第五十回『文末表現を意識してみよう 常体編』
さん
にぃ
いち
面「こんにちは、講師の面沢銀です」
サ「こんにちは、助手というか生徒のサヴァ子です。今回は……なんぞこれ?」
面「この辺になると国語の授業ではやってない部分だからね。文末表現というのは、文面の通り文章の末尾についてなんだ」
サ「はぁ……。言葉としては分かったのですけど。え、何か意味があるの? っていうか、それが何かって感じなのですが」
面「そんな事を言うけど、サヴァ子は文末をどうやって締めるんだい?」
サ「そう言われると、ふぅむ。パッと思いつくのは『~した』『~った』『~だ』とかですかね。……ん? こうやって思い返してみると『た』が言葉の締めに来る事が多いんですね」
面「言い切るから確かに多いね、他にも言い切る形なら『た』を使わなくても『~である』とか『~いる』といった『る』も多い。これらの表現を『常体』と言う」
サ「なんかその言葉は聞いた事ある気がしますね」
面「で、作風にもよるけど。この常体は使いすぎると文章が単調になってしまうんだ」
サ「そうなんですか、文章を締めるんだから使ってナンボのような気がするのですが?」
例
サヴァ子はアイスクリームを買いに出かけた、外は良い天気である。
道の途中でアッシュに会った、アッシュは何か不機嫌そうな顔をしている。
サヴァ子はアッシュに挨拶をした。
だが、アッシュはサヴァ子に気がついていないようである。アッシュは険しい表情のまま歩を進めていた。
再びサヴァ子が呼び止めた、それでアッシュは気がついたのである。
振り返ったアッシュは挨拶もそこそこに、サヴァ子に言った。
「トイレに行きたいからまた今度な!」
サヴァ子は少し固まったが、気を取り直してアイスを買いにコンビニへと歩きだした。
空は澄みやかに晴れ渡っていた。
サ「酷い例文ですね」
面「ちゃんと起承転結になってるところを評価してくれよ」
サ「今時になってシュールオチ(※1)が許されるのは新聞の四コマくらいなもんです」
面「お前はそういうのには厳しいのな」
サ「文章力と面白さは別に考えるものと教えてくれたのはご主人じゃないですか」
面「くそぅ、グゥの音も出ない」
サ「それはそれとして、表現をわざと単純にしているのはわかるんですが。それを考えなかったとしても、文章にどこか淡々とした印象を受けるのは何ででしょう?」
面「それはこの例文が基本的に常体で書かれているからだね。『~だ』『~た』『~である』と状況はテンポ良く進んではいるものの、表現として言い切ってしまっているから文章が流れ作業のように進行してしまっている」
サ「なるほど、次から次へと文章を読んでいく感じがするから淡々とした印象を受けるんですね」
面「こういう表現はゲームの文章から憧れて小説を書き出す子に多いんだ」
サ「おや、それはどうしてですか?」
面「ノベルゲームなんかだと、クリックして文章を進めるっていう事が多いからなんだ。読んで、手元で操作する、手元の操作という行動を挟んでいるからゲームでは気にもならないのだけど。手元の操作が無くなった小説では印象が変わってしまうというわけさ」
サ「なるほど。常体で強く言い切って文章が終わったと印象づけてクリックさせる。プレイヤーも流れとして自然だから受け入れられるけど、それがないと淡々とした印象を受けるという事ですね」
面「ゲームは他にも音楽や演出で緩急を付けられるからね。それを全て含めてゲームとしての良さがある」
サ「ゲームのシナリオが上手く書ける人と小説を上手く書ける人は違うって事ですか?」
面「そういうわけじゃないよ。同じ土俵でも得手、不得手があるって事。野球の名プレイヤーが必ずしも名監督になるかと言えば違うだろう?」
サ「納得したような、納得できなかったような……。話を戻しますが、この常体は小説で使いすぎたらいかんのですか?」
面「例のように続けて使うのは確かによろしくないね。特にライトノベルなんかだと『~である』や『~なのだ』は堅苦しいし、語尾が強すぎてしまうから、物にもよるけど作品の雰囲気を壊しかねないからね」
サ「確かに『サヴァ子のナイスバディを目の当たりにした面沢銀は鼻血を勢い良く吹き出したのだ、そうなっては失血死はまねがれないのである』とか表現されてもピンと来ませんね」
面「お前は僕を何だと思ってるんだよ……。それに自分でそんな例を上げて恥ずかしくないのか?」
サ「え? 当然の反応だろうし、別に恥ずかしくないですよ」
面「そっか……強い心臓を持ってるんだな。でも、ゲームじゃないけれど。こういった文末表現を使って文章に演出を加える事ができるんだぜ」
サ「へぇ、凄い! どんな感じなんですか?」
負けられない――――!
そう僕が強く願った瞬間、僕の体は黄金色に輝き始め、胸が熱くなり、そして体の奥から力が漲ってくる。
「うおおおお!『地の底の太陽』ッ!!!」
心の置くから自然に出てきたその新た星彩奥技の名前を僕は叫びながら、サヴァ子へ向かう。
『地の底の太陽』
それは面沢が愛と勇気と、わずかに残った希望が激しく混ざり合う事で起きる奇跡の技である。
愛は炎に。
勇気は熱に。
それらが混ざり合った希望は炎帝と呼ぶに相応い存在に面沢を変貌させ――――――
彼はまさに太陽になったのだ。
面「みたいな?」
サ「お前も十分恥ずかしいわ! 何ですかその相手は死にそうな技(※2)は!?」
面「別にいいだろ、たまにはこれくらいふざけたって。でも、演出の意味や力強さは伝わっただろ?」
サ「一人称から三人称になる事を演出として挟んだうえで、常体の力強さで無理くり読者を納得させるわけですね。『彼はまさに太陽になったのだ』って言い切られたら『そーなのかー』って思うしかないですからね。って、ご主人? どうしたんですか?」
面「……いや、今になってだんだん恥ずかしくなってきた」
サ「……星彩奥技(ボソリ)」
面「や、やめろぉ!!」
面サ「「次回までゆっくりしていってね!!」」
※1 抽象的すぎて理解できない締めである事。人によってツボにハマれば非常にウケる事もある。またそういうオチや作風を繰り返す事により洗脳めいた常体で笑いを誘う手法などもある。
※2 有名な厨二病ノートの必殺技である「エターナルフォースブリザード」の効果である。相手は死ぬ。




