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双極魔術の迷い人──双極魔術第一集  作者: 青朱白玄
四章:休息予定の日のはずが
13/22

十三・何から何まで他人任せですか?

「おい、なあ、起きろよホッグ」


 爽やかな朝と呼べたかもしれない。

 小鳥の歌に差し込む柔らかな光。

 そう、他の人はそう呼べたかもしれない朝だったが、あいにくホッグは疲れていた。


「んー? なんだよ、飯ならオリアスに言えよ……」


 そこで頭が働き出す。

 なぜこんなに寝床が柔らかく、いい匂いで、日の光が届いているのか?

 目を開けてみる。清潔な白い天井と壁の、見慣れぬ部屋だった。

 ここはどこだろう?

 なんで洞窟じゃないところで目を覚ました?


「よく眠れたか?」


 声の主を見て、固まった。

 ホッグの頭が、昨日のめまぐるしかったできごとを次から次へと思い起こしていった……。

 結論、今の自分は奴隷。主はナイフ使いの銀髪娘。


「はは……はい!」

「まあそう緊張するな。落ち着けよ。あんたに頼みがあるんだ」

「……何でしょう?」

「昼になるまで、子供たちに街の中を見せてやって欲しいんだ。さっき八時の鐘が鳴った。買い食いをしたがったらひとり銀貨五枚分まで買ってやってくれ。そのための金と朝飯代はこの袋から使うといい。金貨三枚分入ってる」

「は、はぁ……」

「昼飯はここに戻ってきてくれ。正午より遅れてもかまわない」

「……姐さんの方がいいんじゃありませんかい?」

「ルーシャには別のことを頼んである。ってもあいつは起きるの遅いから、午後だけどな」

「レンダル兄貴は?」

「レンダルは知り合いに会いに行った」

「……ここに知り合いがいるってのは初耳です」

「そうか? なら今のは聞かなかったことにしてくれ」

「……はあ」

「さっきカートを起こして、大部屋の女の子たちを起こしに行ってもらった。みんなの支度ができたら誰か寄越すように伝えてある。そしたらここの食堂でもどこかの店でもいいから朝食に連れてってもらいたい」

「分かりやした」

「それから、今から従業員を誰かひとりここに呼んで欲しい。いろいろ頼んですまんな」

「いえ、賭けには負けやしたし、堅気ってのも悪くねえもんです」

「そうか。頼んだ」


 部屋にひとりになったヴァンはベッドに寝そべったままあれこれ考えを巡らせていた。

 出た結論は、やはり今日も呪文を何度か使うことになりそうだ、というものだった。

 認めたくないその推測にため息をひとつ吐いたとき、扉から三回続けて軽快な音が聞こえてきた。


「お客様、ご用でしょうか?」

「鍵は開いてる、入ってくれ。まずは手間賃だ。金貨二枚、簡単だけど少しばかりめんどうな頼みだ。半時間に一度くらいの間隔でこの部屋へ来て欲しい。そのときは洗った金ダライをひとつ持ってきてくれ。んで使った金ダライと交換して持って帰って、そいつを洗って乾かす。オレは今日一日、血を吐き続けることになるはずだからな」


 若い従業員を少なからず驚かせたようだった。気遣わしげに声がかけられる。


「お客様、ご病気でしたら薬師を呼んだ方が……」

「いつも飲んでる吐血止めを昨日飲み忘れただけだ。いざとなれば自分の魔術でどうにかする。見ての通り魔術師だからな」

「はぁ……では仰る通りにいたしますが……」

「それから、部屋に入って欲しくないときには扉の取っ手にこの紙切れをかけておく。そしたら、もう半時間後に来てくれればいい。あと、吐血のことは黙っててくれ。オレの連れにもな」

「かしこまりました。少々お待ちを、取り急ぎタライをお持ちいたします」


 ***


 レンダルは遠回りして根城の洞窟に着いていた。


「ここに入るのも最後、か。おい! 帰ったぜ」

「兄貴! おかえりなせえ! 頭と他の連中は?」

「昨夜は分け前使って派手に飲んだから、朝には案の定ほとんどが宿酔いだった。頭は賞金稼ぎに見つかるかも知れねえから人目のある場所を散歩してくるって言ってた。オレは気になることがあって先に帰ってきた。オリアスとクエット、ちと顔を貸しな」

「へい、兄貴!」

「な、なんでしょう!?」


 ふたりが恐る恐る近づいてきた。


「安心しな、お前らはオレに咎められるようなことをしたことねえだろ? 他の奴らに聞かれたくねえ。ついてきな」


 壁が視界を遮ってくれるところで襟留を取り出す。


「ヴァン・ディール……」

「え? 兄貴、今、なんて?」

「ヴァン、ふたりと合流した。やってくれ」


 三人が忽然と消えた。


 ***


「がはっ! ~~~!」


 いきなり周囲の様子が変わり、目の前には寝台に身を起こしてタライに大量の血を吐いている魔術師らしき男を見せられたふたり。

 まず魂消る以外に何ができるというのだろう?


