十二・初めての遺跡探索は順調でしたか?
教授が探索することにした遺跡は、船が着いた地点から徒歩で半日ほどの場所にあった。
地上一階しかないやけに広い建造物で、図書館か何かに思えた。だが実際には地下三階まであることが全知の呪文であっさり分かった。
探索隊の構成は、隊長と治療役がタフトルスティン教授、探索と仕掛けの対処はルーシャ、荷物運びと戦闘時の前線担当が教授が雇っている戦士ふたり、その他のあらゆる作業に魔術師のヴァン、この五人で全てだった。
***
「初めての本物の遺跡で不安でしたけど、思ったよりあっさりしたもんですね。まだ入ってから四時間くらいですよ。あと少しで最後の部屋です」
「君の全知の呪文があったからだよ。普通はこの規模の探索には数日単位で挑むものだ」
「先生に連れて行ってもらった練習用遺跡の経験も役に立ったよね」
「……ことによると、少し長引くかもしれませんね。マナで動く擬似生命体がいます。扉を開ける前にもう少し調べさせてください」
「ゴーレムの類……魔法生物だね?」
「はい。身長二メートル半くらいの人型をしているので最初はゴーレムだと思いましたが……別物のようです」
「ふむ。取りうる行動がゴーレムより幅広い可能性があるか」
「ええ。それと気になることに、こいつ甲冑に酷似した造りです。中はがらんどう……ルーシャ! まだ扉に近づくな!」
「中を覗きたいだけだから……え!?」
扉の隙間から向こうの闇を覗き込もうと顔を近づけたルーシャの目前で、扉が勝手に開き始めた。
ルーシャは勢いよく迫る扉を上回る速度で反応したが、前傾姿勢だったため飛び退ることはできず、代わりに上半身を急速にのけぞらせた。
そのまま足より後ろの床に手をつき、直後に床を蹴った勢いで足が高く弧を描いて後方に着地した。
立ち上がって、腰に差していた投げナイフを引き抜く。
「見事な軽業だ。完璧な動きだったよ」
「先生はさすがによく見てますね! ヴァンは?」
「扉に前髪が触れただけで反応したのか? ずいぶん過敏に設定したもんだ。現役だった時代には少し人が動いただけでも風に反応してたんじゃないか?」
「そこまでする必要があったんだろうね」
「ヴァンはあたしの体術、褒めてくれないの?」
「暗視の呪文を全員にかけて、明かりを使わなかったことが災いしたな。名称不明、弱点不明、攻撃上の特性不明、分かることは材質が見たとおりそれなりに厚い鋼鉄で中は空気、種別は魔法生物、動きはゴーレムよりはるかに速い。武器を確認、鋼鉄の両手剣……こいつ、部屋を出られるな!」
ゴーレムのように命令に従うしかできない魔法生物は、大抵の場合、配置した場所から遠くへは行けないように制限を受けている。
例えば、扉を守護するゴーレムがおびき寄せられて持ち場を離れては、役目を全うできず侵入を許してしまう。そうした事態を防ぐための定石の処置なのだが、この甲冑は違うらしい。
教授は聖魔法で全員に見えざる保護膜を付与した。ヴァンは無詠唱でルーシャの二本のナイフに刃研ぎの呪文を使用した。
教授はヴァンがルーシャの武器だけを強化したのに気づいた。
刃研ぎは目に見える種類の呪文ではないが、教授がマナを感じ取る才に優れているということはすでに理解していた。
