Fligit32‐紅い蛇を狩る狩人の翼爪
あぁ、何ヶ月ぶりの更新でしょうか……あ、約四ヶ月ですか。すみません(冷汗
更新の度に謝らなければならない状況に陥っていますが、どうかこのダメ作者を見捨てないで頂きたく思います。
時刻は七時を過ぎ、残業も警備も行われている様子のない、古びたビルの立ち並ぶ区画を、私は目的地に向け走っております。
既に玲様はハッキングを終えているでしょうし、後は私が目的地に着いて仕上げをすれば、この陳腐な戯曲はフィナーレを迎えるでしょう。
ですが、嘘吐きの私に罰が当たったのでしょうか。
計画通りには終わりを迎えてくれそうにありません。
「……やはり、これは私のミスですね」
私は反省の独り言を述べながら、一人夜闇を走ります。
……いえ、正確には三人と言うべきでしょうか。
私の後方から聞こえる足音は二つ。
細かいリズムを刻む足音は美海様、硬く冷たい、まるで死神のような足音は百爪様のものです……死神の足音など聞いたことはないのですが。
美海様は私のすぐ後ろをぴったりと貼りつくように走り、百爪様は図体のわりにまるで飛んでいるかのような身軽さで、嫌な距離を保ちながらついてきています。
そして私は、その二人と同等もしくはそれ以上のスピードで走っています。
どうやら、『僕』の逃走本能は体の芯から心の奥まで刻み込まれているようで、本来の身体能力を引き出せない私でも、現在のように追われる状況なら、走力のみ限定解除されるようです。
まったく、ここまでくると条件反射や刷り込みの域に達していますね。
さて、閑話休題致しまして、そろそろ本題に入りましょうか。
「嘘吐きが体を使って戦うとは……あまり気乗りはしませんが、仕方ありません」
私は意図せず走りだす足を、自らの意志で止めました。
そして私のすぐ横を美海様が通り過ぎるのを確認してから、体を後ろへと翻します。
そして紡ぐ――赤き虚言。
「……Utinam tam facile vera invenire possem quam falsa convincere.……私は偽りであることを証明するのと同じほど容易に、真実であることを発見できるならいいのだがと思う……」
百爪様との距離はまだありますが、わざわざ声を強める必要はありません。
私が嘘を吐いた。その事実が存在すれば――世界を歪めるには十分。
そして、私は先ほどどさくさに紛れて拾っておきました一本のクナイを袖から取り出しまして、百爪様の方へと全力で投擲します。
ですが、所詮私の全力などでは、クナイを美海様のように『殺す刃』へとすることはできません。
それでも、虚言に含む一滴の真実としては事足ります。
「“さぁ、本物はどれでしょうか?”」
一の刃は二の刃、二の刃は四の刃、四の刃は八の刃、八の刃は十六の刃……そして、ついには優に二百を超える刃の波と化す。
この刃の波は、一つを除きすべてが偽りでございます。
しかし、ただの目眩ましではございません。
痛覚を騙す刃は外傷を与えることはなくとも、相手が想像した痛みと同等の痛みを与えます。
そして、回避した場合には偽りの刃を多少なりとも本物と認識した、つまり『私の嘘に騙された』ということでございます。
そうなったのなら、この場は嘘吐きの独壇場。三流の嘘吐きが三流の嘘で騙し尽くしてあげましょう。
虚像と高を括って苦痛を味わうか。嘘に絡め取られて詐欺の鴨になるか。
すべては百爪様のご判断――
「――ペテン師ごときが、なめたことをしてくれる」
背筋を一瞬で貫く悪寒。
そして、真正面から叩きつけられる殺気。
その殺気を放つ張本人は、なんの躊躇いも見せずに刃の波へと身を投じる。
「狩技爪」
振り上げられる両手。そして、その手には曲線を描く八つのなにか。
そのシルエットは爪というより、まるで闇夜に紛れた夜鷹の翼。
そして、翼は羽ばたく。それは飛ぶためではない――獲物を堕とすため。
「……爪裂断」
そして翼は放たれた。
目標の寸前まで迫っていた偽りの波刃は、まるで水面に浮かぶ月のように、その羽ばたきでかき消されてしまいました。
そして――気づいた時には時すでに遅し。
「ッ……ハッ……」
私に口から空気が洩れる。
