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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
二章:山賊受難と石の月
8/22

八・キャンプファイアはいかがですか?

 太陽が少しずつ明かりを落とし始めた頃。十人の子供たちと四人の大人が焚き火を囲んでいた。

 髭面ことホッグが大袋から粗末な保存食を出したが、ヴァンは明らかに不満らしく、ルーシャが集めた山賊たちの財布の中身を小袋にまとめて入れた。ほとんどが銀貨で六百枚ほど……金貨だと六枚相当だ。


「肉か魚、それにあれば胡椒を少しばかり、後は葉物野菜でいいよな?」

「弱いお酒と人数分の食器もね」

「あいにくオレの手は二本しかなくてな」

「ホッグが荷物持ちをしてくれるそうよ」

「さ、させていただきます……」

「逃げたら豚になるからそのつもりでな」


 ホッグは怯えて何度も頷いた。ヴァンは懐から筒状に丸めた紙を取り出して広げた。正方形で各辺が六十センチほど。さっきまで丸まっていたのに地面に置いても平たく広がったまま巻き戻らない。

 興味を持ったレンダルとパティが覗き込んだ。しきりに感心したり質問したりするふたりとそれに答えるヴァンを他の子供たちが遠目に見ていたが、近づいてくる勇気は誰も持ち合わせていなかった。


「場所はだいたい覚えた。あとはホッグに案内してもらうから、地図は子供らに見せてやってくれ」

「破かれても知らないわよ?」

「大丈夫だ。一度丸めりゃすぐ直る」

「あたし魔法の地図って初めて見た!」


 無邪気にはしゃぐパティ。


「オレもだ。お前の持ち物を少し売れば山賊の財布などいらなかったんじゃないか?」

「売り物じゃないんだよ、レンダル。オレが持ってる魔法の品は全部実用品だ」

「それにしたって……お前は路銀がほとんどなかったろ?」

「ううん。あたしたち無一文だったの」

「……無一文で旅をできる神経が分からん」

「訳ありなんだが説明はめんどうだ。んじゃ行くぞ。ホッグ、ちと腕に捕まっとけ」


 ホッグがヴァンの腕に触れた瞬間、ふたりの姿が消え失せた。



 ルーシャは子供たちを呼び寄せ、地図を見せて歓声に囲まれた。

 パティだけがレンダルのそばに座って無言でいた。ときどき横目でレンダルの顔を伺う。落ち着き払ったその顔つきになぜだか心が騒いだ。だがそれが何なのかも分からず、声すらかけられないでいた。


 ***


 夕陽がなお落ちて空の片隅に気の早い星が見え始めた頃、両手に袋を抱えたヴァンたちが帰ってきた。

 子供たちを呼び集めて食器を持たせ、皿に野菜、果物、鶏肉と硬いパンが載せられ、杯に乳白色の酒が注がれた。


「胡椒が見つからなくてな。パンは焚き火に少し突っ込んでから冷まして食いな。お姉さんの魔術でちったぁマシになるぞ」

「あんたが呪文使いなさいよ。もうあんまり残ってないのよあの粉は!」


 文句を言いつつもルーシャは焚き火に近寄り、燃え盛る中に手を突き入れた。炎の色が赤から金に変わってヴァンとルーシャ以外のみんなが二度驚いた。炎から出したルーシャの腕は、服も肌も綺麗なままだった。



 食事をしながら、ヴァンとレンダルは言葉を交わした。


「レンダル、あんたらの親分だが、賞金が懸かってたんだな。名前がヘイン、金貨百枚だった。悪いがオレたちには必要な金だ」

「好きにしな。お前は勝者だ。その権利がある。オレにも懸かっていたろ? オレの首も持っていけ」

「あんたはオレに負けてない。賞金にも気づかなかったしな」

「……オレを生かしておくのか? どうせまたろくでもない連中を見つけて山賊に戻るぞ?」

「戻るなよ。隣の国にでも逃げて、小さな街あたりで剣術の先生になりゃ、だいたい四カ月くらいで食っていけるようになるだろ」

「オレみたいなクズが何を教えるって? 笑わせるな」

「あんたの剣と魂は磨けばまだ光るだろ。いや、剣は十分に磨いてたな」

「魂が光るだぁ? オレがどれだけ殺したと思ってる? 手遅れなんだよ」

「あんたはパティの心を支えてたんだろ?」

「……知らねえな。仮にそうだったとしても下心の仕業だろうよ」

「めんどうな奴だ。パティ、なんか言ってやれよ」


 不意に自分に話を振られてパティはむせかけたが、白い酒を喉に流しこんで一息ついた。


「レンダルが死ぬのは嫌。先生になったらたぶんもてるよ?」

「何だそれは……」

「レンダル優しいもん。あたしレンダル好きだよ」

「……ありがとよ」

「生きてみる気になったかい?」


 焚き火の枯れ枝が折れる音がやけに大きく聞こえた。離れている子供たちの話し声にも今になって気づく。レンダルは杯を見つめていた。天を仰ぎつつ一口飲むと、パティに弱々しい笑みを向けてから燃え盛る炎をぼんやり見やった。


