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Flight22‐二人の子供、二つのリング




 この戌神之鉢公園……通称『ハチ公』は前に紹介した通り、適度な樹木と適度な遊具が存在する平和な公園だ。

 前回みたいなことは……まぁ、僕達が運んできた事件トラブルだから、例外だと思ってほしい。

 だって、今僕がベンチに座りながら見ている景色は、『平和』そのものなんだから……


 ブランコの椅子を占領して、ふてぶてしく寝てる黒い猫。

 その周りを恐れることなく、さえずりながら飛ぶ小鳥。

 そのさえずりを緩やかに運んでいく、穏やかなそよ風。

 そのその風に合わせ踊る、青々しい新緑の葉。

 そのすべてを茜色に染めながら、暮れなずむ夕陽。


 こんな裏表のない、本物の平和の中にいると、まるでこの公園が別世界のように思えてくる。

 特に……



「ねぇ…そのスコップ、かして」

「だめ〜。いまからこのおやまにトンネルするの」

「……じゃぁ、いっしょにトンネル……していい?」

「うん! いいよ」



 小学生低学年ぐらいの男の子と女の子が、目の先にある砂場で和気あいあいと遊んでる。

 少し言葉が足らないのが、子供らしくて可愛いもんだ。



「あんな頃も……あったのかな」



 ――正直、僕は小学生の頃の記憶があんまりない。

 二人には悪いけど、いつから玲や光と友達になったのかも覚えてない。

 記憶があるのは……そう、彩貴にビンタされた頃と……両親との思い出だけだ。

 どこにでもいる優しそうな外見の割に、硬派で昔気質むかしかたぎで芯の通った父さん……

 そんな父さんにいつも笑顔で寄り添って、誰にでも平等な優しさを持っていた母さん……


 二人はもうこの世にいないけど、今でも二人は僕の両親であり、僕の目標だ。

 だから、僕はどんなに難しくても父さんのように約束は守るし、どんなに馬鹿にされても母さんのような優しさを忘れない。



 だから僕は……ッて、なんで感傷に浸ってるんだ?

