第4話
俺はアルバムを開けていた。
無意識にアルバムを開けていた。
まるで何かの写真を探しているようだった・・・
『泰男。休みだからってマダ寝てるの?早く起きない』
下からお袋の叫ぶ声が聞こえた。
その瞬間俺は我に返った。
『とっくに起きてるっての!!』
俺も叫び返した。
『お昼ご飯食べなさい』
『えっ』
時計を見ると既に12時になっていた。
起きたのは10時前だったはずなのに・・・
俺は何に夢中になっていたんだ?
不思議に思いながら昼飯を食べに行った。
『ざるそばと、ざるうどんどっちがいい?』
リビングに行くなり、お袋が聞いてきた。
『そばでいい』
『そう』
お袋は少し驚いたように言った。
『何だよ』
『あなたの優柔不断が治ったと思ってね』
『は?何だよそれ』
優柔不断が治った。
いや、まあ・・・
そうだったかなぁ。
まるで他人のことのように思った。
『ところで、何してたの?』
普段は何も話しかけてこないのに、今日は何でこんなに関わってくるのか。
『何でもねぇよ。何だよ』
『何だかこの頃泰男が可愛く見えてね』
『は?』
お袋が急に変なことを言うから、俺らしくもなく照れてしまった。
『泰男。お母さんはどんな泰男でも好きだからね』
部屋に上がろうとした時に、お袋がそんなことを言った。
俺は照れるよりも不思議になった。
部屋に戻ろうとすると、チャイムが鳴った。
東絛?
俺は何故だかそう思った。
『やぁ、久しぶり。う~ん、君ん家は何年ぶりかな?』
扉を開けると、そこに居たのは安藤だった。
あまりに予想外の来客に、俺は目を疑った。
『安藤・・・』
俺が驚いたように言うと、『何だよ』と笑い混じりに返された。
『上がらせてもらうぞ?』
安藤は俺に向かって言っているが、何だか俺に言われてる気がしなかった。
俺は黙ってじっと安藤を見つめていた。
『泰男、お客さん?』
リビングからお袋が皿を片手に持ちながら言った。
ひょっこり出てきたお袋は、来客を確認すると、嬉しそうに声を上げた。
『あらぁ~。安藤君じゃないの。久しぶりね』
まるで自分の子供のように・・・まあ、俺はこんなに可愛がられた記憶はないが、たぶん・・・
まるで、自分の子のように愛らしく頭や、頬を撫でていた。
その姿があまりにも普通過ぎて、本当に安藤は家によく来ていたのだと、理解させられた。
『お久しぶりですね』
安藤は人のよさそうな笑顔を向けると、また俺に向き直った。
『久しぶりだし。ゆっくり話さないか?』
安藤は2階を見ながら言った。
俺の部屋の場所を知っている・・・
疑問を事実と受け入れようとしたが、頭は素直にはついていかなかった。
『いいよな?』
安藤は階段に足をかけながら言った。
『あ、あぁ・・・』
どうやら帰る気はないらしい。
部屋に入ると、安藤の視界に入る前にアルバムをベッドの下に入れた。
『変わってないな』
『そうか』
俺は疑問系に言った。
知らないからだ。
『ふっ、お前さあ・・・』
『何だよ』
いきなり安藤は真剣な声色になった。
『俺がこの前言ったこと覚えてるか?』
病院送り。
頭の中に出てきた言葉はそれだけだった。
『そんな顔するってことは覚えてる。というか・・・何か思い出したか?』
安藤は楽しげに聞いてきた。
『一つだけ聞かせてくれ。俺が記憶を思い出したらお前はどうにかなるのか?』
俺の真剣な問いに、安藤は鼻で笑ってから言った。
『それを聞くってことは、思い出したんだろ。まあ、俺もそうじゃないかと思ってここに来た。東條は俺が思ってる以上に有能だったってことか。負けたぜ』
安藤は悲しそうに、だが顔は笑っていた。
『安藤・・・』
何かが頭に入ってくるような気がした。
俺はマダ肝心なことを思い出せていない。
いいのか?
