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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
四章:休息予定の日のはずが
14/22

十四・他人を働かせておいて自分は遊びですか?

 距離の違う二箇所の鐘が正午を告げてこだまの真似をした。

 タライの交換に来た従業員に昼食の配達を頼むと、入れ替わりにホッグが帰ってきた。

 幸いタライは布で目隠しされていたので血は見られずに済んだ。未使用のタライの方は毛布で隠していた。


「ヴァンの旦那、戻りやしたぜ」

「お帰り。変わったことはなかったか?」

「平和なもんでしたが、疲れました。子供たちの笑顔ってのはいいもんですね。おいらもいつかは世帯を持ちたいなぁ……」

「ふ……昨日まではおっかねえ人さらいのおじさんが、今日は学校の先生よろしく子供たちを引率か。けど、もう怖がってる子はいないだろ?」

「子供たちはいろいろなことに慣れるのが早いみたいで」

「それは子供に限らず、人間種族の性質だな。ともあれまずはご苦労さん。悪いが午後はもっと忙しくなる。ルーシャに頼むつもりだったんだが、別件で動いてもらう必要が出たからな。お前さんに頼むしかない。その代わり、礼は弾むぜ」

「それはいいんですが……レンダルの兄貴は?」

「あいつはこの街を出た。もう戻らない。挨拶させられなくてすまんな」

「そんな! 何で引き止めてくれなかったんですか!?」

「……賞金稼ぎやら何やら来るんだよ。あいつのことはたまたま知りあって意気投合し、相部屋しただけって筋書きにする。オレがヘインを殺った話まで出たら、そのときあいつはいなかった。そうか、てことは密かにオレの首を狙ってたな、と誤解させる」

「はぁ……」

「駅馬車の予定を調べておいた。昼飯が済んだら子供たち連れて交渉に向かってくれ。村まで送り届けてくれるようにな。酒場や宿を何軒か回ってもらうが、そこと関係ない子供は離れた場所で待たせといて、馬車の関係者にも店の客にもできるだけ見せるな。オレが警戒しとくから離れたときの子供たちの心配はしないでいい。足元を見られたくないから金は覚え書きに書いた額しかないって言うこと。これが覚え書きとついでに財布だ。文字は読めたよな?」


 手のひらに隠れる大きさの紙片と金貨の入った財布を手渡す。


「ええ。助かりやす」

「見られないようにな。財布も使い分けた方がいい。出発予定時刻が早いとこから書いた。順に回ってくれ。財布には手間賃と経費分を入れてある。経費が余っても返さないでいい。逆に足が出たら手間賃から引いてくれ」

「分かりやしたけど、人使い荒いっすよお……で、ちょっとだけお願いがあるんですが……」

「じゃあ、金貨三枚追加でどうだ?」

「いえ、金貨じゃなくてですね、その……今晩ちょっと行きたいところがあるんで……その許可をですね……」

「……あー、そうか。そうだよな。よし、ルーシャはオレが適当に言いくるめる。行ってきな! がんばりすぎんなよ」

「へい! ありがとうごぜえやす!」


 ほのめかすだけで気づく十七歳もどうかと思うが、よく分からない交渉がなされ、済んだ。


「仕事前に馴染みの店で食ってきやす」

「飯屋か?」

「ええ。安くてたっぷり食えるってとこで。子供たちぞろぞろは無理ですが」

「そうか。あ、ついでにパティに飯食ったらここに来てくれって伝えといてくれ」

「へい!」



 控えめに扉が叩かれ、ヴァンは座ったまま閉じていた瞼を上げた。


「パティだな? 街見物はどうだった? 鍵は開いたままだから入れよ」


 部屋に入ったパティは目を合わせないまま近づいてきて、手前のやや離れたところで立ち止まった。

 上目遣いになってヴァンを見つめる。


「うん……楽しかった。あの、レンダルは?」

「座れよ。賞金稼ぎがここを突き止める前に逃した。今頃はもう街を出てるはずだ。いろいろあって頭が回りきらなかった。すまん、さよなら言いたかったよな……」

「……あたしには嘘つかなかったね。なんでわざと怒らせたの?」

「……なるほど。最後に会えたんだな。それならよか……」

「良くないよ! ……でも、分かるから……しょうがないよね……」

「パティ……あいつ、オレがお前さんにかける予定の魔法のことも言ってたか?」

「あう……そんな魔法なんかなくたってあたしは……」

「喋ったか。こりゃいいや! ……そのなんだ、呪いだの虫よけだのは冗談だが、保護系統の呪文くらいは本当にかけるからよ。お前さんは絶対あいつのとこに行ける。すごい魔女になってな。約束だ」

