10部屋目 口は禍のもと
「そもそも、おまんらよお!」
〈いいこ〉の鹿野さんは、肉球で僕を指差した。
「師匠を助けちゃれるがァは、709と違う! 813のクリアやきね!」
「うん。兄貴はそこで目玉の視線を浴びたからね」
「ゲイザーよ! ぐるぐると飛んじょる8体は、それぞれ色が違うヤツなが!」
「強敵だよね。なので攻略は、組合のSSさん3人組で、ミツオさんとウニッコさんと桐山さん。あとは、白で聖女ちゃんに頼むつもりだよ」
「ハァ!? おまんら、人任せなが!?」
「オホホ、桐山さんは今助けたんだし、持ちつ持たれつよ~。ちなみにこの人選、薫子ちゃんがチャンネル内で何度も言ってたことね~」
「底辺の配信らぁ、見よらんちや!」
※:こういうとこはヒョードルそっくりのワンコw
※:でも……取られたんだよね(ホロリ
「だ、だいたいよぉ! 3人がSS言うたち、青銀白紫4色やと攻撃が弱いき倒せんぞね! ゲイザーもボスやき、【天罰】は効かんがやろ!?」
「オホホ、そこでオーブの出番ね~」
お嬢様は、睡蓮がジャレつく青い玉を示した。
「【生命感知】に反応するゲイザーは、もちろん生き物でしょう? なら、ナックラヴィーの《モータシーン》が効くってワケよ~」
「ハァ!? 桐山さんの精霊を進化させちゃるが!? 不憫で有名やき、強うしちゃっても残念な結果にしかならんぞね!」
「ええ、そうね~え。おとといも、709で投石を食らってたものね~」
ご令嬢は、闘犬少女の肩を扇子でペチペチした。
「そ、れ、も。前衛さんの、巻き添えだったとか~? ほんっと、他人と思えない痛ましさだわ~」
「うっ……汐音、ごめんやき」
ちょっぴり鹿野さんはひるんだ。
「と、ともかく! そのオーブやけンど、小さい睡蓮が、騒いで落とぃて壊れる空気しかないきンね!」
「あはは……それぐらいなら割れないよ」
僕は、オーブに抱きつく睡蓮をなでた。
「あとは、桐山さんたちに託すだけで、僕らの役目は終了。だよね、睡蓮?」
「ぴぴ~!」
少年精霊は元気よくうなずくと、大きく口を開け、オーブにカプッと噛み付いた。
「え?」
シュワァァアアア……。
青いオーブが霧状に溶け、睡蓮を包み込んでいく。
「はあああああああっ!?」
え、なんで!? いま噛んだ!? ずっと素直からのイキナリ反抗期!?
みんな絶句。鹿野さんにいたっては顔面蒼白だ。
「い、いや……。ウチも、ホントはうまくいきやと思ぅちょったき……。こ、こんな失敗でやっちゃったらぁ……」
※:ウッソだろお前!
※:進化キャンセルは!?
※:BBBBBBBB
※:吐け、吐くんだ!
「はは、ははは……」
――お、落ち着け。睡蓮が進化したら、僕が《モータシーン》させればいいんだ。けど、魔力がメチャクチャ少ないぞ。キチンと進化できるのか……?
※:ああ゛ッ! あと一歩が逃げて行くッッ!!
※:薫子様がウキウキでチャート話すから……
※:まままだあわわわわわわてるじかんじゃ
※:ひとまず進化後の確認を!
ヒドい虚脱感に襲われるなか、光が1mほどの大きさになって仕上げに入る。――よかった、ギリギリ魔力が足りた。
しゅわしゅわしゅわしゅわ……しゅぽんっ。
「わっはははははー!」
現れたのは、青い肌に細っこい手足の幼児だった。
「わがはい、しんかしたぞー!」
えぇ……?
待って。僕でも勝てそう。
※:ヒフあるし
※:足2本
※:あかーん!
