一・このたびは何度目の「はじめから」なのですか?
ご注意:
・この作品は、本文、前書き、後書き、タイトルなどを予告なく差し替えることがあります。ご了承ください。
・品質と技術向上のため、厳しいご指摘でも感想にいただけますと幸いです。感想は良い点とか悪い点は未記入でも構いませんので。(気になったところを教えて欲しいとは思いますけど)
最後に肉を喰らったのがいつだったか?
記憶にはもちろんないが、ここしばらく何も口にしていないのは確かだった。
それらは四つ足の獣だった。いつから飢えているかすら覚えていられない、とどのつまりはただの獣だった。
獣たちの前で異様な現象が起きても、驚きはしたが、その意味を考えることなどできなかった。
数秒間の閃光の末、火花の弾けるような音がしたのだが、その後に現れた人間を見て彼らが喚起されたのは、純粋な食欲のみだった。
悲しいまでに、彼らは単なる獣だったのだ。
***
「ルーシャ、目を開けな」
ヴァンの声に目を開けたルーシャリエは、まず陽光をはじく大草原の景色を認め、じわと滲む涙にすぐまた瞼を閉じた。
灰色の瞳には彼女の関心を引くようなものは映らなかったようだ。
「まぶしっ! なに? こっちは真昼間なの?」
目を閉じたままぼやくと、平衡感覚を取り戻すまでと思い草の上に座りこんだ。
「あーもう、やんなる! また寝る時間がずれて不眠と寝不足に悩むわけ?」
「ルーシャ……」
ヴァンの目に苛立ちが宿る。その容姿のうち、十七歳に見えない唯一の部位が、底知れぬ深みを想起させる黒の瞳だった。
「あんたよく飛んだ直後も地面にまっすぐ立ってられるわねぇ」
「ルーシャリエ」
「少し休むから待って……」
あまりにのんきな相棒にとうとう怒鳴った。
「あのなぁ、お目々もっかい開いてよく見ろ、特に前方約五メートルの草の上とか!」
動きやすいよう後ろでひと括りにした黒髪が怒声と共に踊る。
ルーシャは緩慢な動作でだるそうに立ち上がり目をこすった。
が、その両手にはいつのまにか投げナイフを逆手に握っている。
「最初から言ってくれればいいのに。こういうの何度目だっけ?」
両手を後ろ髪に持って行くと、背中まで流れていた癖のない銀髪が踊って瞬時にまとめられた。
両手の指の動きはあまりに早すぎたので、この過程を細かに観察できる者は人間とは言えないだろう。
「数えてない。てかな、お前も学習しろよ。オレがお前の歳だった頃は……」
「待った! 女の子に年齢の話は禁句っての、学習しなかったの?」
「十五歳が気にすることか?」
ヴァンはため息ひとつつき、紺色のローブの袖から魔術師のワンドに見える短い棒を取り出して軽くひと振りした。
そしてワンドから二メートル強の槍に変化したものを両手に構えた。持ち運びに便利な大きさのときにはなかった鋭い穂先が、降り注ぐ光を受けてきらめいた。
もっとも、これらすべての現象に驚ける知性を持つ生き物ではなかった。
獣たちはただ突進力と鋭い角で目の前の獲物を屠ることしか念頭にないらしい。
サイに似ているがふたつの目は顔の前面に存在した。
視界の邪魔になりかねない太い角はサイのそれと違って前方にまっすぐ突き出している。
おかげで両眼は真正面の対象を遮られることなく見えるらしい。
「肉食獣の目ね。ねえヴァン、こいつらっておいしいと思う?」
体高一メートル半ほどの獣たちを前に体を揺らしつつ叩かれた軽口に呆れた声で、しかし率直に答える。
「大味なんじゃねえか? あと、焼いてから食った方がいいだろうがいつも言ってる通り……」
ルーシャがくすりと笑みを浮かべ続きにかぶせた。
「オレは猫舌だから味見は絶対にしねぇ」
言葉の途中で、ルーシャの姿は風になった。
四匹の獣が反応するより速く、ナイフが風を切る音と共に獣たちの両目が裂かれ、鮮血がしぶいた。
激痛に怒りの咆哮を上げかけて目を閉じた頃、彼女は獣たちの後方でふわりと立ち止まり、華麗なターンを見せつつ相棒に注文した。
「手応えなくてもう飽きちゃった。まとめて凍らせてくれる?」
返答の代わりにむっつりした顔で槍を軽く差し上げると、草が強風に舞い上がり、引き起こされた風の動きに乗って渦を巻いた。
四匹を巻き込み荒れ狂う竜巻はすぐに白銀にきらめきだし、鋭い無数の氷の欠片は厚い皮膚をたやすく切り裂いて竜巻に血の赤を添えた。
白銀に赤を足した竜巻は数秒でおさまり霧散した。
「マナを無駄遣いさせるなよな」
槍を軽く振り、元の大きさに戻して袖に落とす。満足した表情で服についた草を払いつつ、ルーシャ。
「何回見ても綺麗。この呪文、名前なんだっけ?」
「その質問の回数をオレは尋ねたい。凍結気流」
「覚えた。ところで、解凍して焼き直すのは……」
「オレはやらんぞ」
「そうよね。ま、いっか」
ルーシャリエは氷漬けになった獣を軽く拳で叩いてみた。
衣服には返り血ひとつついていない。
ナイフはいつしまったのかその手にはなく、ついでに髪もほどけていて爽やかな風を受け奔放に泳いでいた。
「さて……」
ヴァンがいつもの癖でこめかみに左手の人差し指を当てる。
「こっちではどこにいるのかな? スウォートさんよ?」