「ルーシャ君ひとりでは荷が重くないかね?」
「いえ、逆です。先生の前からの護衛のおふたりは……」
ちらと、がっしりした体躯でそれぞれが大斧と重戦鎚を持った戦士たちを見た。前に出ようとしているが……。
「下がっていてください。先ほどの戦闘の疲労が回復しきっていない。今加勢してくれても怪我をして先生のマナを浪費するだけです」
「彼の言葉に従おう。指摘の通り、私もあまり何度も治療の魔法は使えない」
「先生のマナが尽きたらオレが治療をしますが、できればそれ以外の呪文で戦闘を補佐したい」
「あのさ、あいつの攻撃を避け続ける自信はあるけど、あたしの武器で傷をつけられるとは思えないことをお伝えしておくわ」
「安心しな、刃研ぎで切れ味を増強している。だが武器自体の強度はほとんど変わらないから、斬りつけるときに折れないよう気をつけてな」
「分かった。行くよ」
「いや、向こうが来るのを待とう。時間が許す限り調べる」
甲冑の顔面部分には視界を確保するための隙間があったが、その奥はただの暗闇だった。
扉の向こう三メートルほどの地点で足を止めた。そして腰を落とす。
「……間違いじゃない、あれは別に部屋を出られなくて止まったわけじゃない。待ち構えるつもりか、一気に突っ込んでくるかのどっちかだろう……待たれるよりはこっちへ呼び込むか。先生、もう少し後ろへ。ルーシャ、オレが攻撃したら間を置かずかかってくるはずだ。準備は?」
「万全」
初撃に選んだのは無詠唱の魔力の矢の呪文。
全知で敵のマナを観察しつつ、胸の前に青白い丸い光が生まれると即座にその光は甲冑へ飛んでいく。
甲冑は最小の動きで呪文をやり過ごそうとしたが、あいにくこの初歩の攻撃呪文は発射さえしてしまえば敵が動いてもその動きに合わせて軌道を自動的に変え、命中する。
武器や盾での防御もほとんど無意味。
切られてもふたつになった光弾が当たるだけ、盾で受け止めれば持った腕に直に命中したがごとき負荷を与える。完全に避けるには瞬間転移などで軌跡を残さず消えるのみ。
視認できる射撃型の呪文であっても、魔法を避けたり武器などで防御するという発想自体が無茶なのだ。
青白い光弾は軽く曲線を描いて甲冑の胸で弾け、浅くえぐった。マナの乱れと消耗を観測できた。鎧に傷を与える攻撃は有効らしい。
次の瞬間、一気に駆け出してルーシャに迫ってきた。大剣を突き出す動きも正確無比にして高速。だがルーシャの速度はそれを上回った。
くるりとターンをしながら左にずれ、通り過ぎた甲冑の後を追うように跳躍する。
急制動をかけて振り返ろうとする寸前に、左右のナイフを首の後ろの鎧の隙間に突き刺し直ちに引き抜く。手応えはまったくなかった。
「ルーシャ、中のマナが少し乱れたが、甲冑に傷をつける方が効果は高い」
「何が何でも相性が悪い戦い方しなきゃなんないわけね」
甲冑が振り向く。同時に大剣が振るわれると読んでいたルーシャはゆっくりにすら見える動きで上体を逸らした。
だが鎧は剣を下段に構えてルーシャに向いた瞬間、腰を落とし、すぐさま突撃しながら斜めに斬り上げてきた。
「くっ!」
ルーシャは腰を落としたのを見て狙いを悟り、丁寧かつ流麗な動きでしゃがみ込んだ。鎧の突撃軌道を外したのだ。
