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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
六章:偽竜は歌う、天高く
20/22

二十・最後の仕上げですか?

 昇ったばかりの太陽は驚愕した。空をあまねく覆う雲がその威光を覆い隠さんとしていたからだ。

 やむなく、雲を通した曖昧な光をもって自らの健在を示すことにした。

 五月二十四日。ビダーを敵に回してから四日目の早朝である。


 ***


 全知の呪文で位置を確かめたヴァンは即座に飛んだ。

 街道の上で待つと、前方──王都の方角から一騎の馬が走ってくる。馬上には上品な外套を着込んだ鎧姿が見える。

 道の中央に立ちふさがって、馬が右に逸れれば右へ、左へ逸れれば左へ動く。

 やがて馬は速度を落とし、ヴァンの目前で立ち止まってしまった。その鼻先を撫でてやり、馬上を見やる。

 端正な銀髪の騎士と目が合った。


「貴様を轢き殺すこともできた」

「ご冗談を」

「冗談は貴様だ。何の真似でこんなことをする? ふざけた答えであれば命はないものと思え」

「銀月の騎士、ガリクソン・ダニー・スプリングトーン卿」

「……私を知っているのか?」

「あなたに思いとどまっていただきたい」

「……話が読めんな」

「三日後、あなたはニーズの総督閣下の前で馬上試合を演ずるはずだった」

「貴様も観覧客か?」

「あなたはその試合の最中、魔術師が騒ぎを起こして会場内の者たちの注意を引きつけている隙に……」

「……貴様、何者だ?」


 武器を突きつけられるよりもよほど痛みを覚えさせる、殺気に満ちた視線。だが、今さら殺気くらいで怯むヴァンではない。


「ビダー・ラドイッツはもはや沈む一方の夕陽。あなたがその依頼を気にする必要もない」

「何者だと訊いた」


 喉元にぴたり、突きつけられた馬上槍を一顧だにせずに名乗った。


「ヴァン・ディール。旅の魔術師」


 ***


 正午の鐘の後、お茶の時間を鐘が告げる前。

 旅の占い師を装ったヴァンは、フードで顔を覆った男をふたり連れて、総督府を訪ねていた。

 厳重に封を施した手紙を衛兵に渡して待つことしばらく。鮮やかな青のドレスをまとった美しい女性がヴァンたちを迎えに来た。


「総督様にご支援いただいている歌い手のダリアと申します。総督様があなた方との会談をお望みです。いらしてください」

「これはお美しいご婦人でいらっしゃる。そのうえ、才にも恵まれておいでのようですな」

「いえ、わたくしなど、ただ囀るばかりの小鳥も同然……」

「いやいや、あなたには杖もありましょう。水ですな」


 こわばるダリアに笑顔を向ける。

 魔術師と看破されたダリアはその後は黙ったままで、両開きのさほど大きくない扉の前に立った。

 沈黙はここまでとばかりに、朗々とした声で呼びかける。


「総督様、占い師殿を案内致しました」

「通せ」


 石のように動かなかった両脇の衛兵が扉を開けた。

 中は調度品こそ上品で質も良いが、作りそのものはさほど凝っていない会議室のような部屋だった。

 中央に長テーブルが置かれていて、椅子が並んでいる。

 奥の豪奢な椅子に、まだ壮年で生気に満ちた、短い黒髪の男性が座っていた。

 独特の服装をしており、腰に複雑な紋様が施された柄の剣が差してある。魔法の剣であることは間違いないとヴァンは踏んだ。