※:【悲報】ただのショタ
「さー、げぼくよ! まりょくをよこせー……って、なんだ、このカラダはー!?」
あっ……。も、限界。
すでに崖っぷちだった僕の意識は、舌っ足らずな絶叫によって、完膚なきまでに落ちていった。
◆ ◆ ◆
本日2度目の目覚めは、組合のベッドだった。
「気が付いた?」
傍らには、赤黒ドレスのご令嬢が座っている。
「千桜さん……。あれから、どのくらい経った……?」
「30分ってトコね。Qくんと桐山さんがここまで運んでくれたわ」
「ああ……あとでお礼言っとく」
Q次郎は、鹿野さんとのやりとり後に華々しく登場したかったんだろう。助けた桐山さんを引き連れて。
「全部、ムダになっちゃったね……」
「平気平気。ナックラヴィーへの進化は成功したもの」
「――あの子供が?」
「ええ。ミルニャンが調べたから確実よ」
「そっか……。直に触った【生命感知】なら、詳細が分かるね」
猪尾さんの身体的な接触自体は、意外と合法なんだよね。隠すからヤバい印象なだけで。
と、そこに。
「うぅっ……」
ドアを開けて、蒼ざめた肌の幼児が入ってきた。
「わがはい、とんでもないことをした……」
「睡蓮?」
「いまはナックラヴィーだ、あるじよ……」
全身が寒々しい色だと、落胆ぶりも際立って見える。
「あるじの10ねんのガンバリを、わがはいが、カプッとたべてダメにしちゃったとか……。くるみ様が、シッカリとおしえてくれたのだ……あうぅ」
くるみ様って……。猪尾さんの躾はスゴイなあ。
「あのさ。ナックラヴィーは、なんでオーブを食べちゃったの?」
「あるじが、『きょうはおもいっきりたべていい』といったからだ」
「え」
その途端、709での光景がフラッシュバックした。
『睡蓮、今日は思いっきり食べていいよ』
『ぴぴ~!』
「――言った!」
僕は、「この戦いでは」のつもりだったけど、睡蓮は「丸一日、食べ放題」と受け取ったらしい。
「今日ってまだ、17時間もあるよね……」
「だよな!? あるじの【聖水】を、きょうはガブのみだぞー!」
小躍りした幼児は、すぐにガックリと肩を落とした。
「いまなら、わかる……。たたかいのときダケ、だったんだな……。わがはい、うかれていた……」
横たわる僕の腕に、悲痛な顔ですがる。
「でもな……? さいごにあるじが、【聖水】をダダダーッとうってただろう? そのあとにできたオーブだぞ? ただでさえオイシイ【聖水】が、ギューッと、スッゴくつまってそうでさあ……。わがはい、あたまがイッパイだったんだ……」
「――うん。よーく分かったよ」
これでもナックラヴィーは、キリのいいタイミングまで「おあずけ」状態だったんだろう。で、僕の終了宣言が、解除の引き金になっちゃったと。
「ごめんね、ナックラヴィー。これは僕のせいだった」
「えっ」
「それで、次からだけど」
右手でそっと小さな手を包み込む。
「珍しい物や高価な物を食べるときは、僕に許可を取ってほしいんだ。いい?」
「は、はい……」
「うん、ならいいよ。進化を喜ぼう」
「あ、あるじ……。おとがめ、これダケか?」
「怒られたかった?」
「ううん! だ、だが、わがはいのミスは、ホントにいいのか? ええっと、10ねんのくろうが……」
「伝達をしくじったのは僕の責任だから、怒るのは筋違いだよ。あとは、君をちゃんと召喚できるよう、僕が魔力を増やせばいいダケさ。ね?」
「あ、ああっ……! ありがたき、しあわせ……!」
ぶわっと泣いた幼児は、ごしごしと手の甲でぬぐったあとに頭を下げ、そのまま精霊界へと帰っていった。
「ふぅっ……そうだよね。完全に、僕の落ち度だ……」
「安心して、菊知くん」
千桜さんが、ぽんぽんと布団ごしに叩いた。
「ご両親の捜索も、お兄さんの救助も、両方続けるんでしょ?」
「うん。それは絶対諦めない」
僕はゆっくりと上半身を起こした。
「大チャンスを棒に振っちゃったけど、ギリギリまで頑張るよ」
「なら、大丈夫。――えっと、菊知くんのお兄さんって、課題を次々とクリアさせてたでしょ?」
「そうだね」
「最後の709は、『ナックラヴィーの拘束』だったのよね?」
「うん。その間に石板を上げて、別ルートがあるかの確認だった」
「なのにお兄さんは、『結果を見ずに』813へチャレンジしたわ。飛行目玉の強制リタイアさえ防げば、菊知くんが助けてくれると信じて」
「それは、709でオーブの確信があったからじゃ……」
「ううん」
千桜さんは、僕の手を強く握った。
「いい? お兄さんはね、菊知くんの努力を信じてるの。水を自在に操れるよう特訓してきた、10年の月日をね」
「千桜さん……」
