣に酷似した服装には、所々に切断されたような損傷があり、一部には赤い液体が滲んでいる。和倉妹の袴はそれが顕著で、歩行の様子から右足にそれなりの傷を負っているらしい。
そして、和倉姉の右腕……黒い義手には、糸らしきものが乱雑かつ複雑に絡みついており、その動きが制限されているのは目に見えていた
光はそのただならぬ姿に興味を持ったらしいが……この状況で首を突っ込んでくるか?
「……小野田先輩、あなたは何故ここに?」
「え、俺か? 俺は……ま、気にせんでええよ。俺は玲にちょっとお使い頼まれてただけやし。玲の言葉を借りるんなら、エキストラってゆうやつや」
光は笑顔で自らの無関係を述べるが、和倉妹の警戒が解かれることはない。
光も光で自分が置かれている状況を理解していない……俺は下手なことが起こる前に、二人の間に割って入る。
「止めておけ、和倉妹。光は俺の付き添いのようなものだ。もしも手を出すようなら、俺もそれ相応の対応をさせてもらうことになる」
「……分かった」
「光、お前も状況を理解してから行動しろ。興味があるとその他に関する注意が著しく下がるのはお前の悪い癖だ」
「あー……なんか俺、KYやった?」
「あぁ、あと数秒遅かったら空気が吸えなくなるぐらいにはな」
「? ……ま、悪かったんは俺みたいやし、なんかゴメン」
そういって、理由も分からないまま頭を下げて謝罪をする光。
しかも、その頭が下げられた先は和倉妹ではなく俺である。
まったく、こいつは……しかし、光の間の抜けた行動は和倉妹の警戒心を抜くのに効果的だったらしい。
単に相手にするのが馬鹿らしくなっただけかもしれないが、こちらとしては潤滑にことが進めるのはありがたいことである。
「で、和泉センパイ。美空から聞いたんですが、ここで教えてくれるんですか? センパイのいう真実っていうものを」
「ああ、俺の後について来い。そうすれば、全てを教え、全てを証明しよう」
光には目線だけでついて来るように語る。
その顔に了解の笑みが浮かんだことを確認してから、俺は先ほど光が寄りかかっていた門柱の前まで歩き、鉄で形作られたスライド式の門扉を開ける。
それほど大きくはないその門扉は、砂利を砕く音や鉄が擦れる音を立てながらも簡単に開いた。
門から目線を上げると、そこに佇むのは広い敷地の中に建てられた規模の大きい建築物。
それは数多くの怪談話を内包する場所であり、同時に俺や光にとっては懐かしき思い出が残留する場所。
「夜の学校なんて、何年ぶりやろ……なんか、ワクワクするなぁ」
戌神小学校――ここは、俺達が始まった場所であり、この夜を終わらせる鍵の在処であり、戯曲の終演のために用意された舞台であり――蛇の罪が眠る場所。
役者は既に揃いつつあった。
〓―〓―〓―〓―〓―〓―〓―〓
――大丈夫ですか? なんでしたら、救助をお呼びしましょうか?
「いや、いいです。もう助からないですから。すまないですね……君には偉そうなことをいっておきながら、あっけない」
……はしたないですね。寝言は寝ていうものですよ? 少し待っていてください、今すぐ救援へ連絡します。パートナーの居場所は分かりますか?
「ああ、美莱さんなら、先にいきました」
…………………………
「死に目は私が見取りました。死因は刃物による頭部損傷による脳内器官の損傷か、四肢切断による失血のどちらかです」
…………………………
「死体は私が処分しました。あれ以上美莱さんを辱めることは、パートナーとしても、夫としても、兄としても許せませんでした。大目に見てくれると嬉しいのですが」
…………………………誰ですか?
「言えません。言ったら、君は止まれなくなってしまう」
失礼ですね。私はそこまで愚かではありません
「君は愚かではないでしょうが、賢くはありません」
人を馬鹿にしている余裕があるのですか?
