六・それってどんな遊びですか?
○ご注意○
途中、圧縮言語について解説している部分がありますが、まともな頭で理解できる解説など成立していませんので、「読むの疲れる」とか思われたら実際のやり取りまで飛ばすことをお勧めします。
現在、もっといい文の作りなどを考え中ですが、とりあえずはそういうことでお願いします。
申し訳ありません。
髭面がルーシャを起こそうと声をかけた。
「姉ちゃん、起きろや。もう終わったぜ」
「まだ眠い……あたしどのくらい寝てた?」
寝起きのかすれた声で尋ねる。
「計るほどの時間もかかっちゃいねえよ。勝ったのは頭だ」
「……なに言って……」
髭面がルーシャの上半身を起こして指さした。
見た光景を信じるのに時間が必要だった。片膝をついたヴァンのローブの肩に大男の剣が食い込んでいた。すぐに持ちあげられたが出血が酷い。肩の傷に手を当てているが、治癒呪文を使う様子は見られない。
ふたりが何事か言葉を交わしているらしいことに気づく。まだ間にあう……でも、限りなく最悪に近い状況だ。
「ちょっとヴァン・ディール! 万能魔術師! 聞こえてる!?」
大声で叫ぶが返事はない。まあ、いろいろと余裕がないのだろう。距離があるので普通に会話してたら声をよほど張り上げないと聞こえない。あの傷でそんな元気があるはずもなく……はたと気づく。それなら、普通の会話をしなければいい。
***
「万能魔術師なんてどこにもいねえよ。聞こえてはいるんだがね、あいにく大声出せねえのさ。届いちゃいないんだろうけどよ……なあ爺さん、なんであんたここにいた? 転移を目や気配で追うのは不可能なのに、あんたはオレの飛んだ先に探したり迷ったりしないで飛んできた……なんで分かった?」
「似た戦い方をする奴を知っていた。それだけだ」
「……そっけないねぇ。つまりは転移で逃げ回る魔術師を追っかけて殺したことがあるわけか。そりゃ読まれるな」
ヴァンはぼやいていた。しかし次にルーシャの出した音で一瞬驚き、軽く笑った。
その音はそう大きくないのに遠くまでよく届いたが、まるで動物の鳴き声のような短さだった。単語だとしてもひとつ程度の。ヴァンは同じような音を出した。対してルーシャが同じような音を返す、その繰り返し。
「何の遊びだ?」
頭は尋ねた。そう、遊びくらいにしか思えない。ただの単語の交換。
「あんたに勝つための儀式ってとこかな」
ヴァンは頭を見上げて分かりにくいことを言った。そして儀式とやらにまた戻る。
(治癒呪文を使えば治療は可能だが、こいつはそれを見逃さない。必ず今度は致命傷を負わされる。さてと、もうちょい相談してみなくちゃな)
単語の交換──にしか聞こえないやり取り──で相談が成立する秘密は、彼らの使った会話術にある。
圧縮言語。
ヴァンの世界で、伝説級の魔術師が神話級のドラゴンと親しくなったときに戯れに教わった、という逸話に信憑性などないが、言語そのものは実在しており、実用可能な技術としてふたりとも習得していたし、だからこんな状況で会話ができた。
言語と称するが、正確には技術と呼ぶべきであろう。
端的に言えば、文章を短い音だけで表現して会話する技術だ。
以下に長くさらなる説明を試みているが、冗長なので飛ばしていただいて構わない。
圧縮言語の仕組みを説明するのは難しい。習得するのはもっと難しい。強引に解説を試みると概ね次のようになる。
日常的に使用している言語の文章を頭に文字で思い浮かべ、それを切りのいいところで半分くらいに分ける。そしてふたつの文字列を同時に発音したときの文字列をまた同じように半分くらいに分け、また重ねて発音する文字列を……と、これを繰り返して一回に話す内容が半秒程度になったら実際に声に出す。
聞く側はその逆の手順だが、重要なのは正確さを求めないこととされる。分からない部分は気にしないで、分かる部分だけを解析して文字列を展開し、最終的に虫食いの文章が出てきたと思ったら不明な部分を勝手に補ったりまたは諦めて分かる部分だけを抜き出して理解しようとする。
乱暴な説明だが、事実、特に聞き取りの方はとても乱暴になる技術なのだ。補足すれば解析しやすいように複数の音を重ねた時の音を表す文字が千以上存在したりするのだが。
日常会話で使おうものなら誤解の連鎖で意味不明な会話になること受け合い。
ヴァンがこれを覚えたのは、高速詠唱の基礎を習得するのに効果的だと師匠から勧められたからに過ぎず、それを面白がったルーシャが覚えたいと言い出したのはある意味で事故だった。
「だって内緒話に便利そうじゃない」