「おいヴァン! どうした?」

「兄貴! なんすかこいつ!? オレたち何だってこんなとこに!?」

「魔術で呼んだのじゃよ。かけな若いの。儂の話を少しばかり聞いてもらう。レンダルはご苦労じゃった。ついでじゃが、この紙切れを扉の外の取っ手に引っ掛けて来とくれ」


 ヴァンは師匠の話し方を思い出しながらそれを真似た。


「ヴァン、声と口調はどうした? それになぜ血を吐いている?」

「それも話す」

「……分かった」

「あ、あんた何者だ? 何でオレたちを呼んだんだ?」

「落ち着くのじゃ。そうそう、すまぬが血を吐いてる男が注いだ飲み物は口に入れる気になるまい。喉が乾いたら自前の酒でも飲んでくれ」


 ふたりとも飢えた目つきさえ和らげば、雇い主も信用しやすくなるだろうとヴァンは考えた。


「かけてきたぜ。ちゃんと説明してくれるな?」

「うむ。儂はヴァン・ディール。齢百四十三の魔術師じゃ」


 一瞬クエットとオリアスの目が丸くなり、すぐに笑いが漏れ出した。


「兄ちゃん、冗談キツイぜ。あんた三十にもなってねえだろ?」

「不老の薬でこの姿を保っておる。限られた者だけが生涯にひとり分だけ調合できる秘薬じゃ。お主らにはどのみち作れぬから、誰にも言わぬと誓えば材料を教えても良いぞ?」

「ほ、本当なのか……!?」

「不老だって!? あんたいったい……!?」

「そうそう、主らにひとつ謝っておく。呪いをかけさせてもらった。ここに呼んだついでにのう」


 悲鳴が重なる。


「慌てるでない。よく聞けば怖いことは何も無いと分かる。古い古い呪いでのう、人にはもう伝わっておらぬで、古くから生き続けた異種族の友が持っていた呪文書で見つけ、覚えさせてもらった」

「異種族……エルフ……か?」

「ド……ドラゴンじゃねえよな?」

「さてのう……。三人もまとめて呪ったものじゃから反動で血を吐いておる。覚悟はしておったが、しんどいのう。寿命も十年と少し縮んだはずじゃ。かけたのは、因果応報の呪いじゃ」

「ど、どんな呪い……なんだ?」

「運命に絡みつかせる呪いでのう、主らが善なる神の不興を買うようなことをすると、不運な方向に運命をねじ曲げる。そうなると病にかかったり事故に遭いやすくなったりし、悪いと死に繋がることもある」

「魔術師なのに神の力で呪いを?」

「よいところに気がついた。あまり知られておらぬが、原始の魔術は、神官の聖魔法、契約者の黒魔法など、あらゆる魔法の呪文の収集と分析、再現から始まったんじゃ。この古い呪いもその時代の名残りで善神の性質と力を借りておる」

「神の呪い……」

「もうひとつ謝っておくことがあった。主らの頭、儂が殺した」

「あ……え……?」

「んな……」

「殺すのが惜しい男じゃった。苦しまぬよう魔法で即死させた。ところが魂が何やら訴えておってのう。耳を傾ければ、心残りがあると……オリアスとクエットとレンダル、主らのことを心配しておった。まだまともな生き方に戻れる奴らだから、何とかしたいと。ゆえに主らを助けた。今日のうちに主らの洞窟におる者たちはすべて死ぬ」

「た……たくさんだ! たわごとだ! レンダルの兄貴! そうだろ!?」

「オリアス……こいつはそこらの魔術師とは格が違う。本物の化け物だ。頭は確かにこいつに殺られた。他の言葉も信じるしかなかろうよ」

「あの頭が……」

「……儂はのう……善にも悪にも染まりとうない。面倒な因果応報の古臭い呪いを選んだのもそのためじゃ。この呪いの特徴は、まっとうに暮らしている限りはほとんど害を受けんですむということじゃ。主ら、堅気として生きてゆく気にならぬか? オリアスは料理、クエットは掃除が得意じゃから仕事探しにも苦労すまい。レンダルには達人の剣があるしのう」

「そんな……ことまで……分かるのか……」

「声がかすれておるぞ? 何か飲むが良いオリアス。まあ、百年も魔術師やっとると、呪文なしでもあれこれ分かるようになるんじゃよ。いささか礼に欠ける技じゃが、勝手に分かってしまうんじゃ。許せ」

「……」


 相変わらずのヴァンの出まかせだったが、疑う余裕があるのはレンダルくらいのものだった。そのレンダルもヴァンの意図が見えないため、あえて何も言わずにいてくれている。


「呪いをかけておいてこんなことを言うのも妙な話じゃが、主らの生き方は主らのものじゃ。まっとうに生きるも、日陰者のままを選ぶも儂は口を出さぬ。好きにせい。話は終わりじゃ。呪いをかけた詫びに金貨を四枚ずつ進呈しよう」

