8部屋目 ヒトの恋路はジャマしちゃいけない
「ご、誤解だよ!」
僕は大慌てで否定した。
「アリスへの告白は、兵藤くんも撤回したから!」
「おまさんはニブいのお! ヒョードル様は、告白ン時点で証明してしもたがよ! 『ウチんことは、別に愛しとらん』チ!」
「す、好きかもしれないじゃん!」
「ヤカましい! ウチと両想いやったら、アリスに2股宣言した浮気者ちぅコトじゃろが! ――って、ウチに何言わすがよ!!」
「うっ……」
ヤバイ、ぐうの音も出ない。
「そもそもヒョードル様は、そがな人と違う! 軽々しく告白なんかせんちや! その証拠にウチ、い……いっぺんも、告白されたコトないがよ!?」
闘犬少女の目に、涙がにじむ。
「即断即決いうがァは、ウチらの仲もとうから認めちょるばぁに思たがよ! 『楓、お前が好きやき!』言わんがは、長年連れ添うちょるからチ思たがよ!」
「ち……違ったみたいだね」
「他人事と違うー!」
クワッと怒り顔に変わった。
「ほうよ、おんしゃあ! 昨日もヘラヘラ笑ぅちょったな!」
「えぇっ!?」
「バカにすな、こン泥棒猫! ヒョードル様の気を引きとうて女装したがやろ!」
「い、いや! 僕は兵藤くんのことを、恋愛の意味で好きじゃないから!」
「ハァッ!? ほいたらおんし、好きでもないがァにヒョードル様をハメたいうが!? 最低ぞね!」
鹿野さんは柏手を打った。
「グルル、【土筆】召喚……。性悪な悪たれ小僧、覚悟しちょれよ……?」
床に展開した小さな魔法陣から、茶色い妖精【土筆】がニョキッと現れた。他の基本精霊と違って羽根はない代わりに、馬のような尻尾が生えている。
「時に、おんしゃあよぉ? 709には、別ルートがあるって知っちゅうが!?」
「い……一応は」
新しい部屋の場合、まずは徹底的にクリア条件が調べられる。たとえば、ボスっぽい敵を倒す、知恵比べで勝つ、はたまたカギを取る……などなど。
そののち、運が良ければクリアとなるのだ。トートツに。
「えっと、新しい条件でクリアすると、案内板に記入されるよね。709だと余白が1行あるから、分岐は『2』だろうって」
「そうよ! 加えてオーブも取れるけん、貢献度が高いが! ――来いや、【土筆】!」
「ぴゅん!」
【土筆】が飛び込んだ鹿野さんの体は、ブワッと金色のオーラを放った。
「ウチは短期決戦がカギと思ぅちょるがよ! 弱点の真水で叩いて、狂戦士モードにさぃちゃってから、すぐさま撃破&オーブGET! こン戦い方をマネれるがァは、おまんと違う! おまんのお兄と同じ、茶色のウチやけんね!」
琥珀のブローチを親指で示すと、不敵に笑った。
「いいや! ジニー師匠だって超えちゃるわ! ウチが最速で倒して、別ルートを開くがよ!」
――僕の兄貴を、超える?
パニックだった頭が、スンと冷えた。
「ごめん。それはムリだと思う」
「むっ……ヤカましい! ええけん、見ちょれ!」
ポニーテールをブンブン揺らして去っていく犬耳少女。
入れ違いで、Q次郎とジニーが衣装部屋から戻ってきた。
「うお~、怖っ。薫子様に恋のライバル出現だな」
「茶化さないでよ、Q次郎」
「そうじゃぞ、おQ。色恋でこじれると後を引くでの」
ペシッと叩いた幼女は、僕に深々と頭を下げた。
「済まぬな、薫。決着後までは伏せておきたかったんじゃが」
「大丈夫だよ、ジニー。心遣いありがとう」
そこに、素面の猪尾さんが現れた。
「おはよう、菊知くん。私もワンちゃんのチームに呼ばれたわ。――ごめんなさい、間が悪くて」
「ううん、招集自体はよくある話だし。サルベージが最優先だよ」
「あのワンちゃん、『ウチらが先に昇る!』って吠えてたけど、大丈夫?」
「ん。それは平気」
「じゃあ作戦どおりなのね、恋人を奪ったのも」
「あ、いや。そっちは不本意だから……」
兵藤くんがフッた話は、すでに聞いてたからさ。鹿野さんの言う「恋人同士」って、てっきりネタだと思ってたよ、ハァ……。
自分への恋愛感情って、本人が一番分かんないもんだよね。
猪尾さんのあとに探索届を出した僕らは、衣装の準備をしつつ、彼女たちの活躍を見守ることにした。
◆ ◆ ◆
〈安心プロジェクト〉初の生配信は、異世界マンション前から始まった。
『オーホホホ! 皆様、ご機嫌よろしくて!?』
『ウチら3人で、バカンスに行くがやき!』
『正確には討伐ですね。ワンダ・フルガールさん』
※:令嬢きた! これで勝つる!
