第8話 魔導鉄道(後編)
リリリリリリ……。
「残り5分ほどで発車致します。
ご乗車のお客様はお乗り遅れなさいません様、ご注意ください」
甲高いベル音と共に発車前のアナウンスが流れる。
「ほら、ヘンリー急いで!」
「ちょ、待てよ。サラ! おっちゃん、ありがとう!!」
「へい、毎度。よき旅路を」
短く切りそろえた銀髪と狼の亜人の特徴である耳をもつ冒険者と
思しき双子が駅のホームに設置してある売店から大量の弁当、
飲み物を買い上げて、アナウンスに急かされて、両手に店員が商品を
つめた袋を複数持って駆け出す。少女が左右に1袋持つのに対して、
少年は左右に3袋持っている。
とても人族が軽々と持てる重さではないのだが、後ろを走る
少年はそれを感じさせずに少女と仲良くけんかして駆けていくのを
売店の店員たちは温かく見送った。
「おかえり、サラ、ヘンリー」
「ただいま、戻りました。シオン様」
「はあ、はあ、はあ……置いていくとは酷いぞ……サラ」
「ヘンリーが遅いのが悪いんじゃない」
「……そこまでにしておきなさい2人とも。これ以上、
シオン様とイリア様をお待たせして喧嘩するつもりならばご飯抜き
ですよ」
「「はい、すいません」」
紫を基調とした着物を着ている俺が出迎えた大量の荷物を抱えた
ヘンリーとサラの銀狼族兄妹が日常茶飯事の喧嘩を始めようとした
ところを、腰まで伸ばした見事な銀髪をもち、2人と同じく犬耳、
正確には狼耳をその頭にもつメイド服の女性、2人の姉であるソフィが
笑顔に怒気をはらませながら2人を叱った。
ソフィはその見目麗しい容姿と粗い性格の多い狼の亜人のなかでも
穏やかで、アテナ神域では珍しい銀狼族ということで、カリュクス
では非公式ファンクラブができているらしい。
他にもエルフとしては豊満で穏やかなリリィと小柄なダークエルフの
ハーフであるアンとカリュクス男子の人気を3分しているとか。
閑話休題、ヘンリーたちには駅の売店で固有販売の駅弁を買いに行って
もらった。理由は単純で車内の巡回販売で扱っているものは台車という
積載制限があるためか、どうしても品揃えが少ないので、身体能力が
人族より上を行く銀狼族の双子に行ってもらった。
半神であるクオルかソフィも一緒に行かせることをも考えたが、
サラがヘンリーを連れて行けば十分というので一任した。
結果、大量だったが、皆を満足させるに足る、種類を豊富に揃えて
買い込んできてくれた。資金も多めに渡していたから問題ない。
「うんうん、やっぱりこれが美味しいです。兄さん、はい、どうぞ♪」
イリアが満面の笑みを浮かべてジャイアントロック鳥のチキン南蛮を
コールスローサラダと共に皿に盛って渡してくれた。
サンク王国駅の駅弁(竹)はイリアの好物であるチキン南蛮と
きのこの炊き込みご飯を主軸にし、大根の干物、コールスローサラダ
などをちりばめた弁当だった。松竹梅のグレードを用意していて、
炊き込みご飯はおかずの液体が混ざらないよう別容器似いれている
という配慮があった。
余談だが、駅弁で一番高いグレードは梅ということで統一しているのを
実物を見て分かった。量的に松は少なめで主食・主菜、副菜のみ。
竹は松より少し量が多めでデザートが付く。梅は竹より更に量が多めで
プラス1品付いてくる。
売店のラインナップは駅弁に加えて幕の内弁当、唐揚げ弁当、
竜田揚げ弁当、海苔弁当、オークのとんかつ弁当、ワイルドボアの
焼肉弁当、ミノタウロスのステーキ弁当、おにぎりセット、サンドイッチ
盛り合わせ、サラダが数種類用意されていた。
車内販売は幕の内弁当と海苔弁当、おにぎりセット、サンドイッ
チ盛り合わせだけだったので、売店に買出しに行ってもらったのだ。
食堂車の導入も検討しているそうだが、需要の問題などでいますぐに
とはいかないらしい。
鉄道敷設には激化が予想されているアレス神域とアポロン神域の
戦闘への援助という意味合いもあり、同盟している4神域から救援
物資輸送の円滑化が期待されている。
オリンポス山を通すと最短でアテナ神域とアポロン神域を結べるのだが、
中立であるゼウスや他の神たちを刺激するため、その案は却下され、
同盟国を経由する案で決まった。
現状で同盟を反故、同盟神域に敵対行動をしたら、締結している
魔術契約書が反応して、駅周辺に敵対行動をとった神域と共謀している
人物は強制的に転移・駅・魔導鉄道に立ち入りができなくなる。
また、ポイエイン首都アントスはカリュクスからでは地理的に
西側にあるサンク王国と反対側の東側に位置しており、敷設の
初期段階では駅の建設を軍事拠点として価値が上のカリュクスや
サンク王国よりも後回しにすることになった。
ポイエイン連合国首都アントス。
工業都市カリュクス、学園研究都市セーメンに対して、
アントスは芸術の都という側面が強く、それも芸能、歌や演劇などが
盛んな都でいくつもの歓楽街で構成されている。
名のとおり花の都に相応しい華やかな町で、サンク王国の貴族
だけでなく、各神域の王侯貴族が頻繁に訪れている。
カリュクスでヨーコさんたち被服職人が製作した衣服を扱う店や
装飾品を扱う店も出店しているため、アテナ神域随一の観光名所である。
現在の鉄道計画ではエティオピアもしくはサンク王国の駅から
直通ではなく、サンク王国―カリュクス―アントスの環状線が計画
されている。しかも、地下鉄で。
工事自体は俺が冥界で働いているころから地上の鉄道計画と並行して
進んでおり、魔法の力もあって、かなりの速度で工事は進行している
とのことだ。
「あ、それ俺のだぞ! サラ!!」
「ヘンリーにはさっきブラックオークカツサンド食べたでしょう!?