「うん……あれ?」

「どうした?」

「……血の匂い……具合悪いの?」

「なんだ、そっちは言わなかったのか。傷つけることなく即死させる呪文ってのはいろいろと反動がついてるんだよ。血を吐き、痛みが全身を蝕み、熱にうなされるとかな。魔女を目指すんだからちゃんと覚えときな。ちなみに薬や治療魔法は一切効果がない」

「……大変そう……あの、それで、あたしに用があるの?」

「用があるってのとはちょいと違う。ルーシャかホッグが帰るまで暇になるだろ? 退屈しのぎに魔術について気楽な事前勉強ってのはどうだ?」

「ヴァンは大丈夫なの? 無理しないでいいよ?」

「どうせ吐血で横になってらんねえし、オレも暇なんだよ。パティが乗り気じゃなきゃやめるのも自由だ。疲れたらそこまででいいし、関係ないおしゃべりをしたっていい。どうする?」

「……先生だね」


 パティははにかんでそう言った。


「そうだな」

「よろしくお願いします先生」

「おう。さてと、どんなことから始めるかねぇ……」

「質問! 魔術ってなんで魔術なの?」

「……へ?」

「えっとね、神様の魔法は聖魔法、悪魔の魔法は黒魔法でしょ? でも魔術は? 魔術だけじゃ分かりにくくない?」

「あー。分かりにくいよな。魔術ってのは他の魔法よりきちんと体系付けられたのが遅かったから……というか、他の魔法にはほとんどその必要がなかったんだが、ともかくいろいろな呼び名があったんだ。門派が十ありゃ呼び方が六種類とか、そんな感じさ。魔術師同士の国際組織ができてからも統一した名称を作るのに苦労してな。かなり間抜けな名前になっちまった。杖魔法、これが一応正式名称だ」

「……格好悪いね」

「だろう? 個人的には他と比べて詠唱に特徴があるから詠唱魔法ってのがいいと思うんだけどな」

「マナ魔法、知恵魔法、なんでも魔法……うーん、やっぱり詠唱魔法が難しそうで格好いいね。詠唱魔法にしよう!」

「そうするか!」

「先生、詠唱魔法には何種類の呪文があるの?」

「数えるのは無理。どこの国の魔術師でも覚えられる呪文に限って言えば、二百七十一種類だ。けど大抵の国には九十種類前後の、その国では一般的な呪文がある。効果がほぼ同じで微妙に違うってのも多い。さらには魔術師が改造を加えたり、独自に編み出したりした呪文もある。だから、正確に数えたとしても一秒後には新しい呪文が生まれてるかも知れない」

「そうなんだ。すごい魔女は何種類くらい呪文を覚えたらいいの?」

「うーん……百から三百くらいかな? 使える呪文は少なくても、ある系統だけを専門的に高練度で覚えてたり、魔力が強かったり、マナが多かったり、マナの使い方が上手だったりしてもすごい魔女って呼べるからな。必ずしも呪文の数は問われない」

「ふーん……」

「パティみたいな才能もすごい魔女って呼ばれるきっかけになるしな」

「あ、これってどっちの世界の話」

「ああ、こっちの世界だ。けど、オレの世界も今まで話したことがそのまま当てはまるんだよな、ほとんど」

「ええ? 何でだろう?」

「分からん。ちょいと失礼……」


 ヴァンは脇のタライの覆いを取って、それに顔を突っ込むようにして逆流してきた血を吐き出した。

 見せたくないための苦しい工夫だったが、金ダライが血を受け止める音はしっかり響いてしまった。


「……いっぱい吐いたね」

「恥ずかしいからあまり見ないでくれ」

「あ、そうだ!」

「どうした?」

「レンダルがあたしのこと好きになる呪文ってある?」

「……もしあったとしてもだぞ、パティ。それでレンダルがお前さんを好きになって、結婚して、レンダルは呪文のおかげでお前さんをずっと好きだったとして……本当にそれでいいのか?」

