第1話
二重人格。
そんな言葉を日常でよく使わないだろうか?
だが、それは本当に異なる人格があるわけではなく、例えの話しだ。
しかし、本当に自分に異なる人格があったらどうだろうか。
異なる人格、もう一人の自分が出てくる。
あるいは、異なる人格に自分が飲まれたり・・・
『あ~、昼飯どうしよっか。パンにするべきか。それともおにぎりにするべきか・・・』
悩んで既に30分が経過している。
俺はいつもすぐには決められない。
『また悩んでるんだ。どうせパンにするんでしょ?』
『勝手に決めんなよ』
幼なじみの果那で、こいつは女の癖に服であろうが悩まない。
『優柔不断なんだもん。どうせ決まってんでしょ?』
『うるせえな』
果那の言う通り答えは決まっていた。
迷っていたのは、本当にそれでいいのか。ってとこだ。
『そんなに毎日悩んでたら、いつか脳みそ破裂しちゃうよ』
『そんなことあるわけねえだろ』
この時は、まさかあんなことになるなんて思っていなかった。
その夜のことだった。
全く寝付けずに、俺はずっと天井を見つめていた。
すると、何処からか声が聞こえてきた。
『君はもう迷わなくていいよ。悩まなくていい』
『えっ』
俺は驚いて飛び起きた。
勿論周りには誰もいるはずがない。
『夢でも見てたのか?』
俺は平常を装うとしたが、手汗が滲んできた。
『俺お化けとか無理だぜ』
笑い混じりに言うが、俺の顔はきっとひきつってる。
『冗談じゃねえよ』
俺は部屋を飛び出した。
リビングに向かうと、体が軽くなった気がした。
『金縛りか?』
俺は何が起きたのかまるでわからなかった。
『こら、あんた何処で寝てるの!!』
『あぁ?』
どうやらいつの間にか眠っていたらしく、既に辺りは明るくなっていた。
『るせぇな』
俺はそのまま部屋へと向かった。
不思議と躊躇いや、恐怖はなかった。
『果那ちゃん来てるわよ。早く降りてきなさい』
『はいはい』
その時には既に昨日のことなど忘れていた。
『リビングで寝てたんだって?』
『何だよ。もう、おふくろ喋ったのかよ』
『あんたがお母さんと話さないから、話し相手が欲しいんだよ』
『知らねえよ』
いつか後悔するぞ。
『えっ』
後ろから、否頭の中から声が聞こえた気がした。
『どうしたの?』
『いや・・・何でもねえ』
昨日の出来事が走馬灯のように流れ出てきた。
何なんだよ、一体。
『こらぁ、座れえ~。転校生を紹介する』
転校生?
教室がざわつき始める。
何故か俺は気になった。
気になって扉の外を見ていると、果那がにやにやしながら、近づいてきた。
『あれあれ~?もしかして、可愛い女の子かどうか確かめてんの?』
『ちげえよ』
そんなやり取りをしていると、扉が開いた。
俺は果那から視線を外し、転校生へと目を向けた。
『今日からこのクラスの仲間になる東絛泰男だ。皆仲良くしてやれよ』
『よろしくお願いします』
東絛泰男・・・俺の名前は東泰男だ。
ただの似た名前に、俺は何故か気になって仕方がなかった。
『じゃあ・・・席は、東の隣だな。泰男同士で優しくしてやれよ』
東絛はニコやかな表情を浮かべながら、席に座った。
『よろしく。東泰男君』
『おぉ・・・』
名前を呼ばれたことに対して寒気を感じた。担任が言ったから、名前を呼んでも不思議じゃない。なのに、何故俺はこんなにもこいつに違和感を感じるんだ?