音もなく、見ることもできず、ただ、翼のようなものの一端が自らに刺さったことを認識しました。
鳥類の、それも滑空に優れた鳥類の片翼を思わせるそれは、鎌のように鋭利な刃先が湾曲した、とても分厚い凶器。
そして刃の先端は、まるで獲物を捕らえるために研ぎ澄まされた猛禽類の鉤爪のよう。
そんな漆黒の刃は、咄嗟に胸部を庇った私の右腕に深々と突き刺さり、体の芯までその冷たさを刻む。
「センパイッ!!」
後ろから美海様の声がかかりますが、今は無視させていただきます。
私は傷口を広げないようにその刃を抜き、地面に投げ捨てて足で踏みつけその動きを封じる。
しかし、封じたのは八つのうちたった一つ。
夜闇に隠れた残り七つの黒い凶器は、形状や大きさからは想像できないほど音を立てず、私達の周囲を縦横無尽に飛び回りっております。
十分に警戒しながら右腕を確認……親指がまともに動かず、人差し指と中指の力も弱まり、手首も思うように動きません。
どうやら、筋肉の一部を完全に切断されてしまったようです。
ですが、不幸中の幸い。あまり血液が流れていないことから、重要な血管には損傷がないようです。
しかし、そんなことよりも私には気に掛かることがあり、正面に佇む黒衣を見据えます。
「さて、色々と気になることがあるところですが、物事には優先順位というものがありますからね――何故、貴方には私の言葉が届かなかったのでしょうか?」
百爪様は帽子を目深に被っているため視線が分からないのですが、その動きがまるで偽りの刃物が最初から見えていないかのようでした。
ですが、百爪様は私の虚言に対し『なめたこと』という評価を致しました。
私の推測が正しければ、百爪様は私の虚言を聞いておきながら、私の虚言を無視したということでございます。
下手をすれば……この戦い、嘘吐きである私に勝ち目がなくなってしまいます。
「ふん、自らの技に溺れたな」
そう言って、私を嘲笑う百爪様。
その様子は表情が見えなくとも分かるほど、勝利を確信し自身に満ち溢れています。
「元々、貴様の力は黒剣から報告を聞いている。更に、実際にこの身に受ければどのような現象か理解できる――ラテン語による対象の無意識への侵入。翻訳による無意識かから表層意識への反響。そして、無意識と表層意識を暗示によって掌握。この三段階の言葉によって、相手の感覚や意志を自由に操作する。そうだな」
「さあ? どうでしょう。例え私がそれを認めても、本当とは限りませんよ? 私は嘘吐きですので」
「白々しい……だが、かまわん。貴様から聞き出さずとも、実際にそのまやかしを無効とできればいいだけのこと」
膨れ上がる殺気。この場に満ちる空気は、私の不利を告げます。
しかし、私は嘘吐きでございます。空気に飲まれてしまうなら、それは三流以下の嘘吐きです。
どのような時間、場所、相手、状況でも、なんの躊躇いもなく嘘を吐いてこその嘘吐き。
「ならば、試してみますか? “Bis vivit qui bene vivit.”……」
頭の芯にチリチリとした痛みが走る中、私はそのまま虚偽の言葉を紡ぎます。
先程より丹精込めて紡いだ嘘で、完璧に騙し尽くして――
「――させると思うか?」
突然、横面に衝撃が走る。
それは冷たい痛みを伴う。しかし、それは表面的で、腕を貫いたものとは似て非なるもの。
そして、その衝撃は――身につけていた真紅の眼鏡を吹き飛ばした。
「自己暗示による人格変異。なかなか面白い壊れ方をしている……虚言の仕組みを知る私が、その眼鏡のからくりを知らぬとでも思ったか?」
頭部への衝撃により意識が一瞬の混濁を起こしている最中、ぼやけた視界の中で鋭く輝く一筋の光。
それが黒刃であることは分かる。
しかし、脳と三半規管が揺さ振られたため、体が思うように動かない。
そして――
「一説によれば、嘘吐きは地獄に墜ちると言う。一足先に見てきてくれぬか?」
――ストン。
そんな音を立てて、右腕を襲った冷たい衝撃が胸の中に入り込んできた。
鋭い刃物を硬いものに対し上手く投げると、本当に「ストン」って音がして刺さるんですよね……現実逃避してスイマセン。
次回は早く更新します。きっとします。やればできる子なんです……たぶん。
因みに主人公は死にました……嘘だといいなぁ。