5部屋目 カワイイ=強い!?
「ぐぅっ……。き、貴様ァ……!」
兵藤くんは下級生2人に助け起こされていた。キツく睨んできたけど、僕がウィッグを被り直すとたちまち視線をそらす。
「ひ、卑怯だぞ、貴様! 取れよ、それ!」
「アレ? 焦った兵藤くんって、結構カワイイ?」
「何ィ……!?」
「おいおい、薫子様。男は狼だぜ?」
Q次郎は片眉を上げた。
「いいか、倒れたヒヨドリちゃんはローアングルだったろう? そんな奴が『取れ』つったんだ。とすると……、ターゲットは『お股の布』だわな」
「――えっ?」
水色のスカートが少し開いていたので、スッと両足を揃える。
「兵藤くん……エッチ」
「違う! 断じてソレじゃない!」
あわてて彼は、Q次郎に詰め寄った。
「言えよ、ナメクジ! こいつが薫だって!」
「いやぁ~、『好き』の形は様々だしな~。あんだけキラってたヒヨドリちゃんが、新たな一面にコロッとヤラれちまったかと思ってよ~……ククク」
「そのムカつく笑みをヤメロー!」
配信画面では、コメント数が跳ね上がっていた。
※:もうやめて!w ルカちゃんのライフは0よ!ww
※:ヒョードル「HA☆NA☆SE!」(ナメクジは話せ的な意味で
※:涙目のルカwww
「け、決闘だ!」
兵藤くんが僕を指差した。
「貴様、これほどハレンチな罠を仕掛けたなら、マンションにはその格好で来いよ!」
「ん、分かった」
「何ィ!?」
彼の動揺で、かえって落ち着けた。
みんなに負担を掛けておきながら、僕だけ羞恥心を訴えるのはワガママだ。
それに。
「兵藤くんは、アリスが好きだもんね」
「クッ……! ああ、一目惚れだ! 貴様が女だったらな!!」
Q次郎が口笛を吹いた。
「ライブ配信で、直球ド真ん中の告白かよ……。さすがはマンダンの生え抜き、コメが大豊作だな」
「んむ、やはり面白き奴よの」
ブースの入り口から、ひょいと幼女が顔を出した。
「話は聞いたぞ、薫」
「ジニー! ――って、ちょっと前から来てたの?」
「くふ。やりたいシチュには、ワシ貪欲」
ニヒルに園児帽を直した風来坊は、兵藤くんたちを見上げた。
「勝負はワシが預かろう。時はこれよりスグ。対戦形式は、選んだ一室の攻略タイムとしたいが、如何様じゃ?」
「――いいでしょう、ジニーさんに従います」
兵藤くんは僕を横目で見た。
「戦う部屋は決めていいぞ。どこでも勝つからな」
「分かった。じゃあ、104で」
◆ ◆ ◆
組合に冒険探索届を出したのち、異世界マンションの入口へとやってきた。
「フン。魔力もほとんど不要で、大半がザコの部屋か」
開いたエレベーターに、僕とQ次郎とジニー、そして兵藤くんが乗り込む。
「ヒョードルさん、お願いするッス!」
「ですです。格の違いを見せてやって下さいです!」
ノッポとチビッコの2人に見送られ、ドアはゆっくりと閉じていった。
「しかし、貴様……。AAAの俺と、104で勝負だと? “路地裏”なら勝てるとでも思ったか」
加重が掛かると同時に、魔力も濃密に漂い始めた。『異世界』への転移である。
「たしかに、建物のスキマをぬうような細道は、フクザツに入り組んでいるからな。精霊の配置によっては、可能性があるだろう……1%未満だが」
到着して扉が開くと、さっきまでいた現実の1階廊下ではなく、イキナリ104号室の“路地裏”が広がっていた。
曇天の下、うらぶれたコンクリートジャングルによって形成された、枝分かれする小道。僕らの他に人影はなく、代わりに、シャボン玉に似た各色のミニ精霊がアチコチに浮遊している。
「のお、ルカよ」
ジニーが、エレベーター脇にある白い案内板を指差した。
「クリア条件は、そこに記された基準で良いかの?」
「ええ。104号室なら、同じ色の精霊を10体アストラルに帰せばOK。本命ルームの前に、よく肩慣らしでやってます」
先攻を選んだ兵藤くんは、記録役のQ次郎に冷ややかな視線を送った。
「俺を見失うなよ、木偶の坊?」
「ヘッ、あいにく野鳥撮影は得意でな、ヒヨドリちゃん」
ジニーはゆっくりと手を挙げた。
「では、ルカよ。――始め!」
振り下ろした直後、兵藤くんは指先に黒い光を集めた。
「【絶滅】!」
ほの暗い衝撃波が広がり、半径10mの空間にいた精霊が消え失せる。精霊界への送還だ。
――待った、ジニーは!?
