第19話 神々への嘆願?
「なるほど、それでお前はテュポンとの戦いに備えて蘇生薬の
限定使用を認めて欲しいというのだな?」
「……」
俺の願い出に白い髪、白い髭を蓄えた大柄で、
鍛え抜かれた体躯をもつ大神ゼウスは唸るように尋ね返してきた。
俺は今、オリュンポス神殿の1室の円卓に座っている。
真正面にはゼウスが鎮座している。
そのゼウスの右側で聞いている冥界の神ハデスは
難しい顔をして押し黙って俺の言葉を聞いていた。
この場を設けて下さったアテナ様はゼウスの左側に座っていらっしゃる。
俺が信仰し、尊敬しているのはアテナ様で、
他の神々に関してはそれ以上の敬意を持っていない。
そのため、会話ではできるだけ敬語で対応するように気をつけている。
「はい。敵の力が強大である以上、
蘇生手段の有無は戦況を左右します。
とはいえ、俺は無制限に認めて欲しいと思っている訳ではありません」
「というと?」
「いくつかの条件を設け、
それを満たした場合のみ蘇生を可能とすべきだと考えてます。
そうでなければ、命の重さが軽くなるばかりか、
死を逃れるために蘇生薬を
高値で買い取ろうとする不遜な輩が後を絶ちません」
俺はオリュンポスに来て、ゼウス、ハデス、アテナ様の3神と
この度、俺がメデューサ起源種の血から作った
蘇生薬の限定使用を認めてもらうよう嘆願している。
魔導人形はここに来る前に無事完成し、
今はリリィとソフィがまだ営業を再開していない店で、
魔導人形たちに店の準備から始まり、店の運営に関することを
教えている。
「それはハデス様の権利を侵害する行為であり、
冥府への冒涜になると思います」
「たしかに、死を迎えた魂は私の冥府の国の住人として
暮らすのが摂理。
しかし、いくらテュポンの脅威があるといえども
蘇生薬の使用は……」
「ハデス叔父上のご懸念も、もっともですが、
その叔父上の冥府ですら、テュポンは破壊しようというのですから、
冥府まで破壊されてはそのようなことは言っていられますまい」
渋るハデスをアテナ様が窘めてくださった。
「俺が考えた蘇生薬の使用条件は3つです。
1つ、蘇生対象はテュポンと戦う意思のある冒険者、
またはその者と絆が深い関係者であること
1つ、蘇生対象の蘇生を複数の者が本心で望んでいること。
1つ、蘇生対象の蘇生薬による蘇生が
2回を超えていないこと。
以上でどうでしょうか?」
「ふむ、1つ1つ理由を聞いてもいいか?」
ゼウスの問いに俺は頷き、考えている理由を告げる。
「はい。まず最初の1つですが、
これは蘇生をテュポンと戦う意思のある者、
及び、その者を支える人間に限定し、
戦う者たちをテュポンを倒すそのときまで
守るのを目的としています」
「なるほど、テュポン討伐の意思あるものに
与える限定的な加護か」
「そうです。残念ですが、
人間同士の下らない利権争いの犠牲になる有能な人材は
かなりの数に上ってしまいます。
それを止めることができれば最良ですが、
発生する数と場所、神々の権益に関わる問題のため、
止めることはまず不可能です。
そのための救済策です」
「次は?」
アテナ様の促しに応え、俺は説明を続ける。
「複数に本心でというのは蘇生対象となる人物の蘇生を
複数に心から必要とされる程優れた人物であるという条件です。
仮にこの蘇生薬を死後、
奴隷や部下に使用を命じていても、
本心でない、望まれない蘇生ということであれば
その者の復活は認めるわけにはいきません。」
「ふむ、では蘇生を望まぬ者がいる場合は
認めないとしたほうがよいのではないか?」
「いえ、認めないということを条件にすると、
必要とする人間が多くとも、必要としない人間が
1人いただけで、貴重な戦力を確保できなくなります。
人はどうあっても他人とは関係して生きているもので、
誰かしら疎ましく思う輩は必ず存在しますので、
1人の欲望での蘇生を禁じる意味で
複数に条件付けています」
「なるほど。必要とされていることを篩いにするか……」
ハデスは感心したように呟いていた。
「最後に2回の使用回数制限についてですが、
この理由は更に3つ。
1つは蘇生薬のメデューサ起源種の血の在庫に限りがあり、
蘇生薬を作れる数に限りがあることです」
「数に限りがあるのでは蘇生できる回数を
1回にすればよいのではないか?」
ゼウスが当然の疑問を挟み、ハデスがその横で頷く。
「確かにそれも1理ありますが、
私の考えている回数制限の理由の1つとして、
肝心のテュポンとの苛烈になるだろう戦闘中に死亡するのは
人の身では1度や2度ではすまないと思います。
ですので、在庫の関係もありますが、
多くて2回の落命は許容していただきたいと思っています」
「ううむ、それなら仕方ないやもしれぬな」
「……」
ゼウスは納得してくれたようだが、