1時間目の授業は隣が気になって、全く集中できなかった。
授業態度を見ても、どうみても普通の学生だった。
俺は何をそんなに気にしてるんだ。
それから昼休みになるまで、俺は隣を気にしないように居眠りをした。というか、いつもしていることだ。既に先生には呆れられ、起こされなくなった。
『や~すお。あっ、泰男って呼んだら、転校生君とややこしくなるね』
『何だよ。昔から俺のことはそう呼んでただろ』
『何?ヤキモチ?』
『ちげえよ』
ふと隣の東絛を見ると、微笑ましいとでも言わんばかりの、笑顔を浮かべていた。
『ねえ、東君。僕図書館に行きたいんだけど、案内してくれない?』
『あぁ』
この学校の図書館は無意味にでかい。校舎一つ分ぐらいはあるだろう。何故無意味かというと、大きさの割には、図書館の利用者が少ないからだ。
それにしても・・・
『何でお前もついてくるんだよ』
『だって、あたしも東絛君と仲良くなりたいんだもん』
『僕は全然構わないよ』
『まあ、別にいいけどよ・・・』
何かが気に入らなかった。
俺の傍にはいつも果那がいる。逆にいうと、果那しかいない。
それは俺がクラスの奴等に不良扱いされているからだ。
俺は別に何も悪いことをしちゃいない。ただ言葉遣いと目付きが悪いだけで、この私立のぼんぼん共には怖がられてる。
例外なのは担任と果那くらいだ。
『大きいねえ。こんな図書館がある何て、君たちは幸せだね』
東絛は図書館の中に入ると、楽しそうに本を眺め始めた。
俺も読書は嫌いではない。
何となく本を探してみた。
何冊か見たところで、面白そうな本を見つけた。
『借りるべきか。否、でも俺読むかわからねえしな』
『借りたらいいと思うよ。読むか読まないかは、その後の自由だし』
『そうだな』
俺はその本を迷わずに借りた。
『付き合ってくれてありがとう。ご飯まだだったね。弁当?』
『食堂だよ。泰男の専用の席があるから席は絶対空いてるの。東絛君はお弁当?』
『ううん。食堂行くよ』
そうして三人で食堂に向かった。
ちなみに俺専用席とは、俺が入学当初から座っていた席で、一週間ぐらい座っているうちに、皆席を譲るようになって、いつの間にか誰も座らなくなった席だ。
『本当にその席だけポッカリ空いてるんだね』
東絛は無邪気な笑顔を浮かべながら言った。
『東絛君と、泰男名前同じなのに正反対だよね』
『はいはい。どうせ俺は不良だよ』
『そんなこと言ってないよ』
売り場に向かい、今日は何をしようかと、三人でメニューを眺める。
『今日は食堂のご飯にするの?』
『ああ』
『何が一番美味しい?』
『そうだな。丼物だったらカツ丼で、麺類だと鶏塩ラーメンが有名だな』
『泰男・・・』
『何だよ?』
果那は俺を、まるで幽霊でも見たような顔で見てきた。
『ううん。何でもないよ』
『じゃあ僕は、鶏塩ラーメンにしようかな』
『俺はうどんにすっか。果那は?』
『あたしは・・・パンにするよ』
果那は驚いたまま、マダ元に戻っていない。
何をそんなに驚いてんだよ。
果那の動揺は昼飯を食ってる間も、一向に止まらなかった。
『あのさ』
放課後になり、果那はいつもとは違い、遠慮気味に近寄ってきた。
『何だ?』
『ちょっと屋上いこ』
『ああ』
この学校は色々な面で他の学校とは違う。
アニメなどでは当たり前だろうが、普通の学校では屋上は自由には入れない。こんなでっかい図書館を構えてるだけあって、この学校は何でもありらしい。
しかし、屋上に上がると平常点が下がるというジンクスがあることから、屋上に上がるものは誰もいない。
『何だよ。こんなとこに連れてきて』
『うん・・・何て言うかさ、凄く言いずらいんだけど・・・』
『何だよ』
『今日の泰男、変だよ。もしかして泰男じゃなかったりする?』
『はぁ?』
深刻な顔をして、何を言い出すかと思えば・・・
『俺じゃなかったら誰なんだよ』
『だから・・・昔にあったじゃん』
『何が?』
『えっ』
果那は心底驚いた顔をした。そして、悲しそうな顔もした。
『そっか・・・何でもないよ。ごめんね。変なこと言って』
『いや、別に・・・』
昔にあった。
俺じゃない?