この最後のサンク王国大神殿駅特製弁当(梅)はあたしが先に取っ
たのよ」
「お前だって、さっきロイヤルフルーツサンドを3つも食べていた
じゃないか!」
「おほほほほほ、何のことかしら?」
「ぐぬぬぬぬぬ」
こらこら2人とも、1つの弁当の両側を掴んで見苦しい争いをするな。
あまり俺の側で楽しく食事しているリリィとソフィを刺激するなよ。
あ、2人の気配が……。
「シオン様、申し訳ありませんが、少しソフィとお側から離れますね。
行きますよ。ソフィ。」
「はい。リリィ姉様」
「ああ、ほどほどにな?」
「「はい。」」
そう言って、2人がこめかみに青筋を浮かんだ笑顔を浮かべて、
ヘンリーとサラの方に行った。
あ、リリィが風の精霊に遮音結界を作ってもらったよ。
「これだけ美味しいのであればヘンリーとサラの気持ちが分かりますね、
シオン兄様」
「そうだな」
美味しそうにサンク王国大神殿駅特製弁当(梅)を食べるエルフの
ローラに同意する。銀狼族の2人の影に隠れていたが、リリィの妹である
ローラも銀狼族の双子と同じく意外に健啖家だ。
ZFOのエルフも人族と同じ雑食で、菜食主義で肉や魚類が
だめということはない。
エルフの大半が、神域の多くが森であるアルテミス神域にいるため、
狩猟と採集で生活しており、一部の人族と細々と交易もしている。
ちなみに銀狼族は主に狩猟で生活しており、人族とエルフ相手に
蜂蜜を主力に交易もしている。
「これも美味しいですよ。シオン兄様もどうぞ♪」
「ありがとう」
ローラは目の前に山積みになった弁当ガラをゴミ袋として再利用して
いるヘンリーが弁当を入れていた袋に捨てると、ロイヤルフルーツサンドを
渡してくれたのでありがたく貰って、口にする。
隣では同じくローラに渡されたロイヤルフルーツサンドを美味しそうに
笑顔でイリアが食べている。
口の中にリンゴ、オレンジ、パイナップルの果汁とクリームの
味が広がるが、ほどよい甘さと果物の酸味が見事に調和していて、
ついつい、もう1つ欲しくなる。ローラが多めに確保してくれたので、
便乗して食べる。2人も手にとっていた。甘いものは別腹なのである。
「シオン様、イリア様、どうぞ。ローラも」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうリリィ」
「ありがとうございます。姉様」
3つのロイヤルフルーツサンドを食べ終えた所で、リリィが
紅茶を淹れてくれた。ソフィとリリィの分として確保しておいた
ロイヤルフルーツサンドを上げた。
ヘンリーとサラは正座でまだソフィの説教タイム中で他の面子は
食後のお茶を飲んで寛いでいだ。
結局、お説教をもらった2人はサンク王国大神殿駅特製弁当
(梅)を分け合って食べ、俺が残しておいたロイヤルフルーツサンドも
仲良く分け合って食べた。
道中は平穏無事そのもので、エティオピアで魔石の補充と
メンテナンスのために駅で1泊することが決まっている。
俺たちは貸切の特別車両なので寝床には困らない。
ビジネスクラスの客は駅近くの乗車券に料金が含まれている
ホテルを利用し、エコノミークラスはシートごとに設置できる
カーテンを使ってシートで眠るようになっているらしい。
襲撃などの妨害もなく順調にポセイドン神域も進んでいくが、
車内にずっといるため運動不足なので、エティオピアでの車両
メンテナンス中に近くのフィールド・森で狩りをした。
鼻の効く3人がいるから獲物の位置は丸分かりである。
時間通りに狩りを終えて、駅近くのホテルの浴場で汗を流して
乗車して眠った。
「うわあ、きれいです……」
サラの感嘆とした声が辺りに響く。少し上を色鮮やかな魚たちが
集団で通過した。その上から注がれる太陽光を魚の鱗が反射して、
輝いている。
その幻想的な光景を目の当たりにして、他のメンバーも同じ気持ち
であることはその表情からも分かる。
現在地はポセイドン神域とアルテミス神域を繋ぐ海のまっただ中、
海底トンネルならぬ海中トンネルの中である。
この2神域を繋ぐ海底トンネルは特別製で、テイラー率いる
筋骨隆々のカリュクス職人軍団とこちらも同じく、鍛え上げられた
ごつい体のポセイドン神域の海の漢たちが意気投合し、全身全霊で
