Flight27‐アカいウソツきと嘘の議論
取り敢えず、自宅周辺にいらした野暮な方々には、『俺』によって多少強引にご退場願いました。
そして、現在は美海様と美空様がいると推測される四谷の中央サーバーの在処へと歩を進めています――お二人があそこにいる確率は約八十%なので間違えはないでしょう。
因みに私は一人ではなく、隣には玲様がいらっしゃいます。
「さて……貴方は嘘をどう定義致しますか?」
「なんだ? いきなり」
「このような暗い夜道を黙って歩いていても虚しいですので、暇潰しとして貴方と議論を交わしたいと思いまして」
「なるほど……なら、応えよう。嘘は真実の対義語だ。事実と反する情報事態も嘘の範囲内だろう」
「一般的で平坦で模範的で凡庸な解答ありがとうございました」
「……全く感謝してないだろう」
「いえ、私は世間で言うツンデレなのです」
「そうか」
「そうです」
「嘘だろ」
「嘘です」
私は嘘を隠すつもりなどありません。
玲様に指摘された嘘を、私は躊躇なく明かします。
「なら聞き返すが、嘘吐きのお前は嘘をどう定義する?」
「嘘吐きにそれを聞くのは失礼ですね」
私は眼鏡のブリッジを上げながら、横を歩く玲様の方を一瞥致します。
……玲様は『僕』の親友でございますし、私としても友好関係を維持したいと思っています。
なので私は視線を進行方向に戻した後、ゆっくりと口を開きます。
「……嘘とは一番手短な道具ですね」
「道具か」
「はい。嘘はこの世界に蔓延していますが、危害はありません。むしろ人間関係を築く上で、重要な道具でございます」
冗談、お世辞、嘘も方便、法螺、言い訳、知ったか振り、創作物語……人は生活の中に多くの嘘を吐きます。
ですが、それらの嘘は人として普通の事であり、虚言師の嘘とは訳が違います。
「その道具は、使用方法によって、自らを護る道具にも、敵を駆逐する道具にもなります」
「なるほど」
「……などというのは全て戯言で、嘘に定義などありません。嘘は不明瞭不明確不確定なものなのです」
「なら、なぜ俺に質問した?」
「暇だったので意味もなく話を振らせて頂きました」
私の答えに玲様は少々呆れたようで、ため息にもならないように小さく息を吐きます。
しかし、私はそのまま無意味な言葉を続けます。
「ですが、嘘について一つだけ断言できることがあります」
「また嘘か?」
「いえ、虚言師の戯れ言と聞き流すも、一興として耳に残すのも貴方の自由でございます」
所詮、私を嘘吐きと知っている方に私が真実を申しても、心から信じることなど不可能です。
それを理解しながらもなお、私は言葉を吐きます。
「世の中には、吐いていい嘘と悪い嘘があります。その線引は曖昧ですが……私は思うのです。一番吐いていけない嘘は…………」
「……どうした?」
私が足を止め、言葉を発することを中断したことを気づいた玲様は、ご自分も前進することを止め私の方に目線を向けます。
「……どうやら、不毛な雑談は目的地に着く前に終了しなければならないようでございます」
「つまりは敵が来た、と言うわけか」
「ご名答でございます」
私は玲様と談義を交わしながらも警戒を怠らなかったのですが、後方から普通とは異なる速度で接近してくる足音を感知いたしました。
なので、私は後ろを振り返り一歩踏み出しつ玲様に背を向けます。
「玲様は先に目的地に向かってください」
「なんで俺が先に行くことになる? 普通ならお前が行くべきだろう」
「つまりは玲様が足止めして頂ける、と言うわけですか?」
「ご名答だ」
私の脇を擦り抜けて、私に背を向ける玲様。
確かに、私は極力早く美海様方の所へ向かわなければなりませんし、玲様は逃げに撤すればある程度の手練でも問題はないでしょう。
……ですが、そのようなことは微々たるものです。
私は玲様の肩を多少乱暴に後ろへと引っ張り、私の後ろに引き倒します。
「ッ……なにをする」
「それは私の台詞でございますよ。ここで勘違いしないで頂きたいのは、私は貴方の実力を信用していない訳ではございません。しかし、この場に貴方を残すということは、残念ながら無理でございます。そのようなことをいたしましたら、私は『僕達』の存在意義を否定することになりますので」
『僕達』の存在意義……それは私の周りにいてくださる皆々様をお守りすること。
この場に玲様を残すということは、『玲様をお守りすることを断念する』ことに繋がります。
『僕』は勿論、私もそのようなことは望んでいないのです。
「玲様、貴方が私の存在を認めてくださるなら、先に向かってください」
「だが……」
「私はあなたに『虚言』を使う気はありません。しかし、嘘吐きにこれ以上本音を言わせないで頂きたい」
「……分かった。後から来い」
「了解致しました」
玲様は私の願いを聞き入れ、目的地の方向へと走り去ってくれました。
私はその足音が遠ざかるのを確認してから、深紅に染まった黒皮の手袋をキッチリとはめ直します。
そして一言。
「……やはり、私は嘘吐きですね」
正確に言えば、私は嘘を吐いたわけではありません。
私は玲様に言いませんでした。 後方から迫る手練が玲様の手に余る……つまりは『玲様が残ってもすぐに殺されてしまう』ということです。
聡明な玲様のことですので、私の態度からその事実に気づいたのかもしれません。
その上で、私を残して先へ向かわれたのなら十全でございます。
それは玲様が私のことを信用して下さってるということです。
ご友人とはいえ、この嘘吐きを信頼して頂けるなど感無量でございます。
「ならば、私としても嘘吐きらしくその信頼に答えましょう」
私は追跡者がいらっしゃる暗闇を見据えながら、自分自身の舌を出します。
赤い舌。
赤い朱い舌。
赤い朱い丹い紅い緋い茜い深紅い生命い業火い警告い血肉い嘘い舌。
「……Omnes una manet nox……」
私は重ねる。
意味のない言葉羅列を重ね、来世への罪を重ねる。
「……私達全てを同じ夜が待つ」
嘘吐きは欺く。
三流の嘘を一流のように欺き、現世の罪を欺く。
「では始めましょう……いや、既に始まっていますか。虚言師による疑心の戯曲は」
虚言師は謳う。
現実さえ歪める嘘を謳い、前世の罪を捻曲げ謳う。
――所詮、嘘ですが。
……いやぁ、投稿スピードが遅れる遅れる。私のような青二才以下の作者の作品を待ってくれている読者の皆様には、とても悪く思っています。
『次回は早く投稿する』とは言いません。確約できませんから。
ですが、この物語は必ず最後まで成し遂げると確約しますので、これからもお願いします