※:土佐のワンコ!(なお埼玉生まれ
※:はぁ~、聖女様ありがたや~
撮影は、聖女ちゃんの【向日葵】だろう。視聴者コメントは各自、空中ホログラムで確認している。
3人はエレベーターに乗り込むと、プロジェクトの概要を説明していた。到着すると、闘犬少女が案内板を指し示す。
『ウチらが来たがァは、709号室の“海岸”! 海のお馬さんトコよ!』
『オホホ、筋肉ムキムキのケンタウロスね~』
※:海の王……? ナクラやないかい!
※:かまへんかまへん
※:前衛1人のジニーさんスタイルで大丈夫かワンコ?
『ガルル……今日のウチは、ジニー師匠の最速タイムを超えるがよ!』
『オッホホホ、ワンダさ~ん? 大口を叩くのは、はしたないですわよ~? 焦らず、優雅に……』
『汐音は黙っちょき!』
『――はみゅ』
※:しおしお~んw
※:ヘッポコで草
※:いっつもヤラれてんな0嬢
『ええかー、みんなー? ヒョードル様にふさわしい乙女は、アリスと違う! ウチやき!』
※:あっ(察し
※:イヤな事件だったね……
※:ワンコ「ウチのほうが、先に好きやったのに!」(泣
※:↑やめたれw
『あ、あんなん、ノーカンよ! 師匠の弟が、ヒョードル様をダマしただけちや! せやけん、今日はウチらの前に昇らいちゃろ思ぅちょったけんど、泥棒猫やき後回しよ! おまんらリスナーは、ウチらがクリアした後、寂しゅう水鉄砲撃っちょるアイツを見に行っちゃり!』
※:お、そうだな
※:超早口で草
※:ヒョードルの恋愛感情を確定させちゃったもんなー
※:シュレディンガーの泥棒ネコw
「へへっ、さすがはワンコの視聴者ども。育成が上手いぜ」
Q次郎がほくそ笑んだ。
「で、相棒。かしまし娘はクリア出来そうか?」
「うん。肉球をペットボトルの水で濡らしてるし、千桜さんと猪尾さんも必要な精霊を出してあげてるからね。セオリー通りなら勝つよ」
「恋敵相手に冷静だな……っと、いよいよ〈黄金づくし〉か」
【土筆】を喚んで体に取り込んだ鹿野さんが、ぶわっと金色のオーラを放つ。
※:出た、黄金づくし!
※:スーパー野菜人「男の娘のことかァー!」
※:ホ(ー)ステ(ー)ル、入ってる
『いよっし、出陣やき!』
犬耳少女は、カメラ役の【向日葵】を引き連れて浜辺へと駆けていった。
後方に一度画面が向くと、他の2人はエレベーター内で控えている。
※:エレベーターガールが豪華すぎる件
※:エガは基本
『おまんら、ここのクリア条件はシンプルぞね。対岸に見えゆう1mぐらいの石柱から、石板をちょっと上げちゃる、こんだけよ! 砂州が伸びちょるけんど、イキナリ行くと罠やき、注意しぃ!』
※:気安く言ってくれるなあ……
※:砂州の幅狭いから、ヘンタイ馬の襲撃かわせねえで4んだわ
※:↑成仏して、どうぞ
浜辺に到着すると、すぐさま沖で豪快な水しぶきが上がった。
『ぐあーっはっはっはああぁーっ!』
けたたましい笑い声とともに現れたのは、皮膚の全くないケンタウロスだった。骨張っているわけではなく、むしろ、赤と白の分厚い筋肉をグロテスクに脈動させている。
『愚かな奴めえっ! 吾が輩相手に、貴様1人だとおっ!?』
『ウチと、後ろの2人やき!』
『それでも3人かあ! ナメられた……ものだなあ!』
怒気をも曝け出した海の怪異が、鹿野さんの元へと迫り来る。体長およそ3m。濡れた長髪を振り乱し、睨みつける両目は燃えるように真っ赤。数多の冒険者を屠ってきた強敵だ。
もっとも、画面越しだと。
※:塩水シミそー
※:ケンタの巨人、進撃待ち
コメントはかなりユルい。
『さぁて、戦闘開始やき!』
ホログラムを消した鹿野さんは、素早く波打ち際まで距離を詰めた。浜に上がってきた馬体の側面に回るや、真水の染み込んだ肉球を繰り出す。
『シャギャー!』
拳に触れたナックラヴィーは、盛大にのた打って砂を撒き散らし、狂戦士モードに移った。
――ブワッ!