10日間で造り上げた大傑作だ。
カリュクスの職人が作った耐震、対水圧に加えて、頑丈な特殊建材
のおかげでトンネル内部から海を優雅に泳ぐ魚たちを安全に魔導鉄道の
車内から観ることができるのだ。
俺たちのレポートに添付したこの光景を撮ったスクリーンショットが
後に発行される情報誌に掲載され、水族館というものがないこの世界で
大きな反響を呼んだ。
アテナ神域とポセイドン神域の裕福な家族もちの豪商たちが
家族サービスとして、ファーストクラスもしくはビジネスクラスで
鉄道の座席を確保して、家族でこの幻想的な光景を楽しむことが
大流行する。
中にはこの光景のなかで告白して結ばれるカップルが大量発生して、
一大観光名所になるが、それはまた別の話。
「お客様、乗車券を拝見いたします……ありがとうございます」
礼儀正しいが野太い男声で言われて乗車券を渡して返してもらう。
手入れが行き届いた髭と口調からして、彼の職業は執事と思うかも
しれない。
だが、待ってほしい。彼の頭と身に着けている衣服を
一目見ればそれが間違いであることが正しく一目瞭然。
なぜなら、彼の角刈りにした金髪に付けているのがホワイトブリムで、
纏っているのがロングスカートのヴィクトリアンメイド服だからだ。
彼の名はジェイ。略称らしいが何の略かは考えるのも怖くて止めたが、
彼はポセイドン神域の冒険者で、ポセイドン神域―アルテミス神域間を
運行する魔導鉄道の車掌兼巡回販売員で更に総責任者を務めているそうだ。
その彼のクラスは冥怒。
うん。着ている服から分かると言われればそうかもしれない
けれども、彼の落ち着いた物腰の銀河○丈に似た声だけを聞いたならば、
メイドではなく、渋い老執事を連想すると思う。
口調もお姐言葉やおカマ口調ではないし、しかも、仕事ぶりが
リリィが認めるほど完璧で丁寧だ。女性陣には違和感どころか尊敬
の眼差しすら浮かべている者がいる。
ヘンリーが、「どうして、執事じゃなくてメイドなんだ?」
とストレートに訊いても、丁寧に回答してくれた。
「昔、私はこの辺りの海を根城にしていた海賊の頭でした。
あるとき、一人旅をしていた全身黒ずくめの召喚師を手下とともに
襲ったのですが、見事に返り討ちにあってしまいましてね。
命からがら何とか逃げて、手下と共に海を漂流していたところを、
アテナ神域の冒険者であったケレシス様に拾われたのです」
黒ずくめの召喚師のくだりでジェイ以外の視線が一瞬、俺に集中した。
そういえば、まだリリィと出会う前に海賊退治をしたような記憶があるな。
「多くを失い深く絶望していた私達にケレシス様は仰いました。
『執事になるには出生が貴族の必要があるから、
貴方達は執事になることはできないわ。
しかし、家政夫であれば仕事ができて、
雇い主の女性たちに邪な感情を抱かなければ問題ないのよ。
ワタシが言わせないわ。生まれ変わった気で働きたいならば、
ワタシについて来なさい』
と仰せ、私達をメイドとして鍛えてくださいました」
ケレシスのフリーダムな行動によって、見た目はイロモノながら、
ジェイたちの真摯かつ確かな仕事ぶりはお試しで雇ったアテナ神域
の貴族令嬢に正当に評価され、護衛もやる気のない地元貴族出身の
執事たち以上に完璧に務めあげ、雇い主の貴族たちに絶賛され、
惜しまれながらも任期を終えて、手下とともにポセイドン神域に帰った。
余談だが、通常、男性はメイドにはどうあがいてもなれない。
ポセイドン神域の限定クラス、パイレーツからならば
性別問わず何故か転職できるのだ。
はじめはやはり奇異な目で見られていたが、ケレシスの教えを守って、
着実に冒険者ギルドの依頼をこなして、今の車掌の任務に就く事が
出来たできたとのことだ。
彼の部下たちも警備のため鉄道に乗車しているらしい。
「先ほどの駅からご乗車のお客様より、シオン様宛にお手紙を
預かりました」
ジェイがエプロンドレスのポケットから1通の封筒を出して、
丁寧に渡してくれた。
手紙は小綺麗な封筒に入っており、封筒の差出人のところには
『貴方の女神』と書かれていた。
……激しく嫌な予感がする。
御一読ありがとうございました。
説明回が続いて話しが止まってますが、
次回からようやく進みます。




