第9話 月の女神の異変
「失礼します。シオン様をお連れしました」
「ありがとう。わざわざありがとう。さがっていいいわよ」
「はい。何か御用がありましたら「このベルを鳴らせばいいのね?」
左様でございます。シオン様、どうぞ中へ。それでは、私は仕事が
ありますので、失礼させていただきます」
俺を車両の中へ案内し、筋骨隆々の冥怒は文句のつけようのない所作で
去っていった。
冥怒のジェイに案内された俺は、俺たちの貸しきり車両から
車両2つ分後ろにあるお試し用車両へ手紙の主に
呼び出された。
「あら、性別変わって随分可愛いらしくなったのね。
その着物の刺繍もとても素敵よ♪」
開口一番、まるで長年の友人に対するようなフランクな口調と、
全ての人を魅了するかのような笑みを浮かべて目の前の金髪
青眼の仇敵が俺の女体化した体を見て社交辞令を口にしてきた。
今の俺は和装[暗夜]に腰にチート武器を佩き、
”召聘”で【ダークナイト】を8体を待機させた臨戦態勢で、
スキル【精 査】を使用し、部屋に罠がないか確認してから入った。
「まぁ、あたしたちのこれまでの関係を考えれば当然の反応ね。
でも、今日呼んだのは貴方達にアルテミス神域の件はあたしが
全く関与していないということを伝えておきたくて呼んだのよ」
目の前の愛の女神は苦笑いしつつ、本題に入った。
「アルテミス神域の件?」
「あら? まだ把握していないの? まぁ、いいわ。
その件に関してはアテナも知っていたほうがいいから、召喚してくれないかしら?
今の貴方ならできるでしょう?」
俺が聞き返すとアフロディーデは少し驚いた表情を浮かべ、
俺が戦 女 神であることが当然であるかの様に言い、
アテナ様をこの場に呼ぶよう告げてきた。
「……」
「あむあむあむあむあむ……」
無言で不機嫌オーラを発するアテナ様。
ちなみこの場に召喚しているのはアテナ様の意識の一部を義体
に入れたもので、本体ではないので義体が破壊されてもアテナ
様自身に影響は全くない。
いかに神子であるオリヴィアと同じ”憑依”が
できるとはいえ、更に上のランクである”召喚”は相手との格差が
ありすぎるためMPが足りず、本体の召喚はできないのだ。
俺の膝の上では黄金刀が人形態になって無邪気に
茶菓子をパクついている。
どうしてこうなったと俺の顔が引き攣っているのが鏡を見なくても
分かる。胸中では今、猛烈にorz状態だ。
「ふふふ。なかなかいい愉快な状況になっているわね。
あたしとしては世間話をしていたいところだけど、生憎、
もうすぐアルテミス神域の大神殿駅だから手短に言うわね」
「ああ、頼む」
「ええ。今現在、月の女神が自分の神域に来た人間の男に
恋をしたのよ」
「なっ! アルテミスお姉様が!? そんな馬鹿な!!」
「確かな情報よ。まぁ、次の駅で降りて大神殿で確認すれば
嫌でも現実ということが分かるのだけれども、あたしは全くこの
件には手をだしていないということを伝えたくてシオンを呼んだのよ」
「お姉様の相手は誰?」
「ポセイドンの息子のオリオン坊やよ」
慕っている姉に男ができたことで驚き、いきりたつアテナ様に
アフロディーテは淡々と告げる。
「きっかけはオリオンがアルテミス神域にいる愛人に会いに来たところで、
その愛人が変貌したことを心配して見舞いにきたアルテミスと遭遇、
お互いがお互いに一目惚れしたというのが囁かれている大まかな流れね」
