Flight31‐黒き剣に語る者とは...
今回はあの人がめちゃくちゃ語ります。
――夢を……見た。
「パパは? ママは?」
それは懐かしい思い出。
「パパとママは……もういないんです」
「そんなわけないよ。だって、帰ってくるっていってたもん」
「それでも、帰ってこないんです」
それは悲しい思い出。
「美空は泣いていいですよ」
「ぐずっ……美海は……悲しくないの?」
「ッ……悲しいですよ。でも、私はおねぇちゃんだから泣けないです。だから、美空が私のぶんまで泣いてくださいです」
それは涙の思い出。
「そしていっぱい、いっぱいいっぱい泣いたら、その後は笑うですよ。その時は私も一緒に笑うです」
とても悲しくてとめどなく涙を流したけど……私は孤独ではなかった。
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……痛い。
体中が鈍い痛みを訴える。
意識もはっきりしない……このままなにもなければ、再び眠りについてしまいそうな気怠さ。
しかし、誰かがそれを妨害する。
「起きろ。熟睡しているわけではないだろう」
声が聞こえた。
冷静というよりは平坦と言った方がしっくりとくる声。
私はまとわりつく気怠さを振り払い、なんとか瞼を上げる。
あ……眼鏡がない……まぁいい、どうせ度なしだ。
「寝起きが悪いのは感心しないな。和倉妹」
寝起きで視界がぼやけてるためよく分からないが、やけに薄暗い部屋……ただ、カタカタとキーボードを叩く音がする。
ようやく視界の焦点があってきた時、私の目線の先にあったのは見慣れない背中だった。
しかし、この感情の籠もっていない声の主なら知っている。
「……い、和泉……」
「ほう、その状態でよく個人を識別できるものだ。しかし、年上を呼び捨てとは感心できるものではないな」
私に背を向けてキーボードを叩き続けるのは、遠呂智と行動を共にしていたはずの和泉玲だった。
私は警戒心を強め、構えを取ろうとした……しかし、それはできなかった。
後ろに回された両手首には、冷たく堅い感覚が巻きついていた。
両足にも同じような拘束が施されており、下手に身動ぎすれば横たわる羽目になる。
なぜ私がこんな格好を……そう考えてすぐに思い出す。
百爪にしてやられた私の愚行をッ。
「俺が来た時にはすでにその姿だったが……いや、正確には転がっていたのを俺が壁に立て掛けたと言うべきか」
いつの間にか和泉は肩越しに振り返り、横顔を見せながら私の方を見ていた。
その温度のない異様な目線に気圧され、私は反射的に合わせていた目を逸らす……そして、見つけた。
部屋の隅に乱雑に積み上げられた……黒ずくめの仲間達を。
「なッ!?」
「なに、感電による気絶だ。心停止は確認したが一人もいなかった」
「貴様……どこから入った。このビルは警備されているはず。」
「今更それを聞くか。そのようなことは最初に聞くべきことだろう……いや、混乱状態では仕方ないのか。ここは四谷の管理下であり、遠呂智が管理していた場所。多少の隠し経路や侵入者を追撃する小細工ぐらいあっても不思議ではなかろう」
まるで当たり前のように言う和泉……しかし、この場所を当主に教えられた際、黒猫や遠呂智の手掛かりがないかと隅々探したが、そんな経路は一つも見つからなかった。
だが、この男はここにいる。
遠呂智の関係者の中でも頭の回転は速いようだったが、体力や戦闘能力の低いと判断されたこの男が、このビルの周囲を警戒している者達を倒してこの場に来たとは考えにくい。
つまり、ここには遠呂智しか知らない侵入口が存在し、この男は遠呂智から教えられた経路を用いてこの場侵入してきた……和泉の言葉を鵜呑みにすれば話の筋は通る。
「しかし、その隠し経路は侵入専用一方通行であり、残念ながらビル外部の見張りは継続中だ。つまり、一歩間違えれば俺は袋の鼠だ」
「……つまり、私は脱出時の人質か」
「いや、侵入口があれば出口も一方通行のものがある。古い袋なら鼠が通れる穴が開いていてもおかしくはないだろう? それに、こちらに刃を向けかねない者は人質ではなく爆弾だ。下手すればもろとも処分されかねない」