反応しきれない鎧が通り過ぎるときに、しゃがんだまま反時計回りにターンしつつ正確に鎧の脛の同じ場所を右、次に左のナイフで連続して斬りつけた。
「浅い! もっと鋭くできないの!?」
「さっきより弱い呪文だが重ねておく。今の手はうまかったが片足を潰すにはやはり威力が足りなすぎる。もっと楽をしてとにかくどこでも斬れる場所を傷つけろ! 同じ場所に傷を重ねずともちゃんとマナを乱して弱らせられる。見た目ほどこいつは丈夫じゃない! ついでにこいつ相手ならいいが、体重移動は見られても分かりにくいようにしとけ。さっきのは予備動作が大きすぎて意図が見え見え過ぎたぞ」
「なら強化するより攻撃して! あたしに当てないでね! ついでに体術についてあんたに言われる筋合いはないから!」
「分かったがその前に奴を少しだけ脆くする。武器がより効果的に傷を与えられるようになる。ついでだがオレ基礎体術の評価は上位だったんだぜ?」
軟化呪文は成功したが、鎧のマナが呪文のマナの軌跡を意識したのが分かった。
「ルーシャ! オレに来るぞ! 後ろから好きなだけ切り刻め!」
予測通りに鎧がヴァン目がけて走りだすとその後から追い越しそうな勢いでルーシャが跳躍し、ぴたり背後についた。
ヴァンへの攻撃動作──剣先の角度を胴に向ける──を開始したと同時に高速詠唱が完成し、ヴァンは短距離転移で部屋の反対側に飛んでいた。
ルーシャは連続して鎧の背を斬り、刺して傷をつけていく。
目標を失った鎧は攻撃動作を伴わずに緩慢な左回転で振り向いた……あたかも視線を巡らすかのように。
その左の腕を、回転に逆らう動きでルーシャのナイフが切り裂いた。
二連の刃は鎧の左腕に長さ九センチほどの直線状の穴を開けていた。あと二回も同じことができれば切断できそうだ。
「良い判断だ。そいつを足止めできるか?」
「難しいけど二秒なら。ただし一回だけ」
「十分だ。今の傷を使って左腕を落とす! やってくれ!」
ルーシャは鎧の胸に自分の肩を当て、全体重をかけたうえで倒れるように押し込んだ。
大剣を振り下ろそうとしていた鎧は間合いの内側に入られて押され、壁に背を打ち付けて動きを鈍らせた。
そのときにはヴァンは杖で中空に印を描き終えていた。
「ルーシャ、跳べ!」
彼女が射線上からずれたのを視認した瞬間に、無詠唱で光条の呪文を放つ。
印の中央から白い光の奔流が鎧の左腕、穴が開いてるあたり目指して一瞬で伸びた。
光が消えた後、鎧の左腕はわずかに繋がっているだけになった。
……ささやかな精度向上のために威力を下げたのが災いした。
しかし、そこに教授が聖なる矢の呪文を三連発で撃ち込み、その内の一発が左腕を完全に分断した。
左腕は落ちず、まだ剣の柄を無意味に握りしめている。これは好都合な偶然だった。左腕の重さで剣の速度が鈍るからだ。
先ほどと同じく、鎧のマナは聖なる矢の飛来方向を意識していた。
「次は教授に行くが、オレの呪文で防ぎきる。ふたりは畳み掛けてくれ。ルーシャ、最低でも二秒は斬り放題だ!」
読み通り、鎧は壁を蹴って駆け出して教授に肉薄し左腕の重さで減速した斬撃を振り下ろした。
その剣が教授の頭上数センチで見えない壁に当たったかのように止まり、激しい金属音が響いた。
透明な物質遮断結界はあらゆる物理的な存在を阻む。