何がどうなるのか。今の状態がどうなのか。何もわからないけれど・・・
『本当はこんなことしたくなかったし。俺らしくねぇとも思った。けどな、好きな奴に泣きそうな顔何て向けられたら、何も言えねぇだろ?本当お前のことが心底嫌いだぜ。全部
話す時が来たんだな』
4年前。
安藤side
小学校5年になった俺は、不登校になりかけていた。
というのも、クラスからいじめを受けていたんだ。
高校生なら学校を辞められるのに、厳しかった親は学校を休むことを許さなかった。
だから俺は学校に行くフリをして、学校と違う道を遠くにランドセルを背負って歩いていた。
そんなある日・・・
『ああ、ヤバいヤバい。遅刻しちゃうよぅ』
ランドセルを背負った女の子が、凄い勢いで走ってきた。
『あぁ、ごめんごめん』
女の子は謝りながらも、どうも勢いがつきすぎて止まれずに、俺に向かって突進してきた。
『いってぇ』
ランドセルを背負ってたことで、背中を打ったことと、女の子の重みで動けなかった。
『本当にごめんね。大丈夫?』
『う・・・ぅん』
驚きながらも、小さく頷いた俺に、女の子は今度は不思議そうな顔をした。
『何処の小学校?』
当たり前のことを聞いてきた。
この辺りでは俺が通う学校しかなかった。それなのに、明らかに学校に背を向けて歩いてる俺に疑問を浮かべたようだ。
俺は答えられずに、黙って俯いていた。
『う~ん・・・仕方ない。無欠席は諦めるか』
『えっ?』
『お姉さんが付き合ってあげる』
その時に俺は、恋というものを始めてした。
誰もが小学校の恋心は恋じゃないというが、この時の俺の想いは真剣だった。
その女の子は何も聞かずに、俺の手を取って歩き始めた。
『名前は?』
『み、幹夫』
『幹夫君かぁ。あたしは果那』
果那ちゃんは笑顔で話しかけてくれた。
いじめられていた俺は、人とこうしているのがとても久しぶりに思えた。
兄弟もいない俺は、家でも話す相手がいなかった。
その日、果那ちゃんは色んなところに連れて行ってくれた。
勿論店の中など、目立つ所は避けて通った。
『果那ちゃん。また俺と一緒に遊んでくれる?』
夕焼けが出てきた頃。
俺は不安げに彼女に尋ねた。
『勿論だよ。あたしでよければいつでもいいよ。じゃあね。帰れる?』
『うん』
離れたくなかった。
だけど、俺は素直に彼女を見送った。
次の日、俺はいつもとは違い、何かの決意を固めたように家を出た。
歩いていると、思っていたよりかは足取りは軽かった。
学校が近づいていく、俺は校門をくぐった。
少しだけ息苦しかった。
だけど・・・『あっ、果那ちゃん』
昨日の彼女を見つけた。
『おはよう。俺ちゃんと来たよ』
何も聞かれていなかったのに、俺は何故か伝えたかった。昨日俺の為に欠席してくれた彼女に、俺は伝えたかった。
『偉い偉い。お姉さん嬉しいよ』
果那ちゃんは笑顔で言ってくれた。
他の人とは違って、ただ俺に優しくしてくれる。俺のことを理解してくれる。そう感じた。
『果那おはよう。ん?誰、その子』
『泰男おはよう。幹夫君だよ』
『ふ~ん』
泰男という男は、興味がなさそうな様子だ。
この時に俺は、こいつに怒りとも呼べぬ何かを感じた。
それが嫉妬心だということに気がつくのは、もう少し後のことだが、俺はこの時からこいつが、東泰男が嫌いだった。
『幹夫?お前の名前って確か・・・』
『要するに俺が言いたいのはだな。お前は鈍すぎなんだ』
『は?』
今の話しの内容で、俺が鈍感何て話題あったか?
ていうか、俺の質問無視か。
安藤は来た時の余裕な表情は消えていて、少し焦っている様子だった。
『どうして果那ちゃんはお前何かと・・・』
『お前は果那が好きってことか』
俺がそう言うと、安藤は顔に似合わず赤面した。
思わず嫌な顔をしてしまった。
『俺は、そういうことを・・・言ってんじゃねぇよ!!』
安藤は焦ったように怒鳴った。
そのことにより、更に顔が真っ赤になった。
『お前・・・自分の立場わかってんのか?』
取り乱したかと思えば、またいつもの調子に戻った。
『知るかよ』
『たく、本当にお前はめでたい奴だよな』
『何が?』
真剣な顔で聞くと、安藤は大きな溜め息をついた。
『何で俺がこんな奴の為に・・・』
安藤は苛立ったように、小さく吐き捨てるように呟いた。
俺はその様子を少し眺めてから、『お前何しに来たんだ?』と、ずっと言おうとしていた疑問を、とうとう言った。
すると、安藤の顔から表情が消えた。
無表情になったというよりかは、血の気が引いたような顔だ。
安藤は今にも倒れてしまいそうに、どんどんと顔が青ざめていった。
『安藤?』
さすがに心配になった俺は、相手の顔を覗き込むようにして名前を呼んだ。
それでも数秒固まっていた。
どうしたものかと思っていると、まるで凍っていたものが解凍されたかのように、口を開いた。
『終わらせに来た』
『えっ』
何を言っているかわからなかったが、相手の取り巻く空気。否、オーラと言った方が正しいだろうか。それに負けて、疑問を口に出すことが出来なかった。
安藤は決意したような、何かを受け入れたような目をしていた。
『最初から俺は負けていた』
『果那ちゃんはお前のことが大切だ。フラレる前に、お前と再会した時点で言うべきだったな』
安藤は悲しそうに言った。
何かを受け入れた。
そう、死を受け入れたかのような・・・
『お前・・・』
安藤は俺の顔を一度見てから、遠くを見た。
『あぁ、話してやるよ。お前が知りたがっている真実って奴を・・・』
安藤が話し始めようとした時だった。
ふいに、扉からノック音が聞こえた。