そんな愚行は特攻隊でもないかぎり行わない、と、正面を向き直しながら私の意見を否定した。
確かに、その考えは間違っていない。
しかし、この異常な非日常の中で間違っていないからこそ和泉の考え方は普通ではない。
「貴様、何者だ」
「なんだ、和倉妹。まだ分からないのか?」
私の質問に、今度は椅子を少し回して身体を半分ほどこちらを向ける。
驚きを装っているが、表情や口調からはまったくといって驚きを感じない。
それは片手がキーボードの上に置いたままなのに対し、もう片方の手が顎に当てられたり眼鏡の位置を直したりと忙しなく動くため、その落差に妙な違和感を感じたからかもしれない。
私がそんなことを考えてる間に、和泉は淡々と口を開く。
「仕方ない……ならば、俺から質問という形でヒントを与えよう。一つ、七時を回った途端に過剰アクセスがあった理由は?」
「……」
「それが答えなら、俺も黙秘させてもらう」
沈黙は金……ここで私がなにを話しても、なんの意味もないだろう。
しかし、ここでなにも話さなければこの状態になんの進展も望めない。
前者と後者を天秤にかける……そして、私はゆっくりと口を開いた。
「……Dosでサーバーをフリーズさせるため」
「半分正解。正解はサーバーをフリーズさせまいと必死にさせ、敵の動きを凍結させるためだ。二つ、如何なる方法で過剰アクセスを起こした?」
「それは……遠呂智が隠し回線を利用して……」
「不正解。隠し通路の話を聞いて隠し回線に行き着いたことは感服しよう。しかし、その回線はここと四谷サーバーだけを繋ぐ特殊な回線だ。あと、先に言っておくが、この過剰アクセスは組織的に行ったわけではない」
本当に隠し回線があったとは驚きだ……しかし、それは不使用、そして一般回線からの大量アクセスと組織性の否定……つまり、遠呂智は一般回線から単体でDosを行ったらしい。
だが、どう考えてもアクセス数が多すぎる。
一瞬で何千万アクセスを叩きだすには、それに見合う人員と接続端末がなければならない。
結論を言えば、今回の規模の過剰アクセスを起こすとしたら、一人でどうにかなる数字ではないのだ。
どう考えても不可能……いや、実際に起こったのだから不可能ではなく不可解。
何度思考を繰り返しても私が出す結果は……理解不能。
行き詰まった私を見て、無表情な和泉は私の考えを見透かしたようにタイミングよく口を開く。
「まだ核心にたどり着けないか……では、ネット上に誤ったハッキング予告情報が出回ったのは知っているな」
確かに……それは先日百爪から報告された。
あらかじめ情報漏洩によるアクセス集中を予期し調査したが、なぜかすべて日時や対象が異なる情報しか出なかった。
それが遠呂智の行ったことであることは明白であり疑問にも思ったが、結局確証の持てる解答を導き出せず、遠呂智からの牽制という解釈をした。
「なぜそれを当てつけの解答で終わらせた? なぜ最後まで疑問に思わなかった? それとも、復讐心に支配されたその目は、布石をただの小石と見間違えたか? 少し考えればその情報の意図が分かるはずだろうに」
「情報の意図、だと?」
「そうだ。あの情報は意図と意味を持つ。意図は不特定多数の目に情報が掲示されたページにアクセスさせる。意味はそのページにアクセスした電子端末は遠呂智特製のウイルスに感染する」
「なっ!? では、あの情報を得た時、すでにここのPCはウイルスに感染していたというのか……」
「残念ながら不正解。直接四谷にハッキングするのは七時と明言していたはずだ。あのウイルスは興味本位で情報を見る一般人を対象とし、起こす現象は至って単純。『定時より、感染した端末はバックグラウンドで特定リンクへのアクセスを繰り返す』……言ってる意味が理解できるか?」
……分からないはずないだろう。
過去に消えたはずの遠呂智の名は、再びその名が現れることでネットワーク上に大きな波紋を作った。