ただし外側からの攻撃と同様、内側からの物理的攻撃も外に届かないし、移動しようとする肉体も止められてしまう。
ルーシャは鎧の後ろから即座に跳んできてその背を蹴りつけた。そのまま踏み込み体重をかけ、今度は右腕に右のナイフだけ突き刺しまくって穴をつなげていった。
体重で教授を覆う結界に押し付けられた鎧にできた隙は、五秒余りにも及んだ。
ヴァンは鎧の近くまで近距離転移し、呪文を多重詠唱した。頭上右に赤い炎の矢が七本、左に青白い氷の矢が七本出現した。
ルーシャは右手で突き刺しを続けながらちらりとヴァンの頭上の攻撃呪文を確認した。
左手で鎧の肩口に体重をかけ、右足で鎧の右膝の裏を踏むように蹴り出して足を不安定に曲げさせ、固定することで姿勢の立て直しをより遅らせる。
「魔術の多重詠唱!?」
教授の驚きの声と同時に、炎の矢が一本だけ、鎧の右腕の傷の近くに落ちて赤熱させた。
その炎が消えると同時に同じ場所に一本の氷の矢が当たり熱を急激に奪う、直後にまた炎の矢が一本着弾、再び熱する……。
ルーシャは今は右手を引いて腰のあたりから何やら光る細長いものを抜き出していた。
「なるほど、熱疲労か。む!? ルーシャ君、避けるんだ!」
鎧は全身を揺らして結界を利用し、反動をつけて斜めに倒れようとしていた──右腕がルーシャの頭に当たる軌道で。
ヴァンは呪文にさらなる遅延を課して、この攻撃を諦めて別の手を打つべきか逡巡した。
ルーシャは鎧の左側をすり抜けるように走った。
その手から伸びた鋼線──ヴァンはこの時点でそれを判別した──は鎧の左膝に巻き付いていて、その先端を持ったルーシャは鋼線を左肩にかけたまま引っ張り、ぴんと張ってそのまま体重をかけ続けた。
左足の動きを封じられた鎧が完全に背中から倒れ、ヴァンは呪文の狙いを修正してから遅延速度を元に戻した。再び熱と冷気の交互落下が始まる。
鎧はしばらく次の動きを考えるごとくじっとしていたが、すぐに右腕を振るってヴァンを斬ろうとした。
ヴァンはその緩慢な動きを注意深く観察し、小さく跳んで大剣の腹に両足を乗せ、そのまま踏むことで大剣の動きを強引に止めた。
瞬間、右腕が外れた。ちぎれた部分はぐにゃぐにゃになっていた。
鎧は両足を勢いづけて振り上げ、恐らく反動で立ち上がろうとした。鋼線が切れ、ルーシャの肩から血が噴きだした。
ほとんどの魔法生物は痛みなど感じない。腕がなくなろうが、動ける限り戦い続けようとするのだ。
「ぐぅっ!!」
「先生、ルーシャに治療を! ルーシャ、こいつを踏み潰すから手伝ってくれ!」
言い終わると同時に無詠唱の過剰加重の呪文が、鎧の胴に三百キロほどの重量を発生させた。耐え切れず軋む音。
ルーシャが床を蹴って鎧に近い壁めがけ駆け出した。
ヴァンはルーシャに注目しつつ、呪文を完全に制御することに努めた。
教授がルーシャの肩の傷を癒すための祈りを捧げ始めた頃、ルーシャは壁を駆け上がってなんと高さ四メートル弱の天井に足を触れさせた。
下を見た一瞬で天井を思い切り蹴り、稲妻のように落下する──鎧の胸の上へ。
体を回転させて足を下にし、ヴァンが精神を集中して呪文の影響範囲を鎧の上部の金属部分のみに集中したと同時にルーシャの足が鎧の胸を踏み、過剰加重の効果に駄目押しして鎧の胴部を完全に踏み砕いた!