「君こそ、守りたいものができたのでしょう? ここで復讐などしてしまったら、君はそれを守れなくなるよ」
知ったような口をお聞きにならないでください。
「知っています。だから、こんな無様で愚かな終わり方なんです」
……続きは病院でお聞きいたします。ですから、それ以上口を開かないように。
「その言葉は信用できないですよ。君は嘘吐きだからね。だから、ここで聞いてくれるかな。僕のわがままを」
わがまま、ですか?
「二人を――娘達をよろしく頼みます」
…………………………
「ずっととは、いいません。君が守りたいものを守れるようになってからでいいですから、あの子達を見守ってください。できることなら、あの子達が道を外さぬように、君が導いてあげてください」
……貴方は先ほどの自分がいった言葉をお忘れですか? 私は嘘吐きでございます。私の肯定ほど無意味なものはありません。
「いいですよ、嘘でも。君が頷いてくれれば、僕は安心して先にいける。君が頷いてくれれば、僕は美莱さんと一緒にいける」
…………………………
「約束、してくれますか?」
……分かりました。嘘吐きである私が約束いたします。私はこの命に代えても、その約束を守りましょう。
「ふふっ……やっぱり、君の言葉は信用できないですね――でも、ありがとう」
――それは私の約束。
守られることのない、約束。
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昔の記憶と殆ど変りない校舎の中を歩き、俺達はある部屋へとたどり着いた。
それは、この学校の長の部屋である校長室――に設置されている、隠し階段を下りた先に存在する部屋。
校舎の地下に講堂ほどの空間があることを、ここの生徒と教師は勿論、校長さえもこの事実を知ることはない。
そこで、俺以外の三人は驚愕によって言葉を奪われていた。
そしてその空間の殆どを占める、無数の黒い箱。
その中にはさらにいくつものサーバーがあり、その全てが数千、数万の無数のコードやケーブルで繋がっている。
そして全てのケーブルが、最終的にその空間の中心に立つ、青白く光る柱に集約されていた。
その青白い柱――正確には、青白い液体が満たされた円柱状の水槽の中には、あるものが浮かんでいた。
「玲、なんや、アレ……いや、誰や、アレ」
最初に、目の前の物体と関わりのない光が、現実へと戻ってきた。
光の場合は、その非現実的な状況に意識が飛んでいただけ。
たとえ、目の前にホルマリン漬けにされた蛙の標本のように肉体の所々が切開かれ、内臓器官や筋肉、骨の髄までも晒され、その肉体に数多くのケーブルが生々しく刺さり、繋がれた――無論、そのケーブルは切開かれた箇所にも同じように繋がれている――人の形をしたものがあったとしても、それは他人事である。
その衝撃の質は――和倉姉妹とは、違う
俺は、光の問いに答えるためにゆっくりと口を開く。
「あれはもう人ではない。あれはこの空間に存在する四谷のサーバーを管理する、人の脳内信号を使用した統合システムの一部だ。人の形をしているが、既に人としての意味をなくしている」
人は死しても人である。
けれど、その死した肉体が機械に繋がれ、体内を晒され、物として利用され続けたことを知っている俺は、目の前に浮く物体を人として扱うことに抵抗を覚える。
同じようにこの物体のことを知りながらも、人としてとらえることができる駆は、これを人の名で呼び、俺が物として扱うたびに必ず同じ言葉を返す。
まだ人だよ、と――まだ、この人は人として消えてはいない、と。
俺はその物体の中で唯一人として認識できる個所――眠る人の顔に似た物を見ながら、物ではなく人の名を呼んだ。
「あれが人だった頃の名は、和倉空海――和倉姉妹の父親だ」
ああ、早くも主人公の生存が確認されてしまったー(←棒読み)
……どう考えても、バレバレでしたね。
奇を衒うのが苦手な作者でスミマセン……でも、どういう形であれ彼が生きていないと、この話の後の物語が真っ暗闇になってしまうのでしかたないんです。
さて、次回で話の決着がつくはずです。脱シリアスパートに向けてもう一息、頑張らせて頂きます。
では、また。