「……良くないね。ごめんなさい。今のなしでいい?」

「おう。謝ることはないけどな。だけど、魔法で簡単に解決できても、そうしない方がいいことがあるってのは覚えといてくれ」

「はい!」

「バカな奴は大人になってもそういう考えのままで、偽の金貨とか作っちまうんだ。で、ばれて捕まって一生魔法を使えなくされる」

「怖いね……」

「パティはそうはならないさ。まだあるか?」

「あるけど、ヴァンはもうやめたい?」

「いや、そういうわけじゃない。じゃあ、質問がなくなったら教えてくれ」

「うん。魔力とマナってどう違うの?」

「いい質問だ。マナについては前に話したとおり、魔法のための燃料だ。マナはその量が問題になる。強いマナという表現もあるが、正確には濃密なと言うのが正しい。つまり、普通の状況と比べて、同じ広さの場所にあるマナの量が多いってことだ。弱いは少ない。結局は量だけが重要」

「魔力は?」

「魔力ってのは、ある魔法使いが魔法を使った場合の効果の強さの目安だ。ふたりの魔法使いが同じ攻撃呪文を使ったとしたら、魔力が強い方がより深い傷を与える」

「ぜんぜん違うね」

「肉体の例えだと、マナは体力、魔力は筋力ってとこだ。だから、傷を与えたり不利な状態にしたりって攻撃用途に呪文を使ったときの成功率……強制力にも影響するぞ」

「そうなんだ。すごく分かりやすいよ。あ、えっとね、詠唱っていうのもよく分かんないの」

「ああ、詠唱か。普通、魔法ってのは呪文を使うための呪文文章……呪文の文句を声に出して発音する。基本的にはこの、声に出して発音することを詠唱するって言う」

「うん」

「で、魔術の場合、詠唱に独自の技術がいくつかある。高速詠唱、多重詠唱。そして無詠唱。高速詠唱は、呪文文章を折りたたんで短時間で詠唱する技術、多重詠唱は違う種類の呪文を同時に詠唱する技術、無詠唱は詠唱をせずに呪文を使う技術、これが大雑把な説明だ。無詠唱について補足すると、詠唱の代わりに頭に呪文文章を一瞬強く意識する」

「無詠唱が一番強いんだよね?」

「いや、無詠唱は一瞬でできる代わりに普通より多くマナを使う技術だ。呪文の効果の強さも少し落ちる。強制力についちゃ大幅に下がる。そもそもどの詠唱が強いという言い方が適切じゃない」

「分かったような分かんないような……ちょっと疲れたかも」

「終わりにするか」

「うーん、質問は終わりにして、別のことしたい。呪文をひとつだけ覚えたいな」

「呪文をいきなり覚えるのは階段の下から最初の一歩で六つ上の段に足を乗せようとするようなもんだ。まだ早い。こういうのはどうだ? マナを感じ取る練習。これなら今のパティでもできるし、うまくすれば一時間以内にこつが分かる」