「……この歳でやり直しか。まあ、どうせオレはここで死んだんだ。あの魔法は痛かったぜ。どこにも逃げ道がなかった」

「ああでもしなきゃ死んでたのはオレだ。つーか、傷は全部治したろ? それにあんた、自分は殺せないとか言ってなかったか?」

「治ってる。ありがとよ。そうさなぁ……」


 レンダルは腰の酒瓶を外し、液体を味わってから喉に落とし、続けた。


「死ぬ気がなかったのは、頭がいたからだ。戦場でオレは何度も負けたが、必ず血の一滴くらいは流させていたし、殺されないうちに逃げを打っていた」

「傭兵だったな」

「まだ尻が青かった頃のことだがな。で、その青さがそろそろ抜けたって頃に、戦が終わった。オレは食いあぶれて追い剥ぎを始めて、ひと月しないうちに頭と闘る羽目になった」

「で、ぼろ負けしたわけだ」


 ぐいと酒瓶を煽った。喉を焼く強い酒が心地よかった。


「ぼろ負けってのも生ぬるいな。オレの剣は頭の体を避けてるみたいだった。剣を打ち合わせる音すら鳴らせなかった。頭はまったくやる気を見せなかったよ。剣は下ろしたまんま。しかも守りに回ってるわけでもなかった。頭の視線が動くたび、それがオレのその時に最も狙われたくない場所を寸分違わず見つめてたことに気づいたんだ。頭の目はオレの急所で隙のできた箇所を即座に睨んでた。ゾッとした。剣を使われてたらオレはたぶん、百回は軽く殺されてただろうな」

「はは……ヘインには魔族か竜族の血が混じってたとか言われても納得しちまいそうだ」

「違いない。で、頭はオレに言ったんだ……お前はとても強いから、今からオレの右腕だ。気が済んだら名乗れ……ってな。激怒と狂喜でわけわからなくなったオレは怒鳴った。そういう台詞は、オレの剣の切れ味を知ってから言え! で、がむしゃらに剣で突いてやろうとしたら……何をしたか、分かるか?」

「教えてくれ。当たる気がしない」

「オレの剣をあっさり左手で捕まえてよぉ……オレが力を込めてもびくともしなくなった。けど、剣を放す瞬間に指を落としてやろう、なんて考えてたら、頭はオレの剣先で自分の頬に縦の傷をつけたんだ。すぐに血が滲み出してきたが、拭おうともしなかったな」

「……血涙でも再現したかったってか?」

「分かんねえが、オレはもう笑うしかなかった。力も抜けて、どっと疲れが押し寄せた。名乗るのに苦労したぜ。大笑いしちまったからな」

「……まともとはとても思えんな、ヘインは。というか、本当にオレは勝ったのか? また動き出すんじゃないだろうな?」


 視線を向けると、ヘインの体は横たえた時のまま、同じ場所にあった。


「頭は負けたんだよ。何考えてるかなんてさっぱり分かんねえ人だったが、自分の得になる小細工は徹底して嫌ってた。生き返っても必ず声かけてくるから安心しな」

「……首を落とす気になれなくてよ……」

「悪いことは言わねえ。切り落としとけ。運ぶのだってその方が楽だろ?」

「苦労してもあのまま運ぶさ。魔術は使うけどな……なんであんなに手加減したんだろうな?」

「死んでもいいって思ったんじゃねえか? つまんねぇってのが口癖だった。思いきり楽しめるなら死んでもいいって言ったこともあったな。頭に代わって礼を言っとくか。ありがとよ」