「そんな……お姉様は簡単に男に篭絡されるような方ではないのに……」
「そうなのよね。まぁ、オリオンはポセイドンの息子だけあって、
顔だけはいいから」
「あむあむあむあむあむ……」
「……もう、2人は結婚したのだろうか?」
しばらく間をおいて、恐る恐るといった感じでアテナ様は
情報提供者に尋ねた。
「ハァ、いいえ、まだよ。アポロンが頑張って抑えているけれども、
恋で盲目になっているアルテミスにはほとんど効果がないわね。
だから、そうなるのも時間の問題ね」
普段の落ち着きのある様子とは一変して焦燥しているアテナ様に、
ため息混じりでアフロディーテはそう答えた。
「なんで知らなかった俺たちにその情報をくれるんだ?」
ふとした疑問を俺は口にする。
「それはあの馬鹿が図に乗って、ガイアお母様の地雷を思いっきり、
踏み抜きそうなのよ。アルテミスと一緒に狩りをやっていて、
どんどん獲物が狩れるものだから、調子に乗ってきているのよ。
アルテミスの加護とも知らずにね。おかげでこちらはいつ爆発するか
戦々恐々よ」
やれやれといった感じで懸念事項である大地母神ガイアの怒りが
大爆発する可能性を告げるアフロディーテ。
「2人はどこまで進んでいるのだ?」
顔を真っ赤にして訊ねるアテナ様in義体。
「ああ、安心していいわよ。今のところ、まだ恋愛初心者のアルテミスは
あの下衆とはプラトニックな関係だから」
「そう、良かった……」
「いや、それも時間の問題ということでしょう。アテナ様?
それに、どうしてこのことを俺たちに知らせるんだ?」
赤くなったり、怒ったり、青くなったり、恥ずかしがったりと
百面相をして、珍しく顔色の悪いアテナ様がアフトディーテの言葉で
落ち着きを取り戻すが、俺は懸念事項を敢えて言い、更なる疑問を
呼び出し主へ訊ねる。
「ああ、それはさっきも言った様にガイアお母様からのとばっちり
を回避するためね。痛くもない腹を探られるのも気持ちがいいものではないわ。
あのアンポンタンの女好きはアルテミスを落としても身を固める
とはまず思えないわ。多分、アルテミスを食べたあとは変な自信をつけて、
難攻不落だった同じ処女神のアテナ、貴女を狙うでしょうね」
「私はアルテミスお姉様の話はオリンポスでは全く聞かず、初耳なのだが、
なぜだ?」
「貴女はそういう話嫌いだから、自然とみんな話題にするの
を避けているのよ」
「う……」
アテナ様はアフロディーテのその指摘に露骨に心底不満そうな表情を
された。
ZFOのアテナ様は別に男嫌いではない。身内の男神の女性に対する
行き過ぎた不貞によって、一部男神不信になっている設定だ。
ちなみにギリシャ神話では経緯はどうあれ異母弟になるヘラクレス
やペルセウスたち英雄に好意的に協力してあげていることから、
本当の男嫌いではないことが推察できる。
その一方で、実父ゼウスの義母であるヘラへの不誠実な態度と美しい
人間の娘であればとりあえずコナをかけて、それっきり放置がデフォルトの
態度が許せないようだ。性に奔放で多数の愛人をもつアフロディーテとも
仲が悪い。
アテナ様にその辺の所、多妻持ちの俺に関して訊ねたら、
『節度をもって、イリアたちを悲しませないようにすればよい』
というありがたいお言葉を頂いて許されている。
この世界のオリオンだが、どうしてZFOではまともなNPC男が少ないのだ!?