「それにする!」

「よし、そんじゃ入門の入門からだ。今からオレのマナを少し広く展開して活性化する。それを感じ取る練習だ」

「あたしはどうすればいいの?」

「体の力を抜いて、心もゆったりくつろぐだけだ」

「……こんな感じ?」

「それでいい。始めるぞ」


 ヴァンは体内をゆっくり循環しているマナを、薄く引き伸ばすように部屋の半分ほどまで広げた。

 それから空気の幻影──見えないから非常に無意味──を投影する呪文を使ってみた。

 直後にヴァンは失敗を悟ったが、もう遅かった。飛び上がったパティの喉が悲鳴を搾り出したのだ。


「うわちょっと待った! 大声出しすぎ! 宿中に聞こえるぞ!」

「ごめんなさい……びっくりしちゃって……」


 パティはまだ驚いている心臓を落ち着かせようとした。


「いや、オレももっと軽くやるべきだったな。あー、従業員呼ぶ相談してやがる……」


 呪文で聴覚を鋭敏にしたため、階段に近い部屋の扉あたりで相談している老夫婦の会話が明瞭に聞こえていた。

 しばらく聞いていたが、ほどなく呪文を解除した。


「どうしよう?」

「……ほっといて続けよう。別にやましいことしてるわけじゃないからな。今どんな感じがした?」

「首飾り……小妖精の月からすごい何か感じた! ヴァンたちが飛んできた時と同じになった!」

「今のが、だいたい三千倍に増幅した魔力とマナの感触だ」

「え!?」


「ああ、失礼、お客様? 開けますよ?」


 早口の神経質な声が聞こえてきた。

 老夫婦が向かうまでもなく、従業員の耳に先ほどの悲鳴が届いていたようだ。どこにいたのか知らないが。


「鍵はかかってないからどうぞ」

「……先ほど悲鳴が聞こえましたが、何をされていたんです?」

「交代で怖い話しておどかしっこをしてたんだ。一回やりすぎてこの子が大声出したから何か誤解されたかな? 申し訳ない。もうただの笑い話に切り替えたから悲鳴は上がらない」

「お嬢ちゃん、こっち来て……大丈夫? 変なことされなかった? 今の話は本当?」

「ごめんなさい。すごく怖くって大声出しちゃったの。本当だよ」

「そう。困った事があったら宿の人に相談していいんだよ……あんまり人騒がせなことしないでくださいね。では失礼」


 忙しいと見えて従業員はさっさと出ていった。扉が開いた一瞬、様子を伺っていた客が数人見えた。


「……ふう。気を取り直して、と。三千倍になった理由を説明しよう。小妖精の月の効果。以上」

「先生、分かりません」

「急激に強い魔力を感じたりしたとき、小妖精の月は持ち主に知らせることがある。今みたいな感覚でな。その性質は知ってたが、三千倍てのは今調べて分かった」

「ちょっと怖い……」

「服の下に入れて肌と直に触れてたからな。余計に強く感じられたんだろう。次は少し離れた場所に石を置いてやってみよう。オレも魔力の出し方を調節してみる」



 この練習を半時間くらい続けたところ、パティは石の助けなしでも通常の強さで活性化させたヴァンのマナを感じられるようになり、そこから徐々に弱めながらさらに練習をした。

 そして、陽が天頂と外壁の中間よりやや下まで進んだ頃、統一性のない武装で身を固めた集団がトンプソンズに入ってきた。

 幾人かは不意打ちを警戒するかのように、抜き身の武器を手に持っていた。


 ***


 暗記した魔法の地図を頼りに荒れた山道をルーシャは歩いていた。

 遠目にも分かる大人数の足跡。昨日のものだ。


「ちょっと早めに起きちゃって、寝直したら次に起きたの正午だいぶ過ぎで、道中で食べようと携帯食を厨房に頼んだらやたら時間かかって、商売道具補充するつもりでホッグ探した頃にはもういなくて、地図見て探そうとして迷って……はあ……街に帰る頃には夕方になりそう……店を出ようとしたら結婚式の長い行列で足止め食ったのも大きかったなあ……最悪、城壁登って街に入る必要あるかも……」


 ほどなく足を止める。

 前方に岩がある。その岩の左右から回り込めば洞窟の入口だ。やっと着いた。


(軽く済ませて早く帰ろう)


