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1部屋目 男の娘「頭を下げてお断り」

「お疲れ様だね、菊知薫きくちかおるくん。明日から来なくていいよ」

「え?」

「ははは、クビだ」


 異世界マンションから戻ってきた僕は、豊かな毛髪の福生ふっさ課長から爽やかに肩を叩かれた。


「ウチの会社、『マンション・ダンジョン株式会社』との契約終了だよ。君、弱いから」

「なっ……!」

「待てや、おっさん!」


 相棒のQ次郎が詰め寄った。


「薫も強くなってるぜ!? 305号室のフレイムワイバーン! あいつを水の精霊で倒したんだからよ!」

「水鉄砲じゃ動画は伸びんね、滑川なめかわ久次郎きゅうじろうくん」

「何ィ!?」

「ビジネスだよ、冒険者稼業は」


 手櫛で前髪を整える課長。


「黎明期でもあるまいし、精霊で視聴者を釣るなんて、SSSトリプルエスランクの特権さ」

「――ジョニーさんか」

「そう。菊知くんのお兄さん、丈一くんだ。彼が使役精霊を見せれば、たちまち注目の的だろう」


 たしかに。僕にもヒミツだもんね、兄貴の精霊。


「それにひきかえ、君らだが……。魔力は人並み、戦闘力も月並み。そんな高校生、ザラにいるんだよね」


 ぐっ……。


 歯を食い縛りつつ、頭を下げた。


「課長。僕を残してください」

「いいよ」


 紙を差し出してくる。


「じゃ、在籍料を払って」

「は? ――給料減額じゃなく、ですか?」

「図々しいよ、Bランク君」

「な……なんで急に!」

「オイ、おっさん!」


 Q次郎が割って入った。


「俺らの動画に、ジョニーさんの出てたシリーズがあったよな! あれは伸びてただろ!?」


 課長は鼻で笑った。


「無料動画だけ伸びてもね。それに、君らの実力じゃない」

「いいや! SSSの兄さんが、気軽にタダで出てくれる! これだって強烈な薫の魅力だろ!? なあ、ビジネス大好きの福生泰房やすふささんよぉ!?」


 課長は、ため息まじりに僕を見た。


「じゃあ言おう。先ほどジョニーくんが、再起不能になったと連絡が入った」

「――え?」


 不意に視界がグラつき、思わず壁へともたれかかる。


「あ、兄貴が、再起不能……?」

「一命こそ取り留めたが、もはや探索は不可能とのことでね。――ああ、伏せてた理由だが、『お兄さんの消えた君はゴミだ』という正論が残酷だからだよ」

「!」

「ま、いらぬ配慮だったね。サヨウナラ」

「おっさん!」


 Q次郎がつかみ掛かった。


「じゃあ、俺も辞めるわ! ヒデェ会社って分かったからよ!」

「は? ナメクジ君は論外だね」

「クソヒデェ!」

「いいや、Cランク君への貴重な助言だよ? そうだろう? 弱小精霊使いの、クソザコナメクジ君?」

「――テメェ」


 見下ろしたQ次郎は、やおら不敵に笑った。


「なら、こっちも愛称で呼ぶぜ、フサフサ課長?」


 課長の笑みが、スッと消えた。


「――口に気を付けろ、ナメクジ」

「いや~、職務にハゲむ、ハゲしいビジネスマンに脱帽だぜ! 稼ぎの薄い案件からは、即撤退! 髪の毛1本も残さねえときた!」

「貴様……」

「なにせ、フサフサさんには……モウ、ケがないから!」

「出てけー!」




「ありがとう、Q」

「へっ。それより薫、早くジョニーさんを見舞ってやれ」

「うん」


 僕は冒険者組合に連絡を入れた。



 ◆  ◆  ◆



 行き先は、代々木のマンション組合本部だった。


 事務員さんの、「ケガは皆無だが、活動はムリ」という説明に首をひねるも、応接室に入って合点がいった。


「よお、薫」

「あ……兄貴?」


 幼女だった。


 丈一兄貴は、黄色いフード付き上着フーディーを着た4才ほどの園児になっていた。


