Flight29‐真の開戦
予告時刻よりも早く動きだした遠呂智と、我々の先行部隊が接触してから、既に五十分ほど経過していた。
そして戦況は……こちらが圧倒的に不利な状況に陥っていた。
「ッ! ……目標に接触した第六部隊、連絡が途絶えました」
「……百爪は?」
「未だ消息不明……返答ありません」
最初は淡々と報告をしていた者達も、徐々に声に焦りが出始めてきた
最初に展開していた部隊の過半数が遠呂智との接触後に連絡が途絶えている。
そして、頼りとなるはずの百爪が早々とその姿を消した。
そして、その犠牲に比べて敵の情報があまりに少ない。分かっているのはその姿と、連絡の途絶えた部隊の位置や時間などを考慮した結果から導きだされる、遠呂智は一定の速度で着々と目的地へ近づいてきているという事実。
「第五、第八部隊が合流。……黒剣、ご指示を」
「……戦力を集中して籠城戦に持ち込む。残存部隊にも帰還するように指示を出せ」
「了解しました」
このまま先手を打ち続けても、遠呂智は確実に来る。
しかし、敵は一人……いや、二人か。和泉先輩が一緒に行動しているようだが、あの人は闘気や覇気の部類が全く感じられない……戦力外とみていいだろう。いざという時はすぐに消せばいい。
ともかく、多勢で囲まれ攻め落とされるという心配がないこの状況において、周到に罠を張り巡らせて迎え撃つ方が優れた戦略といえる。
この場に誘き寄せるということは、遠呂智に容易なハッキングの機会を与えるということになる……しかし、逆にいえばハッキングの間に隙ができる可能性もある。
「サーバーの様子はどうだ?」
「本社を含むサーバーに接続可能な回線を随時スキャンをかけていますが……未だハッキングらしき接続は見られません」
「そうか……引き続き警戒を怠るな」
姉さんには単独で消息を絶った各部隊の捜索にあたってもらっているが……戻ってきてもらおう。
ここの指揮を姉さんに任せ……私は直接遠呂智を討ち取りに行く。
「それにしてもわざわざココに攻め入ってくるとは、ハッカーの行動としては予想外だな……ん?」
ふと、先程から変化のない状況を表示し続ける画面の右下で、唯一変化し続ける時計に目をやる。
味気ない黒字で現在時間を表示するオマケ機能は、6:59を表示していた。
それを見て思い出すのは、この戦いの始まりとも言える遠呂智の言葉。
『7:00'00"00から8:00'00"00に四谷の中央サーバーにハッキングをかけます』
無駄にコンマ単位まで指定された宣戦布告の時刻。
そう、六時から七時を跨ぐ時――赤い蛇が、上げた鎌首を目標に振り下ろす時刻。
――時が変わる瞬間
――――侵略者の蹂躙が始まった。
「ッ!? 第二ブロックに通常とは異なるアクセスの形跡……ハッキングですッ!!」
「クソッ――律儀なやつだッ!!」
私は一言毒を吐いてから思考に走る。
一体どこからハッキングを? ヤツはまだこの場に到着していないはず……もしや例のウイルスの仕業か?
いや、サーバーを幾度も検索した結果からも可能性は限りなく少な――いやッ今は推測より結果に対処すべきッ!
「逆探知だッ!! 早く元をたどれッ!!」
「そ、それが……」
「なんだッ! アクセスが切れないかぎり問題ないだろう!!」
画面を噛みつくように見つめ必死にキーを打ち続けていた一人が、その動きを止め私へと振り返った。
その顔から読み取れる感情は……限りない絶望感。
「四谷のネットワークへのアクセス数が急激に上昇……処理が間に合いません」
「なっ……そんなものバックグラウンドで処理すればいいだろッ!!」
「それでも……一度に何千万というアクセスは無視できませんッ!!」
「……は?」
桁外れの数字にただただ愕然とする。
どんなことがあっても、はじき出されるべきでない膨大な数字は、そのままサーバーの過負荷を示す。
これは完全なDoS攻撃……しかし、その可能性は『間違った情報しか流れていなかった』という事実の下に切り捨てた確率。
想定外の突然の状況に、この場全体が混乱し錯乱する……私にもこの状況で冷静な判断はできない。しかし、一つだけ分かることがある。
これは人為的な――遠呂智の仕業だということッッ――!!