ハデスは難しい顔をして考えこんでいて、
アテナ様は無言だ。
背筋に冷たい汗を感じる。
「最後の1つはこの世界で人が死ぬ大きな理由が2つあると
俺は考えているからです」
「ふむ、それは何だ?」
「まず、魔物の脅威です。個体としてヒト以上の強さを備え、
驚くべき繁殖力を持っています
強力な個体における圧倒的な数で攻められれば、
どんなに強い人間の英雄であっても数の暴力には勝てません」
「それでもう1つは?」
「同じ人間同士での直接、間接を問わない殺人です。
自分の欲のために平気で他人の命を奪う輩は多く、
他人を利用してでもそれを成そうとする者もいます。
中には陥れられ命を落とす者もいるでしょう。
それがテュポンと戦うために必要な戦士であったら、
悔いの残る結果に十分なりえます」
俺は押し潰されそうな緊張感の中、力を振り絞って、
力説した。
3つの神は押し黙り、辺りを重い沈黙が支配した。
「……私から出す条件を追加するなら、
蘇生薬の限定使用を認めよう」
最初に口を開いたのは冥界の主、ハデスだった。
「1つ、蘇生薬の使用者は
シオン・スレイヤ・ヴァイザード本人、
もしくはそれと深い親交のある者に限る」
ハデスは条件を指を立てつつ提示してきた。
「1つ、蘇生薬の売買を行わないこと、
これを行った者、売った者、買った者は理由の如何を問わず、
地獄行きにする」
「1つ、テュポンを倒した後にその戦いで規定回数超えて、
死亡した者の蘇生を1度だけ認める。以上だ」
「ありがとうございます」
3つの指を立てたハデスの条件を飲み、
俺は礼を述べる。
「叔父上、父上、
私はシオン以外にもティオ・ヤクタという錬金術師にも
メデューサ起源種の血の研究を任せました。
彼の者はまだシオンの到達した蘇生薬の作成まで
辿り着いていませんが、そこに行き着く可能性はあります」
「ふむ……」
「ティオの作り出す蘇生薬に関しては
シオンが申し出た条件の適用外でお願いします」
「分かった。然るべき対応をわしがしよう」
アテナ様の危惧にゼウスが対応を約束した。
「そういえば、シオン、
お主はこのオリュンポスまで羽の生えた白い馬に
乗って来ておったな。
あの馬はどうやって手に入れた?」
ゼウスがペガサスのことについて言及してきた。
アテナ様は端正なお顔を歪めて、
苦笑いを浮かべていらっしゃる。
ペガサスはあれから立派な大きさになり、
俺も乗せられる位の大きさまで成長した。
地上の速度は『スレイプニル』の方が上だが、
空を翔る速さでは『ペガサス』の方が上だ。
「メデューサ起源種の首を刎ねたあと、
斬り口から飛び出してきました」
そう言って俺は席を立ち、『ペガサス』を召喚した。
「おお、見事だな。メデューサの……ということは
ポセイドンの子、わしにとっては甥になるのだな……」
ゼウスは少し考えこむ表情をした。
「父上?」
アテナ様はその姿を見て、心配そうにお声をかけられた。
「よし、決めたぞ!
ペガサスにわしの雷を運ぶ任を与えよう!!」
「それは光栄なことなのですが……」
「なに、シオンよ、案ずることはないぞ。
わしがペガサスを呼び出すことは滅多にあるまい。
たとえ呼び出しても、わしの雷を預けるのだから一瞬で
わしの用事はすむ」
「そうですか……」
俺はアテナ様の方を見たが、
そのご表情はご愁傷様と語っていた。
ゼウスはペガサスの頭を撫で、
雷をペガサスの翼に着け始めたので、
俺は一旦その場を離れた。
「ハデス様、これをお納め下さい」
俺はアイテムボックスから、
自家製の『ネクタル』と『蜂蜜酒』の瓶を数本、
ケルベロスの好物『蜂蜜サンド』の入ったバスケット、
蜂蜜を練りこんだ袋詰めのクッキーを
未だに円卓に座っているハデスの前に並べて出した。
「……なんのつもりだ?」
ハデスは警戒する眼差しで俺を睨んできた。
「いつもケルベロスを貸していただいていることと、
冥府にいた際、お世話になったことに対するお礼です。
本当なら、冥府に行って渡すべきなのですが、
生者である俺が生身で簡単に訪れていい場所では
ありませんから」
「……妻もお前が作った飲食物を喜ぶ。受け取ろう」
そう言って、ハデスは警戒を解いて受け取ってくれた。
「できれば、ケルベロスを送還する際に持たせてくれれば
妻も喜ぶだろう」
ケルベロスを運搬役にして、
遠まわしに催促された。
ハデスは真面目な性格だから、
奥さんのペルセポネを理由にされてるけれども、
本人が嬉しそうなのは一見では分からないが、
目を見れば分かる。
こうして、嘆願をなんとか成立させた俺は一礼して神殿を辞し、
ペガサスに乗って、オリュンポス山をあとにした。
ゼウスの雷を装備したからか、帰りの速さは行きよりも
格段に速くなっていた。
御一読ありがとうございました。




