第5話
『お袋?』
驚いたように呟くと、扉からはお袋が入ってきた。
『安藤君、これ好きだったでしょう』
『えっ』
お袋はお盆に二人分の紅茶と、ミルクレープと、チョコケーキをのせていた。
『そういやお前、ケーキ食えないのにミルクレープだけは食べてたよな』
『えっ』
安藤は驚いた顔を崩せずにいた。
『安藤君、これからも泰男と仲良くしてあげてね。泰男ったら、高校になっても果那ちゃんしか家に上げないんだもの』
お袋は最後にもう一度『よろしくね』と笑顔で言って出ていった。
『お前・・・』
安藤は俯きながら、拳を震わせて言った。
『何で・・・俺が、ミルクレープ・・・』
とうとう安藤からは一筋の滴が落ちてきた。
それが始まりの合図のように、安藤は涙を流し続けた。
こいつとの出会いも、殴り合ったことも覚えてないのに、こいつの涙の理由がわかる気がした。
俺はしばらくそんな安藤を黙って見つめていた。
『お前の前で泣く何て・・・恥さらしもいいとこだ』
落ち着いた安藤は、マダ俯いたまま言った。
『安藤・・・最期くらいいいじゃねえか』
自分でも何故こんなことを言ったのかわからなかった。
安藤は驚いた顔をしていたが、一度、目を閉じると、『随分話しが逸れたな。話すぞ』と、いつもの安藤に戻った。
『どんな話しでも途中で遮るなよ』
『あぁ』
さっきまでの安藤が、否さっきまでの出来事が嘘のように、安藤は平然とした様子で話し始めた。
3年前
安藤side
果那ちゃんが小学校を卒業してしまった。
勿論泰男って奴も一緒だ。
あれから俺は果那ちゃんと関わることはなかった。
関われることがなかった。
関われなかった。
俺も同い年なら・・・
その時俺の中で、二つの何かが戦っているように感じた。
その日から俺は毎日変な夢を見るようになった。
夢の内容は覚えていない。
だけど、いつも同じ夢を見ているような気がする。
そして、ある日目が覚めたら、体がとても軽かった。
いつも通りに学校に向かおうとすると、ランドセルがなかった。
『母さん。ランドセルどこやった?』
『何ボケたこと言ってるのよ。もう卒業したじゃない。早く制服に着替えてらっしゃい。幹夫は先に行ったわよ』
何が何だかわからなかった。
もう卒業した?
幹夫は先に行った?
じゃあ俺は誰だ?
しばらく俺はその場に突っ立っていた。
『早く行きなさいよ』
『わかったよ』
頭が着いていかないまま、制服を着ると通学路を知らないはずなのに、真っ直ぐに中学校に着いた。
校門の前に立っていると・・・
『安藤君おはよう。もう通学路覚えた?』
『か・・・果那ちゃん』
果那ちゃんと一緒のクラスなのか。俺は・・・
この時に全てが理解出来た気がした。
俺は平常になった。
『もうあたしの名前覚えてくれたんだ。良かった。泰男羨ましい?』
『えっ・・・泰男』
果那ちゃんの隣を見ると、またもやあの男がいた。
こいつ・・・
『そう、こいつ。東泰男っていうの。幼馴染みなんだ』
果那ちゃんは笑顔で言った。
とても嬉しそうに見える。
『よろしく』
俺はとっさに作戦を思いついた。
東泰男と仲良くなることだ。
『おぅ』
泰男は興味がなさそうに挨拶した。
全く生け好かない奴だ。
それから俺は、果那ちゃんと泰男と過ごすようになった。
これはきっと神様が俺にくれたチャンスに違いない。
『今日も泰男ん家行くよね?』
『あぁ、泰男が勉強教えてくれってうるさいからな』
『なんにも言ってないだろう』
俺達は毎日泰男の家に行っていた。
果那ちゃんはともかく、俺の家は少し離れていた。
だけど果那ちゃんと一緒にいたかったから、泰男と仲良くならなければいけなかったから・・・
皮肉なことに、いじめを受けていたからか、泰男といるのが一番楽しかった。
今までで一番の友達だと思えるぐらいにな・・・
それから半年後の、もう二学期も終わろうかという時のことだった。
『なあ、安藤って果那のこと好きなんだろ?』
『えっ?そうなの』
いつもの帰り道。
泰男は突然そんな質問を投げ掛けてきた。
果那ちゃんは驚きながら、少し顔を赤らめている。
『何言ってんだよ!!』
俺は顔を真っ赤にしたまま、自分でも驚くぐらいの音量で叫んだ。
『何だよ。怒るなよ・・・違うのか?』
『いや・・・』
気まずさに何も言えずにいると、泰男はそんな俺の心境も考えずに『俺は好きだけどな』と、さらりと言ってしまった。
『もう、泰男何言ってんのよ』
果那ちゃんはまた顔を赤らめたが、何処か嬉しそうに見えた。
まるで付き合いたての恋人同士のような・・・
泰男の奴め。
その次の日は、俺は学校を休んだ。
その夕方のことだ。
『兄貴、早くやれよ』
幹夫は部屋に入ってくるなり、冷たい調子で言った。
『お前・・・』
『もう全部わかってて、計画だって立ててんだろ。出ないと、兄貴が出てきた意味がない』
『あぁ、わかってる』
俺は幹夫に、本当の自分に促されて、実行を決意した。
『ちょっと待て!!』
『何だ。何があっても話しを遮るなって言っただろう?』
『いや、そうだけど・・・』
安藤の話しには、俺がいるはずなのに、まるで何かの物語を聞かされているような気分だ。
『お前・・・わざと遮ったんじゃないだろうな?』
『どういう意味だ』
『何でもない。何を言われたって、俺の決心は揺るがない。お前の為じゃねえから。それだけ覚えてろよ!!』
『わかってるよ』
安藤はここに来てからは、面白いぐらいに表情を変える。
面白がってる場合じゃないってことは、十分承知してるんだけどな。
『続き話すぞ』