「いや~、真っ赤な大目玉みたいな敵の光線を食らったら、体が縮んでしまったぞ。ついでに性別も変わった、ハッハッハ」

「えぇっと……それ、大丈夫なの?」

「なに、いずれ戻るだろう」


 幼女化した探索者など初耳だが、兄貴はそのへん無頓着だった。

 今も、華美なソファに体を沈めつつ、紫に変わった髪を豪快にかいている。


「それより薫、専属契約が打ち切られた」

「え、警備会社のやつ?」

「ああ。攻撃を受けて、姿が変わったのでな」


 安心安全が売りの探索警備保障の大手で、兄貴をCMに起用してくれていた。


「違約金がなかったダケでも御の字だ」

「じゃあ……家の借金は?」

「返済プランを練り直す。まずは、長期借り入れへの変更だな」


 SSランクの冒険者だった両親が行方不明となり、僕ら兄弟には莫大な借金が残された。当時小学生だった兄貴は、「破産宣告は皆に迷惑をかける」と、組合へ直談判。「自分」を担保にして、借入の条件を変更させたのだ。


 しかし。


「何せ、この体だ」


 兄貴は小さな拳を握った。


「ソロ活動はキビしい。といって、仲間を募っても、今度は彼らを守れん」


 幼児特有の高音は、ともすれば強がりにも聞こえてしまう。


 そうだ……。兄貴に、いつまでも頼ってちゃいけない。

 今度は僕が助ける番だ!


「あのさ、兄貴」



 ◆  ◆  ◆



「フム。つまり薫よ、画面に向かって、ただ話すのだな?」

「うん」


 兄貴は中学1年の時点で、警備会社と専属契約を交わしていた。

 そのため、動画サイト『AdvenTube』での収益行為が、一切禁止だったのだ。


 ――だけど、今ならイケる。


「どうも、菊知丈一だ。体が縮んでからは初めましてだな。実は、目玉だけの敵の光線を食らって、この姿になった。性別も変わったぞ。――なあ、薫。これで本当に借金返済が出来るのか?」

「大丈夫だよ、ほら」


 事務員さんから借りた機材を使い、『ジョニーチャンネル』で生配信を行う。


「僕らを見てる人たちが、ここでお布施をくれてるんだ」

「ほお。スゴい仕組みだな」

「アハハ……そうだね」


 5ケタの数字が次々と表示されていく。


「みな、ありがとう」


 兄貴は深々とおじぎをした。はずみで、フードが紫の髪にかかる。



※:ぅゎょぅι゛ょヵヮィィ

※:そのパーカー、言い値で買おう!



「しかし薫。急に始めたが、どんどん人が増えるな」

「相棒に広めてもらったからね」


 さっきQ次郎に、「これから幼女兄貴の配信するから、もし面白かったらSNSにコメントしてね!」と連絡したのだ。


「だけど、その後の伸びは兄貴の実力だよ。幼女になったギャップも込みでね」

「なんと! ううむ、攻撃の被弾を恥じていたぞ。姿が戻るまで隠れておこうかとな」



※:そりゃないよ、幼ジョニーさん!

※:幼女を見せぬは世界の損失



「フム。ならば、薫をホメてやってくれ。生配信は薫のアイディアなのだ」

「兄貴……」



※:よくやった!

※:神幼女の弟=神!



「な、何かコソばゆいね。弱い僕がホメられると」

「ん? 薫は強いぞ。いま腕相撲をしたら負ける自信がある」

「あはは……。でも、さっき『マンダン』の人からは、戦力外って言われちゃったしさ」

「フム」


 兄貴は居住まいを正した。


「薫よ。フツーの幼女は弱いよな」

「そうだね」

「今の俺は、弱そうに見えるか?」


 自信に満ち溢れている。


「見えない」

「だろう?」


 小さな両手が、僕の両肩を叩いた。


「全ては気の持ちようだ。俺に憧れているんだろ? なら、形から入ってみろ」

「え? でも、僕が肉体派の兄貴をマネたって……」

「違う違う。今の俺のマネだ」


 ――んんっ?