「いいのかい?」

「すぐ仕事が見つかったとしても給金をもらう日まで食いつなぐには必要じゃろて。遠慮はいらぬ」

「爺さん……いや、老師様、オレ、堅気になります! ありがとうございました!」

「お、オレもです!」

「こそばゆいのう。ぬ……そろそろじゃからまた血を吐く前に受け取って出ていくがよい。達者での」

「老師もご壮健で!」

「失礼します!」


 ふたりは震える手で金貨を受け取り、財布に納めもせずに部屋を出ていった。


「……ふう、行ったな」

「ヴァン老師様よ、何の茶番だ? あいつらは根が素直だから信じたがオレはあいにくひねくれててな。どこまで本当だ?」

「ゴボゴボゴボ……カハッ!」

「……吐血で誤魔化すなんて奴が実在するとは知らなかったよ」

「演技でこんなに血を吐けるか! 呪文の反動で吐血、こいつは本当。呪いをかけたは嘘。そういう呪い自体は実在するが。吐血と呪いは無関係だから嘘」

「ほう? 呪いでなければなぜに血を吐いている?」

「効きさえすれば即座に命を奪える呪文が魔術だけでも最低四つある。だが実際に使う奴はほとんどいねえ。勘のいいあんただ。これだけ言えばもう分かったろ?」

「……頭の心臓を止めた呪文のせいか……」

「ああ。即死の効果を持つ呪文は必ず強烈な反動を伴う。吐血だけじゃなく熱と全身を巡る疼くような痛みもあるぜ。運が悪きゃ一週間くらい引きずることもある。最悪なことにマナの回復速度が遅れるって症状が一番表に出てやがるし。つくづく巡り合わせが悪い」

「神殿で解呪や病気治療を頼んだらどうだ?」

「解呪するためにはある程度、理解できる呪いでなきゃならない。この症状は全知で調べても、呪いかどうか判然としない掴みどころのないもんだ。病気治療についちゃ効果がないことは確かめてる。オレは魔術にある治療用の呪文はひと通り覚えてんだぜ?」


 一気に言って咳き込んだが、血は出てこなかった。


「古代の魔術師たちの倫理なのか、呪文を解析して反動をもたらす部分を見つけ、除外することに成功した奴はいない」

「どうにもならんか……頭の魂がどうのってのは?」

「……悪いがそれだけは答えられん」

「じゃあ原始の魔術が他の種類の魔法からどうのってのは?」

「ああ、それは本当。少なくともオレが元いた世界では。魔術で思い出した。パティだが、北に連れてくつもりだ。寮のある魔術学校が王都にあるだろ?」

「寮は分からんが、いくつか魔法の学校はあったはずだ」

「一番いい学校に預けようと思う。所詮オレたちはこの世界に二カ月しかいられねえからな」

「なぜだ?」

「世界渡りのややこしい法則のせいだ」

「王都か……オレは無理だな。顔見知りの数人はいるだろう」

「……それだ。まだ何か忘れてると思った。レンダル、日が傾く前に街を出ろ」

「何?」

「たぶん、夕方くらいかな? お前を狙って衛視とか賞金稼ぎがここに踏み込むだろう。そのときには引き払っておいた方がいい。オレたちは悪いがあんたとは偶然出会って意気投合しただけって筋で口裏を合わせる」

「街を出る前にそういう奴らと出くわすかもしれんな。魔法で何とかならないか? 見かけを変えるくらいでいい」

「すまんが少しでもマナを節約したいんだ。ルーシャなら別人にしてくれるぜ。化粧道具でな。まだ寝てると思うけどな」

「……!」


 レンダルは表情を強ばらせ、急にヴァンの襟首を掴み上げた。


「てめえ……全部計算ずくだな!? オレを朝、根城まで行かせたときには歩きだった。人目に触れるのを狙ったからだろう!?」

「けほ……へへ……やっぱりバレたか。殴れよ。それくらいの権利は十分あるぜ」

「……オレは敗者だ。敗者に権利も何もありゃしねえんだよ……」


 レンダルは苦々しげに言いながら手をゆっくり離した。


「……なんだよ、殴らねえのかよ。頭の仇だぜ? 呪文が決まったときはすっとしたなあ。へっ、強い酒を一気に飲み干したときみてえに……」

「黙れ! 何も言うな! 貴様の猿芝居で躍らされるのは……たくさんだ!」

「……レンダル、餞別だ。金貨のたかだか十枚だが。持ってきな」

「最後の最後までいけすかねえ野郎だぜてめえは……」

「はは、体調がこんなじゃなかったら別れる前にもう一度、勝負したかったんだがな……残念だ」

「ふん……世界渡りの前に余裕があったら飛んできやがれ。オレの気が収まるまで叩きのめしてやる。じゃあな……パティを頼んだ」

「……変な虫がついたりしねえですげぇ魔女になってあんたと結ばれるように、いろんな呪いや保護をかけまくっておくから安心しな」

「何割出まかせだ? てめえのおふざけにゃ付き合ってられん。死にやがれ!」

「おら、さっさと出てけよ」

「……まだ罵り足りんが代わりに礼を言わずに行くとしよう。あばよ。おっと、襟留はここに置いとくぜ」


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