6部屋目 私を忘れないで
結局、Q次郎はテイク5で勘弁してあげた。
「へへっ、ルカちゃ~ん? 心優しいリスナー様に、感謝しろだニャン♪」
「ナメクジ、貴様……!」
「うわ~、目付き怖っ。なァ、【勿忘草】?」
Q次郎は、肩に留まった紫色の基本精霊をなでてみせた。
僕の【睡蓮】に似た妖精タイプで、見たものを《撮影》できる特技の持ち主だ。さっきまでスマホ(※スーパーマジカルフォンの略)を使って生配信していた技術も、こういった精霊に支えられている。
「フン。覚えておけ、貴様ら」
兵藤くんは金髪ツインテールのまま、僕の右手首を指差した。
「マンダンのエースたる俺をコケにしたんだ。じきに課長から、全冒険者へ通達があるぞ」
「それって、『僕を回復するな』とか?」
「ああ。さっさと治しておくことだな」
サラマンダーに噛まれた切断面は、玉虫色になっている。
僕は柔和に笑った。
「ありがとう、兵藤くん。気遣ってくれて」
「ハァ!? べ、別に、お前の心配などしていない!」
少女姿の彼は、赤らめた顔を明後日のほうに向けた。
「ただの一般論だ! 負傷の放置はマズイだろう! アテはあるのか!?」
「大丈夫だよ、聖女ちゃんに頼むから」
「――ああ、令嬢の相方か」
つかのま安堵した兵藤くんだったけど、スグに苦虫を噛み潰したような顔へと変わった。
「治療だけならいいが、パーティーにも加える気か? アレは相当な食わせ者だぞ」
「ククッ、カワイイもの好きの聖女だよな」
Q次郎は、兵藤くんをグルグルと指で囲った。
「魔法少女のルカちゃんも、コレクション棚に飾られちまうかもよ~?」
「フザけるな」
「つっても、内心コスプレにハマったんじゃねえか? まだヅラすら取ってねえしよお」
「バカめ、認識を改めたダケだ。Bランクのアリスが平然と女装しているのに、Aの俺が取り乱すなど、それこそ恥さらしだとな」
そこへ、白服のノッポ少年と、緑服のチビッコ少年が来た。
「本日の回復行為、終わったッス!」
「同じくです、ヒョードルさん! 今日はジニーさんがピンチだった影響で、昇る人が少しだったです! ――あれ?」
下級生ペアは、ツインテールの兵藤くんをまじまじと見た。
「ヒョ、ヒョードルさん……ですよね?」
「当たり前だろう」
「なんか……スゴーくカワイイです」
「ハァ!?」
「あ、いえ! に、似合ってると、言いたかったダケ、です……」
「女装がか!」
「そ、それは……」
「違うッス! む、むしろ逆ッスよ!」
ノッポ少年が、両手をぶんぶん振って否定する。
「えーっとッスね! その黒いミニスカとか、全然似合ってねーッス! ナメクジのセンスは壊滅的ッスよ!」
「何ィ?」
兵藤くんが睨め付けた。
「カツラ以外を選んだのは俺だぞ! 服がダサいという気か!?」
「「えぇ~!?」」
大弱りの2人には、少し同情する。
「フン……。だが、オフ日も治療するのは感心だ。魔力も順調に伸びているし、Aランクになる日も近いだろう」
「! う、嬉しいッス!」
「ですです、ありがとうございます!」
目を輝かせる下級生たち。
――なんだかんだ言って、気配りするリーダーだよね。
「フン。じゃあな、弟」
「うん」
マントを翻して去る兵藤くん。その後ろを、下級生らも付き従っていた……かと思いきや、2人仲良く振り返り、「んべーっ」と舌を出してくる。
あはは……慕われてるなあ。
「んむんむ、面白きトリオじゃったのお」
「あ、ジニー。どうだった?」
「無事にゲットしたぞい」
「ありがとう」
幼女精霊は、聖女ちゃんに診てもらう整理券をヒラヒラさせた。
「件のミルニャン嬢じゃが、今日の回復はワシらで終わるようじゃの。あと10分ほどで順番が来るぞい」