「私が総督のリンデンバルムだ。好きに座ってよいぞ」


 ヴァンはふたりを座らせると、自分は立ったまま総督と向かい合った。


「必要とご判断でしたらお人払いを……」

「このままで良い」

「かしこまりました」


 総督は両手を組んでその上に顎を乗せた。


「貴公が今、街を騒がせておる魔術師ヴァン・ディールだというのは真か?」

「仰せのとおりにございます」


 ヴァンは変装を解き、素顔を晒した。


「練達の魔術師と聞いて老人を思い浮かべていたが、若いな。私の命に関係する重要な報せを持参したと、そういうことであったな?」

「ビダー・ラドイッツの隠し金庫にて発見いたしました。そして、このふたりが証人です」

「書類というのを見てみたい」

「こちらに」


 傍らの女官がそれを運び、総督はそれをじっくり読みながら、ときおり感心したような声を出した。


「ダリア、見てくれ」

「畏れながら閣下、その書類の記述、偽りはございません。署名がございましたらそれは本物、日付けがございましたらそれも真実」

「そうか。ご苦労」


 総督はヴァンを見つめた。


「なかなかに楽しかったぞ。して、そなたは何を望む?」

「閣下に何かを、という意味でしたら、何もございません」

「なんと! 何もいらぬと申すか?」

「報酬については、他に援助者がおりますゆえ」

「ふむ。ときにヴァン、これを持てるか?」


 総督は腰に佩いていた魔剣を外し、ヴァンに差し出した。


「……持てません。持てば忠実なる閣下の兵が、私を殺そうとするでしょうから。ですが……持てます。私には兵すべてを撒くだけの魔術がありますゆえ。または……」


 一呼吸。


「閣下が持てと仰るなら、私はそれに従います。ゆえに、持てます」

「ふ。魔術師には変わり者が多いというが、そちに並ぶ者はそうそうおるまい」


 一連の総督の言動、その真意が分からずヴァンは沈黙する。沈黙が破られるのもまた唐突だった。


「いかほどか?」

「はい?」

「貴族どもからの約束の報酬額、すべて合わせていかほどかと尋ねたのだ」

「……思いの外、多くお約束いただけまして……総額、金貨六千枚と少しになりました」

「では、私は七千枚出そう」

「……閣下? いったい何を……」

「この剣を持てヴァン」

「……はい」


 疑問は後回しにし、魔剣を受け取る。


「そちに命ずる。国王陛下の玉音と私の言葉以外、あらゆる法を超越する権限を三日、与える。その間に……」


 総督はヴァンの肩に手を置いた。


「ビダー・ラドイッツなる痴れ者、その手で逃すことなく捕縛せよ」

「……は。仰せのままに」


 ***


 ヴァンは待っていた。闇市場の商人たちの代表者三名。待ち合わせ場所には彼らしか知らないはずの場所を選んだ。


「よう、揃ってのお出ましか」

「ヴァン・ディール……よもやこのような形で顔を合わせるとは思わなかったが……」

「この闘技場の地下会議室は誰から聞いた?」

「自力で調べた。聞け。オレは総督閣下から信任を得て、その証にこの印章つき指輪を貸与された。立場としては特務執行官だ」


 絶句による沈黙が場を支配する。続けて宣言する。


「特務執行官として命ずる。ビダーがこの街から出ることのないよう、監視し、必要ならば実力を行使しても足止めせよ。この命令は、貴殿らのみならず、貴殿らの盟友・協力者すべてに及ぶものと心得よ。質問がなくば、速やかに行動に移せ」