(案ずるな)
すかさず【精神感応】が来た。
(ワシはあやつより格上じゃから効かぬ。丈一の精霊じゃぞ?)
(良かった……)
安堵する間に、兵藤くんとQ次郎は路地を駆けていった。
「フン! 蹴散らしてやる!」
次々と【絶滅】を放つあたり、特定の色を揃える気はなく、どれでもいいから同色10体を送り返すつもりらしい。
しばらくして、2人が戻ってきた。
「ジニーさん。クリアしました」
「俺の計測では、1分32秒。――この野郎、範囲呪文のゴリ押しとは芸がねえぜ」
「Aランクの合理的戦法だな」
兵藤くんは僕を指差した。
「この際だ、ハッキリ言ってやろう。俺はな、お前のひたむきさは買っている。魔法学の授業も、覚えがメデタイそうだしな」
望外の評価に、僕は顔をほころばせた。
「ありがとう、兵藤くん」
「んなっ!?」
彼はハデに取り乱した。
「お、おぉぉおお前! そのフシダラな格好で、嬉しがるのはヤメロ!」
紅潮した顔を、黒マントで覆っている。――そういえば、アリスのコスプレをしたままだった。
「ゴメン、兵藤くん。誑かす気はなかったんだ」
「へっ、薫子様のありがた~いお言葉だ。意識すンなよ、ヒョードル?」
「う、うるさい!」
兵藤くんは、僕から微妙に視線をそらしつつ、咳払いをした。
「き、貴様はなあ。探索に不向きな体質なんだ。元来、魔力を使った体は、回復するさいに上限を増やすものだろうが」
「うん。なのに僕は、まだBランクってこと?」
「そうだ。Aにはなるんだよ、お前ぐらい本気で取り組めばな」
彼は、ぞんざいに手を振った。
「大人しくリタイアしろ。貴様には裏方がお似合いだ」
「そうだね。ここで兵藤くんのタイムを切れなかったら、引退するよ」
Q次郎が目を剥いた。
「おい、薫。お前いま、ただでさえ魔力を……」
「大丈夫」
すでにマンション外で、相当量をジニーに渡していたから、その心配をしてくれたのだろう。
だけど、兵藤くんの言葉にも一理ある。
「ここでつまづくようじゃ、兄貴を助けるなんて夢のまた夢だからさ」
僕は黒づくめの彼に向き直った。
「ところで兵藤くんって、僕をよく見てるんだね。嫌ってるのかと思ってた」
「モチロン嫌いだ。弱いクセに、ジニーさんの弟というダケで注目されるからな」
そっぽを向いている彼は、イラだたしげに腕を組んだ。
「挙げ句……女装姿で配信だと? フザけるな。そんな不埒なコスプレで強くなれるなら、俺も喜んでやってやるよ」
「あはは……」
僕は路地を進むと、少しばかり開けた場所に立った。
「準備OKだよ、ジニー」
「んむ。――それでは、始め!」
右手でOKサインを作っておいた僕は、人差し指で中指の腹を叩いた。
「出てきて、【睡蓮】」
空中に青い魔法陣が浮かぶ。精霊界とのゲートだ。
「ぴぴ~!」
魔法陣から、体長15cmほどの少年妖精が出現した。青の基本精霊である。
「睡蓮、今から魔力を送るね」
「ぴぴ~!」
半透明の4枚羽根を嬉しそうに震わせて、水色の体を淡く光らせる。
「フン。低級精霊を撒き餌として使うのか。まさに呼び水だな」
背後で兵藤くんが笑った。
「魔力につられた青いザコを、一網打尽というワケだ。10体も至近距離に集めるまで、何分掛かるかは知らんが」
「ヘッ、最近の小鳥はよく囀るぜ」
「ほーお、驚いた。昨今の大ナメクジはほざくらしい。――さて、30秒経つぞ」
そのとき、遠くから青いミニ精霊がやってきた。
「そら、ようやく1体目だ。範囲魔法ならじきに射程内だが、魔力の消費が大きいから貴様にはムリだろう。とすれば射撃だが、ザコは的が小さい……」
「【聖水】」
パシュッ!
狙い過たず、青い精霊へと吸い込まれていった。魔力に満足してくれたようで、すぐにアストラルへと還っていく。
「フ、フン! 1体ごときマグレだ。連続で当てねば……」
パシュ、パシュ、パシュ!
「れん、ぞくで……」
パパパパパシュッ!
