探検LoG 003 殺人人形
目も、鼻も、何もない。
顔は――ただの闇。
四肢はあり得ない方向に曲がっている。
苔むした、石のように硬そうな体。
まるで古代の人形のようだ。
なんだこれ。
逃げないとヤバい。
頭では分かっているのに、
足がすくんで動かない。
⸻
「おい……後ろ……」
木にもたれていた体毛の濃い男が、かろうじて口を動かした。
その声は、おっさんに届いているはずだった。
だが、おっさんは動かない。
座ったまま、微動だにしない。
ただ――
顔だけが、ぐにゃぐにゃと歪んでいた。
逃げたい。
そう叫んでいる顔だった。
⸻
誰も動けない。
沈黙だけが流れる。
だが、その静止した空間は――
突然壊れた。
おっさんは腰の鞘からナイフを抜いた。
そして。
迷いなく、自分の首に突き刺した。
鮮血が流れる。
目から光が消えていく。
その瞬間。
全員が、人形とは反対方向へ走り出した。
当然、俺もだ。
だが――
手首を掴まれた。
振り返る。
金髪の女だった。
馬鹿野郎!
なんで掴んでるんだこいつ!
「助けて……さい……どう……たら……」
横目に、他の探検家たちは前傾姿勢で逃げていく。
⸻
「じゃあ動くな」
俺は言った。
手首を掴まれたまま、
動かなかった。
「どうして……?」
賭けだ。
止まってる俺たちが先に殺されるか。
逃げた奴らが先に殺されるか。
心臓が暴れている。
俺の手首を掴む女の手も震えていた。
その時。
人形が高く跳んだ。
負けか。
そう思った。
だが。
人形は俺の頭上を通り過ぎていった。
⸻
俺は女の手を振りほどき、森の中心へ走り出した。
後ろからは、何も聞こえない。
走りながら振り返る。
女は地面に膝をつき、
息を殺して泣いていた。
……ちょうどいい。
このまま置いて逃げろ。
そう思った時だった。
⸻
頭の片隅に、昔の声が蘇る。
母の声。
「マルコ。誰にでも優しくするんだよ」
「たとえ意地悪する人でもね」
「成長の機会をくれていると思えば嬉しいでしょう?」
……はは。
こんな状況で思い出すか?
俺は内心、笑った。
殺されたら、
そんな綺麗事、
一生言えないのに。
⸻
俺は女の手首を掴んだ。
引き上げる。
……何やってんだ俺。
俺らしくない。
⸻
人形は地面に着地していた。
折れた足を引きずりながら、
体の向きを変えている。
「なぁ」
俺は言った。
「なんで俺たちが魔石を血眼になって探すか知ってるか?」
「へ?」
恐怖で何も理解していない顔だった。
「100万近くで売れるからだけじゃない」
俺は女の腰のポーチを開いた。
赤い魔石。
青い魔石。
火と水。
やっぱりあった。
よく今まで盗まれなかったな。
俺は赤い魔石を人形に向かって投げた。
「コン」
ソイツの体に当たる。
その瞬間。
俺は魔石に力を込めた。
⸻
ドンッ!!!
魔石から火が爆発した。
炎が一気に広がる。
木々にまで燃え移った。
俺は女を抱え、森の奥へ走る。
木々をかき分ける。
背後で炎が爆ぜる音。
振り返る。
炎の中から。
人形が出てきていた。
燃えているのに。
まるで気にしていない。
奇妙な歩き方で。
こちらへ来る。
俺は息を切らしながら走り続けた。
⸻
気が付くと。
綺麗な池の前に出ていた。
逃げ切れたか。
人形は追ってきていない。
後ろを見る。
黒煙が立ち昇っていた。
俺は女を地面に下ろす。
ドーナツ形の池。
真ん中に小さな芝生の島。
そして――
そこに。
真っ白な魔石が生えていた。
⸻
特殊魔石か?
「なぁ、あそこ」
俺は指を指した。
「どこ?」
「池の真ん中だよ」
「魔石あるだろ」
「何もないじゃない」
……は?
「あれはまだ無効果魔石よ」
女は言った。
「成長途中の魔石は透明なのも知らないの?」
違う。
あれは――
白く光っている。
白い魔石は特殊魔石だ。
特殊魔石は普通魔石と違い、
単純な水、炎、光といったものを出すのではなく、
何か特別な現象を引き起こす。
だが。
なぜこんなわかりやすいところに残ってる?
今、成長を終えたのか?
……どうでもいい。
逃げ続けても、
いずれ殺される。
なら。
ここで決める。
⸻
「来てる……」
女が言った。
人形が木の陰から顔を出していた。
真っ黒な顔。
こちらを見ている。
足はもう限界だ、逃げ切れない。
生き残るには――
こいつを倒すしかない。
俺は池へ飛んだ。
最後の力を振り絞った。
「何してるの!?助けて!」
女の声が遠くなる。
池の中央へ着地。
俺は魔石に両手を当てた。
力を込める。
確かに――
魔石に力が流れる感覚がある。
人形が走ってくる。
手前にいる女ではなく。
俺を狙って。
……理解しているのか。
どちらが厄介か。
頼む。
早く。
力は込め続けてる!
人形は一直線に跳び、池を越えてきた。
白い魔石の内部に線が浮かぶ。
無数の斜線。
回路のように広がる。
だが。
人形の方が速かった。
俺は蹴りを出した。
……つもりだった。
次の瞬間。
俺の右足は。
膝から下が。
回転しながら池へ落ちた。
⸻
その瞬間。
ようやく魔石の回路が完成した。
白い光が。
爆発した。
今まで感じたことのない痛み。
俺は叫んだ。
まさか森に閉じ込められるなんて。
それに変な魔物、
これが父上に黙って勝手に遊びに来た罰なの?
誰か助けて。
ーーー記録者 サナ・ナイズ ーーー




