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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
終章:偽竜騒動の顛末記
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二十二・納得の行く結末でしたか?

二十二・納得の行く結末でしたか?


 熱病に浮かされたように震え続けるラドイッツを、ヴァンはその手で総督の目の前に引き立ててゆき、衛兵に押し付けた。

 そのついでに礼を述べつつ恭しく魔剣を掲げて総督に返す。


「役に立ったか?」

「十の呪文に勝る一撃を持つ剣でした」

「ほう。私は使ったことがまだなくてな」


 やることが他にもあるというのを理由に、早々に総督府を辞した。


 ***


 雲の向こうから斜陽が赤を投げかけている。


 街の外に繋がる門に向かって急ぐ男の姿があった。

 フードのついた外套で身を覆っている。

 少しずつ増え続ける水を踏みながら、少しずつ重さを増している衣類にうんざりしながら、早足で門を目指していた。

 その目の前に、ひとりの騎士が立ちふさがった。やむなく足を止める。


「……銀月の騎士……」

「知っているなら話が早い。縛につけ。命を無駄にしたくなくば、な」

「このイスコットもここまで、か……」


 その男……契約者イスコットは両手を差し出して騎士に近づいていった。

 立ち止まる。騎士は縄を取り出すでもなく、ただ睨んでいる。


「騎士殿?」

「貴様の背後の魔族……目障りだな」


 次の瞬間、イスコットは呪文の最初の音節を唱えた。その次の音節は、肺からの呼気が声帯まで届かず音にならなかった。

 ごとりと、重い音を立ててイスコットの頭は石畳に落ちた。

 蝙蝠使いの契約者イスコットの幕切れであった。


 ***


 同じ頃。

 一台の二頭立て馬車が、総身でまとわりつくような雨滴を弾きながら別の門に急いでいた。

 その後部座席に唇を噛み締めているのは、虫使いの魔術師ローレル。

 その目が見開かれた。彼女が感覚を魔法的に繋いでいる蛾の一匹が、摘まれていた。

 覗き込む顔には嫌というほど見覚えがあった。ヴァンである。


「警告だけしとこうと思ってな。そのまま門に向かうのは勧めない。引き返して総統府へ出頭しろ。お前の命を左右する重要な選択だ。誤りのない決断を期待する」


 彼女は走っている馬車の扉を開け放った。

 飛行の呪文を唱えるとそこから飛び出し、上昇しながら門を避けて外壁の上を乗り越えて街を出ようとした。


「謎かけやお遊びじゃないんだぜ? あんたの選択は……」


 ローレルは心臓を貫く熱を感じた。目から光が失われていく。

 背後の空中で槍を持ったヴァンが続けた。


「失格だ」


 ***


 五月二十五日。

 遂にそれは訪れた──すなわち、太陽の王位追放である。

 全天は厚い黒雲によって閉ざされ、雲はしきりに涙を流して自らが追放した前王のために悲嘆を演じた。

 地上は薄い水で覆われた。


 ***


「結局、捕らえることができたのはこやつのみか」


 リンデンバルム総督は冷たい眼差しで、床に転がされた盗賊ニールセンを見下ろした。

 銀月の騎士ガリクソンがその言葉に答えた。


「他のふたりは優れた魔法使いでした。生け捕りにし、牢に繋いでも自力で脱獄したかもしれません」

「こやつとて一流の盗賊であろう? 同じことが言えるのではないか?」

「はて、ニーズの街の牢獄とは盗賊すら繋いでおくことができないのですか?」

「そうそう。銀月の騎士よ、その方はこの街に、私を暗殺せんとして来たのであったな?」

「そのような話を打診されたのは事実なれど、私はこの街であなたのために働いたことをお忘れなきよう」

「ふん! おい、ヴァン・ディールはまだ出仕せぬのか?」

「そういえばあの半端者めの言伝を忘れておりましたな。雨で古傷が痛み、出仕できぬことをご容赦ください。裁きには代理として信の置ける者を遣わします。名をフリードリヒ・フォロウ・グリッジハイムと申す男にございます、などと抜かしておりました」

「よく分からぬ奴よ。ローレルを誅戮したときから雨は続いておろうに。任命の解除と約束の報酬は裁きの確定後としたのが、それほど不満であったか」

「ところで総督閣下、これなる盗賊はいかになされますかな?」

「ニーズの牢獄が盗賊ひとりを繋いでおけるか、こやつで試すことにしよう。午後の裁きの場でも証言をさせることができよう」


 ***


 夕刻、ヴァンはルーシャリエ、パティ、ホッグを伴って、竜の手羽先の例の特別室で待っていた。

 やがて相手は現れた。フリードリヒである。


「よおフリード、待ってたぜ。今日も世話になった。ありがとよ」

「……ヴァン、まずは感謝せねばなるまいな。私を見事、騙してくれたことを!」

「この肉料理美味いぞ。食うか?」

「なぜ裁きの場における証言の代理ということを言わなかった! 分かっていれば是が非でもお前自身に行かせ、私は決して出なかったものを!」

「だろ? だから言わなかったんだよ。そんなに怒るな。潜伏中の賞金首はどうなった?」

「……一名は汚名が雪がれ、賞金を総統閣下が接収なさったので賞金そのものが消えた。他の五名のうち四名を私と仲間で捕らえた。残る一名は逃げられて行方が知れない」

「なるほど。よかったじゃねえか」

「それについてはな! 裁きの話をしよう。主犯ラドイッツは裁きの間、半分は憎々しげに下を向き呪詛の言葉を呟いていた。しかし折にふれて、その様子は常軌を逸した態度となって裁きを妨害したので、そのうちに手足を椅子に縄で固定された。大方、あの怪物の内側で想像を絶する経験をし、心が潰れたのだろう」