なんだそれ。
そんなこと、俺は知らねえぞ。
気になって何となく昔の写真を見てみた。
果那とは家が近所で、親同士が友達だったことから、小さい時から一緒だった。
写真は果那と写ってるものが多かった。
俺は写真を見ながらその時のことを思い出していた。
しかし、特に変わったことはなかった。
アルバムを見続けていると、ポッカリと中1の時の写真がなかった。
小学校までは遊びに行く度に写真を撮っているのに、中1の写真は入学式の写真だけだ。
中2からは、また写真がきちんとある。
中1の時・・・
中1の時に何をしていたのか、俺は思い出せなかった。
俺はどうしても気になって、果那の家に行った。
『どうしたの?泰男が家に来る何て珍しいね』
『いや、今日お前に言われたことで一つ気になることがあるんだけどよ』
『何?』
『それは・・・』
『東君に、果那ちゃん。こんなとこで何してるの?』
タイミングが悪いとはこのことで、何故こんな時に、こんな所でこいつに会うのか。
『東絛君。ここあたしの家何だ』
『へえ~、二人仲良いよね。付き合ってるの?』
『ちげえよ』
何故かこいつがわざとちゃかしてる気がした。
『そうなんだ。何話してたの?』
『泰男も今来たとこなの。良かったら二人とも上がって行かない?』
『俺はいい・・・』
俺は何に苛ついているのだろうか。
果那の言った言葉、中1の空白の記憶。そして・・・
『東君!!』
後ろから東絛が追いかけてきた。
『何だよ。果那の家上がったんじゃねえのかよ』
『僕が用事あるのは・・・君だから』
東絛から不穏な空気が感じられる。威圧的で、動けなくなるぐらいの恐怖が感じられた。
『何だよ・・・』
俺は後退りした。
『うん。本当は言わないでおこうと思ってたんだけど、東君気づいちゃったみたいだからさ』
『何に?』
『わかってるくせに、僕のことを不審に思って見ていただろう。そして、僕の行動にも気付いた。それが意味することは一つしかない』
何を言っているんだ?
確かにそうだが、それが何かを意味するのか?
『僕の口から言わせる気か?果那ちゃんに伝えようとしたんだろう。また現れた。と』
また現れた?
果那が屋上で言ってたことと関係あるのか?
『だんまりか・・・僕が出てきてあげたんだ。優柔不断は消えたはずだろ』
東絛が出てきて、優柔不断が消える?
何が関係あるんだ?
その時に、昨日の夜を思い出した。
『お前・・・何なんだよ。幽霊か?ドッペルゲンガーか?』
『ふふ、何を今更。まあ、そんな怪奇的な現象かもね』
東絛は明らかにバカにしていた。
『でも驚いたよ。あんなことがあったのに、マダ果那ちゃんが君の近くにいる何て・・・』
『何のことだよ』
『しらばっくれんなよ。それとも思い出したくないってか?まあ、そうだろうな。俺が来て焦っただろ?安心しろよ。何もするつもりはない』
『は?訳わかんねえよ!!何の話しだよ』
俺が声を荒げると、東絛は心底驚いた顔をした。
『お前・・・本当に覚えてねえのか?』
気がつけば東絛の口調は荒いものになっていた。
何なんだよこいつ・・・
『ふうん。なるほどな。だから果那ちゃんと平気な顔で一緒にいられるわけか』
東絛はまた冷静な顔に戻った。
『そっか。楽しみにしておくよ。君が全てを思い出す日を・・・』
過ぎ去っていった東絛からは、さっきまでの威圧感はなくなっていた。
『何だったんだ。一体・・・』
昨日の出来事とあいつが関係あるのか?
何なんだよ。
『何で俺だけ何も知らねえんだよ』
その日俺は部屋中を探し回った。何か手がかりはないのか。
探し回ったが何もなかった。
何があったんだよ・・・
その日俺は変な夢を見た。
学校の校庭にただ一人立ち尽くしていた。
周りには誰ももいなくて、シーンと静まり返っていた。
俺はどうしてこんなところにいるんだ?