「分かった。それじゃ、着替えてから行くよ」
◆ ◆ ◆
小柄な聖女ちゃんは、組合の一室で治療を行っていた。
「いらっしゃい、ジニーちゃん」
「ヤッホーじゃ~」
幼女を優しくハグした聖女ちゃんは、僕にほほ笑んでくれた。
「弟くんも、激闘お疲れ様。聞いたわよ、あのヒョードルくんに勝ったんですって?」
「部屋の指定は僕だけどね」
「それでもスゴいわよ~」
指揮棒のような小型杖を手首に当て、【再生】を唱えてくれる。白い光が断面を包み、右手の輪郭が浮かび上がってきた。しばらくのちに実体化し、感覚が戻ってくる。
「はい、完了ね」
「ありがとう、聖女ちゃん」
「ウフフ、治療するのは当然よ」
白いローブの両裾をつまみ、しおらしく礼をする。そのさい、サラサラの銀髪が顔に掛かったようで、そっと耳にかき上げていた。
「魔力は8色で、誰もが1人1種類ですものね。白を持っていた者の務めだわ」
「それでも、ほとんど組合に詰めてるのは大変じゃない?」
「みんなの笑顔が、私の幸せなのよ」
パールのブローチに手を当てる姿は、まさしく慈愛の女神だった。
「ケッ。おい薫、早く本題に入ろうぜ」
「Q、言い方」
相棒をたしなめた僕は、聖女ちゃんに向き直った。
「あのさ、ミルニャンちゃん。シィポンお嬢様から、兄貴の話は聞いた?」
「ええ。そのお返事は、撮影を終えてからするわね」
聖女ちゃんは、棚に並んだ巧緻な妖精フィギュア群に手を振った。
「おつかれさま~、【向日葵】ちゃん。今日の撮影は終了よ~」
すると、そこに交じっていた白い精霊が、コクンとうなずきアストラルに帰っていった。Q次郎の【勿忘草】同様、【向日葵】にも《撮影》の特技がある。
「ふぅっ……。さてと」
彼女は銀髪のウィッグを机に脱ぎ捨てた。
「パーティー加入の話だっけ、あなたたち? てんでダメ、NOよ」
「お前、【向日葵】消えると愛想ねえよな」
「仕事のオンオフはキッチリしたいの」
「ヘッ、流石は『くるみ』。名前どおりのおカタい頭だぜ」
「そういうアナタは、『ナメクジ』っぽいグズグズの脳味噌よね」
棚のそばに立つQ次郎を見据える黒髪ショートは、同学年の猪尾くるみさん。「聖女ミルニャン」の笑顔はカケラもない。
「シィポンから、『幼女ジニー』の正体は聞いたわ。丈一さんのお供って、【風の精霊】だったのね」
小型杖を一度置き、木製デスクの縁に品良く腰掛ける。
「返事は直接弟くんに言うって答えたら、すごく嬉しそうだったわ。賛成するって思い込んでたみたい」
「あいつポンコツじゃねえか」
「悲しいほどに同感ね」
猪尾さんは、ジニーへと視線を落とした。
「それでも、念願の『菊知パーティー』入りでしょ? 人生バラ色なのよ、シィポンは」
「んむ? お主は違うのか?」
「マンダンから離れるのを甘く見過ぎ」
机を軽く叩く。
「こういった、医務室でのバイトなんて便宜は、脱退したら全部消えるわ。その上、弟くんのパーティーに参加? ツブしてくれって頼んでるようなものね」
「うっ……。兵藤くんも、課長の妨害を警告してた」
「でしょうね」
猪尾さんは、僕に杖を向けた。
「ねえ、弟くん。私がリスクを冒してまで、参加する意義はあるの? 周囲を納得させる実力は?」
僕は、しっかりと見つめ返した。
「709に挑戦するよ。ジニーの力抜きで」
「正気!? 7階って……倒せる目処がついたの!?」
身を乗り出す猪尾さん。
「でも……そうね。安定してクリア出来たのって、それこそ丈一さんダケだし。恐怖のケンタウロスに打ち勝てば、みんなも認めるわ」
「じゃあ、猪尾さんも、クリアしたらパーティーに入ってくれる?」
彼女は、人差し指でテンポ良くほほを叩いたのち、その指を前に出した。
「追加条件が1つ。――ジニーちゃんと、1対1でお話しさせて」