と頭を抱えたくなる経歴の持ち主だ。
端的に言えば、×1、レ○プ犯、誘拐犯、浮気+ストーカー、
処女神攻略中(←今ここ)。
最初の奥さんが傲慢で女神ヘラより自分は美しいとどこかで聞いた
ようなことを言ったおかげで地獄行きになり、強制離婚。
ポセイドン神域を渡り歩いて気に入った女性、メロペを寄越せと
父親である小国の王に迫り、父王が渋ると強引にメロペを自分のもの
にするため飲酒してメロペを強○。
泥酔したところを父王に復讐されて失明。鍛冶神へパイトスの
見習い弟子を拉致って失明を治す神託で予言された場所まで案内させて、
失明回復後、遺棄。
失明を治した太陽神ヘリオスの妹の曙の女神エオスと恋仲になるが、
オリオンはエオスと交際しながらも嫌がる精霊姉妹のプレイアデス7姉妹を
ストーカー。
エオスの上司であるアルテミスがエオスが神の仕事を
決まっている時間まで行わずに帰るということを唐突に始めたため、
心配してエオスの居所に赴いてオリオンと邂逅。
それ以来、オリオンはエオスをいなかったものが如く捨て、
アルテミスと交際を開始。アフロディーテの言葉を信用するならばまだ肉体関係
まで進んでおらず現在に至る。実に清々しい程の女の敵である。
それにしても妙だ。いくらオリオンが父親譲りのイケメンでも、
アテナ様以上に男嫌いで有名で双子のアポロンと父親であるゼウス以外の異性
とは明確に距離をとることを徹底していたあの月の女神が簡単に男に
なびくだろうか?
そこで目の前の愛を司る女神に視線がいった。
「そうね。普通ならば貴方達が考えている様にあたしの力ならば、
あの身持ちと頭が固い処女を恋の虜にすることも可能……と考える
でしょうね。でも、今回に限りそれはないわ。だって、ゼウスの力で
あたしの力はあの子に効かないようになっているのよ。
貴女のようにね」
「……そうだったな。私とアルテミス姉様にはゼウス父上から
アフロディー手の魅了にも抗える加護をかけていただいたのであった」
思い当たる節があるアテナ様はアフロディーテがアルテミスに
オリオンを好きになるよう動いていないと確信されたようだ。
「アフロディーテの力を無効化するということはエロスが犯人という線も
消える?」
「ええ、そうよ。愛の女神であるあたしの従者であるあの子は
あたしの力を超えられない様にされているの。それにあの子今、
自分のことでそれどころじゃないから」
若干の怒気をはらんで目が笑っていない笑みを浮かべて返す
アフロディーテの言葉に偽りはないようだ。
神が人間に嘘を告げるとゼウスの決めた誓約によって、
1年間の仮死状態ののち、9年間オリンポスを追放されて、
10年目に許されるとアテナ様が教えてくれた。
「そういうこと。だから、今回あたしは関与してないことをご理解
いただけたかしら?」
俺は彼女のこれまでの所業の数々から不満はあるけれども、
現状でこれといった反論要素がないため、納得はいかないが、
頷かざるを得なかった。
不意にアフロディーテの妨害の所為でひだまりのように温かく、
優しかった彼女を永遠に失った瞬間の記憶が脳裏を過ぎった。
「……主?」
俺の膝の上で茶菓子を食べる手を止めて、金髪灼眼の幼女が
怪訝に首を傾けて、俺を気遣う瞳を向けてきた。
「……なんでもない。大丈夫だ」
俺は心配かけまいとアリスのサラサラの髪を撫でた。
「ガイアお母様の地雷をあの男が踏み抜くのはあの男の性格から、
最早、確定的だから、その点はもう諦めるしかないわね。
オリオンに関してはあたしはあの男に近寄りたくもないから、
アルテミスを助けたいなら、まぁ、貴方達で頑張って」
俺たちのやりとりを微笑ましく眺めていたアフロディーテが
オリオンの件をそう締めた。……ん? 近寄りたくもない?
俺は湧いた疑問を問い詰めようと思ったが、アフロディーテは
信者でない者に素直に答えてはくれないだろう。過去の因縁もあるし、
迷宮でミノス王の背後にいたことといい、安易に味方と考えるよりも
敵と考えていたほうがいい相手だろう。アテナ様とも相性悪いし。
目の前で不敵な笑みを浮かべるアフロディーテと尊敬している姉である
アルテミスの変化に思索をめぐらすアテナ様の横で【精 査】で
無害の確認が取れているが冷めてしまった紅茶を俺は飲み干し、
俺たちはその場を後にした。
御一読ありがとうございます。