「これは、オーブみたいに不確かなものじゃなく、菊知くんが積み重ねてきた技術の結晶よ。質を高める力、狙った場所に当てる力、球体の形に制御する力。――だいたい、もしオーブだけが目的だったら、もっと早くに709へと案内してたでしょ?」
「ん……まあ、全滅しづらい部屋だしね」
「『おお! 我が弟、薫よ! ノーミスで104をクリアしたか? よろしい、ならば709だ!』」
「早い早い!」
2人して笑った。
「ね? だから、菊知くんが本当に求められてたのは、ナックラヴィーを確実に拘束できる力だったの。これさえあれば、必ず813もクリアできるわ。そして、絶対にご両親も見つけられる」
「――うん、ありがとう」
きゅっと手を握り返した。
「本当に千桜さんは、僕に力をくれるよね」
「オ、オーホホホ! そりゃあ、貴族ですもの! 薫子ちゃんを導くのは当然よ~!」
格好良いセリフで、すぐに照れてしまうヘッポコお嬢様。けれども、実際とても頼りになるし……そして、とても可愛かった。
と、そこに。
「フン。起きたようだな、弟」
「兵藤くん? それに……ジニー?」
黒づくめのオールバック少年が、眠れる幼女兄貴をお姫様だっこして入ってきた。
「案ずるな。ジニーさんは、慣れない体で少し熱が出ただけだ。代わりに弟、お前が来い」
「え?」
「オホホ、ヒョードルさんは説明不足ね~。ジニーさんが、711に案内してたって言わなくっちゃ~」
「水先案内人の仕組みぐらい分かるだろう。クリアした人間の1人ならな」
兵藤くんは、僕が脇へどいたベッドに、幼女兄貴をそっと横たわらせた。
「まったく、令嬢は弟に甘過ぎる。こんな奴のどこがいいのか……」
「わー、わー! あ、あぁぁああなた、ソレ言っちゃう!? なら、こっちも楓ちゃんの恋愛に口出すけど!?」
「ハァ!? な、なんでそうなる!」
「振るなら、キチンと振ってあげなさいよ! 未練なく終われるように!」
「オイ! 俺は昔、キッパリ断ったぞ!? だが、先のことは分からんし、ギルドメンバーとしては頼りにしてると言っただけで……!」
「そういう態度が、期待させちゃったんでしょうが!」
――うわあ、泥沼。
ぎゃいぎゃい言い合ってる間に、セーラー服の袖をくいくいと引っ張られた。
(復活じゃな、薫よ)
(ジニー)
幼女から【精神感応】がきた。
(熱は大丈夫?)
(ああ、カゼは仮病じゃ。案内時に711のボタンが反応せんかったから、戻る口実に使ったまでよ。う、ケホケホ)
さすがは風の精霊。
けれども、そんな幼女が顔を曇らせた。
(――それでの、薫。パイロットが出来んかったということは、今のワシは、『姿が変わった丈一』という扱いではないらしい)
(うん。兄貴は依然リタイア中で、“霊界”みたいに期限が迫ってるんだね?)
(もしやとは思うておったがの。済まぬ)
(ううん、僕こそオーブの件はゴメン)
(丈一が目玉にやられてから、6日後が締め切りじゃ。次の作戦は如何にする?)
(まずは、有識者さんたちと話し合いだね)
ちょうど兵藤くんも、お嬢様との話し合いが終わったようで、「鹿野さんを僕に噛み付かせない」、「改めてキチンと振る」と約束したのち、僕に向き直った。
「そうだ、弟。楓をサルベージしてもらったな。ギルドリーダーとして礼を言おう」
「どういたしまして」
靴を履いた僕がゆっくり立ち上がると、兵藤くんは眉をひそめた。
「貴様、ずっとセーラー服のつもりか? 新ルームの初探索は、公式に映像が残るぞ」
「あはは……。まあ、撃破の時点でいまさらだし。兄貴が幼女の姿をやめるまでは続けるよ」
枕元にあったウィッグネットを装着し、長髪を被る。
「ところで兵藤くんも、朝早かったんだね。やっぱりサルベージ目的?」
「ああ。〈安心プロジェクト〉の第2弾を宣言する予定だった。楓とともにな」
――あ。
「もしかして……鹿野さんの失敗で延期?」
「フン。おまけに、救ったのが貴様だからな。課長はとんだ赤っ恥だ」
兵藤くんはそっぽを向いた。
「そもそも、711への案内で、今日の予定も丸ごと変更だがな」
「あ、そっか……。兄貴のことばっかり考えてたよ」
「やれやれ。貴様はアクシデントに弱すぎる」
兵藤くんは部屋のドアを開けた。
「そんなザマで、711のパイロットが務まるのか? 多様な人間のガイドだぞ。まったく、俺なら冷静にこなせるというのに……」
「え、ホント?」
「フン。当然だ」
ドアを開けたまま催促する彼に、僕はほほ笑んだ。
「じゃあ、兵藤くんに探索権を譲るよ」
「はあっ!?」
彼はハデに面食らった。
なっくらう゛ぃー「くちはわざわいのもと。わがはい、おぼえた」