「幼児になれってこと!?」

「む、ハードルが高いか。ならば女装だ。薫は華奢だし、これなら楽だろう」

「それでも恥ずかしいよ!」

「おや。じゃあ今の俺は、恥ずかしい存在か?」

「え? ――そ、そんなことない!」

「ならば、薫も出来るハズだ」


 幼女兄貴は不敵に笑った。


「みなも応援しているぞ?」

「うっ……」



※:似合うぞ、弟くん!

※:出たよ悪乗りジョニーw

※:セーラー服でおなしゃす!

※:いいや! 「悪役令嬢」だッ! 推すね!



「あ、あのね兄貴? ノリに流されるのはあんまり……」

「ほお。俺は幼女で動画に出たぞ?」

「うっ」

「これしきのコトで躊躇するとは軟弱だな。憧れはウソだったのか?」

「それは……本当だよ! 天地神明に誓える!」


 だけど、イキナリ女装って……ううん、違う!


 これは――兄貴に覚悟を問われてるんだ!



 ◆  ◆  ◆



 衣装室で予備の女子制服に着替え、手にした青髪ウィッグを見つめた。


 ぐ、むぅ……。


「薫よ、まだか?」

「今行く!」


 ええい、笑いたきゃ笑え!


 ウィッグを被り、ついたてから勢いよく出ると。



※:――ヤベェ、似合ってる

※:アレ! 妹!?

※:こんな可愛い子が女の子のはずがない

※:ようこそ………『男の娘の世界』へ……………



「え? こ、これ、僕へのコメント……?」

「うむ」



※:ボクっ娘キター!

※:男の娘のとまどいだと?(ガタッ

※:さっ更に興奮…して…………きた



「えぇっと……。なんか、みんなの食いつきがスゴイね」

「どうだ薫、自信がついたか」

「うん、少しは。――ん?」


 スマホに着信がきた。相手は……。


「福生課長!?」



※:漫談のフサフサ、キター!

※:あれ、さっきクビ切られてたよな?

※:出ちゃえよ、男の娘!



 ひとまず出た。


「福生さんですか?」

『あ、あぁ。素晴らしい生配信だな』

「ご覧になられてましたか。このやりとりも、流していいですか?」

『い、いいぞ』


 すぐさまスピーカーに切り替えた。


『いやぁ、菊知薫くん! 大盛況じゃないか』

「恐縮です。先ほどゴミと仰った僕にも、温かいお声を掛けて下さるんですね」

『うぐっ……! あー、いや! 先刻の発言は忘れてくれ! また明日から、来てくれていいぞ!』



※:手の平クルーかよw

※:課長「やべぇ、ジョニーさん生きてた……弟クビにしちゃったよ……せや!」



 僕は、努めて冷静に尋ねた。


「Q次郎はどうなりますか?」

『え、彼? あー、君にはもっと高ランクの相棒をつけるよ! だから、安心して明日からも来てほしい』

「そうですか」


 僕は、とびっきりの笑顔を浮かべてみせた。


「お断りします」


 ゆっくり、深々とおじぎした。

 弾みで、青髪ウィッグが地面に落ちる。



※:ヅ ラ 逝 っ た あ ー ッ !

※:髪ングOUT!!ww

※:華麗なるフォールに草生える(髪が生えるとは言ってないw



 僕は丁寧にウィッグを回収した。


「あ、すみません。お見苦しい所を」

『貴様! ワザとだろー!』

「いえ、決して」



※:薫クンじゃないわ、この子! 薫子様よ!

※:神様「悪いな2323、チャンスは前髪だけなんだw」

※:いやー、しっかし、ジョニーさんのケガなくて良かった! ケがなくて!



「それでは福生さん。失礼致します」


 通話を切ると、兄貴が大笑いしていた。


「お布施が倍増したぞ、薫!」

「えへへ」


 生配信は大成功だった。

「これから幼女兄貴の投稿するから、もし面白かったらお気に入りや評価してね!」

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