「おンやぁ~、ヒヨドリちゃん? 俺の相棒、9連続でヒットしてンだが~?」
「バ、バカな……。そもそも、ここまで都合良く青ばかり出るハズが……。ハッ!」
――気付いたみたいだね。そう、【聖水】の純度を上げたんだ。
質を高める練習は好きだったよ。睡蓮が嬉しそうに魔力を受け取ってくれるし、ミニ精霊たちも気持ちよく顔を出してくれるから。
全て、兄貴から教わったこと。
「ぴぴ~!」
「ん、何かあった……? あっ!」
路地の曲がり角から、燃えさかるイグアナが顔を出す。
「――サラマンダー!」
2mの巨体が、咆哮をあげて突進してきた。直撃寸前で噛み付きをかわすも、睡蓮が丸呑みされる。
「ぴぴ~……!」
そこで声は途切れた。
「ハハハ! スバらしい純度だな、貴様! 敵対色の大トカゲまで引き寄せたか!」
赤い巨体を俊敏に反転させ、なおも飛び掛かってくる。
「くっ!」
魔力を込めて伸ばした右手に、勢いよく食いつかれた。手首から先の感覚がゴッソリ消え、巨体にのし掛かられる。
「ハッ、終わりだ!」
――うん、そうだね。
左手で、柔らかいお腹に触れた。
「【氷柱の矢】!」
ザシュッ!
零距離射撃で、サラマンダーをアストラルに還す。
――おっと。
仰向けで見た鈍色の空に、青い精霊が浮かんでいた。
パシュッ!
抜き打ちで【聖水】を放って、10体目。
その直後、僕の真上だけ青天に変わり、空中に“次の部屋は108”と表示される。
「うっしゃあ、クリア!」
Q次郎が快哉を叫んだ。
「タイムは1分17秒! 相棒の勝利だぜ!」
「――ありえん。ワザとのし掛かられて、サラマンダーの弱点をついた……だと?」
「おいおい、ピヨちゃん。俺らの配信見てれば、薫のワザは確認できただろ~?」
「底辺ATuberの動画なぞ、見るワケなかろうが!」
「知ってる~! だがよお、俺がロクに焦ってねえ時点で、フツーは気付くよな~?」
「くっ……!」
(んむ、さすがは薫子様じゃ)
ジニーが、寝転がった僕をのぞき込んできた。
(昨日までの練習が、しかと活かせておったぞ)
(えへへ)
左手でファイブタッチした。
「さ~って、負けちまったルカちゃんよお」
Q次郎が兵藤くんの肩を叩いた。
「さっきは何か吠えてたよなあ? えーっと、『喜んで、女装』?」
「うぅっ……!」
「ま、ジニーさんの前だ。言い逃れなんざしねえと思うが……」
首にガシッと腕を回す。
「金髪ツインテは、お好きですか~?」
◆ ◆ ◆
組合に戻った兵藤くんは、黒いミニスカと網タイツに、ネコ耳カチューシャまで装備して、僕らの配信に出てくれた。
「フン! 見よ、俺の女装を!」
※:おぉ~! ル゛カ゛子゛ッ゛ッ゛!!
※:だが男だ!(歓喜
※:金髪ツインテだと……!? 許せる!
「くっ……! 貴様ら、これで満足だろう!?」
「チチチ、ノルマがまだだぜ、ルカちゃ~ん」
Q次郎が指を振る。
「いいか? どこぞの聖女みてぇに、ヨソ行きの笑顔を貼り付けてよぉ。『ルカきゅんを、よろしくニャン♪』だ」
「ク、クソザコが、調子に乗りおって……!」
※:頼むよ、ルカきゅ~ん(はぁと
※:早くしろー! 間に合わなくなっても知らんぞー!
※:お願いニャン♪
「チィッ。――い、いいだろう」
恥辱に震える兵藤くんは、それでも、口角をムリヤリ上げてモニターを見た。
「ル……ルカきゅんを、よろしくニャン!」
※:――チェンジ
※:はー、つっかえ
※:おまえは何を言っているんだ
「ヘッ、大ブーイングだな。そんじゃま、テイク2!」
「出来るかァ!」
◆冒険者掲示板内、ヒョードル専用スレのコメントにて
※:でも、ルカきゅんのツインテってメッチャ似合ってるよね
※:小柄ツリ目強気ツンデレ……大好物ですッッ!!
※:お前ら、落ち着けw ついてるんだぞ?
>※:何か問題が?
>※:むしろ、お得とさえ言える
>※:人類総男の娘化計画だ!
>>※:えぇ……?(困惑
※:深淵をのぞいていたら、引きずり込まれたようだな
※:沼は深い(戒め