その波は大企業から一般まで広まり、テレビ等では混乱を避けるため放送統制がかかったほどだ。無論、四谷が行ったことだが。
しかし、その統制もネットワークではうまく働かず、あまり興味の無い者でも一度は情報が載せられたページを開いただろう……そして遠呂智のウイルスなら、一般のセキュリティなど紙も同然。ページを開いた者の全員がウイルスに感染し、今回の過剰アクセスに参加したも等しい。
そう考えれば、何千万というアクセスは不可能どころか一瞬でパンクさせることも可能だ。
そうならなかったのは運が良かったから……いや、これも遠呂智の計算のだろう。
その答えは私達が完全に手玉に取られていることを示すが、そう考えるのが自然だ。そうでなければ都合がよすぎる。
「どうやら理解したようだな。しかし、こちらも誤算があった。ウイルスのステルス性に関しては多少なりとも自信があったのだが、この仕掛けを発見し意図を理解した者がいたらしい。更に、その中のほんの一握りが便乗して四谷サーバーへの侵入を試みる挑戦者がいた」
そこまで言った和泉は椅子を逆に回しPCへ向き直った。
和泉の言ってることが本当ならマズい……対処に当たるはずの者が部屋の隅で山積みにされている今、ここにハッキングに対抗する者がいない。
自動のセキュリティーは起動しているはずだが、過剰アクセスの処理で精一杯のこの状況下でセキュリティーが正常に作動し複数のハッキングに対応できるとは思えない。
和泉はなにかしているようだが、そんなことは考慮している暇はない……こうなったら、回路切断でも何でもいいからなんとかするしかない。
しかし、四肢の自由を奪われたこの状態ではなにもできない……まずはこの状態から脱しなければ始まらない。
「和泉、貴様がなにをしているか分からないが、まずこの拘束を解けッ。早くしなければ遠呂智との決着以前の問題に……」
「落ち着け和倉妹。多少のブランクは認めるが格下に先を取られるほど腕は衰えてない。そしてそれ以前に俺は『いた』と言ったはずだ。身に余る向上心を持つ挑戦者には、少々過激な贈物と共に先程退場してもらった。故に、今の俺はアクセスをブロックしている訳ではない」
「ッ……」
「そして俺がなにをしているかに関して懇切丁寧に答えるなら、例の回線に切り換えてサーバーにアクセスしているところだ。この回線は接続切断又はサーバー本体が破壊されてないかぎり確実にアクセスを可能とする特別なものだ。また、一般回線の方はアクセス先にワクチンウイルスをつけた。因みに和倉妹が入手したであろうコンセプトウイルスはそれと同様の物だ。複数を裏に流しておいたのだが、上手く掴まされてくれたようだな。おかげでここのPCはウイルスに感染せず正常に作動してくれた。また、少々狭いアクセス制限をかけた。これでフリーズやパンクの可能性は完全に排除したことになる……そうだろう? 和倉妹」
私に背中を向けたまま滑らかにキーを叩く和泉は、こともなさげに言う。
そんな和泉に、私は言葉を失った。
この男は普段とまったく変わらないのに、この日常から離れた状況に顔色一つ変えずについてきている。それどころか、この空間を掌握しているといっても過言ではない。
それは不自然でありながら自然すぎ、こちらの本能を狂わせその存在を危険と判断させない。
だから、私は頭で理解する……この男はまぎれもなく敵だ。
私は重い息をゆっくりと吐きだし、失った言葉をなんとか絞りだす。
「和泉……貴様何者だ?」
「なんだ、ここまでヒントを与えたというのに、まだ分からな……いや、まだ気づいてないなら分からないのも当然。眼中にない物を理解しろという方が難儀か。駆は……ここは八雲と呼ぶべきか……あぁ、和倉妹に話すなら遠呂智の方がいいだろう」
相手を敵と判断し、それに対する注意と警戒を最大限とした時……ふと、気づいた。
和泉が叩くキーの音は普通のそれとは異なっている。
キーを叩く音は確かに速いのは速いが、驚くほど速い訳ではない。
リズムよく一定の速さを保ち続けて、なおかつ止まらない。