視線でドアに誘導される。
「分かった」
僕は、Q次郎を見てうなずくと、連れ立って退出した。
「ねえ、ジニーちゃん」
猪尾さんは、僕らが去った途端に腰を上げた。
「今、丈一さん本人の意識はあるの?」
「眠っておるから、ないハズじゃのお」
「なら、完全にあなたダケなのね?」
「そうじゃな」
猪尾さんは、半眼のまましゃがみ込んだ。
「これから行うことを、黙っていて」
「んむ?」
「そしたら、スグ仲間になるわ」
「何じゃ? イマイチよう分からんが、パーティーに入るなら承知したぞい」
「OK、契約成立ね」
彼女は、ジニーにゆっくりと手を伸ばした。その後、壊れ物を扱うかのように、そっと抱きしめたのち――。
「はっにゃ~ん!」
猫なで声で頬ずりした。
「ジニーた~ん! ミルニャンでちゅよ~?」
「ん、んむ!?」
「魔力あげりゅかりゃ~、これからもスリスリさせて欲しいのにゃ~!」
「お、お主……変わりようがスゴいの」
「にゅう~ん、ジニーたんがカワイすぎるせいだにゃ~! くぬくぬ、魔性の幼女めぇ~!」
すりすり、抱き抱き。
「のお、くるみ……。お主も大概カワイイと思うんじゃが」
「え~っ、ヤダヤダ~、ヤ~ダ~! みるにゃんは~、カワイイ子に甘えたいダケで~! カワイイってのを、言われたくはないんだにゃ~!」
「んーむ、難儀な性癖じゃのお……」
ジニーは、彼女のほほにキスをした。
「薫のためじゃ。黙っておくとしよう」
「やたっ! ゼッタイよ? ゼッタイだからね!?」
「ウソは言わん」
「にゅぅ~ん、良かった~……」
丹念にジニーをなで回した猪尾さんは、「あ、そうだ。廊下で待たせてたんだっけ」と、白ローブの乱れを整えた。卓上の鏡で、スンと冷めた表情を作ったのち、ゆっくりと部屋のドアを開ける。
「弟くん、話はついたわ。私がパーティーに参加するってね」
「それは……ありがとう」
僕らは再び中に入った。
「でも猪尾さん。さっきは、クリア後に加入するって話じゃ……」
「都合のいい変更なら、黙って受け入れるべきよ」
「う、うん」
「ヘッ、とんだ性職者だぜ」
Q次郎が前に出た。
「お部屋で1VS1の理由が、幼女にセクハラとはよお」
「あら、ヒドい言いがかりね」
猪尾さんは澄ました顔だ。
「ナメクジさんは、物覚えが悪くて困るわ。前にもあったでしょう? 私をケナしたその日に、『治してくれ~』って泣きついてきたコトが」
「昔のことは忘れたな」
「じゃあ、今後について。私がパーティーに入ると、さらに回復は依存するんだけど、そんな口の利き方でいいの?」
「うへぇ、今度は脅迫かよ。白魔道士が毒吐きまくっていいのか?」
「いいクスリでしょ、あなたには」
猪尾さんは鼻で笑った。
「そうそう、弟くん? もしナメクジさんが無礼な態度を改めないなら、パーティーからの追放を提案するわ」
「猪尾さん……」
「あなたは甘いのよ。だって彼、おカワイイ精霊が1体だけでしょ? オーブを使って進化もしてないし、戦いにはそぐわないわ」
「へっ、そいつぁ誤解だな。21世紀は情報戦だ。どギツい暴露に、泣きじゃくる奴が出ちまうぜ? 今からよ」
「――え?」
Q次郎は、これ見よがしに肩の勿忘草をなでてみせた。
「コイツはお利口さんでなぁ。ジーッと、定点カメラみてえに《撮影》してんのさ。お前をな」
「ど……どういうコト?」
Q次郎は、勿忘草をヒョイとつまんだ。ヒザと腰の関節を伸ばして、立ち姿に変える。フィギュアの勿忘草を。
「ま、まさか……!?」
血の気の引いた猪尾さんが、おそるおそる棚に目をやると。
「ぴゅい!」
【勿忘草】が、ヒョイとVサインした。
「イヤーーー!!」
Q次郎「スリかえておいたのさ!」