付き合わされたヴァンはたまったものではなかった。ルーシャが簡単な会話をできる程度に習得するまでの二カ月(語学や暗号術などの才能がある者が一年かけて習得する水準を、この短期間で達成したルーシャは教えた言語学博士を非常に驚嘆させたが)ヴァンは魔術の訓練がほぼ止まってしまった。
もっとも、その二カ月のおかげでふたりは圧縮言語をなんとか実用範囲で使えるようになったわけだ。
さて、相談の内容をなるべく正確な意味で再現してみる。
「あなたは負けない」
「簡単に言うな」
「賭けをしたの」
「どんな?」
「あなたが勝つ」
「勝ったらどうなる?」
「敵のひとりが言いなりに」
「つまらんな」
「負けたら悲惨」
「どうなる?」
「あたしが言いなりに」
「笑っていいか?」
「殺していいならね」
「一か八かをやってみる」
「少し待って」
「待つほど血が減る」
「なぜ治さないの?」
「治せばすぐに殺される」
「気づかれないようにして」
「派手な傷口だ」
「違う。無詠唱なら」
「目を離してくれん」
「全知の呪文」
「無詠唱じゃないが気づかれないな」
「違うの?」
「似てるが違う」
「探して」
「何を?」
「逆転の手がかり」
「都合よすぎる」
「じゃあやめる?」
「やるだけやる」
「あたしのために」
「やる気を削るな」
頭はじっと待っていたが、儀式が止まったので質問した。
「すんだか?」
「ちと中休みだよ。もう少し待てるかい?」
「少しならな。それを過ぎたら警告の後、首を撥ねる」
「おっかねえなぁ」
会話をしつつ全知を試した。探す条件を変えつつ試すこと三度……すぐ近くに反応があった。
「休憩終了、儀式の続きしてもいいかい?」
「お前の血が尽きるまでは待たんぞ」
意識を保とうと努めつつ、圧縮言語で話しかけた。
「あった。頼む」
「いいわ。どうするの?」
「金髪の女の子」
「盗む?」
縄を外すのは造作もなかった。髭面に気取られずに立ち上がると手には砂を詰めた布袋を持っていた。打撃用の即席の武器だ。
「右手の中」
「やってみる。投げていい?」
後頭部を殴って気絶させ、無音でゆっくり寝かす。
「それが最善」
「そいつ気づくよ」
直感だったが外れる気がしなかった。大男は今もルーシャに背を向けているが、彼女を倒したときもやはり背を向けたままだった。
「余裕かましてるから」
子供たちの列の端にいる少女に近づく。みんなヴァンと頭に注意を向けているので誰も気づいていないようだ。
「見逃すかな? 槍捨てて」
迷わず少女を振り向かせ小さな唇を唇で塞ぐ。少女は何をされたのか把握しようとしていたが、すでに右手の小石はルーシャリエの指の間に取り出されていた。
「口の中に投げろ」
「薬か。いくよ」
返事のために唇を離し左手でぎゅっと抱き寄せた。混乱で暴発寸前の少女は赤面し硬直していたが気にしない。小石は正確な投げでヴァンが軽く開いた口の中に消えた。
頭は肩を叩いていた剣を止めて告げた。
「企みは成功したな。それを飲んだら傷が治るわけか?」
「いにゃ、しゅぐにわかりゅ」
「ふむ。試してみろ」
言葉の代わりに頷く。舌の上の小石にマナを集め、そのマナは無詠唱の呪文により大男の体内で魔術を完成させた。
──何も起こらなかった。
そう見えた。
頭は相変わらずヴァンを見つめて立っていた。が──
ヴァンは地面にあぐらをかき、舌で転がしていた小石を血のついてない左手に落とした。
ルーシャは失敗だと感じた。諦めたんだと思った。だから怒鳴りつけようとした瞬間、大声が聞こえた。
「片付いたぜー! って痛ってえ!」
ヴァンは右手で傷口を押さえて呪文で治療した。すぐさま見るも無残だった傷口が塞がり、生まれ変わった綺麗な肌が現れた。
「完了。良かったなー! どいつか知らんがお前の子分ができたわけか?」
続けてレンダルに声をかける。
「強かったなぁ。すまんな。手加減してられなかったんでお前の頭は殺しちまった」
「……してやられた。だがなぜ頭は死んだ? 亡者の力でも使って魂を抜いたのか?」
「死者を冒涜する類の魔術は覚えてない。あんたがおとなしく降伏するってんなら種明かししようじゃねえか」
レンダルは近づきつつ剣を捨て、短剣もひとつずつ捨てていった。
「将、敗れれば、軍が退く。負けを認めよう。子供らも連れていけ。刃物は全部捨てたからお前たちで縄を切ってくれ」
「分かった」
「で、何をしたの?」
子供たちの縄を通り過ぎるついでに切りながら、ルーシャリエも近寄り、尋ねた。
「心臓を止めたんだよ。呪文で凍らせてな」
「ちょっと! それって高度すぎて普通に詠唱しないとたいてい失敗するって言ってたじゃない!」
「そういや、いつか言ったかなぁ」
ルーシャの怒りとヴァンの笑顔はとても対照的だった。