 楽勝だとルーシャは高を括っていた。この時点ではまだ。


 ***


「こんにちは。素敵なお宅ですね!」


 明るい口調で挨拶したルーシャを剣呑な視線で応えた男たちが遠巻きに取り囲んだ。その中央にあえて歩み出る。


「おい、この女を誰か知ってるか?」

「こんな上玉、頭かレンダルのどっちかしかいねえだろ」

「お生憎さま。どっちも会ったことあるけど、ほとんど会話すらしてないし」

「……頭に会った? 今何してるか知ってるか?」

「教えてあげてもいいけど条件があるの」

「条件?」

「もう少し質問をちょうだい。まとめて答えるから」

「ふざけてんのか?」


 色めき立つ男たちにしなを作る。


「だって~、街からここまで退屈だったんだもん」

「じゃあ質問だ。お前誰だ? 何しにきた? ここをどうやって知った? 誰の差金だ?」

「オレも聞きたい。胸の大きさは?」

「……あんた、楽には死ねないからね」

「どーー見たって発育不足だもんなあ! そりゃぶち切れるよなあ! ぎゃはは通好みの姉ちゃん! あんた最高だぜ!」

「……最初に刺して、最後に殺す……」

「おーい、その変態はいいからオレの質問に答えてくれよ」

「逆順で答えてあげる。ヴァンの差金……知らないだろうけど。ここは魔法の地図で知ったの。あたしが来たのはあんたたち始末するため。あんたらの頭は死体置き場。そしてあたしは……ルーシャリエ、命を盗む風よ!」

「捕らえるぞ! 頭がどうなったのか、他の奴らのこともきっちり聞き出してから殺す!」


 ルーシャリエはそれに歌うように答えた。


「捕らえるのは無理。聞き出すのも無理。殺すのはもっと無理」


 山賊たちは腰に二本ずつ差していた長剣のうち片方を落とし、残った一本を引き抜いた。


(なんか……やな感じ……こういうときは先手必勝)


 ルーシャが消えた。

 先ほど彼女を嘲り笑った男の絶叫が上がる中、別の三人の首から同時に血液が噴きだして倒れた。

 次に現れたのは洞窟の天井を支える柱の高さ三メートルのあたりだった。

 誰も気づかぬうちに投げナイフを二本、異なる男たちの足の腱を狙って投げて、一番近い小柄な男の近くに飛び降りてナイフを背後から首元に突きつけた。

 軽く刃を当てる。


「あれ? あんた小さいわね?」

「うわぁぁぁぁ!!!」


 それはまだ幼さの残る、少年と言ってもいい若者だった。

 若者の肩をルーシャは左手で掴み、膝裏を蹴って自分は体ごと後ろに下がると、なすすべもなく仰向けに倒れた。

 目の端に涙を浮べている。


「た、助けて! 殺さないで!!」


 ルーシャは頭を抱えたくなった。

 ヴァンはなぜこんなのがいることを教えてくれなかったのだろう?


「命が助かったら、もうまじめに生きなさいよ?」


 しきりに頷く若者を他の山賊たちが苦々しげに見下ろした。


「一気にかかるぞ!」


 ルーシャめがけ殺到する山賊たち。

 八人が同時ではなく、ひとりずつルーシャの目の前から左右どちらかへすり抜けるように走りつつ斬りつけてきた。

 典型的な波状攻撃をルーシャは初めて味わった。

 三人目までうまく受け流したが、四人目の武器を左にかわそうとして右太ももにかすり傷程度の怪我を負わされた。


(痛っ! ヴァンの嘘つき! このどこが一対三なのよ!)


 五人目にはルーシャから突っ込んで行き、すれ違いつつその首を正確に斬りつけ致命傷を負わせ、意表をつかれて立ち止まったうちのひとりを両手で突き飛ばすようにした。

 ただし右手にはナイフが前方を向いて握られており血の糸を引いていた。その先には突き飛ばされた男の心臓があった。


「ちぃ! この作戦は駄目だ。囲むぞ!」


(そうしてくれると助かる)