その風景は間違いなく自分の中学校だった。
何で誰もいないんだ。
夢の中の俺は心の中で問い続けるだけだった。
変な夢みちまったな。
気になりすぎたからだな。
夢には前世に見たことがある景色が出てきたり、過去に体験したことがそのまま出てくる場合があるという。
だけど、一番多いのは自分が頭で考えていること。無意識のうちに頭の片隅に常におかれていることを見ることだ。
人間は何故夢を見るのか。それについてはマダわからないらしい。
このことだって、きっと誰かの想像で、実際にはわからない。
だからこれはきっと考え過ぎによるものだ。
『ほら、泰男さっさと起きなさい。お友達が待ってるわよ』
お友達?
朝には果那以外来たことがない。嫌な予感がした。
俺は急いで支度をした。
鞄が昨日より軽く感じられた。
『東君おはよう』
『何だよ。だいたい何で俺の家知ってんだよ』
『元々は僕の家だろ』
その言葉に寒気を感じた。
こいつが言うと冗談に思えない。
『果那ちゃんに聞いたんだよ』
『そうか』
少しだけ安心した。
さっきの言葉が本当なのか。今の言葉が本当か。こいつはよくわからない。だが、一つだけ気になることがある。こんな時間なのに果那が来ていないことだ。
『果那ちゃんなら今日は休みだよ。さっき迎えに行ったらそう言われてね。だからここに来たんだ』
『そうか・・・』
こいつ俺の心でも読みやがったか?
そう思った時に、東絛は不気味な笑みを浮かべた気がした。
『それじゃあ行こうか。おじゃましました』
俺はしばらく黙っていた。
東絛も同じように黙って歩いていた。
それから俺たちは学校に着くまで一言も話さなかった・・・
相変わらず東絛は普通の生徒で、俺は東絛のことを昨日ほど意識しなくなった。
今は果那のことが気がかりで仕方ない。
昼休みになり、俺は屋上に向かった。
恐る恐る果那に電話をかけると、もう少しで留守電になりそうなところで、果那が電話をとった。
『泰男・・・だよね?』
『ああ』
『本当に?』
果那は明らかに怯えている様子だった。
『俺以外に誰がいるんだよ』
俺がそういうと、少しの間の後で果那の安堵の息が聞こえた。
『そっか・・・じゃあ、今回はもう大丈夫なんだね』
今度は少しだけ涙声になっていた。
『果那・・・』
俺は言いづらそうに言った。
『教えてくれないか。俺のことだ。俺の中1の・・・』
誰かが俺の携帯を耳から離した。
『誰だ』
後ろを振り返ると、そこにはさっきと変わらぬ東絛がいた。
『東君。さっき聞いたんだけど、屋上に行くと平常点下げられるらしいよ。まして、そこで電話する何て・・・命知らずだね』
『東絛・・・』
俺は不思議そうに相手を見た。
『平常点何て俺には関係ない。それより何で電話取り上げんだよ』
『お前・・・』
東絛が訝しげに俺の顔を見た。
『何だよ?』
俺は疑問符を増やしながら尋ねた。
『そうか・・・』
東絛は一人で納得したようだ。
『何だよ』
『お前・・・そろそろ僕に関わらない方がいいんじゃないか?』
『は?』
一体こいつは何を言ってるんだ。
『お前、このまま毎日僕と過ごしてると、お前がお前でいられなくなるぞ。あの時と反対になるんだぞ』
『何を言ってるんだ?あの時?』
それは中1の記憶と何か関係があるのだろうか?
『お前何か知ってるなら話してくれ。中1の時に何があったんだ?』
『僕がそれを言ったら、もう僕にもどうにも出来なくなってしまう』
『どういうことだ?』
『記憶へたどり着く鍵を見つければいいさ』
東絛はそう言うと、戻っていった。
『何だよ。記憶の鍵って』
俺は不安そうに呟いた。
勿論誰も答えてはくれない。
不安が募る中。
俺は探すことにした。
肩が少し軽くなった気がした。