鎧の内部のマナは完全に霧散を始めた。
ようやくただの甲冑の残骸になったのだった。
***
「さすがだなルーシャ。よくや……おい!?」
ルーシャは尻餅をついて両足を宙にぶらつかせた。
「痛ったー……ぐきって言った……先生、捻挫って治せますか?」
「本当に捻挫かよ!? お前、自分にできること以上をやろうとすんな!」
肩の傷を癒してから、教授はルーシャに駆け寄った。ヴァンは慌てて教授を囲んでいる結界を解除した。
「ルーシャ君、足首関節が砕けているよ……無茶をする子だな……」
「治ります?」
「なんとかね」
「……治療系の魔術ももう少し勉強しておこう……」
少しだけ休んだあと、ルーシャは足の状態が完全に回復したことを告げた。
「先生、この扉の向こうが正真正銘、一番奥の部屋です」
「ねえ、罠の類はないの? 敵っぽいものは?」
「扉とその先の部屋に危険なものはない。今破壊した自動甲冑が最後の番人だったんだろ。全知の呪文使うのもこれで最後かな」
「扉が固定されてるけど、隠し棚で見つけた知恵の輪みたいなのは……」
「ここの鍵だろうな。試してみろよルーシャ」
「うん……なんかドキドキする……開いた!!」
内部には古い魔法装置……遠距離転移装置と資料棚があった。
遠距離転移装置は古い遺跡でしばしば見つかるものらしい。
そこにあったのは操作盤、マナ活性化筒、それに転移したい者が乗る台座三つが、マナを伝達する太い送魔管で繋がれたものだった。
どこかにマナを貯蔵する容器もあるはずだが、見える場所にはない。
「む? 台座の上に何か落ちているね? ヴァン君、この装置は生きているのかね?」
「……装置全てのマナの供給が止まってます。乗っても大丈夫ですよ」
「よし。私が拾ってこよう」
こういうところで一番に触れたがるのが教授の性格だと言うのはこれまでの旅で十分、分かっていた。
だが……
教授が台座に乗ると、機能しないはずの台座に輝く魔法陣が現れた。
「な!?」
「やられた! 探知阻害の魔力だ!! 戻ってください! 急いで!」
全知の呪文を信頼しすぎた。
忘れていたのだ。探知系や感知系、知覚系の呪文を阻害する種類の呪文の存在を。
極めて強力な魔力すら隠すことができる呪文が使われていたのだ。
教授はすぐに向きを変えて台座から降りようとしたが、魔法陣から立ち昇る、広がりつつある光の柱へと滑るように引き寄せられ始めた。
「先生!!」
ルーシャリエが教授の手を捕まえて引っ張ろうとした。
掴みはしたものの、光が強くなるとルーシャは逆に引きずられ出した。
「ルーシャ! 捕まえた! 教授を……がはっ!!」
ルーシャの手を握ったヴァンの頭に上から何かがぶつかってきた。
腕は離さなかったが、脱出のため使おうとしていた瞬間転移呪文が霧散し、三人とも光の中に吸い込まれた……。
***
ここまで話し終えたルーシャの目の端に涙が光っていた。
ヴァンは話の途中で意識が途切れ、今は寝台に寝かされて静かに胸を上下させている。
「あたし、一気に引っ張られたときに先生の手を離してしまったの。引きこみが強すぎて、手の力が足りなくて滑ったの……」
「それが最初の?」
「うん。世界渡り。あたしたちが飛んだ世界に先生はいなかった……」
「そうか……話の引継ぎ、ご苦労さん。ヴァンも寝たしパティもうとうとしてる。我々も休もう」
「そうね……」
ふたりは立ち上がり、レンダルはパティを抱き上げてからその寝顔をしばし優しく見下ろして、ルーシャに預けようとした。
「あ、ごめんなさい。あなたが運んでってくれない? あたしやっぱりヴァンをもう少し待ってみる。起きたら部屋へ帰らせるから」
「おいおい、大部屋は女部屋だろう? オレに入れって言うのか?」
「ヴァンが、あなたは信用できるって言ってたから。それに、寝てるとしてもパティちゃんの近くで後ろめたいことはできないでしょ?」
「やれやれ……」
ぼやきながらもパティを抱いたレンダルは部屋を出た。
ルーシャは扉を閉めてから足音が遠くなるのを確かめ、大股で寝たふりをしているヴァンに近づいた。