そう、思い返せば私に視線を向けていた時もその手は止まらず、こちらに体を向けた時も片手はキーボードの上にあり、キーを叩く音は止まらずなおかつ遅くなることはなかった。
つまり、この男はキーを片手でも両手と同じ速度で打て、さらにキーはおろか画面さえ見ずにその手を走らせることが可能ということ。
そんな馬鹿な……その否定の言葉を私は口にできない。
それは和泉玲という男が既に私の予測を超えており、私にはそれを否定する根拠が一つもないからだ。
しかし、和泉は私を見ることもなく。ただ、淡々と語る。
「遠呂智は嘘吐きだ。逆に言えば遠呂智は嘘吐きでしかない。遠呂智に嘘吐き以外の存在価値はなく、嘘吐き以外の存在意味を望まない。いや、正確に言えば嘘を吐くから嘘吐きなのではなく、嘘吐きであるから嘘を吐く」
「……なにが言いたい」
「少し回りくどかったか? ならば、こう言えば和倉妹でも分かるか……遠呂智にとってハッカーという肩書きは『嘘』でしかない。しかし勘違いするな。遠呂智がハッカーでなくともハッキングは実際に行われている」
『遠呂智にとってハッカーという肩書は嘘でしかない』ということは、遠呂智はハッカーではないというのと同意義。
『ハッキングは実際に行われている』ということは、すでにハッキングは進行中であるということ。
つまり、行なわれているハッキング行為は第三者によるもの……そして、その第三者は遠呂智に関係してこの件を知り、なおかつハッカーとしての技術に優れた者。
そんな都合のいい条件に当てはまる者は、いとも簡単に見つかった。
探すまでもない……その者は私の目の前にいるのだから。
「ようやく気づいたようだな。試験にたとえれば赤点ギリギリと言ったところだが……では、改めて自己紹介をしよう」
鳴り止むことのなかった音が消え、この場に静寂が訪れた。
キーボードから両手を離した和泉は、椅子を半回転させて回して完全に私の方を向く。
その温度の無い目線を私に向けながら、まるで社交辞令の一環のように自分の正体を明かした。
「戌神高等学校二学年の和泉玲だ。見ての通りただの高校生だが、昔は電脳破壊者、WORLD SERVER BREAKERと呼ばれていたこともある。しかし、その名は既に遠呂智のものだ。とはいえ、この名を知る者より、遠呂智を知らない者の方が圧倒的に多いだろうがな」
遠呂智の別称……ハッカーとしての異名を和泉は自分の名だったと言った。
数年前に消息を絶ったとされる今でも、世界のネットワークを蹂躙し壊滅させる者として語られるハッカーは、まるで興味のない他人事のように自分を語る。
信じ難いが嘘ではない……敵と認識している私にさえそう思わせるなにかが和泉の言葉にあった。
そして、それで自分の話は終わりとばかりに眼鏡のブリッジを上げて位置を直す。
「さて、これですべてを知るための基盤は出来上がった。今から俺は、俺が知るこの一連の騒動に関するすべてを語ろう。聞くも聞かないも聞き手の自由なのだから、語り手の俺も自由に語らせてもらう。そう――この進行する状況と、交差するそれぞれの思惑と、埋没した過去の因果を」
もう、拒否する理由も意味も気もない。
毒を食らわば皿までとまでは言わないが、一度聞いてしまったのだから最後まで聞かないと気持ちが悪い。
それに、確信はないが、この男の話は私が求めていたなにかを知るきっかけとなるかもしれない……そんな気がしてならなかった。
そして、私は黙って和泉の語りを聞くことにした。
たとえそれが……私の身を燃やし尽くす業火になろうとも。
和泉=ハッカー……結構バレバレの伏線を回収できてほっと一息の神酒です。
和泉が情報通な所もそこが所以だったりします……今の世界、個人情報なんてネットワークにダダ漏れだったりしますからね。結局、情報を護れるのは権利ではなく権力ということですか……いや、国家機密も流出するからそうとは言い切れませんか。
話が逸れましたので切り換えます。次回は遠呂智編がクライマックスに突入。しっかり書けるかが心配ですが、努力いたしますので次回もよろしくお願いします。
では、また。