 『動けない』状況だからって……何恥ずかしいことしてるんだ僕は。


 僕が自分のやってたことを静かに反省していると、砂場で遊んでいた男の子が、女の子の手を引っ張ってこっちに近づいてきた。

 よく見ると、男の子の頬には細かな砂がくっついている。



「ねーねー、お兄ちゃん」

「君は誰かな?」

「ぼく? ぼくはむーくん! こっちはじゅんちゃん!」



 やんちゃそうな男の子は、頼んでない女の子の説明までしてくれた。

 逆に女の子の方は人見知りが激しいらしく、男の子に隠れてこっちを見ている。

 そんな二人の様子に和みながら、僕は笑顔で話し掛ける。



「で、むーくんは僕になんのようかな?」

「ううん。ぼくじゃなくてじゅんちゃんなんだ」



 男の子は、僕の質問に首を横に振る。

 すると、男の子に隠れてた女の子が不安そうに僕の前に出てきた。

 どうやら、この女の子の方が僕に用があるらしい。



「じゅんちゃんだっけ? どうしたの?」

「あの……その……お姉ちゃん……どうしたの…どこかわるいの?」



 女の子は恥ずかしいのか、蚊が鳴くような声を出しながら、僕の膝の上を指差す。



 その指差す方には……安らかに眠る萩野先輩の顔があった。



 もちろん、永眠しんでるって訳じゃない。

 あのエージェント達に気絶させられた際、ちょっと深く手刀を入れられたみたいだったから、万が一のためにこうして膝枕をして安静状態で寝かせている。

 ……まぁ、もう起こしても大丈夫だと思うけど、綺麗な寝顔を見せられると起こすのが気の毒になって、結局三時間以上こうしてるのだ。

 膝枕=膝に先輩の頭を乗せてるため、僕は動けずにさっきみたいな恥ずかしい感傷に浸ったりしてたのだ。

 あー、今考えても恥ずかしい。



「ねぇ! お兄ちゃん!」

「ん? あ、ゴメンゴメン」



 いつの間にか黙り込んでた僕は、男の子の声で質問に答えてないことに気づいた。

 それにしても、知らない人の心配をするなんて……この女の子はとても優しい心を持ってる。

 男の子の方も、引っ込み思案な女の子を無理矢理じゃなく、優しくリードして、女の子の思いを汲み取ってる。

 そんな仲睦ましい二人に向かって、僕はゆっくりと話し掛ける。



「大丈夫、せん……このお姉ちゃんは寝てるだけだから、どこも悪くないんだよ。二人とも、心配してくれてありがとう」

「だいじょうぶだって! よかったねじゅんちゃん!」

「…うん」



 僕の言葉を聞いて、男の子は笑顔で喜び、女の子は少しはにかんだ表情を浮かべていた。



「君達は優しいんだね。その優しさをなくしちゃダメだよ」

「うん! あ、ママきたよ! じゅんちゃんいこ!」

「あ……さよなら、お兄ちゃん」



 公園の入り口に母親の姿があるを見つけたらしい男の子は、女の子の手を引っ張って走りだす。

 そんな二人の後ろ姿を見送ってから、僕は膝の上にある先輩の顔に目をやる。


 整った顔立ちに光り輝くオレンジ色の髪……その寝顔からでも、男勝りな性格が垣間見える。

 僕はヘアピンに引っ掛からないように気をつけながら、肩の辺りでバッサリ切られた髪に手櫛を通す。

 ……陸上競技で日光を多く浴びてるはずなのに、髪はほとんど傷んでなくて、むしろ毛先までサラサラしてる。

 毎日丁寧にケアをして維持してるんだろう。

 男勝りでアネゴ肌……でも、女性らしい繊細な部分を先輩が持ち合わせてる証拠だ。


 僕はそんな先輩の寝顔に見惚みとれながらも、その髪に手櫛を何度か通す。



「んぅ……」



 起こすつもりはなかったけど、先輩は僕の手櫛に反応したらしく、色っぽい声を漏らす。

 その後、先輩は寝呆け眼を二、三回擦って……僕と目が合った。



「……伊達?」

「はい、伊達ですよ」

「……あんたの膝枕、最高だな」

「起きて第一声がそれですか……」



 先輩は僕が膝枕してることにも、夕日が射してることにも驚かず、僕に笑いかけた。

 ……と思ったら、僕に背を向けて膝に頬摺りを始めた。

 これは……ちょっ、こそばゆいぃ!?