ヴァンは薄目を開けてから上半身を起こした。
「寝ちまった。話の続きしてくれたんだな。ありがとよ」
「いつ目を覚ましたの?」
「レンダルが休もうって提案をしたとこだ。ついさっきだよ」
「合図したわよね? 話があるんでしょ?」
「山賊は残り十四人くらいいるんだよ。悪いけど、お前にその後始末を頼みたい」
「あたしひとりで?」
「油断しなきゃひとりで殺れる連中だ。魔法使いも戦闘が得意な奴もいない。調べた」
「それにしたって、十四対一なの? 拗ねてないであんたも手伝いなさいよ」
「オレは明日はマナの回復に専念するの」
「じゃあ明後日にしましょ」
「逃げられる前にやる必要がある。それから、三対一だ」
「ええ? 数が合わないじゃない」
「お前が普通に戦えば、一度にお前を攻撃できる間合いには三人しかいられない。多くてもな。それ以上だと味方の武器が怖い」
「……あんた、軍隊式の武器戦闘訓練受けたんだったわね?」
「ああ。訓練を受けた世界で槍を買った。一度に三人なら怖くねえだろ?」
「……レンダルみたいなのはいないでしょうね?」
「いない。本当の雑魚だけだ」
「いいわ。首は?」
「賞金が懸かってるのもいねえし、この街そのものに害を成したこともないだろうしな。持ち帰る意味はないだろうよ。明日も正午起きだよな?」
「それ以上、急ぐ必要がなければね」
「ない。頼んだ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
ふたりは部屋を出てそれぞれの寝室に入った。
レンダルはまだ起きていて、横になったままヴァンに小声で話しかけてきた。
「思ったより早く起きたな。さっさと毛布にくるまっておけ。立ったまま寝ててもオレは放っておくぞ」
「あんたに話があるのを思い出した。その後で寝る」
「……ここで話すか?」
「これくらいの声量なら問題ないさ。明日の午後一時頃にルーシャをあんたらの根城にやって残党を始末させる」
「……好きにすればよかろう」
「生き残りに殺すのが惜しい、あるいは殺すほどの悪じゃない奴はいるか?」
「……調べたな?」
「バレるか、さすがに。オリアスとクエットを逃してやってくれ」
「オレが奴らの頭に返り咲くとは考えんのか? お前の女はその場合、捕虜になるぞ?」
「あんたは信用できる奴だ」
「あるいはそのまま逃げを打つかもしれん」
「あんたはオレの頼みを聞いて、まだやり直しが効くふたりと一緒にここに戻ってくる。賭けてもいい」
「……お前たちは何なんだ? もう少し人を疑え」
「言い忘れたがルーシャはオレの女じゃない。あいつはあいつだ……真実を求めるにはまず疑え、友を得るにはまず信じよ」
「後半はなんだ? お前らの世界の格言か?」
「オレの師匠の言葉だ。師匠は人嫌いでね、まったく無名の大魔術師だ。山奥に隠れ住んでる」
「信じて裏切られて人を信じられなくなった奴が言いそうな言葉だな」
「残念ながらそいつは外れだ。明日の早朝に出てくれ。こいつを渡しておく」
「いきなり投げるな。何だこれは? 高値で捌けそうな襟留じゃないか?」
「そいつを口の前に持ってきて話したい相手の名前を言えば、あとは手に持っているだけで相手に言葉を伝えられる」
「お前に報告するわけか? だが何のためだ?」
「行きは最短経路と道沿いを避けてくれ。あいつは足跡を見つけたり辿ったりするのがうまい」
「帰りはどうする?」
「だからそいつを渡した。ふたりを口実つけて物陰かどこかに集めて、オレを呼んでから宝石が光ったら確保したって言ってくれ。三人をここまで召喚する」
「なるほど。それは追跡しようがないな」
「じゃあ、頼んだぜ。明日は呪文封印のつもりだったんだがなぁ……」
「……もう寝やがったか」
レンダルはため息をついた。自分も寝ようとしたが、何度も寝返りを打った末、どうしても口に出さないまま寝る気になれなかったので──
「くそ! 好き勝手言いやがって……何のつもりだよ……オレにできる礼なんざねえってのによ……!!」
レンダルの胸中を満たしていたのは、完全なる敗北感に似たものだった。