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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
二章:山賊受難と石の月
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五・そこまで信じて平気ですか?

 時間は少し遡る。


「あのな! 別に攻撃されることは想定済みだから何とも言わねえよ。けどよ、せめて口上ぐらい聞けや! あとルーシャ、避けるついでにわざと別々の場所に飛んだ。三歩と五歩ちょいでお前を斬れる奴らがいるからさっさと戦闘体制に入らねえとオレが困るんだ。いい加減立ち直れ」


 ルーシャはその言葉を最後まで聞いてから地べたに寝転んだ姿勢から不意にころんと後転した。足が地面を踏むや目を開けて立ち上がりながらターンした。髭面の男を向いて止まる。


「ありがと! 待っててくれて!」


 虚を突かれた山賊は返答しようとしてしどろもどろになった。


「じゃあ、いこっか!」

「何言って……あー……誰?」

「空飛ぶ大魔術師のルーシャリエ・ブリットさんで~す!」


 ルーシャがあたかも役者や歌い手が歓声に応えるかのように元気よく両手を上げると、周囲に紙吹雪が舞った。言葉を失う髭面に畳み掛ける。


「今から魔術見せてあげるから選んでね」


 ルーシャは両手を開いて何も持っていないことを示すと、軽く手のひらを打ち合わせた。ずらすと遊戯札が四枚、手のひらの間から現れて広がった。数字と記号の書かれていない側が見えている。


「どれにする?」


 言うと同時に姿が消えた。彼女の背後からゆっくり近づいてきていたミハイルと髭面の目が一瞬、合った。次の瞬間、ミハイルは尻餅をついて転倒していた。

 何のことはない、ルーシャはミハイルの気配が近づくのを待ってから膝の力を抜いて瞬時にしゃがみ込み、片足を伸ばし体全体を回転させて足を払ったのだ。

 ミハイルはルーシャと目が合った。下卑た笑みを浮かべるミハイルにも妖精のような笑顔を見せると、おもむろに両手のひらで押し倒した。すぐ起き上がろうとした。無理だった。

 両手が体の両脇から動かない……絞めつけられている。確かめてみると、正体は自分の腰帯だった。みっともないことに下着が丸見えになっている。


「あなた……もう駄目ね。人として終わってるでしょ?」


 ルーシャはミハイルの体に覆いかぶさるかのようにして、その両頬を手のひらで挟んだ。その表情は悲しげだ。

 ミハイルは何か言おうとしたが、相手は言葉をかける前にふいっと立ち上がって髭面を向いてしまった。なおも声を出そうとしたが、どうしても声が出ないことに加え、息をすることもできないことに気づいた。顔がどんどん熱くなっていく。狂気の笑みを浮かべ、そのまま白目を向いて死んだ。

 その首に細くて丈夫な草色の紐が固く巻き付いていたことに、果たして彼は気づいたろうか?


「ごめんね! ちょっと変な人に捕まっちゃったの!」


 髭面は何が起きたのか把握できていなかったので、体をずらしてミハイルを見た。仰向けに寝転んだままで、首に何やら巻き付いている……口から泡を吹いている。ルーシャがまた視線を遮り、先ほどの四枚の遊戯札を突きつけた。


「選んで!」


 髭面は遊戯札とルーシャの顔を交互に見てから恐る恐る選ぼうとしたが、不意に襟首を後ろから引っ張られて後ろ歩きした。


「うまいものだな」


 初老の大男がルーシャに話しかけた。


「割り込みは……よくないと思うの……」


 ルーシャの表情から余裕が消えていた。いつのまにこいつが接近していたのか、まったく気づかなかった。前方に隠れられるような物はなかったというのに、だ。


「そうか。いや、話してみるから待ってくれ」


 大男は振り向いた。その隙にナイフで喉元を掻っ切ろうと考えたが、踏み込んだ足が砂を踏む音を立て動揺した。大男には聞こえなかったようで、髭面に軽く持ちかけている。


「譲ってくれんか? それとも死ぬか?」

「か、頭におまかせしやす……」

「そうか。ところでお嬢さん」

「な、何でしょう……か?」


 左右の手にはもうナイフを構えているべきだった。相手は背を向けたままだ……まだ殺れるかもという儚い期待を込めてナイフの柄に繋がっている鋼線を引いたとき、大男の言葉で揺さぶられた。


「背を向けた男の喉笛を切り裂くという魔術を頼みたい。できるかな?」


 右手がナイフの柄を受け損なったが、左手の刃だけで注文に応えようとした。返事はそのあとでいいはずだ。


「おっと……」


 大男がふらついた……やられたと思ったがもう遅い。後ろによろめいた男の左肘が、正確に彼女の胸に突き刺さった。あいにくルーシャはさほど豊かな胸をしておらず、骨の上から心臓を強打され吹っ飛んだ。もんどり打って倒れこむ、その勢いを殺さず後転してすぐ立ち上がろうとして、体が動いてくれないのを自覚した。心臓の拍動が感じられない。


「すまんがお嬢さん」


 ゆっくり大男が振り向いた。


「負けを認めるのをお勧めする」


 大男が合図すると髭面が慌ててルーシャに駆け寄り、両手足を縄で縛り上げた。心臓が止まったのはわずかな時間だったので、縛られるのに抵抗することはできたかなとルーシャは思ったが、なぜ心臓の脈動が戻っても動けなかったのかを自問した。

 何かが去るのを感じた。意識すらできなかった圧迫感が消失する。


(あの視線だ……目を合わせたら死ぬってくらいの恐怖があたしを縛ってたんだ……)


 完敗。

 でも諦めない。だって……

 ルーシャは子供たちの列の向こうの戦闘に注意を向けた。


「ヴァン……あたしの分まで押し付けちゃったけど……」


 髭面が気づいてそちらを見やった。


「あんたの相棒も大したもんだ。けど、終わったな」

「もう少しかかるけど、終わったのは確かね」


 声に余裕を感じ取り、髭面は目を見開く。


「おいおい、レンダルを仕留め切れない奴が頭にかなうとでも思ってんのか?」

「あいつは本物の魔術師、それも万能魔術師だもん。どんな相手だろうが負けやしない。負けること自体、不可能なのよ」

「へえ。そこまで言うなら賭けるかい? 意味があるか知らんが、頭が負けるようなことがあったら、おいらが持ってるもんなら何でもいくらでもやるぜ。命でもいい」


 敵同士なのに何とも気楽なやり取りがなされていた。ルーシャは目を閉じて答えた。


「乗るわ。ヴァンに賭ける。同じ条件でね。まあ、あたしの体ってのも含まれそうなあたりが違うけど気にしない」


 耳は戦闘音を聴き続けている。

 もうすぐあいつが倒れて、頭と戦い始める。

 ここも確定世界のはずだから、ヴァンは絶対勝てるし……そうだ。


「ねえ?」

「うん?」

「疲れたし眠くなってきたから寝るわ。終わったら教えてね」


 本当に安らかな寝息を立て始めたルーシャを見て、髭面は唖然とする。

 あいつ、そこまでの化け物か……?


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