「先輩、ちょ、やめてください!」

「フッフッフッ♪ よいではないか、よいではないかぁ〜……と、言っても、落とされちゃたまらないからね」



 先輩は珍しく素直に行動を止めてくれた。

 けど……先輩は僕の方を向かずに背を向けたままだ。

 先輩らしくない、暗い雰囲気を発しながら……



「先輩、どうし……」

「……伊達、今日のことは忘れてくれ。その代わり、私はあんたがなにしたのかも聞かないからさ」



 先輩は僕の言葉を遮りながら、断言するように……そして、弱々しさを吐き出すように、僕に背中を向けて僕を拒絶の言葉を発した。


 でも……まぁ……やっぱり、か。


 僕が先輩に『朔望月相』のことを知られたくないように、先輩にも僕に知られたくないことがある。

 今回のエージェント達のことは、先輩にとってその『知られたくない』ことなんだろう。

 先輩の提案に乗れば、僕のことも先輩に知られずにすむ。

 でも……



「先輩」

「なんだ? なんか文句がある……」

「信じられないかも知れませんが、あの人たちは『俺』が倒しました」

「……は?」



 僕はあえて先輩に事実を言う。 そうしないと、先輩はまたエージェントに襲われるかもしれないっていう不安を抱えなきゃならない。

 だから、僕は最低限のことを教えて、その不安を解消したかった。

 その先輩は僕の言葉を聞き、背を向けてた体ごと顔をこっちに向けてきた。



「倒した? 俺? なんだ? あんたは何を言ってるのさ?」

「先輩、『私はあんたがなにしたのかも聞かない』って、言いましたよね?」

「……あッ」



 自分の言葉を返されて唖然とする先輩。

 ……ここまで先輩を手玉に取れることは初めてだ。

 もう少し楽しみたいけど……後がメチャクチャ怖いからこれ以上は止めよう。



「まぁ、もうあの人達は来ないです。その事だけ覚えといてください。……って、そんなことよりいいものがあった」



 僕はとっさにポケットに入れていた『ある物』を思い出し、そのポケットに手を入れ、『ある物』を取り出して先輩の目の前に出す。



「……これって」

「先輩が欲しがってたネックレスですよ。僕から先輩にプレゼントです」



 この存在はきっと、忘れられてただろう。

 このネックレスは先輩とウインドーショッピングをしてた時に見たけど、描写さえしてないペアネックレスの片割れだ。

 あえて描写するなら、革製の紐に金属性の白いリングが通されているシンプルな物。



「なんで、あんたがこれを?」

「先輩だったら明日の大会優勝できるでしょ? だから優勝の前祝いってやつです」



 僕が先輩に自由時間を提案したのは、これを買ってくるためだったのだ。

 先輩は、僕の言葉に一瞬唖然とした顔をしてから……笑った。



「ハッ! 優勝ってあんた、あたしに期待しすぎだろッ! クククッ……ハハハハッ!!」

「先輩……ちょっと笑いすぎッ!!」



 先輩にとって、俺の言葉は相当面白かったらしい。

 先輩は腹を抱えて涙を流しながら笑っていた……ッつか、酷いでしょ!?



「ヒィヒィ……だってあんた、能天気すぎなんだよ。こんなの渡して、私に絶対優勝しろってプレッシャー与えてるようなもんだよ?」

「た、確かに……」



 僕は、先輩に言われるまでプレッシャーを与えるなんて考えもしなかった。

 先輩の自信満々な態度と今までの実績から、僕は『先輩は絶対優勝する』って思ってたけど……実際はやってみないと分からない。

 そんなことも気づけないなんて……玲とか光とか、最近は矢沢くんにまで『鈍感』って言われるけど……やっぱりそうなのかな?



「……すみませんでした」



 僕は一言謝って、先輩の前に出したネックレスをポケットに戻す……はずだった。

 けど、ネックレスを持った手は、ポケットに入る前に先輩にガッシリ掴まれた。



「え、先輩?」

「伊達、気遣いできるのはあんたのいい所だけど、ちっと気が早いねぇ」



 先輩は僕の手からネックレスを取ってから、サッと起き上がって僕の目の前に立つ。

 そして流れるような動作によって、ネックレスは先輩の胸元に飾られる。

 ……そのシンプルなリング一つが、先輩の素材を引き立たせていた。



「どうだい? 似合ってるだろ?」

「……」



 僕に質問する先輩は綺麗で無邪気な笑みを浮かべていて……僕はその笑顔に飲み込まれていた。



「あんたはあたしがプレッシャーに負けると思ってるのかい? せっかく目の前にある欲しいものを、そんなちっぽけな理由で諦めるなんて、あたしには出来ないね」



 ……ここにさっき僕に背を向けてた弱々しい先輩はもういない。

 僕の目の前にいるのは、男勝りでアネゴ肌、時には強引に人を引っ張って行く大胆さ、時には一人一人に気を配れる優しさを持つ、僕の知る中で一番『先輩』の名に相応しい存在。

 その先輩が夕日の茜色に染まりながら、屈託のない笑顔を僕に向けていた。



「ほら、ペアなんだからもう片方あるだろ? 早く出しな」

「あ、はい」



 先輩はいつも通りの少し強引な口調で話しながら、手の平を僕に向けてくる。

 先輩の要求に、僕はポケットの中に入れておいた片割れを取り出して、その手の平の上に乗せた。

 形は先輩の首に掛かってるのと一緒だけど、リングの部分が黒く光っている。



「そんじゃ、あたしからもプレゼントしなきゃねッ」




 僕が先輩の手にそのネックレスを置いた瞬間、先輩は滑らかな動きで僕に両手を伸ばす。

 僕はその行動に殺気がなかったため反応が遅れ、その腕が後ろ首に回るのを許していた。

 一瞬遅れて反射的に後退りしようとしても、ベンチに座っているため背もたれに詰まるし、仰け反っても先輩の腕に阻まれる。

 ……てか、鼻先が先輩の首筋に当たってるせいで、少し甘い香水の匂いに女性独特の匂いが交わって……頭の中がフワフワ浮いてるような……ってヤヴァい!!