 三人は深く頭を垂れ、足早に部屋を出て行った。


 ***


「おう、確かヴァンだったな。よくき……」

「本日をもって総督閣下より、特務執行官に任命されたヴァン・ディールだ。この店のすべての商品、三日にわたり借り受ける」

「……おいおい、冗談だったら洒落にならんぜ、そいつは……」

「これが信任状、こっちは貸与された印章。品定めする間に真贋を見定めるといい」


 ヴァンは商品の棚から、マナを充填した青玉をすべて掻き集め、袋に入れた。同様、緑真珠も袋いっぱいまで詰め込んだ。

 また、最上級護身の護符を並んでいた七つすべて取り、首から下げた。最後に小さいが欠損のない小妖精の月を収めた。


「小妖精の月があるとは運がいい。小ぶりだが十分だしな」

「あんたは大したことをやる奴だと思っていたが、まさかここまでとはな」

「使えば料金は払うし、残ったら返すから安心しな。じゃあな」

「ちょっと待ってくれ! まるで戦争の準備だが、何をする気だ?」

「偽竜だ。万が一の備えだよ」


 信任状を回収してヴァンは瞬間転移した。


 ***


 ラドイッツ商会の本店舗二階にある宝物展示室を掃除していた女中のレオノワは、突然めまいのような感覚に襲われ、しゃがみ込んだ。

 背の低い、歳もまだ十五に届かない赤毛の少女は、宝物を守るための硝子の覆いに手をかけて身を起こそうとし、そこに映ったローブ姿の見知らぬ男に驚いた。

 急いで立ち上がってそちらを向く。


「だ、誰なの!? 旦那様は今日は誰も上がらせないって……」


 ヴァンは無視した。彼女の脇をすり抜けて奥へ行こうとする。しかしレオノワは正面を塞ぎつつ、後退りしながら続けた。


「ど、泥棒? 押し込み強盗ね? 覚悟しなさい! ここには最高の魔法警報がそこら中に仕掛けてあるんだから!」

「怯えなくていい。オレはヴァン。君は偽竜って聞いたことあるかな?」

「ぎ……りゅう? 何それ? 宝物なの?」

「ラドイッツはどうか知らないが、オレにとっては宝物なんかじゃない。あれは兵器だ。常軌を逸した魔術師の造った、凶悪な魔道兵器。決して使ってはいけないもの」

「兵器? そんなものここにはないわ」

「いや、ないわけじゃない。本体は恐らく持ち運びしやすい大きさと形に変形させてここの地下にあるはずだし……この部屋にも偽竜にゆかりの品がある」


 ヴァンはわざと目当ての品の前を通り過ぎ、レオノワを少し遠ざけるとすばやく振り向き、最高級の護りを施してあるという硝子の蓋を調べた。そして蓋に呪文で穴を開ける。

 レオノワは何が起きているのか分からなかったが、そのとき、入り口の扉を開けてビダーが姿を見せた。

 ヴァンはそちらを見もせずに穴に手を入れ、魔法の光が指を焼き始めたのにも構うことなく、中の短刀の鞘を握りしめ引っ張り出した。


「これを探していたのか、ラドイッツ? だが、少し遅かったな」

「ヴァン・ディール……お前がなぜ、偽竜を知っている!?」

「秘密ってのは漏れるもんだ。偽竜の名は出てこないが、遺跡潜りの間じゃ知らない者はないって感じだったぜ。今月の頭、遺跡潜りの一組が要塞の遺跡で妙な像を発見した。強力な魔力を感じたが正体は分からず、最大の得意先だったあんたに美術品として見せた。あんたはしばらく預って誰かに鑑定させた後、それを口止め料込みで金貨九百枚も出して買い取った……桁ふたつとはまた鯖を読んだもんだな」

「ずいぶん詳しく聞き出したな。偽竜が怖いか?」

「怖いね。造り主の命令すら自己判断で無視し、簡単に暴走する兵器級魔法生物……偽竜は諦めなラドイッツ。お前に限らず、あれを制御できる奴なんざいねえ。仮にオレを殺せても、お前も確実に破滅するぞ?」

「貴様がオレの立場だったとして……憎い敵の手にかかって破滅するのと、敵を巻き添えにして破滅することのどちらを選ぶ?」

「偽竜など投げ出して慈悲を乞う。どのみち、偽竜はこれがないと……」


 ビダーは急に訳の分からないことを口走った。


「鍵を数えろ!」


 気配の変化は瞬時、ヴァンは即座にそれに反応して少女に足払いをかけようとしたが、少女は表情を完全に失って達人の動きでその足をかわした。

 鍵のひとつをヴァンの手にある短刀に向ける。

 その唇が動きかけた瞬間、ヴァンはその口を手のひらでふさぎ、左手の肘と膝に少女の右腕の肘部分を挟み、関節を破壊しようとした。

 しかし少女は逆に肘を落として膝に手をかけ、そのまま信じがたい力でヴァンの体を持ち上げ、ひっくり返そうとした。

 動きに逆らわずに重心をずらして持ち上げられることから逃れると、少女の足を踏むように蹴りを入れた。

 すっとその足が引かれたが、ヴァンは最初から床を蹴るつもりだった。後方に跳躍して距離を取りつつ、無詠唱の魔力剥奪の呪文を、少女の手の鍵に向けて放った。

 続けて短刀の鞘でビダーの顔面を殴り飛ばした。血が空中に舞う。


「女の子を操って武器にするとは、いい趣味だなラドイッツ!」


 魔力を弱め、失わせる効果を持つ黒い影のようなものは、周囲の宝物の硝子蓋から一斉に魔法の光で撃たれ、鍵まで到達できずにいた。

 マナの過剰放出に耐え切れなくなった蓋のひとつが赤熱し、轟音を上げて爆発した。

 耳鳴りで一時的に損なわれた聴力が回復するのを待たず、再度の無詠唱で今度は先程より魔力を込めた魔力剥奪の呪文を使おうとし……ヴァンはやっと気づいた。


「……せよ!」


 音が聞こていえない間にビダーが何か唱えていたのだ。ヴァンは魔力剥奪の目標を短刀に変更した。その短刀があっさり鞘から抜けた。

 呼び寄せの魔術……恐らくは指に嵌めた多数の指輪のどれかを使ったのだろう。

 短刀はヴァンの手をすり抜けて飛んで、部屋の外に殴り飛ばされて壁際に上半身を起こしただけのビダーの手に収まった。

 次の瞬間、ヴァンはビダーの腕を踏み骨を砕いた。

 しかしビダーの手はしっかりと短刀を握ったままで、その口が短く唱えた。


「偽竜!」


 ヴァンはその単語を認識した瞬間、少女と自分を街の中の離れた地点に瞬間転移させた。


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