「あー、ああ……仲間を殺して礼を言われたのは初めてだ……。まあいいや。なあ、子供たちはどうやって集めたんだ?」

「パティだけは親に金持たせて買った。残りは攫った」

「攫った村の名前は?」

「全部は覚えてないな」

「じゃあいいや。子供らに聞いた方がよさそうだ」

「送り届けるのか? 魔術で」

「かったりぃから駅馬車に預ける。金を積めばたぶん、どうにでもなるだろ」

「パティはどうする? 親はたぶん同じようなことをするぞ?」

「分かってる。口減らしだろ? さて、どうしたもんかな……」

「……パティ、オレの養女になる気はあるか?」

「養女って、レンダルがお父さんになるんでしょ? ……なった方がいい?」

「なりたくないって言い方だな」

「うん……」

「分かった。安全ってわけでもないしな……ヴァン? どうした?」


 ヴァンはこめかみに手を当てて目を閉じていた。再び瞼を開くとパティをまじまじと見つめる。


「ちょっと調べたらすごいことが分かったぜ。パティの気持ち次第だけどな」

「調べた?」

「全知の呪文。知りたいことが何でも分かる。ってもいろいろと調べ方に法則や制限があるし、普通は一回使うだけでマナを使いすぎるから多用できない。あるきっかけで精度が悪くなることもあるし、調べられる距離も短くなる」

「神々の全知には程遠いな」

「で、どんな仕事に適しているかから調べて分かったことだが、パティにはマナを扱う天才的素質がある」

「え? あたしに?」

「すまん、意味が分からん」

「マナってのは魔法を使うための燃料みたいなもんだ。パティの才能は、同じ呪文を使うために平均的な魔術師が使う量の四分の一程度しかマナを必要としない。つまり、四倍のマナを持ってるようなもんだ」

「体力が四倍あるみたいなものか」

「ああ。で、マナが四倍ある……日に四倍の呪文を使えるってことは、呪文を覚えるのもほとんど四倍の早さになる。マナの総量も飛躍的に増えてくし、魔力の強さだって伸びやすい」

「あたし、すごい魔女になれるってこと!?」

「真面目に勉強すれば絶対に、な」

「決めた! あたし魔法勉強する! それですごい魔女になって、レンダルと結婚する!」

「は? え? なんで?」


 ヴァンの頭もこの発想にはついてこれなかったようで、まぬけな声を出す。レンダルの表情も劣らずに呆けていた。


「だって、すごい戦士のレンダルにすごい魔女になったあたしが一緒なら、それってすごくすごいことでしょ?」

「……はは……普通に勇者とか産まれそうではあるな……」

「待て! かなり待て! どうしてそうなるふたりとも!」

「それとも戦士の奥さんは戦士の方がいい? あたし戦士の才能ない?」

「……調べたから、遠慮なく言うぞ。パティがいい師匠のもとで戦士の訓練を受けた場合、なんとか使える戦士になるまで五十年、すごい戦士になるにはたぶん二百年くらいかかる」

「……そっか。あ、関係ないんだけど、ふたりって夫婦?」


 ヴァンは青くなり、ルーシャは赤くなった。


「やっぱりそう見えちゃう? そっかぁ……」

「違うの?」

「夫婦でも恋人でもその手前でもないしついでに血縁関係もない。オレたちはただの腐れ縁だ!」

「……泣いてもいい?」

「いいぞ」

「そのあとで殺してもいいんだ。じゃあ泣く」

「まままま待て! お前の涙を見たらオレの心が灰になる! 泣くんじゃない!」

「分かった。あとでゆっくり相談しましょ」


 ヴァンは冷や汗をかいてこくこくと頷いた。パティはそれを観察していたが、再び好奇心を表に出した。


「ふたりとも、魔術師だよね?」

「もちろん!」


 即座に答えたのはルーシャだけで……


「……うーん、まったくの間違いじゃないんだが、誤解されてるのも間違いないな」

「余計なこと言わないでいいのよ?」

「誤解を解くための最低限の知識!」

「それについて妥協したらここではあれの担当は……」

「そう来るか。わーったよ。そのくらいケチらねえよ!」


 パティはきょとんとした顔で口を開く。


「ねえ、何の話?」

「こっちの話。それはそうと、魔術師には二種類いるんだ」

「いい魔法使いと、悪い魔法使い?」

「そっちの区別じゃなくてだな……。種を使ってマナは使わない魔術師と、種はなくてマナを使う魔術師。最初から奇術師と魔術師って言い分けりゃいいんだが……」


 ヴァンは溜め息を吐きながらルーシャを見た。


「分からない方が楽しいの!」

「このねーさんがこの調子だからな……まあそれが役に立つこともあるから、とりあえず合わせてんだよ」

「すごくよく分かった! 分かるって楽しいと思う」

「パティは、マナを使う方の魔術師向きだもんな」

「うん! それで……」

「待った。ここまでにしておこう。残りは街についてから、宿で話すからよ。おーい! みんな食い終わったな? 出発の準備してくれ!」


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