「せ、先輩!?」

「少し黙っとけって」



 先輩の威圧感たっぷりの声に、僕は黙り込む。

 けど……口を閉じると自然と鼻呼吸になって……匂いが匂いが匂いがぁぁああああ!?



「……よし♪ 装着完了っと」



 僕の理性が先輩の匂いによって連撲フルボッコされながら、本能の暴走を耐えてると、自然と先輩の体が離れてくれた。

 ……よ、よく耐えてくれた、僕の理性。

 一安心した僕は、胸に手を当てて深呼吸を……って?



「これって……」

「ペアネックレスなんだから、あたしが二つ持ってんのはおかしいだろ?」



 僕が胸に手を当てた時、その手にさっき渡したはずの黒いリングが触れた。

 ……なるほど、さっきの急接近は僕にこれをつけたからか。



「でも、いいんですか? 僕が先輩のペアなんて持ってて」

「なんだい? 私と同じものはつけられねぇってか? あ〜ぁ、今まで可愛がってた後輩に拒否られるとはなぁ〜。お姉さんショックだよ」

「いやいやいや、そんなわけじゃないですって! 有り難くもらっておきます」



 先輩のいじけ方は冗談丸出しだったけど、僕は焦って弁解する。

 だって……ここで下手に断れば、後々先輩のドSっ気に溢れた行動の餌食になりかねない。

 軽く想像しただけでも……それだけは勘弁してもらいたい。

 僕の答えに満足したのか、先輩はいじけるのをやめて、僕の目の前で満足そうに腰に両手を当てながら笑ってくれた。



「伊達、さっきの言葉は訂正する。今日のことは忘れるな。だけど、誰にも言うな。楽しかったことも忘れたいことも……あたしとあんたの秘密だ」



 先輩はそう言って、小指を立てた手を僕の前に差し出した。

 ……これは僕が子供扱いされてるのか、それとも意外に先輩の精神年齢が子供なのか。

 僕はそんなことを考えながら、先輩の小指にゆっくりと自分の小指を絡める。




「「指切り拳万嘘ついたら……」伊達があたしの奴隷にな〜る。指切った!」



 ……なんか、今日は先輩に振り回されてばっかりだ。



「ちょっと待てぇぇぇえええい!! 普通針千本でしょ! 針千本も奴隷も人道的にどうかと思いますけどねッ!?」



 心身共にスゴく疲れたし、エージェントには絡まれるし……一番痛いのは、財布から福沢さんが何枚か消え去った事かな。



「えぇ〜。でも、もう指切っちゃったからねぇ?」



 でも、まぁ色々あったけど……



「これは詐欺でしょ!! この約束は無効ですッ!!」



 ……今日は先輩といて、本当に楽しかった。



「お姉さんなんにも聞こえないなぁ♪」







 ――二人が夕日を浴びながら騒ぐ中、ブランコで寝ていた黒猫が夕闇に輝く一番星に向かって、音もなく大きな欠伸していた。







 ‐遠呂智のハッキング予定日まで、あと四日‐









 我輩は後書きナリィ〜(某コロッケ大好きカラクリ人形風)




 最近友人に『君って傍観者の鑑だね』って笑顔で言われた神酒です。

 まずはみなみ様、けせるす様、ご評価ありがとうございました。

 そして神羅様、doubter様。ご意見ありがとうございました。



 さて、前回の後書きは謝罪文で終わってしまいましたから、今回は少しリハビリ+サービスを兼ねて、とある読者様の質問に答えましょう♪




Q.『展開が早すぎるようなきもします』


……これは届いたメッセージの一文なので、疑問形になってないのはスルーしてください。


A.確かに、私は作風と性格上展開が早いのは事実です。

 前作『逃走者!!』よりゆとりを持つようにはしてますが……やはり番外編を考える必要もありますね。

 でも、実は登場してない主要キャラが二人、出演決定サブキャラが五人ほど居たり居なかったり……結構長編予定?




 さて、私はこれからも読者からの質問や指摘の一つ一つに答えていくつもりです。

 是非ッ是非ッ、この作品に対する質問、意見をよろしくお願い致します。

 評価や感想……出来ればメッセージでお願いします(悲願





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