 ルーシャは少しだけ安心した。囲まれるならヴァンの言ってた三対一の法則から外れないはずだ。

 一度に三人ずつを相手にルーシャはひとりまたひとりと確実に倒していき、最後まで立っていた男の胸からナイフを引き抜いた。


「はぁ、はぁ、お待たせしちゃったわね。約束通りあんたの番が来たわ」


 最初に腹と両足の膝裏を刺され、倒れてうめいていた男に歩み寄り、山賊の持っていた剣を拾って力任せに頭めがけて振り下ろした。


「はぁ、はぁ、はぁ、しんど、かった……あ、あれ?」


 ルーシャはよろめいた。右足に違和感がある。


「あー、毒、か……効きが遅くて……助かった……」

「と、思うでしょお姉さん。んくくひひひ」


 ルーシャは背後に殺気を感じて、踏ん張れない足は諦めて前方に倒れて転がった。背中に鋭い痛みが走ったが浅い。

 回転してぺたりと座り込んだ姿勢になった彼女の手は落ちていた別の山賊の使っていた剣を拾っていて、後ろに倒れ込みながら正確に投げた。

 ……つもりだったが狙いは逸れて、童顔山賊の左肩をざっくりと裂いてその背後の壁に突き立った。

 焦って最後の投げナイフを取り出した右手はうまく動かず、ひと呼吸置いてよく狙って投げようとした矢先、歩いてきたそいつに手ごと蹴飛ばされて落としてしまった。

 堅く奥歯を噛み締める。


「毒が回ってきたねぇ。僕の勝ちみたいだね。へへへ……ああ、僕のことはマイクって呼んで欲しいな」


 マイクはルーシャの力の入らない腹の上に座った。


「ふぐぅ! あ、ぐ……!」

「痛いでしょ? 僕の毒はね、動けなくはなるけど内臓とかには影響しないし、痛みの感覚が弱まることもないんだよ。すごいでしょ。ねえお姉ちゃん、僕お腹すいちゃった。お姉ちゃん美味しそうだね。女の人の肉って大好きなんだ。薄く切って弱火で焼いて食べるの」

「いい趣味ね……」


 嫌な汗が流れるのを感じた。マイクの邪悪な満面の笑みを睨みつけながら、ルーシャは気づいた。


(そう……か……あたし……怖いんだ……助けてよ……ヴァン!!)


 ***


 ヴァンが定期的な全知でルーシャの状況を確かめ異変に気づいたのは、毒がルーシャの体に回り始めて少し経ったところだった。


(まずいな……毒が特殊すぎる……市販の万能解毒剤じゃ効くまで時間がかかるぞ……そして間が悪い……賞金稼ぎとかち合うとは! パティをひとり残して行くのも無理、連れていくわけにもいかねえ……すまんルーシャ、少しの間がんばってくれ!)


「ねえ、先生、先生ってば!」

「パティ、よく聞いてくれ。まずいことになった。この部屋にこれから賞金稼ぎたちが来る。レンダルについて聞かれることになる。オレに話を合わせて、余計なことは言わないでくれ」

「……うん」

「実はな、ルーシャも危険な状態だ。さっさと追い返して、ルーシャを助けに行きたい」

「……すぐ行かなくていいの?」

「パティを置いていくわけにも連れていくわけにもいかない。まあ、切り札はあるからいざとなれば……来るぞ」

「お、お客様、申し訳ありませんが確認を……」

「しつこい野郎だ。どけ!」

「あっ!」

「なんだ、開いてるじゃねえか」


 思い思いの武装をした男たちが勝手に踏み込んできた。


「なんだお前らぞろぞろと。何の用だ? 納得の行く簡潔な説明を求める。それが得られない場合は魔法で対処することになるぞ」

「さすがにヘインを殺っただけあって態度でかいねぇ。まぐれの呪文成功でいい気になるなよ。質問はオレたちがする」

「悪いのは耳と頭どっちだ? 両方か? もう一度だけ言ってやる。立場と用件を簡潔に説明しろ」

「レンダルとお友達らしいじゃねえか。奴は今どこだ?」

「昨日たまたま意気投合して相部屋しただけの男だ。どこにいるかなんざ知らねえよ。で、お前たちが何者かの返事は?」

「本職の賞金稼ぎ様だよ。レンダルにはヘインほどじゃないが賞金がかかってる。知らなかったみたいだな?」

「知らん。ついでに理由にも興味はない。そしてお前たちに聞きたいことも、言いたいことももうない。帰りな」

「とぼけるんじゃねえ! レンダルはヘインと一緒にいたのを連れて来たんだろう? なんでお前らと一緒に行動してた? 答えろ!」

「レンダルと会ったのはこの街で子供たちが泊まれるようなちょうどいい宿を探してた時だ。ヘインと一緒にいるとこは見てねえ。あいつがヘインの仲間? 仮にそうだとしても、オレたちとレンダルはヘインとそれぞれの関係を把握してない。分かったら帰れよ。体調も悪いんだ」

