Flight28‐蛇を狩る暗殺者、爪を止める虚言師
私は嘘吐きでございます。
口から意味のない言葉を吐く私には、『僕』のような驚異的な脚力も、『俺』のような暗殺者としてのスキルもありません。
全ての『技術』はこの身体に備わっておりますが、それを扱う『技能』を私は持ち合わせてないのです。
ですから、私は目の前の夜闇に潜んでおられる敵方に対しても、私の代名詞である『虚言』で対応をしなければなりません。
……では、初対面の方には最初は牽制から始めましょうか。
「“お互いに姿を見せるべきでしょう”」
暗闇に飲み込まれる私の言葉。
それが意味のある言葉だったとしても、闇に飲まれてしまえばその意味さえ消えてなくなってしまいます。
しかし、私の言葉は意味のない空虚なものでございます。
ですが……いえ、だからこそ無意味である私の言葉は意味を持つのです。
「うむ……これが黒剣の言っていた術か。幻術や呪術の類とは異なるようだが……言霊による精神への誤認、それに伴う間接的肉体操作と考えられる」
猛獣の唸り声を彷彿とさせる声とともに現われましたのは、闇を上塗りする漆黒のシルエット。
そのシルエットは十メートルほど先ですが、その巨大な体躯はこの距離でさえ威圧感さえ覚えます。
そして、黒い帽子に黒いスーツ、黒い手袋に黒い革靴……まるで『俺』のような、闇に溶け込む全身黒尽くめ。
「……晦月の遠呂智か?」
「いえ、私はただの嘘吐きでございます」
「本人のようだな」
私の言葉は完全にスルーされてしまいました。
ですが、私の言葉に反応して頂けることだけでも十分でございます。
「私のような三流にも満たない嘘吐きの名をご存知とは、貴方と私は個人的な交友関係がありましたでしょうか?」
「いや、君と私は初対面だ」
「それでは私の記憶に間違えはなかったのですね。些か不躾でございますが、お名前をお教え頂けますか?」
「……その必要はない」
私の願い事は却下されてしまいました。
その代わりに敵様は、スーツのポケットへ両手を入れ、それと同時に膨れ上がった圧迫感が私へ向けられます。
「君は私に討たれるのだから」
ポケットから手が抜かれると同時に、その手から幾つかの鋭い光が私に目掛けて闇を裂く。
私は運動能力の低さを動きを見切ることでカバーします。
――光は刀子系のナイフ、数は八つ、速度は弓矢程度、時間差はなし、軌道はほぼ直線。攻撃範囲は横に広く縦に狭い……この通路上での最善の回避方法は低姿勢。
一秒以内に回避方法を割り出した私は、羽織っている深紅の外套を脱ぎます。
そして迫るナイフを『回避せず』に、外套を横に薙ぐ。
私に当たる軌道を描く六つが分厚い外套に突き刺さり、その動きが『止まる』。
「……ッ」
前方から聞こえる舌打ち。
外套で止めなかった二つのナイフが私の左右を通り過ぎる瞬間、その軌道が私に向かって『曲がる』。
私は後ろに一歩下がることでそのナイフを回避し、同時に手にしている外套を二本のナイフが交差する点へ振り下ろし地面に叩き落とします。
結果として、私の外套はズタズタのボロボロになってしまいました。
この外套は衣裳棚の肥やしとして何年間も世話になってきたのですが……非常に残念です。
更に、刺さったナイフは誰も触れてもいないのに外套から引き抜かれ、空を飛び敵様の手へ収まりました。
「……いやはや、流石でございますね。糸境と刀擲を組み合わせ、投擲後の軌道変化や糸による拘束を中心とした暗殺術『紛』を習得し、倭玖羅一族でも切れ者と称される……あ、名前の由来はこの外套を見ればなんとなく理解できますね、百爪様?」
私が手にしている外套には、まるで猛獣の『爪で引き裂かれたような』鋭利な傷跡が残されています。
ですが、暗殺術『紛』の本命は八本の『刀』ではなく、その後に張り巡らされる『糸』であります。
私が百爪様の思惑通りに回避していれば、この通路に糸が張り巡らされ、私の動きは著しく制限され……私の身体は外套と同じ目にあっていたことでしょう。
本当に、恐ろしい限りでございます。
「……君は無知を装ったか?」
「装う、とは失礼ですね。私は貴方の初撃を観察して、その原理や意図を理解して、自身の知識から検索した結果を申したまでです」
この通路上では回避範囲が限られます。
