Flight9‐黒い猫と危険な山×2
前回僕が入った黒い扉は、僕の心の中。
その中でも『新月の黒猫』の性格を司る者が眠っている場所だ。
…『朔望月相』は多重人格に似ているようなものだけど、少し違う。
一つは、主人格である僕の意識は入れ代わることはない。
例えば新月の黒猫の場合、『僕』が『俺』になることでこの扉とリンクして、扉の住人の力を引き出しているのだ。
そしてもう一つは、各人格によって能力が著しく変わるということ。
各人格は主人格のデータカードのようなもので、僕が力を引き出す時にその経験や知識を体や脳に送ってくれる。
その代わり、引き出している状態で得た経験や知識は、主人格である僕じゃなくて、各人格が記録する。
つまり、『僕』には新月の時の記憶はあるけど、その時の動きは出来ないってことだ。
…そこ、『説明ヘタ』とか言わないッ。
【テメェは説明ヘタだなぁ】
「だからそれを言うなよ。ボキャブラリーのなさは自覚してるんだからさぁ」
【自覚してんだったら直せっつーの】
目の前の黒猫は僕に文句を言いながら、椅子の上で後ろ足を使って首をカリカリ掻いている。
……呑気な野郎だ。
【で、なんのようだ? テメェがわざわざ部屋に来たってことは、なんか聞きに来たんだろ?】
「あ、そうだった」
すっかり忘れてた。
…早くしないと先輩に文句言われるな。
「じゃあ、一つだけ聞くよ……あの二人は白か黒か?」
【あのチビ共か……黒じゃねぇと思う。しかし、…俺達に近いものを感じる。しかも、俺に近い】
「…なるほど、黒じゃないわけか……ならいいや」
【おいおい、放置すんのか? 俺は白とは言ってねぇぞ】
「黒じゃないんなら何も言えないよ」
【…ったく、お人好しだよテメェは】
「それが僕だからね」
目の前の黒猫は、僕に呆れたように大きな欠伸を欠く。
お人好しで悪いか?
「んじゃ、僕は戻るよ」
【おぅ、とっとと出てけ】
僕が立ち上がって部屋を出て行こうとする僕に、黒猫は背を向けて尻尾を振るだけだった。
素っ気なくて面倒くさがりな黒猫らしい別れ方に、ちょっと笑える。
「じゃあね」
僕はゆっくりと扉のノブを引いた。
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さて……問題は解決したし、先輩達ににお茶でもいれ…
「遅いぞ伊達ェ!!」
「ゴビョッ!?」
僕の名前を呼ぶ声と同時に、後頭部に走る激痛。
痛みに耐えながら振り返ると、そこには萩野先輩がフライパン片手に仁王立ちしていた。
…なにが起こったかは聞かなくても分かるね。
「イタタタ…先輩なんで叩くんですか! フライパンは十分鈍器ですよッ!!」
「ちょっと、そこのツッコミは『そのフライパンはどこから!?』でしょ!」
「どうせ給湯室のフライパンなのは分かり切ったことです」
生徒会室の給湯室は、お茶以外にもある程度の食事が作れるようになっているのだ。
「そんなことはどうでもいいや。早くお茶くれよー」
「ハイハイ」
僕との絡みに飽きた先輩は、生徒会室の方に戻っていった。
それからコーヒーをいれてる間に、『双子ちゃんゲッチュー♪』とか『だ、誰かッ!!』とか『助けてですぅ!』とか聞こえた……気がするけどシカトした。
いや、誰でも自分が大切でしょ?
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「センパ〜ィ。ヒドいですぅ」
「し、死ぬかと思ったぞ…」
「すまないすまない、萩野先輩の性能を考えてなかった」
「フッ、お姉さんをナメちゃいけないぞー」
僕がお茶を持っていくと、先輩は二人を両脇に抱えて遊んでいた。
…二兎を追うもの一兎を得ずの法則をブチ破っちゃったよこの人。
「で、伊達。このカワイコちゃんは誰?」
「その聞き方、どこのナンパ男ですか…この二人は一年生で、生徒会の会計と会計監査です。ほら、自己紹介して」
取り合えず、面識のないお互いを自己紹介させる。
「…和倉美海です。一年生です。よろしくです」
「和倉美空。学年は右に同じく。よろしくお願いする」
…かなりビクビクしてるけど普通の自己紹介だな。
てか、そこまでヒドいことされたのか?
でも、今の問題は……
「三年の萩野杏子だ。陸上部で部長をやってる。ぜひ見学…いや、ぜひ入部してくれ。あと、伊達との関係は…運命の赤い糸で結ばれてるぞ♪」
「……なに言ってんですか?」
やっぱりやっちゃったよこの人。
ふざけるのもいい加減にしてほしいよ。
「先輩と僕はただの知り合いです」
「そんなテレなくてもいいじゃんか」
「テレてません!! てか、そんなこと後輩達の前で言わないでください!」
「ほらテレてるじゃんか」
…いや、テレるでしょ。
このアネゴ風サディスティックな性格を除けば、十分綺麗な人だ。
そんな人にそんなこと言われればねぇ…テレるでしょ?
「……かーくん、浮かれてる」
「浮かれてませんッ!」
テレてるの次は浮かれてるかよ。ずいぶんな言いようしてくれるな。
………あれ?
さっき『かーくん』って言われた気が…
「…浮かれた、かーくんに、お仕置き」
「ゴブァ!?」
いきなり、僕の頭上になにかが落ちてきた。
床とキスする+額がいい音を立てたぞ。…うぅ、カーペットがあってもかなりイタい。
「伊達センパイ!? 大丈夫ですか!?」
「こ、この方は…いつの間にこの部屋にいた?」
「ゲッ、校医さんじゃん」
…三人の声の中に『校医』という言葉がでたね。
もしかして、僕の上に乗ってるのは人で、さらにその人は……
「かーくん、浮気、メッ」
「浮気って…僕はそんなことしてないし、まず誰とも付き合ってません!」
「「私と」」
「そこ違います。あと、先輩も便乗しない!」
…やっぱり、僕の上に乗ってたのは彩さんだった。
出不精の彩さんが、なんのためにここにいるんだ?
「かーくんと、赤い糸、結ばれてるのは、私」
「…それを言うために?」
僕の問いに、彩さんはコクンと頷いた。
わざわざ冗談を言うために…どんだけですか。
「…かーくん、立って」
「? いきなりなんです…」
「立って」
「ハイ」
いきなり、喉元に冷たく尖ったもの…彩さん十八番のメスが突きつけられ、僕は彩さんの命令通りに動く。
な、なにか悪いことでもしたか!?
「…………むぎゅ」
「あふっ!?」
いきなり、後ろから首を絞められた!?
いや、首を絞める力はそんなに強くない。
それよりもヤバいことがッ!
「むむむ、胸ッ、胸がっ当たって!」
僕の背中に、彩さんの豊満なお山二つがが当たってるぅ!?
「このまま、保健室に」
「だ、だから胸がっ」
「早く」
「…ファイ」
メスなんか突きつけられたら、僕に反抗なんて出来…
…そうだ! だ、誰かに助けを求めればッ…
「ざんねん…三人とも、教室に戻った」
「この薄情者ぉぉ!! ……いや、彩さん、静かにするんで腕に力を込めないでください。心臓に悪いデフッ!?」
「ふみゅ……なら、騒がないで、早く行こ?」
「ハイ」
…それから僕が保健室に行く間、彩さんの精神攻撃は続いた。
私は思う……彩さんの出番が多い。…一番使いやすいキャラだけど、少し控えよう。