赤白い体中の筋肉から、ドス黒い瘴気を噴出させる。
※:うおっ! 《モータシーン》来た!
※:9割デバフ&高速スリップダメージでしゅーりょー!
※:じゃけん、聖女様が【ドクダミ】喚んで、《毒無効》する必要があったんですねえ
『――ジャギャアアアアア!』
病気で倒れないと見るや、ナックラヴィーはますますいきり立った。前足で蹴りつけ、長い腕を激しく振り回す。
『当たらんちや!』
巧みなフットワークでかわし続ける闘犬女子。重い馬体で足が沈むナックラヴィーとは対照的だ。
『【土筆】の効果で、砂地もへっちゃらやき! このまま叩くぞね!』
※:つくし♂を体に入れ、ウマの尻♂を追いかける
※:アッー!
※:でも突っ掛かりすぎじゃね、ケモノ女子?
『ガルッ! 泥棒猫に、格の違いを見せつけちゃるがよ! 人の恋路をジャマする性悪は、馬に蹴られて死ぬがやき!』
※:え
※:あれ、フラグ?
直後、強打のカウンターに回し蹴りが来た。なまじ踏み込んだため、後退してもかわしきれないが。
『――甘い!』
大きくしゃがんで寸前で回避し、再びラッシュを叩き込む。
『シャギャー!』
『ウチは蹴られんちや! このままガンガンいくぞね!』
※:おおー! 今日は負け犬じゃねえ!
※:ヤダ、かっこいい…(トゥンク
「んむ、楓のヒット&アウェイか。強打が続けば、記録更新も狙えるの」
「続けば……ね」
僕はモニターを見据えていた。
「兄貴に比べて、速さも力もリーチも足りない。真似から入るのって、学ぶにはいいよ? だけど、どれも兄貴の水準に達してなかったら、超えるハズがない」
「ぬぅ~む。薫がいつになく怒っておるのお」
「へっ、当然だぜ。相棒は、ジョニーさんを誰より近くで支えてきたんだからよ」
――兄貴が精霊をヒミツにしてたのも、なるべく色んな攻略をしてほしかったからだ。
魔力が茶色で、しかも【牡丹一華】まで一緒だったら、SSSの兄貴が先に確認しちゃってるから。
「本当は、色のカブりだって不利なんだよ。よっぽど特化してない限り、兄貴が試してるもん」
「んむ。ナックラヴィー相手に【土筆】を入れる戦法も、丈一の発想じゃしな。単に、メインで選ばんかっただけよの」
鹿野さんの顔に、焦りの色が濃くなってきた。当初こそ連打が決まったものの、次第に空振りが増えてきたせいだろう。側面を取って腹にパンチする間隔が、徐々に開いてきている。
『クッ! 早う倒れや!』
腰を落として渾身のストレート。久々のクリーンヒットだが。
「あ……終わりだ」
直後、【土筆】の効果が切れた。
『はへっ?』
『シャギャー!』
呆けた鹿野さんの顔に、筋肉隆々の後ろ足が迫る。
ドッゴオオォォーーーーーッ!!
『ふぁぼ……!』
勢いよく蹴り上げられた鹿野さんは、猛スピードで後ろへ吹き飛んだ。すぐさま縦回転も加わり、特大のムーンサルトを披露させられたのち。
ドッボオオォォーーーーーーン!
浅瀬へと顔面からダイブした。
配信のコメント
※:ワンコちゃん吹っ飛ばされたー!
※:これ絶対(ひづめが)入ってるよね
※:楓「前が見えねェ」
※:↑出てるの足だけだもんな!
※:つーか、スケキヨww
※:ワンコがwww犬神家wwwww
※:芸術点高ぇ4に方で海草生えた