その中で回避範囲が残されている場合、それは回避方法があるのではなく、相手が誘い込んでいると考えるのが嘘吐きの捻くれた考え方でございます。
それに百爪様の纏う空気には手練の気質があり、もしも初撃が本命なら、本数を増やすことで回避範囲を綺麗に塗り潰すのがセオリー。
それがないということは……簡単なことでございます。
「嘘を吐いているのか?」
「私が嘘吐きであることを認知しているとはいえ、浅薄な判断ですね。嘘吐きを名乗るからには、正確な記憶力と確実な観察力、何事にも動じない度胸は最低限必要なのですよ」
私は使い物にならなくなった外套を足元に捨てます。
残念ですが、不要なものは捨てるしかないのです。
『私が身につけなくなった』外套は、早々と鮮やかな深紅を失い、最後には衣裳棚の奥から取り出した時と同じ、味気のない黒へと色を変えます。
その変化の一部始終を観察し終えてから、私は動きを見せない百爪様に対して、一歩前に踏み出します。
「さて、ある程度お互いに相手のことを理解しました所で、私の親切心から一つだけ言わせて頂きます」
百爪様は私の言葉に対して、ナイフを手にしながらも一切動きません。
深く被られている帽子に隠れて表情は見えませんが、様子を見るために私の言葉を聞いているようです。
暗殺者として、自分の初撃を払い除けられることは致命的なことですので、警戒するのは当然のことなのでしょう……ですが、その行動は嘘吐きに対峙する場合、それは更に致命的な失陥となります。
「私は嘘吐きでございます。ですので、私の言葉を鵜呑みにするのは危険でございます。しっかりと私の言葉を理解して考察して判断して、虚実か真実かを自らの判断でお答えください。そして“この場の刃物はとても重い”」
「ッ!?」
私の言葉が終わると同時に、百爪様の態勢が一気に崩れます。
まるで手が地面に引きつけられたように……手にした刃物が急に重量を増したように。
私の隙を討つことに意識を向けながら、私の虚言を聞き入れたようです。
片暇で嘘吐きの話を聞いてくださるとは……まさにいい鴨です。
「貴方と私は同じ夜を迎えておりますが、私と貴方の迎える結果は違うということです」
「このッ」
「あぁ、忘れていました。“私達は刃物から手を離してはいけません”」
「くッ」
『とても重い刃物』から『手を離せない』百爪様は、自らの手に阻まれて、立ち上がることさえ許されなくなりました。
刃物を一切所持してないので自由に動くことができる私は、先程の動きでずれた眼鏡の位置を修正しながら、百爪様に背を向けます。
「……何の真似だ? 私に情けを掛けるか?」
「いえ、残念ながら私は貴方にそのような義理はありません。しかし、私には時間がないのです。更に、貴方を有効的かつ合理的に殺害する手立てを私は持ち合わせておりませんので、この場は貴方を放置させて頂きます」
「すぐに後悔することになる」
「ご忠告、深く心に染みます。確かに、貴方は私の『虚言』の原理を理解しておりますので、約十分後にはその束縛を看破されてしまうでしょう。ですが、私からも少々言わせて頂きたいことがあります」
この期に及んで百爪様が、馬鹿の一つ覚えのように私の言葉を安易に聞き入れることはないと思われます。
ですが、私は宣言しなければなりません。
自らが世界の悪性腫瘍であることを理解している私は、その危険性をお教えする必要があるのです。
「私は嘘吐きでございます。しかし、約束いたしましょう。私は貴方が私の嘘を見抜く以上に、貴方を見抜き見通し見透かし――そして貴方を欺かせて頂きます」
「……」
百爪様からのご返答はないようなので、私はそのまま歩きだします。
玲様は先に向かっておりますし、美海様と美空様も待たせてはいけません。
救う者。
救われる者。
破壊する者。
消えゆく者。
そして……嘘を吐く者。
――五名の役者が舞台に揃った時、物語は終演を迎える。
今回は割と早く更新できました、夷神酒です。
しかし、話が短いのが心残り……内容を取るか、更新を取るか……悩みの種です。
あと、蒼叡様から誤記のご指摘がありました。
Flight5より
『RGP』×
『RPG』○
上記の通りに修正させて頂きました。
それでは、また。