「クソッ……アクセス処理を最優先にしろッ!!」
「しかし、それでは遠呂智のハッキングへの対応が……」
「守るべきサーバーがフリーズしたら元も子もないだろッ!!」
私の言葉に反応して、止まっていた部屋全体が動き始める。
回線を入れ換えてアクセスを予備のサーバーに流したり、アクセス制限を追加してサーバーの負荷を下げる……だが、この状況でそう上手くいかない。
「……ダメですッ!! こちらからの操作を一切受け付けないッ!!」
状況は最悪。下手すればハッキングでデータ破壊どころか、サーバー自体がスクラップになりかねない。
「クソッ……引き続きアクセス処理を最優先しろ。私はサーバールームに行く」
「しかし……」
「口答えより手を動かせ。私に同じことを言わせる気か?」
「……了解しました」
チャンスはこの一度きり……伊達駆という人物は、普通の条件下においてそうそう倒せるレベルの相手じゃない。
それには新月の黒猫や晦月の遠呂智の強さ関係しているが、一番の理由として挙げられるのは、その後ろに存在する『四谷』という巨大財閥。
そして、問題となるのは今回の件……遠呂智のハッキング行為が当主に容認されているということだ。
理由を当主に聞いたものの、巧くはぐらかされた。しかし、その対応から遠呂智が『私達の敵でも、四谷の敵ではない』であることを意味し、同時に今回以外は“伊達駆を攻撃すること=四谷を敵に回す”という事実等式を成り立たせる。
まだ経験の浅い私達のような暗殺者が、顔の知られた巨大な組織ともいえる財閥にかなうはずない……だからこそ、遠呂智自身が提案したこの勝負に勝たなければ、今後復讐の成功率はゼロに等しくなる。
「……勝たなければ……復讐できない……私が今まで生きてきた意味がない」
私は一人確認するように呟いてから、このビルから数キロ先に存在する、同じようなビルの最下層、サーバー本体の在処へと足を進め……止まった。
それは、突然目の前に現われた黒い影に、進路を遮られたから。
「……なんだ、帰還したのか。百爪」
まるで壁のように立ち尽くす黒尽くめの大男を見上げる。
下から見上げても、目深に被った帽子の影でその表情は見えない。
「……黒剣」
「遠呂智と接触後に消息を絶ったらしいが、無事だったのか」
「外傷はない。奴のまやかしに化かされて足止めをくらっただけだ」
確かに、一見して彼のスーツには乱れや汚れはなく、激しい戦闘をした様子は見受けられない。
多分、私が初見で受けた、言葉による幻術のようなものだろう。
「まぁいい。それで、何故戻ってきた?」
私は辛辣とも取れる言葉で、百爪に問う。
百爪は私が知る中でも実績のある手馴れであり、手馴れとしてのプライドも持ち合わせている。
そんな百爪がまったく手を出せなかった事実……そこから『プライドを傷つけられながらも、易々と帰還する』という結果が生まれるのはおかしい。最低でも、帰還する前に一度は遠呂智に接触して、多少なりとも手合せするはずだ。
その不信感を私は疑問符で伝えた。
「……なに、態勢を立て直すためだ」
「そこまで手間取るのか」
「あぁ、君も対峙したなら分かるだろう。あの言葉は偽物だ。しかし、偽物でありながらも本物を打ち消す」
「……」
確かに、人の行動を縛る遠呂智の言葉は脅威だ。
実践経験豊富な百爪なら、対応できるかと思ったのだが……百爪でも万全な状態で挑まなければならないほど、奴の言葉は強い力を持つらしい。
そして、わざわざ態勢を立て直すためにここに戻ってきた百爪には、それを攻略する心当たりがあるということ。
「私に何かできるか?」
復讐の為なら藁だろうが灼熱の鉄だろうと掴む決意を私は持っている。
私の問いに、一瞬の間を空けた百爪は――
「……うむ、しいて言うなら」
その一瞬で
「君にはこの戦いから退場してもらおう」
――私の意識は漂白された。
「――ア――――ガッ――」
胸部の激痛
突き刺さる拳
空気が抜ける
肋骨が軋む
息ができない
倒れる身体
力が入らない
霞む視界
闇に喰われる意識
「なに、後の指揮は私が受け持つ。君は問題ないから、少しの間眠っていてくればいい」
低音が脳に響く
離れる黒い影
途切れる意識の中
甦る記憶の中
私が見たのは
私が視たのは
親を失った悲しみに泣きじゃくる幼き私と
ずっと傍にいてくれた姉の姿だった
……………………………………………………………………………………………遅くなってゴメンなさい
この台詞を、私は何度言ったことか。自分自身でもよく分かっているしできることならこの状況を打破したくて必死に藻掻いている日々を過ごしながら本分である学生生活をこなしている身としてはなかなか思い通りにことが運ばないのが自分から見ても――(中略)――取り合えず、ゴメンなさい
そんなダメダメな神酒も、評価ページに書かれた隠匿様の優しすぎる言葉に泣きそうになりながら、必死に執筆しました。
それにしても読者が作者に与えてくれる力と言うものは凄いですね。染々感じました。
私の作品を読んで頂ける喜びを力にかえて、この作品を頑張って書き続けたいと思います。
それでは、また