「てめえ、何隠してやがる? なんでレンダルをかばう? しらばっくれるのもいい加減にしろよ」


 そう言って剣先を喉元に突きつけた男に、ヴァンは本気で心の奥底から黒いものが沸き上がってくるのを感じた。抑えようもないほどに。


「お前、礼儀がないにも程があるな。気は進まんが呪文で排除する。死なないように気をつけな。パティ、どの窓でもいい、派手に開けてくれ」

「分かった!」


 ひとりの整った顔立ちの背の高い男が前面に出てきて声を張り上げた。白を基調とした文様入りの金属鎧を着ている。


「みんな落ち着け! 彼の無作法は謝る。私たちはレンダルを捕まえたいだけなんだ。今の話から推測するに、別行動をしていたレンダルはヘインを倒したあんたを探して接触し、殺そうとしたと思われる」


 どうやら指揮役というよりは、まとめ役を買って出ているだけのようだ。


「ほう。だがまあ、今どこにいるかは知らん。報せには感謝する。襲撃にも注意するさ。対処は自分でできる。あんたらは出て行ってくれ」

「そうはいかない。賞金が欲しいんだよ。あんたの護衛をさせてくれ。レンダルを殺ったら賞金の一部をあんたに……」

「邪魔だからさっさと消えろと言っている。賞金が欲しいなら受付に住所と名前を残していけ。オレが始末したらそっくり渡してやる」

「イライラしちゃって。なあフリードリヒ、やっぱりこいつレンダルとグルだぜ。力づくで吐かせるしかねえだろぉ!」

「おいよせ!」

「パティ!」

「開けるよ!」

「うお!? な、なにしやがった!?」


 食ってかかってきたごつい賞金稼ぎが宙に浮いた。


「念動の呪文をかけた。お前は部屋を出ていく。この窓からな。じゃ、さようなら」


 窓を通過しようとしたところで剣を手放した賞金稼ぎの腕が窓枠をしっかりと掴んだ。外に運ばれないように必死に耐えている。

 ヴァンはすぐに念動を解除し、間髪入れずに瞬間転移を無詠唱使用する。

 転移させられた賞金稼ぎの体はもはや何にも掴まることのできない窓の先三メートルの空中にいた。


「大地よ、慈悲を!」


 他の賞金稼ぎが落下減速の呪文を唱えた。

 落ちる速度がゆるやかになって、怪我もせずに着地することだろう。


「おい! 宿に迷惑がかかる! 一先ず出るぞ!」

「その前にこいつ殴らせろ!」

「マナを変じて炎となす。爆ぜ……」


 今度は火球爆発の呪文。室内で使えば建物も部屋の中の者も大火傷を負い、火事になるのも必至。

 だが詠唱の完成前にヴァンの無詠唱が術者の肉体を一瞬でかたつむりにした。


「出て行け! 全員! 虫も持ってけ。潰さないようにしな。後でお前らのとこに通報を受けた衛視が行くだろう。言い訳考えとけ!」

「出るぞ! もたもたするな! ……すまない、改めて詫びに来る」


 あくまで礼を失すまいとするフリードリヒには感心したが、それ以上にヴァンは焦っていた。


「三時間は空けてくれ。頭が冷えるまでそのくらいはかかりそうだ」


 賞金稼ぎたちは次々と部屋を出ていった。中には下品な仕草で挑発を残していった者もいたが無視した。


「……いなくなったね」

「すまんパティ、部屋を魔法で保護してからルーシャの援護に飛ぶ」


 五秒とかからず、呪文を使い終えたヴァンの姿は消失した。


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