「続けてくれ」

「ラドイッツは提起されたすべての罪状において有罪が確定した。すなわち、総督閣下の暗殺を謀ったこと、実に二十余年に渡り、ニーズの街の闇市場において主導的な役割を果たしてきたこと、ホーンブル伯爵を含め多くの人々に、濡れ衣を着せるなどの卑劣な手段を講じて政をかき乱したこと、賞金稼ぎの相互扶助会議をはじめとした多くの団体において不正に発言力を行使し、己の利潤のために他者に損害を与えたこと、など、個別件数にして二百三十七件!」

「よくまあ数え上げたもんだ」

「総督閣下は罪状の個別読み上げを中断させ、総件数だけお尋ねになって死刑の判決をくだされた。だが私は、強制労働二千三百七十年こそが妥当と申し上げた。閣下は私の言葉をそのまま量刑とされた。補足すれば、家は取り潰し、資産・財産はすべて差し押さえ、家名も剥奪なされた。だから、ラドイッツと言うのは誤りだな。ただのビダーか」

「あいつに家族はいたのか?」

「両親はすでに死亡しており、兄弟がひとりいたが数年前に病死している。正式な妻子はおらず、妾とその子がいるということだった」

「……ま、そいつについちゃ手出しは不要か」

「ビダーの悪行が明白になったので、これまで奴の訴えで不本意な境遇に押しやられた人々……ホーンブル伯爵やペンドルトン卿を始めとする四十六人あまりは、その潔白を証明され、補償と以前の立場への復帰を許された」

「何よりだな」

「で、ヴァン・ディールについても沙汰があった」

「へぇ……どんな?」

「特務執行官として大任を授けられながら、身勝手により宮仕えを怠るなど言語道断。この宣言をもってその特権全てを停止し、速やかに信任状と印章を返却することを命ず」

「おいおいおい、あれがないと大量に購入した魔法の道具の料金を、すぐに支払わなきゃなんなくなるじゃねえか!」

「最後まで聞け。しかしながら、偽竜なる怪物から最小限の被害で街を守り、諸悪の根源たるビダーを捕縛せしめた功績は広く認めるものである。よって、国内のどこでも金貨七千枚と交換できる手形を七十枚に分けて発行し、賞与として与える」

「助かった……しかし、追加報酬はなしか……」

「なお、ヴァン・ディールのニーズ滞在は明日の閉門まで許される。速やかに街を出て二度と立ち寄ることまかりならぬ。以上だ。こんなことを代理人として聞くことになった私の心情がいかなるものか、想像できるか!?」

「いやあ、本当にご苦労さん! とりあえず飲め。今日は祝杯だ」

「貴様……手形を渡しておくぞ。あとはもう知らんからな!」

「ありがとよ! ホッグ、飯の最中に悪いんだが、五十枚ばかり換金して来てくれないか?」

「わかりやした! すぐ近くに両替屋がありやすんで、そこで……」

「両替屋は手数料を取られないか? できれば神殿あたりがいいんだが」

「では、そうしやす」

「ホーンブル伯爵からも報酬があるぞ。署名のほぼ全員分を預っているらしい。早めに取りに行っておけ」

「おう」


 ***


 一連の始末がついた頃にはすっかり夜が更けていた。


 ヴァンはベッドに体を沈めつつ、世界を渡ってから今日までの八日間に起きた、目まぐるしい幾つもの出来事を思い起こしていた。

 ここへ来てから巻き込まれた……というよりは、自ら関わった出来事のうち、どれくらいがスウォートに関わるものだったのだろうか?

 まったくの無関係にしては異常な強さの者が多すぎた。

 だが手がかりはひとつとして出なかった。

 ──スウォートの名前すらも。


 明日からは街を出て、北にある王都に向かう。

 所持金は金貨九千枚分の手形及び硬貨。

 パティの学費と就学中の生活費はそれだけで余裕を持ってまかなえてしまう。

 だとすれば、瞬間転移で即座に都に飛んでしまう手もあるが……いや、やはりパティにもう少し魔術を教えておきたい。

 身勝手だが、ゆっくり行くことにしよう。駅馬車が妥当だろう。

 つらつらとそんなことを考えているうちに、ヴァンの意識は夢の世界へと旅立っていた。



 次の世界渡りまで、最長でもあと五十二日だった。


              ──続く


そして続編へ


 皆さまこんにちは。

 読了された方はお疲れさまでした。ようやくひと区切りです。


 この作品はこれにて完結ですが、まだヴァンたちの冒険は続きます。次巻へ続く、ならぬ、次集へ続く、というわけです。


 第二集「循環魔術の継承者」ですが、公開を開始いたしました。

 シリーズから辿ることができますのでよろしくお願いします。


 それでは、お付き合いありがとうございました。第二集でお会いしましょう!

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