最終話
その時、再び扉が開かれた。
『安藤君・・・』
『果那ちゃん!!』
『東條!!』
思いもよらない二人が来たことにより、俺たちは別々な心境で驚いた。
『果那ちゃん・・・どうして来たの』
『どうしてじゃないよ。安藤君あそこまであたしに教えて・・・全部東條君から聞いたよ。放っておけるわけないじゃん』
果那は今にも泣き出してしまいそうな顔で言った。
安藤は黙り込んでしまった。
『このままが一番いいと思うよ』
東條は無表情のまま言った。
こいつは俺のどんな部分なのだろうか?状況にそぐわない疑問を浮かべながら、俺はこいつらのやり取りを、まるでテレビの中の出来事のように眺めていた。
俺だけ遠い・・・
『こうなった時から、どちらかが消えることは決まっていた。お前だってそうし向けたんだろうが』
『僕は・・・』
それからしばらく、東條と安藤の言い合いが続いていたが、ふいに『泰男は・・・』と、果那が俺の名を口にした。
『泰男は安藤君が消えてもいいの?』
その瞬間俺は現実に引き戻された気がした。
俺が一番近いはずなのに・・・
『泰男答えてよ』
果那の声が妙に頭に響いた。
だけど俺は何も答えれなかった。
果那は呆れたように口を閉じると『結局泰男は優柔不断なままなんだね』と、小さく呟いた。
『東君はどうしたって知りたい?僕も知ってもらうようにしてたけど、予想外にも僕の中に君の昔の記憶が入ってきてね。もう、君の助けは出来ない。否、したくない』
『東條・・・』
ここまでして記憶がほしい?
俺は安藤をどう思ってる?
『泰男・・・果那ちゃんに言われようが、俺の決意は揺るがない。お前は知りたいんだろう?』
安藤の言葉に、首を縦に振りたくなった。
俺はどうしたって記憶がほしいらしい。
そして、俺からどうしてそんな決断が出たのか。俺はあっさりと口に出来た。『安藤・・・話してくれないか』と・・・
果那と東條の驚いた顔が見えたが、俺は気にしないことにした。
まるで、安藤と二人だけでいるように、俺は安藤だけをじっと見つめた。
安藤は、待っていた。とでも、言わんばかりに、『あぁ』と言った。
『俺もどうにも耐えれねえ。手短に話すぞ』
俺の計画はお前の心を壊すことだ。
そして、その計画は実行された。初めは小さな裏切りで、そして、小さないじめの真似事。
友達に裏切られることで・・・
そして、あの日は訪れた。
『お前いい加減にしろよ。何が嫌で俺にあんなことをしたんだ?』
『何が嫌かって?全部に決まってるじゃないか。初めから俺は、お前の何もかもが嫌だった。そんなお前が、果那ちゃんの傍にいることが許せなかった』
昼休み。
泰男に呼び出された俺は、逆に運動場まで連れ出した。
全校生徒から見える場所で、こいつを壊してしまいたい。
『果那?ああ、やっぱりお前果那のことが好きなんだな。そうか・・・それで俺が憎いのか』
泰男は比較的大人しい奴だった。
大人しいというよりかは、興味のないことには無関心な奴だった。
こいつが声を荒げたとこすら見たことがなかった。
それなのに、俺は想像もつかない大変なことをしでかしてしまった。
『ああ、お前が憎いんだよ!!!!』
叫ぶと同時に殴りかかると、泰男は驚くほどの力で拳をとめた。
『ってめ・・・』
『いい加減にしろよ。てめえ、俺を何処まで怒らせれば気がすむんだ』
その時の泰男の目は、鬼のように鋭かった。
『お前・・・本当にやす・・・ぐっ』
『黙れ』
突然視界がぐらついた。
腹に激痛が走った。
思わず倒れた俺の上には、鬼のように恐ろしい。冷酷な顔をした泰男の姿があった。
その瞳に、メデューサに見つめられたか如く、動けずにいた。
『ふざけんな』
泰男はためらうことなく、俺の腕に足を降り下ろした。
『ぅっ・・・あぁっ・・・』
骨が折れたのではないかと思うほどの激痛がした。
『てめぇ・・・やすおぉ!!』
踏まれてないもう片方の腕で、勢いよく起き上がると、そのまま泰男の顎に頭突きをした。
『ぐぁっ』
それから俺達は力つきるまで殴り合った。
昼休みの、運動場の真ん中で大っぴらに喧嘩をしていたのに、何故だか誰にも止められなかった。
先に意識を失ったのは、たぶん俺の方だ。
そのくせに、入院が長かったのはあいつだった。
まあ、それはあいつの人格が離れたからだろうか。
『これがお前の知りたがってた真実だ』
安藤は途中顔を真っ赤にさせながら語った。
喧嘩の所は声を荒げ、柄にもなく涙が滲みそうだった。
『そうか。それまでの俺は東條だったのか?』
安藤にではなく、東條に視線を向けると、東條は一度目を閉じてから、静かに言った。
『いいや。君がずっと泰男だよ。僕は、さっきの時だけだよ』
『えっ、いやでも・・・お前は大人しくて、俺は怖い方じゃ・・・』
問いただそうとしたが、東條の顔を見ると、聞けなくなった。
俺のことなのに踏み込めない。
真実とは辛いものだ。
だけど、俺は知らなければ良かったとは思わない。
『安藤・・・ありがとな』
涙を浮かべていたのか、驚いて見開いた目から涙が溢れた。
『あぁ。本当はお前のこと・・・』
『言うな。わかってる。俺だって思ってた。今でも思ってる。最高のダチだってな』
声が震えているのがわかった。
会わなければ良かった。
友達にならなければ良かった。
そう思いたい。
『やっぱりお前は、生け好かない奴だ』
『好きに言え』
でも、絶対に思えない。
『安藤君』
果那は涙を流しながら言った。
『安藤君は大好きな友達だよ。ごめんね』
『果那ちゃん・・・君を好きになれて、本当に良かったよ』
『あんど・・・ぅ』
『泰男。泰男ってば、早く起きなさい。果那ちゃんが来てるわよ』
『おぉ・・・ああ、ねみい』
俺はどうやら長い夢を見ていたようだ。
『わりい、わりい』
『泰男ってば、昨日リビングで寝てて、叩き起こされたんだって?』
『あぁ?ったく、お袋の奴・・・』
俺はいつものように果那と学校に向かう。
そして、いつものように授業は寝ている。
ただ一つ変わったことは・・・
『やすお~、お昼何する?』
『ああ、今日はうどんだな』
『えっへ~』
『何だよ』
『泰男も男になってね』
優柔不断が消えたこと。
だな。




